第12話
第八次ブリード調査報告書――。
国連加盟国にて、不定期で共有される報告書には、世界トップクラスの科学者による生態系の調査、研究した内容が記載されている。初の大戦から三十年以上経過しているが、明らかになっている事の方が少ない。ある研究チームからは、全体の約十パーセントも解明出来ていないと、発表しているが、あながち間違っていないのかもしれない。
莫大な予算を組みながら、成果の少ない事を理由に、一部の民衆からは金の無駄遣いとも言われていた。
そんな調査報告書を基に、現在までに確認されている多種多様なブリードの種類は、五つに分類されその危険度を五段階で表している。巨大な人型をしたキュプロスの危険度は低く、レベル1となっている。ブリード全体で、もっとも数の多いキュプロスの驚異は、その物量によるところが大きい。
実際に、新型ARを前にして簡単に殲滅されている理由はそれだ。
しかし、俺の目の前にいるこいつは、ギガースと呼ばれるレベル3のブリード。全長五メートル、後方か伸びた尻尾の先に頭部があり、本来、頭があるべきところには、四本の腕が生えている。その腕の先端は鎌のようになっているが、それが一番の武器でないことが、このギガースの恐ろしいところだ。
一番の脅威とされているのは、その俊敏性で、蜘蛛のように八本の足が、どんな地形でもスピードを損なうことなく対応してしまう。その為、ギガースには集団で囲み、短期決着を着ける事がセオリーとされているが、俺の前には二体のギガースがこちらを睨んでいた。
「おい、上薙少尉。ギガース二体ではこっちが不利だ。すぐに撤退するぞ!」
無線で、撤退命令をする市ヶ谷中尉を無視して、俺は戦闘体勢に入る。ネメシスによる副作用で、極度の興奮状態であったが、それ以上にブリードに対する怒りの感情が、逃げる事を拒否していた。
「今いいところだから、このまま殺らせろよ中尉。それにお前達は、このネメシスの力を知りたいんだろ? それなら俺が、見せてやるよ」
ARのバーニアを噴射して、一気に間合いを詰める。新型だけあり、加速性も最大速度も申し分なく、一瞬で間合いを詰める事に成功した。
その瞬間、刀でギガース一体の足をすべて切断する。
「ギアァァァァっ」
断末魔をあげるギガース。斬ると同時に、注入した混同血液の効果で、足は再生されない。機動力を奪ってしまえば、ギガースとて恐れる程ではなかった。
「どうだ中尉! 見ていたか。これが俺の実力――」
完全に油断していた。自分の力を過信するあまり、肝心な事を見落としていた。
ギガースは二体いた。一体に気を取られていた為、完全に油断していた俺を、冷静に見ていたもう一体のギガースの鎌により、俺の右腕は切断されてしまった。こいつらが、人間を殺す殺戮生物だった事を、すっかり忘れていた。
ブリードを相手にして、隙を見せたら待っているのは死だけだ。
「こ、この蜘蛛野郎が!!」
俺の腕を切った、お礼をすぐにしてやりたかったが、残った左腕で足を切断したギガースを攻撃する。先に、始末しておかなければ、後で攻撃される恐れがあるからだ。始末出来る時に始末するのが、対ブリード戦における鉄則だからである。
残った左腕を、尻尾の先端の頭部に無理やり突っ込むと、直接体内に混同血液を流し込む。
「ギァァァオォォォ!」
「ほら、もっと苦しめブリード! これがお前達から蹂躙された人類の痛みだ!」
さっきよりも大きな断末魔をあげ、ギガースは動かなくなった。全身に流れた混合血液により、死んだようだ。
「ふん。これで残るは一体」
「大丈夫か、上薙少尉!」
「見ていたか中尉。これで残るは一体だけだ」
切断したされた腕は、少しずつ再生していたが、ブリードの再生能力の速度ほどはなく、時間がかかるようだ。
もう一体のギガースは、どこかに隠れてしまっていらようで、センサーから反応が消えていた。動きさえすればセンサーに反応があるのだが、周囲には大きな岩の影が無数にある為、隠れるには適している。
不慣れであるが、左手に刀を持ち、いつ現れても対応出来るように構える。
「中尉、そっちから奴の姿は見えないか?」
「ダメだ。完全に見失ってしまった」
全身五メートルもある巨体を、見つからない。神経を研ぎ澄ます疲労から、徐々に焦り始める。
すでに、ネメシスを投薬してから、二十分以上経過していたので、いつ効果が切れてもおかしくはなかった。
「上薙少尉。そろそろ、ネメシスの効果が切れる。ここは、一旦引いて体勢を立て直そう」
市ヶ谷中尉の言うように、ここは一旦引いた方が懸命かもしれない。そう思い、気を緩めた瞬間。残っていたギガースが現れた。
「くそ! いちいち感に触るな、お前たちは!」
一瞬油断したが、すぐに体勢を立て直し、腕を四本斬り落とすと、そのままギガースの胴体に乗り頭部に刀を刺し込む。
「残念だったな! このまま死ね!」
頭に刺さった刀を、力任せに振り降ろし、真っ二つに斬り落とした。あまりにも強引だった為、刀は耐える事が出来ず、折れてしまった。
最後のギガースを倒すと、市ヶ谷中尉から通信が入る。
「やったな、上薙少尉。あのギガースを、一人で二体も倒してしまうなんて、思わなかったぞ」
「まあ、今の俺にはギガース二体なんて余裕――」
「…………か、上薙!!」
忘れていた。ブリードを相手にして、隙を見せたら待っているのは死。どんな状況でも、基地に生還するまでは、何か起きるかわからない。だからこそ、気を緩めてはいけないのだった。
身体に四本の鎌がくい込み、口から血を吐き出した。どうやら、最初から三体いたようで、最後の一体による攻撃を受けてしまったようだ。
「上薙! しっかりしろ!」
無線越しに聞こえる、市ヶ谷中尉の声が遠くに聞こえる。いくら再生能力が高くなっているとは言え、これだけの致命傷を喰らってしまえば無理もない。
アメリカを捨て、日本に移り、そしてスェーデンにて最期を迎える。死を予感し、走馬灯のように今までの記憶を辿る中で、来栖曹長の顔が浮かぶ。
俺を助ける為に死んだ来栖曹長に、こんなところで死んでは顔向けできない。
しかし、すでに身体は冷たく、意識も薄れていた。この状況を脱するには、ある賭けに委ねるしかないようだ。
作戦開始前、俺はネメシスを二本渡されていた。一応、予備として渡されただけで、二本とも使わないように――と、念を押されていた。それはネメシスがまだ未完成な実験段階の代物であり、過剰に投薬すると何か起きるはわからないからだ。再生能力をさらに強化すれば、まだ戦う事が出来る。
忠告を無視して、最後のネメシスに手を伸ばす。
「俺がこんなところで、くたばると思ってあるのか? このブリードが!」
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