第3話 雨の日の来訪者
「いらっしゃいませ。ようこそ、ろっじアリツカへ……って、お久しぶりですね!」
「おはよう!久しぶり!泊まるわけじゃないんだけど大丈夫?」
「おはようございます。はい、大丈夫ですよ。ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう!」
朝、ろっじを訪れたのは一人のフレンズ。オーナーのアリツカゲラに挨拶をし、ここに来た理由を告げる。どうやら少しの間休憩をしたくて立ち寄ったようだ。それでも、アリツカゲラは快く彼女を受け入れた
「ここはあったかいよね。外と比べるとホントに違うよ」
「今日は雨風が強いですからね。ここまで来るのも大変だったのではないですか?」
「大変だったね~。でも大丈夫、寒いのは慣れてるからね!」
タオルで髪を拭きながら、親指を立てたフレンズ。『風邪なんて引かないぞ』と、一言強く付け加えた
「でも、どうしてもここに来ておきたかったんだよね」
「本当に久しぶりでしょうから、凄く驚くと思います」
「だよね。すっごく楽しみ!」
笑顔でそう語る彼女に微笑んだアリツカゲラ。二人が思い浮かべた人物は、きっと同じ人だったのだろう
「そういえば、新しい部屋増えた?なんかそんな感じする」
「その通りなんです!素敵なお部屋が更に増えたんですよ!」
「へぇ~!ねぇねぇ、良かったらその部屋案内してくれない?」
「勿論いいですよ!早速お部屋をご案内させていただきますね!その後で、“あの人” の所へ案内させていただきますね」
「よろしくお願いしまーす!」
──────
「雨止まない…」
「お外出れない…」
部屋の窓から外を眺めているのは、我が子トウヤとシュリ。明らかにがっかりした様子で、それに相応しいことを呟いていた
今日は風も強く、珍しく大雨が降っている。かっぱを着たとしても危険なので、今日はお家の中でゆっくりさせることに。しかし遊び盛りな子供達、そろそろ絵本を読む以外のこともしたいのだろう
ということで、助っ人を頼もうと思います
「オオカミさん、キリンさん、今手あいてる?」
「私は大丈夫だけど、先生は原稿の真っ最中だから、今はちょっと手がはなs」
「問題ないよ。遠慮なく言ってくれ」
「先生!?」
「気分転換だよ。このままじゃ良いストーリーなんて思い付かないのは、君も分かっているだろう?」
「むっ、むう…そうですね…」
食い気味なオオカミさんと、テーブルに広げられた真っ白な紙、そしてうまく丸め込まれたキリンさん。彼女は毎回丸め込まれている気がするけど、本人が納得してるならいっか
「それで、何をするんだい?」
「トランプしよう。ルールはババ抜きで。子供達にも分かりやすいしね」
「良いね、やろうか」
「「ばばぬき?」」
【ババ抜き】
トランプの遊び方の1つ。始めにカードを配り、同じ札を捨てる。一枚ずつ他者から抜き取り、同じ札があれば捨て、最後にジョーカーを持っている人が負けのシンプルなゲーム
まずは俺とトウヤ、キングコブラとシュリでペアになって試しにやってみる。実際にやった方が覚えやすいだろうしね。カードを配って、ダブりを捨てて、手札を整えたらスタートだ
「シュリ、まずはどれでもいいから一枚引くんだ」
「んー…これ!あっ、“3” が書いてある!」
「そしたら、これと同じ数字のカード一枚と一緒に出すんだ」
「3は…これ!」
ポイッと、スペードの3とハートの3を出したシュリ。早速揃えられたのが嬉しいのか凄いホクホク顔だ。かわいい
「んじゃ、次はトウヤの番。どれでもいいぞ?」
「僕は…これ!……あれ?」
「あっ、それは…」
トウヤが引き当てたのは、ペアの存在しない『ジョーカー』のカード。引き当てられたシュリはにんまりとしている。なんて分かりやすい娘なんだろうか
「どうしようパパ…」
「こういう時は、手札を並び替えるんだ。こんな風にすれば…」
「あっ!?分からなくなっちゃった!?」
「効果覿面、だな」
見えないように後ろを向いて、シャシャッと手札をシャッフル。差し出したカードは混ざりに混ざり、どこにジョーカーがあるかは全く分からなくなった
「…これ!…あーっ!?」
「…戻ってきたな」
シュリが引いたのはジョーカー。お返しとばかりににんまりのトウヤ。状況がまるっきり逆になった。かわいい
「ううう…」
「シュリ、さっき二人がしたこと覚えているか?」
「…あっ!そっか!」
「そう、それだ」
後ろを向いて、カードをシャッフル。これでジョーカーはまた行方知らず。ちゃんと覚えてて偉いぞ
「さて、練習はここまでにして、本番やってみるか?」
「やる!」
「かつ!」
カードを集め直し、よーく混ぜる。ショットガンシャッフルはカードを痛めるのでなしだ。正確にはあれはショットガンシャッフルじゃなくてリフルシャッフルというらしいけど…ここでは気にしなくていいな
「それ、ボクも参加していーい?」
カードを配ろうとした矢先、現れた突然の乱入者。全員の視線が、俺の後ろにいる人物へと集まっているのが分かる
その声の主に、思い当たる人物が一人だけいる
「…久しぶり、“リル” 姉さん」
「久しぶり、コウ!」
「ぐえっ!?」
振り向く前に飛び付かれ、腕が首に見事に極る。姉とはいえこれはキツい。妻の視線と合わせて痛いので早く離れてくれ
「ごめんごめん、ついね」
「変わんないね、そういうところ…」
「コウ達だってそんなに変わってないじゃん」
いいえ変わってます。何が?と聞かれたら…色々だ
ただ、見た目に殆んど変わりがないのは確かだ。俺とキングコブラは少し背が伸びたくらいで、昔の写真と比べても違いが分からない。フレンズだからというのもあるだろうけど、俺に関してはもうそういうレベルじゃない。もしかしたら、百年以上経ってもこのままかもね
「トウヤちゃん、シュリちゃん、今いくつになった?」
「いつつ!」
「みっつ!」
「そっかそっか、大きくなったね~!」
「「きゃー♪」」
交互に抱っこして、ぐるぐると回る姉さん。子供達も大はしゃぎだ。二人にとって、姉さんは伯母にあたる…のかな?なんにせよ、仲が良くてなによりだ
そんな姉さんは、あの北欧神話に出てくる狼、“フェンリル” のフレンズであり、俺が姉と呼ぶ4人の内の一人だ
碧い瞳、腰辺りまである所々はねた碧色のロングヘアー、ちょっと短めの斜め上を向いた耳、ふさふさした大きな尻尾。水色と白のしましまネクタイ。白いシャツに紺色のブレザーに、藍色の制服とスカートのオオカミ系フレンズ
そして、パークの “守護けもの” の一人
リル姉さんは普段はこの島じゃなく、ホッカイエリアというとても寒いエリアにいる。そっちの方も色々と忙しいみたい
本人曰く、ゴコクエリアでの用が済んだので帰るところだったが、せっかくなのでここに寄ったとのこと。せっかくで寄るような距離じゃないとは思うけど、こうして会いに来てくれたのは嬉しい
「では、改めてやろうか」
「そうだね、やろう」
リル姉さんとアリツカゲラさんも含めて合計8人。カードを配って、ペアになったものを捨てて、ゲームスタートだ
「あっ…」
…シュリが声を出して、一枚のカードを見つめた。もうこれで誰がジョーカーを持っているか分かったけど…知らないふりをしてあげよう
引く順番は、俺→トウヤ→キングコブラ→シュリ→キリンさん→オオカミさん→アリツカゲラさん→リル姉さん。早速、トウヤの手札を一枚引かせてもらおう
「…何もなしっと」
「僕の番!…揃った!」
ポンッとペアを出すトウヤ。どうやら、俺の運の悪さは受け継がれていないようだ
「では、私だな。……ふむ」
「フッフーン!」
あっ…(察し)
キングコブラが引いたのは、おそらくたった一枚だけあるジョーカー。引いた本人は表情に出していないのに、シュリの嬉しそうな反応から分かってしまった。周りも分かったようで、眼を反らしたり笑いを堪えたりしている
それにしても、シュリの今の顔は、未知のものに触れた妻にそっくりだ
「さぁシュリ、貴女はどれをえらb」
「えーい!」
「早いわね!?」
キリンさんが言い切る前に、左端のカードをシュバッ!と引いたシュリ。この即断即決はあの子特有の性格かな?
「あっ、揃ったわ」
「私は…違うね」
「私も違います」
ジョーカーの行方はバレているので、駆け引きなくサッサッと引いていくロッジ組。人数が多いからか中々揃わないな
「さて姉さん、どれにすr」
「これ!」
「…早いね」
「直感は大切だよ!ほらね!」
ペアになったカードを勢い良く出したリル姉さん。そのまま二週目が始まって、俺も揃ったので出す
「さてトウヤ、どれにする?」
「んー…んー…」
キングコブラが持っているであろうジョーカーは、どこに潜んでいるのか誰も分からない。トウヤもそれは分かっているから、手がずっと右往左往している
「…んっ!」
そして、意を決して一枚引いた
「…」シュッシュッ
あー…。さっき思ったことは撤回しておこうかな…
どうやら、引き当ててしまったようだ。慣れないながらも、頬を膨らませながら一所懸命カードをシャッフルしている
「あの顔、コウに似てるね~」
「ああ、そっくりだ」
姉と妻曰く、あのちょっと不満げな気持ちを訴えている顔が、俺がそういう時の顔に似ているとのこと。自分では分からないけど、二人が言うならそうなのだろう。嬉しい
そしてまた、それぞれ増えたり減ったりして二週目が終了。シュリと姉さんは相変わらず即断即決だった
さて、今度は俺が、ジョーカーを引くかどうかの時間だ。どれにするかな…
「ジーッ…」
「…どうしたトウヤ?」
「なんでもないっ」
カードを突き刺す視線が、口からあふれている。知らないふりをして、俺は違うカードに手を伸ばしてみる
「これにしようかなー?」
「ジーッ…」
「…こっちもいいなー?」
「ジーッ…!」
…シュリほどじゃないにせよ、トウヤも分かりやすい方だな。これ絶対2枚目のやつがジョーカーだ。どうしよう、このまま迷うふりして、コロコロ表情が変わる息子をもう少し見てたい気がしてくるけど…
『ジーッ…』
…皆の視線が痛いので、引きます
「…これにするかな」
「あっ…!」
俺が引いたのはジョーカー。皆もう分かっているだろうけど、トウヤの反応でそれは明白になった。まぁわざと引いたので、知られても特にデメリットはない
ただ…おそらくこれは、最後まで俺の手札に残る。俺の野生の勘がそう言っている
「どれにしようかなー!」
「フフッ、ゆっくり考えるといい」
…まぁ、この子が楽しそうだからいいか
*
「これで、私も上がりだね」
オオカミさんの手札が0になった。これで残ったカードは、俺が2枚で姉さんが1枚の計3枚だ
1抜けは妻。なんかいつもトランプで遊ぶと強くなる気がする。その強さを少しだけでもいいから分けてほしい。結局ここまで、ジョーカーは俺の元を離れなかったし
「コウ、ボクが勝ったらお願いを1つしてもいい?」
「このタイミングでそれ言う?」
「…ごめん」
申し訳なさそうな姉さん。ションボリしてる姿は珍しい。そこまで責めてるわけじゃないから…
「…内容によっては、聞いてあげなくもないよ」
「ホント!?ありがとう!よーし勝っちゃうよ!」
そ、そんなに気合い入れるような内容なの?なんか怖くなってきた、これは断ることを前提にしていた方がよさそうだ
「じゃあ、いくよ…!」
「…どうぞ」
俺の手札は、ジョーカーとスペードのエースの2枚。向こうはそれとペアになる最後のハートのエース。これで決まるか決まらないか、勝負はここからだ
「コウ、右のカードの位置を高くしているね」
「あれは…ジョーカーだというアピールか?」
「そんなあからさまな罠に引っかかるかしら?」
「どうでしょう?あれがジョーカーかは分かりませんし…」
様々な憶測が飛び交うこの空間。これこそが俺の狙いだ
これは散々使い古された精神攻撃戦法。流石のリル姉さんも、これに手を伸ばすかどうか躊躇している
「「がんばれー!」」
子供達の応援。どちらに向けたかは分からない
…きっと、俺達二人ともだね
「さぁ…どうする?」
「……えーーーーい!」
姉さんが引いたカードは、差し出していた右のカード。その結果は──
「やった…あがりっ!」
──ハートのエース。この勝負、彼女の勝ちだ
*
「ありがとね、ここまで送ってくれて」
「これくらいならお安いご用だよ」
姉さんが頼んだのは、港までの送迎とお見送り。ろっじに停めてあるバスをラッキーさんに動かしてもらった。これくらいなら勝負の賭けにしなくてもしてあげるのに。変なところで気を遣うなぁ
てか母さんのクルーザーを使ってたのね。凄く見覚えあるよそれ
「少しだけだったけど、すっごく楽しかった!また来るね!」
「こっちも楽しかったよ。今度来る時は事前に教えて?色々用意して待ってるからさ」
「ホント?ならそうするね!」
急なことで何も用意できなかったからね。今日みたいに僅かな時間の訪問でも、お菓子くらいなら出せるから
「コウ、毎日楽しい?」
「楽しいよ。なっ?」
「「うん!」」
「ああ、勿論だ」
問いかけに即答、からの即答。大丈夫だよリル姉さん、俺の毎日は、とても楽しくて幸せだから
「気を付けてな」
「元気でね」
「「またねー!」」
「今度はお土産持ってくるからー!」
クルーザーを乗りこなして、リル姉さんはキョウシュウを去っていった。あっという間に見えなくなって、俺達も手を振るのをやめる
「さて、帰ったら何をする?」
「「ババ抜き!」」
「言うと思った。よし、やるぞ!」
「「おおー!」」
次こそは1抜けすると意気込む子供達。それに釣られて、俺も気合いを入れてみる。妻は苦笑してたけど、その表情はやる気十分である
今日は何回、やることになるだろね?
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