第8話

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。


 コンクリートの天井に、少し硬いベッド。嗅ぎ馴れた消毒液の匂いから、医療施設だと察した。


 ボヤける視界に、ポタポタと落ちる点滴。少し痛いが、手足も無事にあるようで、指先がしっかりと動くのを確認した。


 俺は、生きているらしい。


 「先生、気がつきました!」


 少し慌てる看護師の声がした。

 それからしばらくして、医者らしき人物が現れた。


 「どうですか? 意識ははっきりしていますか、上薙少尉?」


 そう言って、目に光を当てて瞳孔を確認する。


 「どうやら大丈夫そうね。上薙少尉、喋れますか?」

 「……ああ、ここはどこですか?」

 「ここは、国連スウェーデン基地の医務室です。すぐに、如月大尉が来ますので、落ち着いてください」

 「如月大尉? …………!!」


 如月大尉の名前を聞いた瞬間、一気にフラッシュバックした。

 坂巻少尉の身体が、吹き飛びバラバラになる光景。隣にいた仲間が、無情にも死んでしまう光景。さらに、来栖曹長の顔半分が削がれ、潰されてしまう光景。


 心が、恐怖によって潰れそうな感覚に陥った。


 「……う、うあぁぁぁぁ!」

 「大丈夫ですか? 上薙少尉!」

 「うあぁぁぁぁぁ!!」

 「PDSDだ。鎮静剤を……」

 「…………く、くそ…………」


 鎮静剤を投与され、薄れいく意識の中、来栖曹長たちを守れなかった事実を後悔していた。


 それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 如月大尉の声に、目が覚めた。


 「気分はどうだ、上薙少尉」

 「……き、如月大尉……」

 「意識はしっかりしています。脈拍も正常で、目立った混乱は見えません」

 「そうか、拘束具を外してやれ」


 如月大尉の隣にいる医者が、俺の症状を説明しているようだ。虚脱感はあるが、確かに妙に頭はスッキリしていて、落ちついていた。


 拘束具を外された僕は、如月大尉に質問をする。


 「た、大尉。部隊はどうなりました?」

 「半数は戦死、行方不明者一名、三名は重症で療養中だ。残りは無事、この基地に辿り着くことができた」

 「……そ、そうですか……」

 「甚大な被害ではあったが、部隊が全滅しなかっただけでも、良しとしよう」

 「!!」


 良しとしよう――。

 如月大尉のその言葉に、俺は激しい怒りを覚えた。


 「どういう事ですか。坂巻も来栖も死んだんですよ。それなのに、良しとしよう――とは、どういうことですか!」


 そう言って、俺は如月大尉の胸ぐらを掴んだ。女性の胸ぐらを掴むなんて事は、生きてきて一度もなかった。男とは、女性を守る者だと考えていたからだったからだが、それほどまでに俺は怒っていた。


 「上薙少尉!」

 「かまわない、好きにさせてやれ」


 医者を制止する如月大尉。真っ直ぐに俺を見つめる視線と、凛とした態度に圧倒されて、俺は手を放した。


 「私を殴れば満足なら殴ればいい。しかし、坂巻少尉も来栖曹長も生き返りはしない。私たちは何の為に、ここにいる?」

 「そ、それは……」

 「すべては、ブリードを殲滅する為だ。その目的の為に、坂巻少尉も来栖曹長も命をかけたのだ。その意志と意味を理解しろ!」

 「……」


 俺は、返す言葉が見当たらなかった。

 それは、拳を強く握る如月大尉を見たからだった。厳しい現実を受け入れながらも、悔しい気持ちやいたたまれない思いを、感じたからだ。


 如月大尉だって、俺と同じ気持ちなんだ。そう思うと、何も言い返せなかった。


 「とにかく、今は身体を休めろ」


 そう言って、如月大尉は医務室を出ようとする。

 その時、とっさにある事を思い出す。


 「ま、待ってください大尉!」

 「何だ?」

 「あの……水無月中尉は、どうなりました?」


 どんな逆境でも、幾度となく生還してきた『不死身の水無月紗希』なら、きっと奇跡を起こしている。

 俺は、生きている事を祈った。


 「水無月中尉は……行方不明だ。おそらくは…」

 「……」


 この世界はあまりにも残酷だ。

 こうして俺は、大切な仲間を失ったのであった

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