第9話

 一週間の療養の後、俺は原隊復帰した。

 本来なら一ヶ月はベッドの上にいるような怪我だったそうだが、身体の傷はすっかり癒えていた。驚異的な回復力に感謝する。


 療養中の兵士も多くいたので、部隊は実戦評価試験は見送り、練度を高める為、訓練に明け暮れていた。部隊の主力を多数失った事もあり、仕方のない事だった。


 「おう、上薙少尉。怪我はもういいのか?」

 「はい。上薙少尉、本日より原隊復帰します」


 市ヶ谷ひばり中尉。

 水無月中尉と肩を並べる部隊のエース。日本帝國軍では有名な市ヶ谷四姉妹の三女で、国連軍に出向と共に部隊に配属となった経緯がある。男勝りな性格と、戦闘スキルは部隊内でも上位を争う猛者であり、水無月中尉と仲の良かった俺を気にかけてくれている。


 「それにしても、上薙少尉。訓練ばかりで退屈だな」

 「そうですか? 訓練は大事ですよ」

 「それもそうなんだが、私はブリードと戦いたいんだよ。軍人としての血が騒ぐ――って言うのかな。とにかく、さっさと実戦に行きたいんだ」


 市ヶ谷中尉の家は軍人家系で、代々軍の中枢を担う人物を輩出している。長女は、日本帝國軍の大佐。次女は、国連軍の少佐でそれぞれが有名な軍人である。戦果をあげて名をあげる事を、何よりも大切にしているのであった。


 「でも、中尉。国連軍になったからには、他の国の兵士も部隊に入るんですよね。だったら、訓練は必要じゃないですか?」


 国連軍は、国連が運用する軍隊組織。その為、この部隊も国連の管轄に入る以上、日本帝國以外の兵士も加わる事になっている。

 兵器の実戦評価試験に辺り、国連軍の方が効率が良いと日本帝國軍が判断した為の出向だった。


 「ヘイ! 日本人は子供ばかりと聞いていたが、女は別なのか?」


 突然、国連軍の兵士に話かけられた。

 いかにもチャラそうな、外国人兵士たちに警戒した。


 「何だ貴様は!」

 「そんな怖い顔をするなって。俺たちは、今日から同じ部隊なんだぜ!」

 「同じ部隊?」

 「ああ、俺はクリス・ボーエン中尉。こっちは、ガリア・トリスタン中尉だ。よろしくな」


 そう言って、手を出すクリス中尉。

 しかし、市ヶ谷中尉は握手をせず話をする。


 「それで、中尉たちの要件は?」

 「おいおい、警戒するなって。これから仲間なんだから、仲良くしようと思ってな。だから、今夜付き合えよ中尉。楽しませてやるよ」


 そう言って、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるクリス中尉たち。目当ては、市ヶ谷中尉のようだ。確かに、市ヶ谷中尉は魅力的な女性だ。スタイルも良く、綺麗な長い髪。男性なら手を出したくもなる。

 しかし、市ヶ谷中尉はそんな簡単な女性ではなかった。


 「残念だったな。私は、自分より強い男としか寝ない。つまり、中尉たちでは役不足なのだよ」

 「何だと!」


 クリス中尉たちの顔色が変わった。自分たちのプライドを傷つけられて、怒っているのだろう。日本帝國と言えば、ブリードの侵略から逃れた国のとして、諸外国からは舐められていた。

 そんな日本帝國軍の兵士に、軽口を叩かれては収まりが悪いのだろう。クリス中尉は、必要に絡んできた。


 「日本人の分際で、俺らアメリカ人に舐めた事を言うな!」

 「何人だろうと関係ない! 礼節を軽く見ている人間を、私は良しとしないだけだ」

 「な、なんだと!!」


 市ヶ谷中尉の言葉に反応して、クリス中尉は殴りかかってきた。しかし、市ヶ谷中尉も黙ってはいなかった。

 クリス中尉の拳を手で抑え、そのまま投げ飛ばしてしまった。日本に伝わる、合気道と呼ばれる武術を目の当たりにしたのは、この時が初めてだった。


 「く、くそー! 何しやがる!」

 「先に手を出したのはそっちだろう。まだ続けるようなら、容赦しないが……」


 鋭い視線で睨みつける市ヶ谷中尉に、クリス中尉たちも恐怖したようで、逃げるようにしてその場から走り去っていった。

 凛々しく、そして強い市ヶ谷中尉に、ただただ見蕩れてしまった。


 「さて、上薙少尉。訓練を始めるとしよう」

 「は、はい。それで、今日はどんな訓練ですか?」


 ニヤっと笑い、市ヶ谷中尉は構える。


 「今日は、武術訓練だ。さあ、かかってこい!」

 「…………」


 それからの三時間は、地面に叩きたけられるだけの時間となった。


 三時間後。

 午前中の訓練が終わり、昼飯の時間となった。

 

 「どうだ、私は強いだろう?」

 「はい、とっても強いです。さすがは、市ヶ谷四姉妹ですね」

 「……う、うん。まあ、そうなんだが……」


 市ヶ谷中尉にしては、歯切れの悪い返し方だった。代々軍人の家系なので、その呼ばれ方を誇りに思っていると思ったのだが、そうではないのだろうか。


 話を変えながら、昼食を共にする。


 「それにしても、部隊はどうなったのですか?」

 「ああ、それなら昨日、部隊の編成が発表されたぞ」

 「え? 昨日ですか?」

 「ああ、そうだ。日本から来た兵士も、半数以上は失ってしまったし、元々国連軍からも合流するはずだったからな。さっきの奴らも編成された兵士だろう」

 「ちなみに、私と上薙少尉は同じ小隊に編成が決まっている」

 「……はい?」

 「……そうか! 少尉はずっと療養していたから、部隊の編成等を知らなかったのだったな。この際だ、説明しよう」

 「お願いします」


 市ヶ谷中尉による、第八六試験部隊の説明が始まった。


 「正確には、国連軍所属第八六試験中部隊。中隊は、四つの小隊に分かれていて、我々が所属するのはヴァルゴ小隊だ。他には、ブレオス小隊、ウィレン小隊、ボーダル小隊に分かれている」

 「なぜ、四つの小隊に分かれているのですか?」

 「それは、それぞれが別の兵器試験を担当しているからだ。我々は、日本から持ってきた兵器の実戦評価試験が主任務となる。その為、他の実戦評価試験は、他の小隊が担当するからに他ならない」

 「なるほど、それで納得しました」

 「ちなみに、さっきの奴らはブレオス小隊のやつらだ」

 

 どうやら、同じ部隊でも小隊は違うようで、面倒事は避けられるようだ。


 「さて、午後は小隊毎の訓練となるから、時間には遅れるなよ」

 「はい。市ヶ谷中尉は、どちらに行かれるのですか?」

 「私は、午後の訓練の打ち合わせで、如月大尉の所に行く。午後の訓練までは、しっかりと休むように」

 「はい」


 市ヶ谷中尉と別れ、少し時間があったので、医務室へと向かった。怪我をして以来、定期的に診察を受けるように言われていたからだ。

 サボると、女医がうるさいので、仕方なくだが医務室へ足を運んでいる。


 医務室の前に行くと、中から声が聞こえた。

 あの、小うるさい女医の弱みでも聞けたらと思い、耳をすませる。


 「原因は不明ですか、おそらくは細胞内に変化が起こっているようです。引き続き経過を観察しますが、これは新たな発見ですね」


 何らかの実験結果を報告しているようだった。何の実験なのか不明だが、深刻な話のようで、声に緊張が感じられた。


 「ところで、本人には話さないのですか?」

 「……うーん。まだ、話す段階ではないと思っている」

 「ですが、そろそろ症状も表れる頃だと思いますよ。知っていれば、本人も安心すると思いますが……。どうしますか、如月大尉?」


 女医と話しているのは、如月大尉のようだ。

 市ヶ谷中尉が打ち合わせに向かったのに、こんな所で何を話しているのだろう。


 さらに、話は続く。


 「わかった。本人には、私から話をする。だから、それまでは内緒にしてくれ」

 「わかりました。ですが、早めに話をしてください。それが、彼……上薙少尉の為でもありますから」

 「…………」


 俺の名前が出ていた。経過観察と言っていたが、定期的な検診は、どうやら俺の身体を調べるためらしい。

 如月大尉達は、何かを隠しているようだ。


 俺の身に、一体何が起こっているのだろう……。

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