第24話 君のおかげで
「次は僕の番!えいっ!」
「数字は3か。えっと…?『お掃除を手伝った。ご褒美で3つ進む!』か。良かったなトウヤ」
「お兄また進んでる!ズルい!」
「ズルくないよーだ!これでいちばーん♪」
「むー!負けないもん!だいすろーる! …あれ?」
「勢いをつけすぎたな。もう少し優しく投げような、シュリ?」
「えへへ、はーい!」
追加で駒を進めてご満悦なトウヤに負けまいと、意気揚々とサイコロを振るシュリ。しかし明後日の方向へと転がっていった。キングコブラが拾って確認、出た目は6と大きかったが、『お腹が空いたのでジャパリまんを3つも食べてしまった。4戻って一旦休憩だ』に止まったため、3番手と転落してしまった。ちょっとむくれている
「じゃあ、次はパパの……ッゥ…!?」
「パパ大丈夫!?」
「お腹痛いの!?」
「だ、大丈夫大丈夫、パパは強いからな!」
とか言ってみたけど、家族の心配そうな顔は治らない。やせ我慢してるのはバレバレだな。正直に言えば、鈍い痛みが起きてからずっと続いている。流石に誤魔化し続けるのは無理があったか
「こういう時は…シュリ!」
「うん!あれやろうお兄!」
あれ?あれとはなんだろう?と頭に疑問符を浮かべている俺のお腹に、そっと手を差し伸べた二人。そして、あのおまじないを懸けてくれた
「「いたいのいたいのとんでけ~!!」」
なにその可愛いやつかわいいかよ。そんなの反則だよ。そんなことされたらパパもう完全回復よ、今なら外に出て24時間耐久狩りごっこも出来そうな勢いだよ。でもそんなことしたら優しく微笑んでいる妻が毒蛇王から毒蛇神に進化する蛇神降臨の儀式が発動するからやらないよ
でも不思議なもので、本当にどこかに飛んでいってしまったと思えるくらいに元気をもらえるんだ
「ママもやって!」
「え?わ、私も?」
「うん!ママもやればもっとなくなるよ!だからやって!」
ナイスだ我が子達よ。そうだ妻よ、君も一緒にしてくれ。少し恥ずかしいという気持ちは分かる、だがそれでもやってほしい。君の照れた表情が見たいしついでに録画もしたいんだ←欲望丸出し(カメラはない(録音機もない(脳に焼き付けろ)))
「ほらママ!ここに手を置いて!」
「大きな声でやるの!」
「う、うむ…。い、いたいのいたいの…とんでけ~…!」
あ、ヤバい。少しだけフードを深く被って頬を赤く染めたそんな顔で更に上目遣いでしてくれるだなんて。こんなの破壊力抜群すぎて痛みがKOしてそれはもう元気になるよ。本当に可愛いんだから俺の妻は
「どうパパ?痛いの飛んでった?」
「それはもう綺麗さっぱりなくなったぞ」
「ホント!?やったー!私にも出来たー!」
「ありがとな皆。ほらキングコブラも」
「ん…」
順番に頭をなでなで。もっともっととねだる子供達と、照れながらも嬉しそうな妻
とまぁ我々八雲一家、現在皆で『ろっじすごろく』を楽しんでおります。作成者は名前の通りろっじの三人で、オオカミさんの描いたデフォルメされたフレンズの絵が所々載っている。因みに今は3週目、毎回違った展開になって面白い
あれから一夜明け、今いる場所は図書館近くの森から移り、みずべちほーから少し奥へ行った先に作られた病院『ジャパリホスピタル』。昔崩れ去った病院の跡地に新しく作られたものだ。大きなことから小さなことまで、多くの患者が今日もここを利用している
俺達がいるのは小さな別館で、関係者以外立入禁止の全部屋個室のところだ。ここまでの送迎やら入院の手続きやらは全部両親がやってくれた。流石は両親、対応が迅速で助かるよ
「コウ、少シ良イカナ?」
改めてサイコロを振ろうとしたところで、ラッキーさんが部屋に入ってきた。白衣とキャップをつけた病院バージョンだ
父さんからの伝言をくれたのもこの子だ。周辺の避難や閉鎖は無事に終えられたらしい。それと、『詳しいことは明日話すから今日はゆっくり休め』とのこと。俺の考えてることはお見通しだった
まぁこんな状態でする話じゃないし、今日はもうすぐ夜が来る。気にはなるけど、向こうが問題ないのなら明日でも十分間に合う内容だしね
それに、俺には先にやることがある。この子に呼ばれたってことは、彼女が無事に起きたってことだ
「彼女の様子は?」
「ズット窓ノ外ヲ眺メテイルヨ。バイタルハ問題ナイヨ」
「そっか、ありがとう。さて…と」
「パパどこいくの?」
「サーベルちゃんのところ。起きたみたいだからね」
「私もいきたーい!」
「いいけど、パパ大事な話があるから、二人はそれが終わったらママと入ってくるんだよ?」
「「はーい!」」
「よし、じゃあ行こうか」
*
静かな廊下をゆっくりと歩く。夕陽が優しく射し込み、白い廊下に色を付ける。彼女はお寝坊さんだなぁ…なんて、俺が言えたことじゃないか。俺が起きたのも数時間前だし。お互いボロボロだな
「あっ…コウ…」
「ヒグマさん。それに皆も」
反対側からハンターの四人が来た。その顔には陰が差している。おそらく、どんな言葉を掛けようかまだ纏まっていないんだろう。けどそれは、こう言っちゃなんだけどある意味都合が良かった。一対一で話がしたかったからね。順番に入るよう伝えると了承してくれたので、病室の前で待機しててもらおう
さて…ドアに手を掛けたけど、どうやって入ろうかな?動画実況みたいに『ウイィ~ッスどうもコウでぇ~す!』とか『はーいどうもこんにちはこんばんはコウでーす!』とかテンション上げて入るか?
…いややらないけどね。もうそんな歳じゃないし全員から総スカンを食らい説教の嵐からの毒牙と熊手と如意棒でパッカーンだ。そんなのは絶対に避けなければいけない、子供達の教育のためにも
そもそも、そんなことが出来るほど軽い空気じゃないのは自分が一番良く分かってる。彼女の心は、きっと…
「…よし」
まずはノックを軽く二回。返事はない。これは想定内
「入るよー?」
声をかける。返事はない。これも想定内。『どうぞ』と言われなかったけど、『駄目』とも言われなかったので、俺はドアを静かに開けて中に入った
白い部屋にベッドが1つ。そこには上半身を起こし、窓の外を眺める彼女がいた
「具合はどう?サーベルタイガーさん?」
「……」
「これ、皆からのお見舞い品。食べたいのあったら言ってね、すぐに切るからさ」
テーブルに果物の詰め合わせを置いて、軽く話題を振る。返事はない。こっちを見ようともしない
それでも俺は、気にせず話し続ける
「夕日が綺麗だね。風も優しいし、明日もきっと──」
「ごめんなさい」
「──うん?」
「ごめんなさい。私のせいであなたは大怪我を負った。本当にごめんなさい。許してなんて言わない。許してもらおうとなんて思ってない。ただ…本当に…ごめんなさい…」
最初に出てきたのは謝罪。布団を掴むその手も、やっとの想いで出せたであろうその言葉も、分かるくらいに震えていた
やっぱり、記憶は残ってしまったか。忘れてることに少し期待してたけど…こればっかりは仕方ないな
それでも、俺のやることは変わらない。自分の考えを、彼女にありのまま伝えるだけだ
「気にしなくていいよ、少し経てば治るから。歩く分には問題ないしね。杖がなくてもここまで来るのに苦労しなかったから本当だよ?
…まぁ、流石に駆け回ったりお仕事したりはドクターストップかかったけど…そんなの言われなくてもやらないんだけどね。俺ってそんなに信用ないかな?」
嘘偽りのないことの最後に、軽い冗談を投げ掛けてみる。いつも通りならこう言えばきっと彼女は言うだろう、『ええ、そこに関しては信用できないわ』ってね
「どうして」
いつも通りなら…ね
「どうしてって、何が?」
「どうして、そんな簡単に許せるのよ」
「簡単に…か。だって本当に気にしてないし、君は謝ったし。なら、この件はこれで終わりで良いじゃないk」
「良くないわよ!」
俺の言葉を遮る彼女の叫び。ようやく、彼女はこっちを向いた
「もう少しで取り返しのつかないことになってたのよ!?タヌキの声にも耳を貸さずに!見るもの全てを壊そうとしたのよ!?あなたのことだって殺そうとしたのに!こんな軽く流せるものじゃないのよ!」
光の灯っていないその青い瞳から、雫が頬を伝う
「誓ったのに!『皆を守る』って!『守るためにサーベルを使う』って!なのに私は!私のサーベルは!皆を傷つけようとした!あなたを傷つけてしまった!」
それは、止めどなく溢れ落ちていく
「どうしてそんな冗談が言えるのよ!どうして私を責めないのよ!どうしていつもと同じように接してくれるのよ!どうして…!どうしてそんなに…優しいのよ…」
最後の方は、言葉にならず消えていった。彼女のすすり泣く声だけが、この部屋に残っている
彼女は自分が許せないんだ。たとえそれが、今回のような不可抗力から来るものだとしても。彼女の心の傷は、誰もが思っている以上に深く大きい
そんな彼女の様子で、その言葉で、俺の頭にあの日の記憶が鮮明に映し出される
そして、俺は少し笑った
「…どうして、笑ってるのよ…?」
「だって思い出しちゃってさ。本当に似てるなって思ったんだよ、あの時にね」
「あの…時…?」
「覚えてない?なら言ってあげる、君が俺に言ってくれたことを」
『初めてまして。私はサーベルタイガー。君を、もっと知りたいな』
『さっきはありがとう。あなたのおかげで、私は今ここにいる』
『私だけじゃない。あそこに住んでたフレンズも、また平和に過ごせるわ』
『あなたのその力に、救われたのよ?』
『よかったら、お友達にならない?』
『あなたは私の…皆のヒーローなんだから…!』
嘗て、君が俺に言ってくれたこと。暴走してた俺を受け入れ、肯定してくれた優しい言葉を、今でも昨日のように思い出せる
「これさ、今の君にピッタリなんだよ。 君のおかげで皆無事にここにいる。あそこに住んでたフレンズ達の避難もスムーズに出来た。犠牲になった子達は誰1人としていないよ。ありがとう、君は俺の、皆のヒーローだ。
…あれ?この場合はヒロインかな? …とにかく、君は友達を守りきったんだ、胸を張ってくれ。それに君は、ちゃんと俺のことも助けてくれていたよ?気づいてないかもしれないけどね」
ハンターセルが俺に爪を振り下ろした時、君は俺に向けたサーベルをハンターセルに向けた。それがもし偶然だったとしても、結果的に俺の輝きは守られた。これは君が俺を助けてくれた証明なんだ
君が俺に言ってくれたことは、全部君にそのまま返ってきているんだ
「皆だって、そう思ってるはずだよ?そうだよね?」
「え…?」
扉を開けて、四人を呼ぶ。真っ先に一人、サーベルタイガーさんへと走り、優しく抱き締めた
「良かった…!本当に良かった…!サーベルタイガーさんがいなくなってしまったら…私…!」
「タヌ…キ…」
「ありがとう、サーベルタイガー。お前のおかげで私達は助かった」
「一人で全部やっつけちゃってましたね。本当に凄かったです」
「私達も見習って、もっと強くならないといけませんね!」
「みんな…」
優しい言葉と笑顔。ここにあるのは、心配と感謝の想いだけ。誰も君に、責める心も恨む心も持ってないんだ。彼女達のおかげで、それは十分に伝わったはずだ
それでも君は、自分を許せないんだろうね。君が罪だと感じていることは、まだ全部解決していないんだから
「サーベルちゃんおかえり!セルリアン退治おつかれさま!」
「これね、お見舞い品のきび団子!私達もお手伝いして作ったんだ!」
トウヤとシュリが、労いの言葉をかけながら、綺麗に入ったカラフルなきび団子を見せた。サーベルタイガーさんはそれを見たけど、すぐに二人に視線を戻した
「トウヤ、シュリ、キングコブラ…ごめんなさい」
「どうしたのサーベルちゃん?」
「なんでごめんなさいしてるの?」
「…貴方たちのパパの怪我、私のせいなの。私が、私のサーベルで怪我をさせたの。本当にごめんなさい…貴方たちの大切な人を、私は…」
思った通りだ。そんなこと、正直に言わなくてもいいことなのにさ
でも、今回はこれが正解かもね
「パパにはごめんなさいしたの?」
「…? したわ…。でも…」
「パパはどうしたの?」
「もちろん許したよ」
「ならヨシ!だね!」
「…え?」
「パパとママね、いつも言ってるんだ。『悪いことしたと思ったらちゃんと謝るんだよ』って。『反省して謝れるのは偉いんだよ』って」
「だからちゃんとごめんなさいって言えたサーベルちゃんはすっごく偉いんだよ!だからいいこいいこしてあげるね!」
こんな反応が返ってくるなんて、予想もしていなかっただろうね。目に見えて困惑してるけどさ、君の悩みなんてこんな簡単に解決していいものなんだよ?
「…キングコブラ、あなたはそれでいいの?私は…あなたの…」
「謝って、コウが許したのなら、私から言うことは一つ、『無事で良かった』だ。 …ただ、もしこれでも自分を許せないと言うのなら──」
一呼吸おき、少し悩んだ振りをして
「──また、古代料理を振る舞ってくれ。美味しかったからまた食べたいんだ。頼むぞ?」
妻は、そう言った。嘘偽りのない、優しい微笑みをしながら。それが彼女にとって、どれだけの救いになっただろうか
「うっ…グスッ…あぁ…」
「サーベルちゃんもどこか痛いの?」
「ならやってあげる!せーの!」
「「いたいのいたいのとんでけ~!」」
「ありがとう…ありがとう…!うわぁぁぁぁ…!」
つっかえていたものが、ようやく全部取れたんだろう。サーベルタイガーさんは涙が枯れるまで、ありったけ流し続けた
*
「頼んだぞ、リカオン?」
「オーダー、了解です」
「トウヤ、シュリ、お休み?」
「「おやすみなさーい…」」
すっかり外も暗くなり、そろそろ寝る時間だ。子供達には職員用の部屋で寝てもらうことになった。流石にここで家族全員で寝るのは無理だからね。一緒に寝るって駄々こねてたのを治めるのには苦労した、本音を言うと凄く嬉しいけどね
付き添いにリカオンさんがいるから、寂しさは少し紛れるだろう。寝かしつけるのは大変そうだけど、どうにか頑張ってほしい
「行った?」
「…ああ。足音も聴こえない」
「そっか」
背を向けたまま、妻はドアの前で佇んで動かない。きっと迷っているんだ、次に自分のしたいことが、俺に対して迷惑になるかもしれないと思っているから
だから俺は、彼女に言葉を投げ掛ける
「俺は大丈夫。大丈夫だから──」
両手を広げ、彼女を呼ぶ
「──キングコブラ、おいで?」
ふわり…と、彼女が飛び込んできた。胸に顔を埋めている彼女は震えている。その理由なんて、聞かなくたって分かってる
俺の怪我の具合を聞いた時、俺が起きない時間、俺が痛みを感じた瞬間…俺はずっと、君を苦しめていた。気が気じゃなかっただろうに、それでも子供達に心配をかけまいと、君はずっと耐えてくれていた
「ごめん、そしてありがとう。君のおかげでサーベルタイガーさんを迎えにいけた。俺を信じてくれて、本当にありがとう」
「当たり前だ、私は妻だからな…。…だが…それでも…」
「うん、心配してくれてありがとう」
信じる想いと、心配する想い。この二つが同時にあってはいけないなんてことはない。むしろこんなに想われている俺は、本当に幸せ者なんだから
「…もし…もしもだ。もしも私が、サーベルタイガーと同じことになってしまったら…お前はどうする…?」
それはきっと、少しばかりの嫉妬心。聞くのを躊躇うけど、答えをもらわないと不安な問いかけ
だから俺は、すぐに答えた
「どこにいたって必ず俺が迎えに行く。嫌だって言ったって、必ず俺が連れて帰る。絶対に守って、こうして何度でも抱き締めるよ」
もっと強く、彼女を抱き寄せる。今ここにいるのは俺達だけ。だからもっと甘えてくれていい。もう、我慢なんてしなくていいんだ
「…我が儘を、言ってもいいか?」
「勿論。俺の我が儘を聞いてくれたんだ、今度は俺が聞く番だよ」
「…なら…今夜は…このまま…」
「いいよ、ほら」
布団を持ち上げると、妻はゆっくりと入ってきた。今夜はお互いにお互いを独り占めだ。俺は君を離さないから、君は俺を離さないでいてくれ
指を絡ませて、抱き寄せて、俺達はそっと口づけを交わす。隣にいると、確かに感じられるように
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