第7話
集結ポイントまで残り、三キロ地点。
状況は最悪だった。
水無月中尉と別れた後、すぐに如月大尉の率いる部隊と合流できたが、部隊の半数はすでに亡くなっていた。輸送機と供に亡くなった者、降下中にブリードの砲撃に散った者、着陸に失敗した者。
たくさんの犠牲を払い、ここまで辿り着いたのだが、とうとうブリードの群れに追いつかれてしまった。
「大丈夫だ! 訓練通り、陣形を意識し各個撃破しろ!」
「了解! 巻、俺から離れるな!」
「りょ、了解」
「く、くそー。た、助けてくれ!!」
「うわーー!!」
やはり、実戦経験の少なさが露点する。残った部隊の大半はパニックを起こし、まともに連携が取れない。実戦経験がカバーするも、聞く耳を持たず、状況は悪い方へと傾いていた。
「如月大尉、このままでは全滅してしまう! ここは一気に集結して中央突破しかない!」
すでに部隊はブリードの群れに囲まれていた。相手はキュプロスと呼ばれる個体。人型の大きな身体に、発達した筋肉は攻撃と機動性に優れ、硬い皮膚で覆われている。そして、一番厄介なのは両手にある伸びた爪で、並の金属では紙のように簡単に引き裂かれてしまう。
その名が示すように、大型の身体を持ってキュプロスが何百と群れをなして襲ってきているのだから、全滅は時間の問題だ。
「その作戦しかないようだな。上薙少尉、私に続け! 道を切り開くぞ!」
「了解!」
「他に、先発を志願する者はいるか?」
「はい!」
「はい!」
「よし。以上、四名が先陣を切り、他の者は周囲を警戒しつつ続け!」
「了解!」
さて、作戦は決まった。
せっかく、水無月中尉が繋いでくれて命だ。決して無駄にはしない。一人でも多くの仲間を集結ポイントへ導き、俺も生き延びてやる。
そう、決心するのだった。
「行くぞ!」
如月大尉の合図と供に、ブリードの群れに突撃する。
「ぐ、があーー!!」
「――くそっ!!」
先発隊の一人が早くもキュプロスの餌食となる。しかし、かまってはいられない。歯を食い縛り、目の前の敵にだけ集中する。
「くそ! 一体どれだけいるんだ!」
「落ち着け少尉! 私たちが殺られば、部隊は全滅だぞ!」
「わかっている!」
集結ポイントまで、残り一キロ地点。
AFとは別に、対ブリード用の武器には血液が必要である。ブリードの血液と、自分の血液を混ぜ、ブリードの再生能力を無力化すら液体を直接注入する。その為、大抵が刃物からその液体を切り刻みながら注入するのだが、長時間の戦闘では貧血を起こしてしまう。
強化剤の中には、血液増進薬も含まれているが、それでも追いつかない時がある。また、この強化剤の連続投与は制限があり、すでに限界まで投与してしまった。
視界がかすれ、耳が遠くなる。
感覚も薄れ、自分が立っているのかもわからなくなってきた。
「上薙少尉! しっかりしろ!」
「…………」
「少尉!」
「……だ、大丈夫だ……」
くそ、意識が一瞬飛んでいた。
こんなところで死んでは、水無月中尉に顔向けできない。ところで、来栖曹長は無事なのだろうか?
後方に目を向ける。
どうやら、無事らしくしっかりと後を着いてきているようだ。
よかった。
自分を奮い立たせ、目の前の敵を対処しようとした瞬間。腕が上がらない事に気付く。
「……し、しまった」
キュプロスが俺をめがけて腕を振りかぶる。その丸太のような腕が振り下ろされれば、俺の頭は潰れてしまうだろう。
死を予感したが、もう足に力が入らない。
俺は、死を受け入れる事にした。
「危ない!!」
そう思った瞬間、俺の身体は横へと飛ばされた。声の方に目を向けると、そこには来栖曹長がいた。
どうやら、俺の危険を察知して後方から、飛んできたようだ。
「えへへへ」
来栖曹長は、いつもの笑顔を俺に向ける。
ボガっ!!
そして、その笑顔はキュプロスの一撃により、奪われた。顔の半分が爪により削ぎ落とされ、残った身体は別のキュプロスによって上下半分に引き裂かれてしまった。
誰の目にも、来栖曹長の死は明らかだった。
「巻――っ!!」
「落ち着け少尉! 援護を頼む!」
「うわーーーっ!!」
錯乱する俺を、如月大尉が押さえる。
何かをしゃべっていたが、上手く聞き取れない。身体の限界と精神の限界で、俺はまともな状態ではなかったのだった。
守ってやると約束していて、水無月中尉とも約束したのに。俺は、無力な自分を許すことができない。
「……し……たない……」
如月大尉が、注射器を手にして俺に言う。
「……すまない……」
「……………………」
何かを俺に投与したようだ。
ここにきて、強化剤を打ったところで何も変わらない。俺は、絶望に飲まれていた。
「…………!」
次の瞬間。
全身から例えようのない、凄い力が湧いてきた。何かが弾けたようにして、全身に走った。
そして、心はブリードに対する憎しみで支配されていた。
殺してやる。
奴らを全員、殺してやる。
覚えているのは、ここまでだった――。
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