第10話

 午後の訓練を終え宿舎に戻る途中、如月大尉に呼ばれ、市ヶ谷中尉と共に作戦室に入る。わざわざ人払いをしたことを考えると、女医との話で言っていた内容についてのことだと予想する。

 細胞の変異がどう――とか、あまり穏やかではない内容に、午後の訓練に集中できないでいた。


 「今日の訓練もご苦労だった。明日はいよいよ、新兵器の実戦評価試験となる。気を引き締めてお願いしたい」 


 午後の訓練は、最終的な連携の確認に重きを置いた、比較的に楽な訓練だった。それも、明日に実戦評価試験が控えていたからである。明日に疲れを残さない為の配慮だが、それよりも聞きたいのは労いの言葉ではなく、俺の身体の事だ。


 「如月大尉。自分が呼ばれたのは、大尉の労いのの言葉を聞く為でしょうか?」

 「少尉! 大尉に失礼だぞ!」


 市ヶ谷中尉から叱責されたが、それでも謝りはしなかった。如月大尉が、俺に隠し事をしている以上、謝るつもりはない。


 「何か、私に不満があるようだな上薙少尉。かまわないから言ってみろ」

 「それでは、お言葉に甘えて一言。今日の昼、女医と何かを話していましたが、何を話していたのですか? どうも、自分の事についての話に聞こえましたが、教えていただけないでしょうか?」


 俺の話を聞いた如月大尉であったが、表情一つに変えずこちらを見ている。氷のような、冷たい視線が突き刺さるようで、思わず目を逸してしまった。


 「上官の話を盗み聞きするとは、関心せんな少尉。……しかし、聞いていたのなら手間が省けた。上薙少尉を呼んだのは、その事についてだからな」

 「な、何ですか話してください。俺に何か問題が起きているのですか?」

 「明日の実戦評価試験の概要は覚えているか?」

 「はい。覚えています――」


 明日の実戦評価試験は、日本帝國で開発した新型ARの運用試験が主軸となっている。従来のARより十三パーセント軽量化に成功しており、新型のバーニアによる推力は十パーセント、稼働時間は三十パーセント向上している。それと、輸血機能が新たに備わっている為、戦闘中の貧血もある程度軽減されれる。

 実戦評価試験で結果を残せれば、次世代ARとして、日本帝國軍で正式採用され予定だ。


 「――それが、明日の実戦評価試験の概要ですが、それが自分と何の関係があるのですか?」

 「そうだな。その新型ARが新兵器となっている。……表向きには」

 「表向き? それは、他に新兵器があるって事ですか?」

 「このスェーデン基地に来た日の事は覚えているか? キュプロスの大群に襲われ、強行突破した時の事だ」

 「それが……途中から記憶がなくて、気づいたら基地の医務室にいました。それが、何か関係あるのですか?」


 水無月中尉が行方不明となり、来栖曹長ご目の前で殺されたあの日の事は、忘れたくても忘れなれない。多分、一生忘れる事は出来ないだろう。守る事の出来なかった光景が、記憶の片隅にずっと残っている。


 「あの時、私は上薙少尉にある薬を投与した。それこそが、本当の新兵器。人間を一時的にブリード化する禁断の薬ネメシス。明日、上薙少尉には、新型ARと共に、ネメシスの実戦評価試験も行ってもらう」


 一時的にブリード化する薬。そんな物を、俺の身体に注入された事実に、言葉も出なかった。そして、本当の新兵器がこのネメシスと呼ばれる薬だと言う如月大尉。

 一体、何を考えているのか。その冷たい目からは、何も知る事は出来なかった。

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