第22話 貫く誓い


『大切な人を守りたい』



それは、誰もが持つ願いだった



そしてそれは、彼女にとって最大の願いだった



常日頃から彼女は考えていた



どうすれば皆を守れるのか



どうすれば自分の力を活かせるのか



どうすれば失わずにすむのだろうか



どうすれば。どうすれば。どうすれば



ずっと考えて、考えて、考えて。結局答えはいつも通り。今までと変わらず、今以上を目指して進むのみ



しかし、それでは足りなかった。目の前にある脅威を、目前に迫る死を回避するには



大切な仲間を、友達を、守る助けるにはまだ足りなかった



足りないのならば、どうすればいいのか



足りないのならば──





「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!!」





──己の限界を、越える破壊するしかない




獣のような雄叫びを上げ、自身の牙を彼女は振るった。それは刀身を倍に伸ばし、向かってきたハンターセルの四つ脚を斬り落した



『『━━━━!?』』



「ガルアッッッ!!!」



もう一度牙を振るうと、胴体が二つに分かれ、地に堕ちて呆気なく砕け散った。まさに一瞬、逃げる隙なんてありはしなかった


他のハンターセルが動き、隊列を組み直し獲物に狙いを定める。ヒグマ、キンシコウ、リカオン、タヌキを襲ったハンターセルが、4人の輝きちからを携え、サーベルタイガーへと振り下ろした。四方向からの一斉攻撃、避けることは不可能だった



だから彼女は、鞘をも武器にした



熊手も、如意棒も、拳も、爪も。全てをいなし、荒々しく牙と鞘を二体の目に突き立て、他の二体へと叩きつける。堅牢な身体にヒビが入り、全てが同時に葬られた


その勢いは止まらなかった。続けざまに来るハンターセルの群れを、彼女はたった一人で相手にし、そして破壊の限りを尽くした。襲い襲われの立場は、途中から完全に逆転していた


ハンターセルを倒した為、奪われた輝きは本人達へと戻っていった。しかし、一時的とはいえ奪われていた反動からか、己の武器は顕現せず、立つことすらままならなかった


ただ、そうでなくても彼女達は動けなかったであろう。思考が回らない。考えが纏まらない。目の前で狩りをするサーベルタイガーを見て、何をしていいのか分からなくなってしまっていたからだ



『グモモモモオオオオオ!!!』



手下であるハンターセルがやられたからか、沈黙していたベヒーモス型のセルリアンが吼える。敵討ちとでも言うかのように、その巨大な右拳をサーベルタイガーへと振り落とした



「ガアアアッッ!!!」



その腕を、二つの牙で悠々と彼女は受け止め、そして押し返した。まさか返されるとは思っていなかったベヒーモスは大きくバランスを崩したが、どうにかこらえ、地に脚を再び着け体勢を整えた



しかし、その僅かな動作が、致命的な隙となった



視線を戻した時には、サーベルタイガーの姿はそこにはなかった。聴こえるのは、何かを斬りつける金属音と不規則な風の音。それが獲物による自身への攻撃だと、理解するのに時間はかからなかった



理解したところで、そいつの運命はもう決まっている



後ろ足が削られ、巨体は再び体勢を崩す。派手に下半身を落下させ、無様な姿をさらけ出した。弱点である石とそれを守る小さな石を持つ別個体のセルリアンは、彼女が踏みつけ抑えられるくらいの高さにあった



「ガァッ!」



鞘で一回、牙で一回。石に向かって噛み砕く。まずは小さな破裂音。そして続く、パカァーンといういつも通りの音と、辺りに飛び散る虹色。セルリアンの中でも黒く大型という凶悪な個体は、あっけなくこの場から消え去った


その一部始終を、4人はただ呆然と見ていた。怪我の痛みも感じられない。お互いがどんな顔をしているのか分からない。彼女達の意識は、目の前にいる仲間一人のみに向いていた



「ヴヴヴ…ヴヴ…!」


「…サーベルタイガーさん…?大丈夫ですか…?」


「ガオオッッッ!!!」


「うわぁ!?」



ようやく出てきたタヌキの問い掛けは、サーベルタイガーに届くことはなかった。咆哮でタヌキを突き飛ばし、次の獲物を探すかのように音を置き去りにしてその場から消えた


それは少しの時間だったのか。あるいは長い時間だったのか。暫く彼女の雄叫びが、森中のあちこちから聴こえ止まなかった



そして──



「っ…お前達!」

「いた…良かった…!」



──時間は、現在へと戻る




━━━━━━━━━━




「サーベル…タイガーさん…」



「ガルルルアアア!!!」



「っ…助手!皆を連れて早く森を出ろ!振り向くな!決して止まるな!前に進むことだけを考えろ!いいな!?」



コウは珍しく強い口調で言い放ち、式神を展開して助手達に仕えさせた。返事はなかったが、全員彼に従い出口を目指した。本当ならここに残りたいという想いを、顔に出さないよう必死に堪えながら



そして、その選択は最適解だった



「グルアアア!!!」


「! ハァッ!」



突き付けられた牙はその場で振るわれた。コウとサーベルタイガーの距離は十分にあったはずなのに、その牙は彼に届いた。地に落ちていた葉は再び宙を舞い、同時に無惨にも細切れになった



彼女の斬撃は、飛んで空を裂いたのだ



即座にそれを理解したコウは、自身もサンドスターで剣を作り、向かってきた斬撃を叩き落とした。足元に出来た亀裂の大きさがその威力を物語っていた、当たったら只では済まないと



そして、もう一つ理解した



自分は、敵と認定されていることに



「サーベルタイガーさん!どうしたんだよ!?なんでこんな…!」


「ヴヴヴヴ…!!!」


「俺の声が聞こえないのか!?しっかりし──」


「アアアアア!!!」


「──くそっ…!」



言葉を遮る斬撃の嵐。息つく暇もない怒涛の攻めを、コウはなんとか全て叩き落とす。避けるという行為をしなかったのは、攻撃の射線上に皆がいるからだ



(こんな攻撃、こんな威力、今までの彼女にはなかった…。いったい、何が起きてこんなことに…!)



「ガアッ!!!」



(…考える時間は、くれなさそうだな…!)



遠距離攻撃は有効でないと判断したのか、サーベルタイガーは直ぐ様地面を踏み抜き、一気にコウへ間合いを詰めて直接牙を振るう。それは彼が想像していた以上に重く、殺意のこもった攻撃だった。一撃一撃を受ける度に後退させられ、剣を飛ばされそうになる


それは『守護けものとしての力を発揮しなければじり貧になり、最後には最悪の結末が待っているだろう』という考えが、彼の脳内に過ってしまうくらいのものだった



「仕方ない──変身トランス・【ルナ】!」


「グウッ!?」


「悪いけど、少し寝ててもらうよ!」


「ガッ……アッ……?」



コウの姿が、オイナリサマの力を宿した姿へと変化する。その様子はサーベルタイガーを怯ませ、隙を作ることに成功した。彼はすかさず、指2本で彼女の額を軽く叩いた


瞬間、彼女を急激な睡魔が襲う。彼が発動したのは、術式対象を強制的に眠らせる技。普段通りであればこれで彼女は深い眠りにつく。問題は解決はしないが、解決に向かうための時間は十分に稼げる



そう──普段通りであれば、だ



「グウウウウ…!!」



「っ、これでも止まらないか…!」



サーベルタイガーが暴れ出す。彼女の身体から洩れ出すサンドスターの輝きは、コウの術を拒絶した。驚愕しながらもその可能性を考慮していた彼は、ぼやきながらも深追いはせず思考を次へと回す


それでも彼は、彼女に対して剣を振るいはしなかった。よって、お互い傷つくことのない決死の攻防が続けられていた



「シャアアアア…!」


「サーベルタイガーさん!俺だ!コウだ!分からないのか!?」


「グオアッ!」


「…それは、返事になってないんだよ…!」



彼女の名前を呼んでも、自分の名前を叫んでも、帰ってくるのは獣の唸りと敵意のみ。容赦なんて欠片もない。大木を真っ二つにし、周りに絶え間ない傷痕を残し、それでも彼女は止まることを知らない



「シャアッッッ!!」


「グッ…!?うわっ!?」



戦況が動く


先程までよりも更に速く、そして敵を葬り去るという意志が籠った、必殺のサーベルの突き。その一撃はコウの剣を真正面から打ち砕き、防御の構えをしていたはずの彼を易々と吹き飛ばした。地面を跳ねる度に何度も踏ん張り、茂みにぶつかることで、ようやく彼は勢いを消し止まることが出来た


だが、自分は止まっても相手は止まらない。好機とばかりに再び牙を構え、突撃してくるサーベルタイガー。二人の距離は数秒足らずで0になるだろう



『━━━━!』



「こんな時に…!」



牙が振り下ろされようとしたその時だった。2体のハンターセルが音もなく左右後方から出現し、コウへと飛び掛かった。彼の輝きちからはセルリアンにとってご馳走そのもの、こうして襲ってくるのは道理であった



「ガアアアアッッッ!!!」



『━━━━!?』



しかし、その爪は彼に届くことはなかった



コウが対処するその前に、サーベルタイガーは彼へと振り下ろした牙の軌道を強引に変えハンターセルへと向けた。完全な不意討ちとなったその攻撃は、当たり所が良かったのか一撃でハンターを粉々にした



「…サーベルタイガーさん」



「オオオアアッッッ!!!」



そして直ぐ様、二撃目がコウへと向かう



「──幻符『蜃気楼の迷宮』」



一つの術名を呟き発動させたコウ。それは敵にまぼろしを見せる術式。ゆらりと彼の姿がぼやけ、周囲の森に溶け込んでいった



「グウゥ…!ガアオオオ!」



サーベルタイガーは力任せに牙を振るったが、コウを捕らえることは出来なかった。匂いで探ろうにも、カモフラージュされてしまい追うに追えなくなってしまった


諦めたのか、彼女は一度空に吠え、森の奥へと走っていった






─────






大木に身を預け、呼吸を整え、ポケットに入れておいたチョコレートを口に放り込んだ。広がる甘味で脳を潤し、先程までの惨劇とも呼べる光景を思い返した


…とても思い返したいものではなかった。とてもじゃないが信じられなかった


だって、あれはまるで…



ツーツーツー!ツーツーツー!ツーツーツー!



『コウ!無事か!?』


「…なんとか、保ってるって感じだよ」



通信機から父さんの声が流れてきた。博士は父さん達にも連絡を取っていたようだ


出来る限りの情報を伝えた。ハンターセルのことは勿論、サーベルタイガーさんのことも伝えた


重苦しい空気が流れる。それでも俺は、それについて聞かなくちゃいけない


「父さん、あのは一体なに?」


『…厳密にそれかは分からない。だが昔、似たような事例が起こったことがある。フレンズ…アニマルガールの急激な身体能力の上昇、そして暴走とも言える状態──』


言葉を一度切る。そして、父さんはこう言った




『──私達はそれを、【ビースト】と呼んでいた』




「ビースト…」


聞いたことがない。資料で見たこともない。こんな現象が起こっていたのなら、記録かなにか残っているはずなのに。こんなことがあったのなら、教えてくれていても良かったのに


…今はこんな細かいことは後回しだ。今聞きたいことは一つだけ。どうやったらサーベルタイガーさんを元に戻せるかだ


それを聞こうとした時、耳を疑うようなことを言われた


『コウ、一度帰ってきてくれ。これからの作戦を一緒に立てよう』


「…は?」


『一度帰ってきてくれ。そして──』


「父さん、それは出来ない。このままだと彼女がどうなるかは分かってるんでしょ?」


『──────。』


長い長い沈黙は肯定の証。分かっているからこそ、お互いにそれを口にはしない


そして理解した。あの現象…ビーストに対する有効な対処法はない。何をどうしたらいいのか今も分かっていないんだ。当たり前だ、情報がなさすぎるんだから


それでも、あんな状態の彼女を放っておくわけにはいかない。あれは野生解放以上のサンドスターを常に放出、消費している。すぐに元に戻さないと



つまりそれは、彼女の死を意味する



『…私達だってどうにかしたい。だが、悔しいがなにも出来ない。それに、お前には帰りを待つ家族がいるんだ。これ以上は言わなくても分かるだろ?』



分かってる。分かってるんだ、そんなことは



今の彼女ビーストの力は、俺達守護けものにも届くと感じた。そんな彼女相手に無茶をしてみろ、また妻を心配させて泣かせることになる。それに今は妻だけじゃない、子供達だっているんだ


だけどここで諦めたら、俺は守護けもの失格だ。それだけじゃない、誇れる父にも夫にもなれはしない。大切な友達を見捨てるなんて、俺は絶対にしたくない



『行ってこい、コウ』



『「なっ…!?』」



この声、キングコブラ…!通信がろっじと繋がってたのか!?それだとさっきまでの話は全部…!


『お前が思ってる通り、全部聴いていた。どんな状況になっているのかも、お前が何をしようとしているのかもな。 …なんとなく、そんな予感がしていたんだ。送り出したその時から…』


「…ごめん、本当にごめん。でも、俺は…」


『だから──必ず、サーベルタイガーを連れて帰ってこい。いいな?』


「…! 約束する。必ずだ」


本当に、君は素敵な妻だよ。いつもいつでも、俺を信じて待っててくれるんだからさ


「トウヤとシュリには…」


『上手く伝えておく…と、言いたいところだったが…』


『パパ?サーベルちゃんどうしたの?』

『サーベルちゃん何かあったの?』


聞こえてきた子供達の声。どうやら聞かれてしまったようだ。この反応からして、サーベルタイガーさんに何があったかまでは聞かれてなさそうだ


だから、俺は嘘をつく


「サーベルちゃんな、森の中で迷子になっちゃったみたいでさ。今パパ達で迎えに行くところなんだ」


『えっ?サーベルちゃん迷子なの?』

『サーベルちゃんも迷子になるの?』


「なるよー。誰もが迷子になる時があるんだ。それと、ちょっと遠い所にいるから、パパ今日は帰れないんだ」


『えー…。なら、僕もお迎えに行く!』

『私も!ママも一緒に行こうよ!』

『ダメだ。夜は危ないからここはパパに任せて、私達は明日パパを迎えに行こうな?』


「そうそう、明日パパを迎えに来てくれ。トウヤ、シュリ、お願い?」


『『むー…わかったー』』


「うん、良い子だ。 …そうだ、二人にもう1つお願いをするね。ママと一緒に、お団子を作っておいてほしいんだ」


『『お団子?』』


「そう、お団子。甘くて美味しいお団子だ。帰ってきたらサーベルちゃんに食べさせたいんだ。出来るか?」


『うん!いっぱい作るよ!』

『やる!おっきいの作るね!』


本当に…本当に良い子達だ。それに比べてパパは嘘つきでごめんな。でも、今回は許してほしいな


「ありがとう。キングコブラ、後はお願いね」


『分かった。では、また明日』

『パパ頑張ってね!』

『パパおやすみー!』


「お休み、また明日」


通信が切れる音がした。これで繋がっているのは父さんとだけ。選択肢も1つだけだ


『…何か策はあるのか?』


「1つだけ、思い付いたことがある。これで絶対にやってみせる。だから俺はいくよ」


『…しかし…』

『どうかお願いします、コウくん』


「母さん?」


『ミドリ…』

『アオイさん、私達の息子を信じましょう?コウくんなら絶対にやり遂げられます。そうですよね、コウくん?』


「勿論だよ。だからこっちは任せて、そっちの仕事に集中して?」


『…分かった。絶対に、二人で帰ってこい!』


「了解!」


瞳を閉じて、深呼吸を一回。覚悟は完了した、後は全力で実行するのみ




『ガオオオオォォォ!!!」




風が獣の雄叫びを運んできた。さっきまでのよりも強く、そして獰猛なあの子の雄叫びだ。もう既に、残り時間は少ないのかもしれない


そんなことは関係ない。絶対に間に合わせて、二人で皆の元へ帰る。そして妻と子供達が作ってくれたお団子を、皆で笑って食べるんだ



「力を…貸してくれ!」



妻から預かった御守りに祈りを込めて、俺はあの子の元へと走った




*




「グルルウウ……』



『━━━━━!』



「グルアアアア!!!』



『━━━━━!?』



「フーッ…!フーッ…!』



ハンターセルを砕き終えても、彼女は周りを見渡して次の敵を探していた。息は絶え絶えで、右脚は



やっぱり、君は君なんだ。そんなことになっても、ずっと一人で戦ってくれていた。皆をずっと守ってくれていた、とても優しい子なんだ



「サーベルタイガーさん」



名前を呼ぶと、彼女はゆっくりと俺の方を向き、様子を窺っていた。揺らめくサンドスターが、気持ち多くなった気がした。その瞳は、相変わらずを見てはいなかった



つくづく、あの時に似ていると思った。あの時は俺が暴走して、彼女が俺と向き合った。立場が真逆になってしまったね



なら、今度は俺の番だ。君を一人になんてさせない。あの時、君が俺にしてくれたように。俺が必ず、君を迎えにいく



だから…ごめん。もう少しだけ、待っててくれ




「──形態変化スタイルチェンジ・【剣歯虎サーベルタイガー】」

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