第5話

 輸送機に乗り、すでに十時間が経過していた。陸地は、ブリードからの対空攻撃を回避する為、海上を飛行しなければならない。


 その為、二十二世紀の航空技術を持ってしても、これ程までの時間がかかってしまうのだった。


 「上薙少尉。起きていますか?」


 話しかけてきたのは、来栖曹長だった。


 「ああ、起きているよ。そろそろ、スウェーデン基地に着く頃だろう?」

 「はい。実は、話したい事がありまして……」


 いつも明るく、元気な来栖曹長からは想像もできない不安な表情を、気にせずにはいられなかった。


 「どうした?」

 「じ、実は、私は実戦に参加するのは初めてで、その……生き残れるか心配で……」


 日本は、比較的ブリードの脅威にさらされる事はなかったと聞いている。それは、ブリードは海を泳ぐ事ができない――、そう信じられていたからに他ならない。陸地で隣接しているような国では、いつブリードが進行してかるかわからないが、島国である日本には、その脅威がないと安心していた。

 しかし、実際にはブリードは泳ぐ事ができなくても、海を渡る事はできた。

 結局、その過信が仇となり、軍事配備が他国よりも遅れ多くの犠牲を出したと聞いている。

 もともと、軍を持たない方針で進められた政策だった事が災いしている。


 その為、日本は日本帝國と国名を改め、軍事配備に力を入れる政策に路線変更した。

 先のブリードの日本進行は、多くの犠牲を払ったが防衛に成功した。しかし、その代償として多くの兵士を失う事になる。

 どの国でも起きている、兵士の不足。その対応策として、徴兵制の復活と対象年齢を下げ、男性だけではなく、女性も徴兵の対象となった。


 その為、来栖曹長のような実戦経験のない若者は少なくない。少しでも不安を抱えているのなら、それは早めに取り除いていた方が良い。なぜなら、新兵の実戦における最初の死亡原因はパニックによるものだからだ。


 どれだけ訓練を積んだ兵士でも、訓練と実戦とはまるで別物で、例がいなくパニックを引き起こす。実戦では、予想のつかない事が常に起きる。くわえて、仲間の死や自身の死の恐怖がつきまとい、呼吸困難や身体の硬直、緊張による吐き気との戦いだ。

 つまり実戦では、パニックを引き起こした兵士から死んでいく。


 「大丈夫だよ。あれだけ訓練を続けて来たじゃないか」

 「でも……実戦と訓練は別物だと聞きました!」


 どうやら、余計な事を言った奴がいたようだ。両肩を抱え、酷く怯えている。このままでは、誰が見ても死にに行くようなものだ。


 「心配ない、自分に自信を持て。それに、いざとなったら俺が必ず助けてやる。だから、俺の傍を離れるな」

 「……上薙少尉……」


 気休めかもしれないが、来栖曹長の震えは止まった。だが、今はそれでよかった。スウェーデン基地に着いたからって、すぐに実験試験に出るわけではないだろう。ヨーロッパの北に位置するスウェーデンでは、日本との気候も違えば、環境だって違う。

 実戦経験の少ない兵士が多いいこの部隊に、いきなり作戦は出さないだろう。


 向こうに着いて訓練を重ねれば、来栖曹長の不安も消えるだろう。そんな風に思っていた。


 「へー。それなら、ぜひ私も守っていただけますか? ナイト様」

 「……坂巻少尉」


 坂巻瀬利さかまきせり少尉。

 この部隊では、数少ない実戦経験者の一人。日本は、ブリードの進行が少ないとはいえ、全くないわけではない。日本海側、特に九州では定期的なブリードの進行が確認されている。その本土防衛での実戦経験を買われ、坂巻少尉はこの部隊に招集された過去を持つ。


 「もちろん、坂巻少尉も守りますよ。ですが、少尉程の実戦経験があれば、俺なんか必要ないでしょう?」

 「まあ、確かに私ともなれば、守られるより守る側だろうけれど、あんたには興味があるんだよね……」

 「興味? それは……」


 確かに、訓練中もやたらと坂巻少尉の視線は気になっていた。しかし、それは好意とかではなく、好奇のような視線だった。

 なるべくなら、関わらないようにしていたのだが、実戦ともなればそうはいかない。


 何が起こるのかわからないのだから。


 「いやね、上薙少尉も実戦経験があってこの部隊に招集されたと聞いているのだが、一体どこでなんだろうと思ってね」

 「どこ――って、それは北海道ですよ」

 「ふーん、北海道ねぇ?」

 「何か不思議ですか?」

 「いや、確かに北海道もブリードからの進行があると聞いているが、それで不思議でね。以前、九州と北海道の防衛部隊で、合同演習をした事があったんだが、そこにいた上薙少尉とは別人のようだけれど?」

 「…………」


 しまった。坂巻少尉は、俺の事を疑っているようだ。如月大尉が用意してくれた国籍は、偽造ではなく実際にいた人物の物を流用している。

 まさか、坂巻少尉が本物の上薙少尉を知っているとは……。


 「そ、それは……」

 「一つ聞いてもいい?」

 「な、なんです?」

 「あんたに、私の後を任せても大丈夫なの?」

 「そ、それは……大丈夫だ。俺もこの部隊の一員だからな!」

 「…………」

 

 反応がない。

 もしも、俺の正体がバレてしまったら、きっと本国に強制送還されてしまうだろう。本国に帰ったところで、待っているのは処刑しかない。

 そんな事を考えていると、坂巻少尉は口を開いた。


 「そうか。任せられるならそれで良い」

 「え?」

 「あんたにも事情があるだろうし、戦力になるならそれでかまわない。私は強い奴が好きだ。何時だって、強さは正義だからな」

 「……坂巻少尉」


 どうやら、俺の正体については詮索しないでいてくれるようだ。今回は坂巻少尉の性格に助けられたが、今後も十分に警戒する必要がある。


 そんな事を考えている時だった。


 ドゴンっ!!


 大きな音と供に、輸送機が大きく揺れた。


 「何事だ!」


 坂巻少尉が大きな声をあげる。

 その瞬間、また大きな音と供に輸送機が大きく揺れる。

 如月大尉が、機内放送にて状況を説明する。


 「本機は、現在ブリードからの攻撃を受けている。運悪くブリードの群れに遭遇してしまったようだ」


 もうすぐ、スウェーデン基地に着くって時に、最悪な事態になった。


 「…………」


 来栖曹長は、不安そうに俺の腕を掴み震えている。


 機内の兵士たちの表情に、緊張が走りる。


 「幸いな事に、この機にはAF《アーマードフレーム》を乗せてある。これより我々は、輸送機を捨てAFにてスウェーデン基地を目指す事にする」

 

 AF《アーマードフレーム》。

 正式名称、対ブリード全滅用強化外骨格。高い機動力と運動性能、強化素材による耐久性。人類が持てる、科学のすべてを積めた兵器。


 どうやら、ここからは自力でスウェーデン基地まで行くしかないようだ。


 「大丈夫。俺が守るから!」

 「……上薙少尉……」


 来栖曹長をなだめ、AFを装着する。機内にいるすべての兵士が、AFを装着して指示を待つ。


 少しして、如月大尉が姿を見せた。


 「全員、AFを着用しているな。……それでは、作戦を開始する。全員、強化剤を投与!」


 「――!」


 AFの運動性能は、並みの人体には耐える事ができない。そのため、強化剤と呼ばれる薬物を投与する事で補っている。

 強化剤の中には、興奮剤も含まれているので、ハイになってしまう者もいる。


 「よし、順番に降下。私について来い!」


 輸送機から降下すると、陸地よりブリードによる砲撃が続いていた。運が悪くなければ直撃される事はないだろう。

 それよりも、来栖曹長は大丈夫だろうか?


 俺より先に降下した、来栖曹長を探す。


 「おい、大丈夫か?」


 来栖曹長は、すぐに見つける事ができた。


 「はい、大丈夫です」


 強化剤が、上手く効いているようで、不安そうな様子はなかった。


 「そうか、それはよかっ――」


 その瞬間、上空から爆発音が聞こえた。

 どうやら、俺たちの乗っていた輸送機が迎撃されてしまったようだ。


 全員、無事に降りれたのだろうか?


 そんな事を心配していた。


 「おーい! 無事だったか?」

 「坂巻少尉!」

 「来栖曹長も無事だったようだな」

 「はい!」

 「それより、どうだ? 一つ勝負をしないか上薙少尉」

 「勝負?」

 「どちらが先に、スウェーデン基地に着くかの勝負だ!」

 

 どうやら、坂巻少尉も強化剤でハイになってしまうタイプらしい。


 「いいよ。勝負しようぜ!」

 「よし! ノリがいいな。それじゃあ負けた方が、酒を――」

 「!!」


 通信の途中、坂巻少尉はブリードからの砲撃にあい、撃墜された。下半身は吹き飛び、内臓をバラ撒いて。


 「坂巻ーー!!」


 そうだ、忘れていた。これが戦場なのだという事を……。

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