第11話
翌日、ホバートレーラーに乗せられ移動していた。スェーデン基地から大分離れた所に、通称ネストと呼ばれるブリードの巣がある。ネストの破壊は、人類の最終目的であるが、現在までに破壊はおろか、攻略戦も行われた記録はない。
つまり、これまで人類はブリードに対して防戦しか行えていないのが現状で、その結果国土を奪い返せないでいる。
この実戦評価試験も、ネスト付近にいるブリードの駆逐が目的であった。二台のホバートレーラーには、ヴァルゴ小隊とブレオス小隊が搭乗しており、それぞれの兵器の実戦評価試験を行う予定になっている。
トレーラー内では、緊張に包まれていた。ヴァルゴ小隊の隊員は、元日本帝國軍兵士が多く、実戦経験が少ない為、緊張するのは仕方ないが、それとは別に俺は例えようのないくらい緊張していた。
それは昨日、如月大尉からネメシスについて聞いたからだった。
一時的に、人間をブリード化する薬ネメシス。投薬すると、ブリードの持っている筋力と機動性、それに対応出来る反射神経が強化される。くわえて、ブリードが持つ再生能力も備わるようで、驚異とされていたブリードの特性を、ほぼ手に入れる事になる。しかも、ブリード化した状態は、言うなれば半ブリード状態の為、その体内に流れる血液はすべて、混合血液となる為、ブリードに対する武器として、これほど強力なものは他にない。
しかし、これだけメリットのある薬には、当然のようにデメリットもある。まず、ブリード化には制限時間があり、三十分しかその状態でいられない。これは、一回の投薬量により調整されているのだが、それ以上は人体にどんな影響が出てるか不明であり、現段階では危険とされている。
そして、二つ目。これが一番の問題点なのだが、体内にネメシスに耐性を持っていない者には使えない事だ。ネメシスは、研究途中の薬であり、現段階では耐性を持たない人間に投与した場合は、ネメシスに適合出来ない為、身体の細胞が変異して死んでしまう。
そんな恐ろしい禁断の薬に、俺は耐性があったようで、実戦評価試験でネメシスを担当する事になった。
アメリカで、如月大尉達日本帝國軍が俺を助け、保護した理由はその為だったようだ。最初から、その事を伝えてくれても良かったのだが、それだけ危険な薬を作っていると、各国に知られたら――と思うと、直前まで黙っていたのは正解かもしれない。
とにかく俺は、ネメシスの実戦評価試験をしなければならない。それが、どんなに危険な任務だとしても、俺にしか出来ない事なのだから……。
「ヴァルゴ1より各隊員へ。ブリードの生体反応を確認した。その数、三十。比較的小さな群れに出会えたようだ。これより、実戦評価試験に入る」
「了解!」
トレーラーの外に出て、ブリードの群れを目指す。新型ARの推進力は、前回の戦闘で使用したARとは比べものにならない速度で、日本帝國の技術水準の高さを知る。
程なくして、ブリードの群れ遭遇すると、そのまま戦闘に入る。今回もキュプロスが相手なので、負けるわけにはいかない。来栖曹長の仇をもらせてもらう。
「ヴァルゴ1より各隊員へ。散開し、各個撃破しろ」
「了解!」
キュプロスの強力な攻撃も、新型ARの機動力があれば簡単にかわす事が出来た。気を抜かなければ、キュプロスなど敵ではない。
攻撃をかわしながら、すかさず刀で攻撃する。アメリカ軍にいた時は、銃剣型の武器を主に使用していたが、日本帝國は刀を使う。また、人海戦術のアメリカに対して、日本帝國は一対多数での戦闘が基本となっている。これは、兵士の数が少ない日本帝國軍の考え方で、そのため新型ARのような高性能機が必要となる。
訓練で学んだ事が、ここで役に立つ。
「ヴァルゴ1よりヴァルゴ2へ。群れから離れるキュプロスを確認。ヴァルゴ5と追撃に向かへ」
「ヴァルゴ2了解。ヴァルゴ5、遅れるなよ」
「了解」
如月大尉の命令で、市ヶ谷中尉と共に、群れから離れるキュプロスを追う。
ネメシスの事は、他の隊員達には秘密にされている為、他に知っているのは市ヶ谷中尉のみになる。その為、他の隊員達と離れられる口実が上手く出来た。
「よし、ここまで来れば、大丈夫だろう」
市ヶ谷中尉の合図で、メイン回線の無線を切る。それと同時に、別の回線に切り換える。
「上薙少尉。メイン回線にはダミーが流れているから、無線はこれで大丈夫だ。何を話しても、問題ない」
「了解です」
「群れから離れたキュプロスは、五体か……。よし、ネメシスの使用を許可する。私は、戦闘記録に専念するから、一人で殲滅して見せろ」
「了解!」
渡されていた、ネメシスを投与する。注射器の針を刺し押し出すと、中に入っていたネメシスが体内に投与される。
その瞬間、ドクンと心臓の鼓動が大きく鳴ると、全身の細胞がネメシスに変異され、ブリード化に成功する。
「オラー。行くぞ、ブリードども。俺が殲滅してやる!」
普段打っている、強化済と比べものにならないくらい、好戦的な気分になる。兵士の中には、強化済中毒になる者もいるが、これはその比にならないくらい、中毒性を持っているようで、気分が高揚していく。
筋力の強化だけでなく、あらゆる五感も強化されているようで、キュプロスが揺らす大地の音が聞こえ、肌は空気の流れまで感じ取れるようだ。
この状態の俺には、キュプロス五体を相手に、三十分も必要なかった。圧倒的な戦力差に、ものの五分で、殲滅する事に成功した。
「凄い。ネメシスとは、こんなにも凄い力を与えるとは……」
「中尉、どうする? もう、終わっちまったから、小隊と合流するか?」
「いや、まだネメシスの効果が残っているから、合流するわけにはいかない。少し休憩してから合流しよう」
「何だよ物足りないねぇな。ブリードはいないのかよ。奴らを、もっと殺したいのにな」
物足りなさを感じていると、突然、センサーが反応した。地中に大きな穴があり、そこに隠れていたブリードが姿を現した。
「こいつは、確か……」
心が踊るような大物の出現に、俺の気持ちは昂ぶっていた。
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