第6話

 「……さ、坂巻少尉っー!!」

 「落ち着け、巻!」

 「……」


 パニックになりそうな来栖曹長を制し、落ち着かせる。先程まで、他愛もない話をしていた坂巻少尉が、こんなにもあっさりと死んでしまうなど、思いもしなかったが、これが戦場。実戦とは、予想もしない事が起きるものだ。


 それにしても、後を任せろと言った手前、何もできなかった自分に腹が立つ。


 その時だった。


 「第八六試験部隊の生き残りへ。私だ、如月だ」

 「大尉!!」


 どうやら、如月大尉は無事なようだ。


 「間もなく地上に着陸する。幸い、ブリードの群れからは距離を稼ぐ事はできた。それでも、奴らの進行速度からして、基地に着く前に追いつかれてしまうだろう。現在、スウェーデン基地から、援軍が向かっている――」


 どうやら、輸送機から降下する前に、如月大尉が基地へ援軍要請をしてくれていたようだ。

 あの状況下で、そこまで先を読んで行動しているとは、何とも優秀な大尉だ。


 「――この地点に集結せよ。以降、部隊の指揮は私がとる。以上だ!」

 「了解!」


 要は、援軍とのランデブーポイントまで生き残れ――って事だろう。あとは、着陸を失敗しないようにしないとな。


 「――って事で、巻!」

 「は、はい!」

 「集結ポイントに向かうが、降下訓練は受けているか?」

 「……は、はい」

 「焦らず、訓練を思い出せ。巻ならできる!」

 「はい!」


 着陸の瞬間、AFのバーニアを水平に噴射する事により、着陸体制から水平飛行に移行する。着陸中の硬直は、隙を生むだけなので、この一連動作は何度も訓練してきた。その甲斐もあり、来栖曹長も身体に染み着いていたようだ。


 「よし、このまま合流ポイントまで行くぞ!」

 「はい!」

 「いやー、二人とも無事だったみたいだね」


 突然、水無月中尉が現れだ。


 「無事だったんですね……。よかった」


 来栖曹長が、安堵の為か涙を流す。

 以前、来栖曹長からこんな話を聞いた事がある。


 この部隊に配属して日が浅い頃だった。連日の過酷な訓練により、不眠症に陥ってしまったらしい。そんな中、照会任務中に未確認の軍用機と出くわしてしまったらしい。通信で呼び掛けるが応答はなく、即座に迎撃任務が下り、来栖曹長は予想外のでき事にパニックになってしまったらしい。


 無理もない、今までの訓練は対ブリードを想定して行ってきたが、まさか人間相手にするとは思っていなかったからだろう。


 当然、武装は対ブリード用の物であり、近接戦闘を余儀なくされるのだが、運悪く相手は対人武装をしていた。

 銃器による一斉掃射に、来栖曹長のAFは被弾。バーニアの出力はみるみる下がり、墜落してしまったらしい。


 それを救ったのが、水無月中尉だった。

 それ以来、来栖曹長は水無月中尉に感謝をし、姉妹のように慕っていると聞く。


 来栖曹長にとって、水無月中尉の生存は、小さな光かもしれないが、大きな希望なのだろう。


 一旦、足を止めて状況を確認する事にした。


 「上薙! それよりも、厄介な事が」

 「何ですか、水無月中尉!」 

 「レーダーを見ろ。このままでは小規模だが、ブリードの群れに接触してしまう」

 「――!」


 レーダーには、無数の光が写し出されていて、ブリードの反応を示していた。運が悪い事に、風に流されてしまった俺たちの周りに遊軍はいなかった。


 「そこで、頼みがある。私が囮にあるから、来栖曹長を集結ポイントまで連れていってくれ」

 「――! なんだって!」

 「…………」 


 来栖曹長は黙っていた。

 もちろん、上官とはいえ、そんな命令は受けられない。俺は、水無月中尉に反論する。


 「それは無理だ! だったら、三人でブリードの群れを迎え撃てばいい! 群れとは言っても、小規模なんだし」

 「……そ、そうですよ」

 「……では、聞こう。来栖曹長の実戦経験からいって、あのブリードの群れを迎え撃たのは無理だ。それに、あの群れ以外にもどこかに潜んでいる可能性がある。その為、上薙、来栖曹長は二人一組ツーマンセルで集結ポイントを目指せ! これが最も生存率の高い選択だ」

 「し、しかし――」

 「私を誰だと思っている。日本帝國軍のエース『不死身の水無月紗希』だぞ。必ず生き残るってみせるさ」


 確かに、水無月中尉の提案が正しい。全滅を間逃れるには、最も生存率の高い選択だ。軍隊は、何よりも全滅しない選択をする。最後の一人でも残っていれば、それは勝利に繋がるからだ。


 それに、水無月中尉ならこんな奇跡を起こすかもしれない。

 かつて、日本帝國はブリードに国土の四分の一を奪われていた。まだ、日本帝國となってから間もなく、防戦一方だった頃の話だ。大規模な掃討作戦が行われ、たくさんの犠牲を払い、見事ブリードから日本を奪還した。その作戦の要となった部隊は、圧倒的な劣勢の中、戦局を覆しみごとな功績を残した。それが、水無月中尉のいた部隊であり、唯一の生存者である中尉は、『不死身の水無月紗希』として、伝説を残している。


 「わかった。ここは水無月中尉に任せる」

 「ありがとう」

 「で、でも――」

 「巻!」 

 「…………」


 来栖曹長の気持ちはわかる。でも、これは戦争なんだ。一時の感情で、人類は救われない。時には、厳しい選択をしなければならない。


 それが、軍人だ。


 「大丈夫よ。私もあとから行くから、待っていてね」

 「……水無月中尉……」

 「上薙、あとは頼んだぞ」

 「はい!」


 巻の手を引き、その場を離れた。

 しばらくすると、レーダーの範囲外となってしまい。水無月中尉とブリードの反応が消えた。


 俺たちは、決して振り返らず、集結ポイントを目指した。

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