第23話 友達のために
「そんな…ことが…」
『信じられないとは思うが、残念ながら全て本当だ。私達も今そっちに向かっている。先に準備を進めていてくれ』
「任せるのです。私は長なので」
コウとの通信を終えたアオイは、再び博士とコンタクトを取り、今起こっていることを出来る限り話した。思考が止まりかけるがそこは長、なんとか持ち直し直ぐ様行動を開始する
「博士!戻りました!」
「助手!それにお前達も!怪我はしているようですが、とりあえず無事でよかったのです…!」
「はい。ですが、想像以上に大変なことが起きています…」
「ええ、アオイから聞きました…」
ジャパリまんを配り、アオイとのやりとりを話す博士。正直食欲なんて失せていたが、回復しなければ動けそうにもない。ハンター達は耳を貸しながら、無理矢理咀嚼し胃に流し込んだ
「博士!助手!お連れしました!」
「スタッフも後から来るって!」
「よくやったのです。ではお前達、聞き逃すことのないようにするのです」
ダチョウとアメリカレアが、へいげんにいるヘラジカ組とライオン組の両者を連れて帰って来た。少しばかり事情を聞いていたからか既に臨戦態勢を取っているが、まずは博士の言葉を待った
「今、森の中でコウとサーベルタイガーがセルリアンの駆除をしています。しかし全てを倒せているかは分かりません、中から出てくる可能性もあるのです。よって、お前達に頼みたいことは次の2つです」
「1つは二人が撃ち洩らしたセルリアンの警戒と駆除。もう1つは周辺のフレンズの避難勧告、および森を立入禁止区域として閉鎖するための作業です。どちらも重要な仕事なので集中してやるのですよ」
「りょ~か~い。ならメンバーを分けた方が良さそうだね~」
「当然、私はセルリアンの相手をする!他の皆はもう1つの方を頼む!さぁ行くぞ!」
「待つのです。一人で行こうとするなです。話は終わってないのですよ」
「セルリアンの説明をしていないのです。ちゃんと聞いておくのですよ」
いつも通り突っ走ろうとしたヘラジカを、ライオンが掴み長が止めた。今回現れたのはハンターセル。セルリアンの中でも特殊で凶悪な部類であり、森の王、百獣の王と言えど油断ならない敵である。それについてのおさらいを終え、改めて諸注意をする
「博士、助手。私は二人の所に行く。止めても行くからな」
「私も行きます!行かせてください!」
「…いいでしょう。ただし、私も着いていきます。それでいいですか、博士?」
「ええ、頼んだのですよ助手」
やられっぱなしではいられない。任せっぱなしではいられない。セルリアンハンターのリーダーであるヒグマとサーベルタイガーの相棒であるタヌキは、キンシコウとリカオンの想いと共に二人を迎えに行く
助手、ヒグマ、タヌキの突入部隊。ヘラジカ、キンシコウをリーダーとしたセルリアン討伐部隊。ライオン、リカオンをリーダーとした閉鎖作業部隊。そして総括の博士。それぞれ別れ、荷物を持てばこれで準備は完了だ
「ではお前達、始めるのです!」
「我々の群れとしての力、再び見せるのですよ!」
────────────────────
「──
呟き、両腕を前に突き出し構える。サンドスターの輝きを身に纏い、コウの姿が変わっていく
何もなかったはずの手の中には、
それは紛うことなき、サーベルタイガーの持つサーベルだった。軽く振るわれると同時に、彼のフレンズとしての特徴の変化も終えた
その姿は、まさに雄のサーベルタイガーのフレンズ。瞳と髪の色が紅色という点を除き、鏡写しとでも言うかのように、耳、尻尾、服の模様、髪型…それら全てはサーベルタイガーと同じになった
【
コウ曰く、自身の持つサンドスターを1つの性質に全振りした形態。
彼の努力は、決して無駄ではなかった
遥か昔に絶滅したはずの動物、サーベルタイガー。それが今ここで、あるはずのない対面をし、お互いにその牙を握り締めている
コウは動かない。先程と同様、彼からサーベルを振るうことはない。真っ直ぐ彼女を見つめ、しっかりとその場に立っている
サーベルタイガーは動けない。先程とはまるで違う異質で異様な雰囲気は、自分がよく知る、よく知っていたものに変わったから
疑問と疑念。目の前にいるサーベルタイガーは、果たして敵か仲間か。信じて良いのか悪いのか。野生の本能ですら、どちらにするか決めかねていた
「グルアアアアア!!!』
しかし、動かないことには始まらない。それを確定させるべく、彼女は沈黙を破り、再び彼に向かっていく
まずは牽制。爆発的な脚力で間合いを瞬時に詰め、変わらぬ太刀筋で牙を振るう。ただし牽制と言うには、その攻撃は生易しいものではなかった
大昔に存在していた動物のサーベルタイガーは、脚が速い動物ではなく、意外にも牙は脆いとされている。その為狩りは待ち伏せをし、その牙を大型動物の首に突き立て、血管や器官を切断していたと言われている
しかし、そんな足枷は今の彼女にはなく、捉えられない程の速さを手に入れている。故に待ち伏せをする必要はない。牙は何度撃ちつけても折れることはない。それはサンドスターによる能力の上昇。獣ではなく、フレンズだからこその狩猟方法だった
ただ、その狩猟本能がそうさせるのか、彼女は彼の首、喉元を狙うことが多くなった。それは彼女がフレンズから獣へ近づいていることへの証明にもなる行動だった
対するコウも、野生解放によって牙を強化する。刀身に輝きを纏い、彼女のサーベルへと振り返す
ギイィィンッ!!!と耳をつんざく音を立て、両者のサーベルがぶつかり合う。火花のように飛び散るサンドスターは闇夜を照らし、二人の輝きをより際立たせる
しかし、ただぶつかり合っているのではない。サーベルに込めるサンドスターに、コウは想いを乗せて彼女の牙へと打ち付ける。攻撃ではない、彼は対話をしようとしていた
『俺は仲間だ』
『もう終わったんだ』
『皆の所へ帰ろう』
『美味しいもの沢山食べよう?』
無言のやりとりの中で、そんな言葉を投げ掛ける。何度やっても届かないのなら、届くまで何度でも繰り返すのみ。無数の衝突を経てもなお、彼のサーベルから輝きが失われることはない
その均衡も、徐々に獣へと傾いていく
「ガアッ!』
(っ…不味いな…)
時間が一秒二秒と過ぎていく毎に、サーベルタイガーの動きが変則的になっていく。時には四つ脚を地に付けて走り、時には再び飛ぶ斬撃を放ち、時にはサーベルを囮に使い爪の一閃を撃つ。最初こそ斬られるのは薄皮程度だったが、段々と無視できない程の傷へと進化していき、地面には着々と赤色が増えていく
守護けものの力を使えば、防ぎきることは出来るかもしれない。しかしそれをしてしまえば、 “サーベルタイガー” でなくなってしまったら、ここまでの時間が全て無駄になる。きっとやり直しなんて出来はしない。もう一度最初からやり直したとしても、サーベルタイガーの心を開くことは出来ないだろう
だからこそ、彼はサーベルタイガーであることをやめない。致命傷になり得るものだけを確実に避け、心に語りかけることを止めはしない。どんなに傷を負うとしても、彼は諦めたりはしない
そんな姿に、サーベルタイガーは困惑する。なぜこいつは同じなのか。なぜこいつは攻撃してこないのか。なぜこいつは逃げないのか
なぜそんなにも、優しい瞳をしているのか
決意が揺らぎ始める。覚悟が緩み始める。信じていいのかもしれないと、心の扉が開きかけていく
しかし、そう上手くはいかなかった
『ガウッ…!?』
「…!」
戦況が大きく動く。サーベルタイガーの右腕が、獣のそれに変わり始めていた
対話が始まってから僅か数分だったが、彼女の内からサンドスターが失われていくには十分すぎるほどの時間だった。もうすぐ左腕と同じように獣に戻り、牙を持てなくなるだろう
その事実に、コウは一瞬だけだったが動揺を隠せなかった。けものプラズムが揺らぎ、サーベルタイガーの中に
それは、あまりにも大きな失策だった
『グルル…ルルルルゥゥゥ…!』
再び距離を取り、唸るサーベルタイガー。既に満足に持てなくなってしまった牙をなんとか握り締め、深呼吸を一度し、真っ直ぐ彼に突き向ける
全ての力を、サンドスターを、その牙へと乗せる。これで終わらせるという意志が、言わなくても十分すぎるほど彼に伝わっていく
お前はやはり敵だと、その瞳が訴えていた
「…サーベルタイガーさん」
一言、彼女の名を呟いた。それは、覚悟を決めた証だった
『
見慣れたはずの技。見たことのない威力と輝き。地を抉り、空間を削り、何もかもを置き去りにする
暗闇に轟く閃光が、二人の影を作る
「ッ……カハッ……」
サーベルタイガーの牙は、コウの腹を貫通した
遅れてきた余波が、彼の全身を切り裂く。瞬く間に傷が広がり、赤い液体が飛び散る。じわりじわりと彼の服にも広がっていき、ポタポタと地面へと落ちていく。彼女の服も刀身も、元々の綺麗な姿ではなくなってしまった
『獲物は仕留めた』
『これで終わった』
『これで次にいける』
『次の獲物はどこだ』
本能の赴くままに、サーベルタイガーはその場を離れようとした
「──待って」
『ッ──!?!?』
牙を抜こうとしたその手を、仕留めた筈の獲物に捕まれた。顔を上げると、コウの瞳と重なった
彼はわざと避けなかった。刺される瞬間、サーベルと鞘の二本の牙で彼女の突きの軌道をほんの僅かにずらし、ギリギリ踏み留まった。全ては、この状況を作り出すためだ
あまりにも危険な賭けだったが、彼はチャンスをもぎ取った。ここからが、彼の本当の戦いだ
『ガウウ…!?グルアアア!!』
「大丈夫、落ち着いて?俺は仲間だ、獲って食ったりなんてしないよ?」
暴れるサーベルタイガー。しかし彼は離さない。上下に揺らされ、前後に動かされても、彼はその手を離さず、サーベルタイガーを見つめていた
『ガアアッ!!シャアアアア!!』
「そうだよね、怖いよね。ごめんね、こんなことになるまで待たせちゃって。こんな風なことしか出来なくて…本当に、ごめんね」
ありえないと言うかのようにサーベルタイガーは叫ぶ。どうにか離させようとコウの背中に爪を立て、腕に噛みつき首を振る。傷は更に広がり、激痛が全身を駆け巡る
それでもコウは離さない。サーベルタイガーを自分の胸へと引き寄せ、そっと優しく頭を撫でた
「大丈夫、セルリアンはもういなくなったよ。お仕事は終わったんだ。だから帰ろう?皆が、君の帰りを待ってるからさ」
コウの全身から溢れる、サーベルタイガーのサンドスターの因子。暖かく優しい光の輝きが、サーベルタイガーをふわりと包んでいく
そして──
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
周りが見えない。瞳に映るのは、暗い暗い闇だけ
ここはどこ?私はどこにいるの?
なぜ私はここにいるの?
何か…大切なことを忘れている気がする。でも何も思い出せない。何をしていたかも分からない
寂しい…それだけが頭に残ってる
『ガオオオオオオ!!!』
聞こえたのは、力強い、どこか懐かしい誰かの雄叫び。声のする方へ、私は夢中で走った
そこにいたのは、サーベルタイガーだった。一頭二頭じゃない、数えきれない程のサーベルタイガーがいた
そっか…私の仲間は、探してた仲間は、皆ここにいたのね。嬉しくて嬉しくて、自然と涙が溢れた
私も、すぐにそっちに──
『……ガーさん』
──今、何か聞こえたような
「……タイガーさん」
気のせい…ではなさそうね
「サーベルタイガーさん」
もしかして、私を呼んでいるの?
誰?あなたは誰?
「君の帰る場所は、そっちじゃないよ」
そっちじゃない?なぜ?ここには皆が──
「サーベルタイガー!」
「サーベルタイガーさん!」
──違う
そうだ、違う。確かにこの子達は仲間だった。それは間違いない、だって私はサーベルタイガーだから
でも…違う。私は、サーベルタイガーだから。私はもう、一人だから
だけど寂しくない。私はもう、一人じゃないから
「…さようなら。久しぶりに、会えて良かった」
手を振って、お別れを告げる。私を見るサーベルタイガーの瞳は、どこか寂しそうで、とても優しかった
「こっち。こっちだよ」
どこに向かえばいいの?あなたはどこにいるの?
「真っ直ぐ来て。そこに皆いるよ」
本当に?本当にいるの?
「いるよ。ほら、ここに」
どこまでも続く闇の中で、暖かな光が、その場に射し込んでいた
そっか。皆、そこにいたのね──
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「グウウ……ゥゥゥ……』
「そう…こっちだ。こっちだよ」
「ウウウ……ゥゥ……」
「…お帰り、サーベルタイガーさん」
胸の中で、すぅすぅと寝息を立てるサーベルタイガーさん。獣になっていた腕と脚は、フレンズとしてのサーベルタイガーへと戻っていた。どうにか間に合った、彼女はもう大丈夫だ
「皆も…ありがとね…」
「お礼は後でいい!今は自分のことに集中しろ!」
「意識を手放すんじゃあないのですよ!」
「すぐに良くなりますからね…!」
タヌキさんがサーベルタイガーさんを背負い、俺はヒグマさんにおぶわれ、助手の先導で森を抜ける。ぼやける視界の中で、渡されたサンドスターを腹に当て、この世にどうにかしがみつく
(これのおかげ…だな…)
懐に仕舞っておいた、妻から渡された御守り。守護けものの力と妻の想いが籠ったこの御守りは、あの突きの威力を弱め、切れかかっていたサンドスターを補強してくれた。皆が来るまで、妻が守ってくれたんだ
「──!────!」
「──。──、────!」
遠くから、誰かの声が聞こえる。短いようで長かった悪夢は、無事に終わりを迎えられそうだ…
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