第2話 刺激ありありな体験


「「おじいちゃん!おばあちゃん!おはよーございます!」」


「おはようトウヤ、シュリ。元気いっぱいだな」

「おはようございます。チョコ食べますか?」


「「たべるー!」」


差し出されたそれを受け取って、ヒョイッと直ぐに口に入れたトウヤとシュリ。小さな声でキングコブラが『あれはお前に似たな?』とからかってきた。否定できないのが悔しくもあり嬉しくもある


現在俺達がいるのは、キョウシュウエリアの遊園地。俺達夫婦にとってとても馴染み深い場所に、今日は家族全員で朝から訪れている


その理由は、1日遊園地を回って、その感想を報告してほしいと両親から頼まれたからだ。たったそれだけのものだったので、当然俺達は二つ返事でそれを引き受けた


「コウとキングコブラもおはよう。すまないな、こんな早くに」


「謝らなくていいよ。今日は楽しませてもらうしね」

「その通りだ。二人も楽しみだろ?」


「「たのしみー!」」


「…そうか、良かった。なら、今日は存分に楽しんでいってくれ」


渡されたパンフレットを並んで眺めているトウヤとシュリ。すっかり眠気はとれてワクワクしている様子に、両親もホッとしたようだ


「これを渡しておく。一応人数分な」


「ありがとう、遠慮なく使うね」


「はい、じゃんじゃん使ってください」


渡されたのは、色々な動物の肉球スタンプが施された可愛らしいパスポート。これがあれば殆んど並ばずに乗れるし、ご飯は食べ放題とのこと。職員権限様々だ


そんなアオイ父さんとミドリ母さんは、キョウシュウエリア全体の責任者だ。パーク全体の職員の中でも立場はトップクラスだから疑問はない


そして、各エリア、各ちほーにも責任者がいる。知り合いだとさばんなにいるミライさんが該当する。他はだいたい父さん達の同僚で、誰も彼も忙しそうだ


仕事に戻る二人を見送って、背伸びを一回。脚も軽く伸ばしておく。これから長い時間歩くからというのもあるけど、きっとあの要求がくるからその準備だ


「パパ肩車してー!」


ほらきた


「いいぞー。ほら乗れ乗れー」

「わーい!」

「お兄ずるいー!ママ私もー!」

「分かった分かった、ほら」

「やったー!」


俺がトウヤを肩車すると、キングコブラもフードをパサッと取ってシュリを肩車する。目線が高くなって二人は更にご機嫌だ。見えている世界が、きっと全くの別物になっているのだろう


「近場から行くか。ここからだと…まずはメリーゴーランドか」


「んじゃそこで。二人もそれでいいかい?」


「「おっけー!」」



*



さて、ヒトが戻ってきたのが、キングコブラが上の子であるトウヤをお腹に授かったくらい。だいたい6年くらい前のことだ。その間でパークは変わろうとしていた


いや、元の形に戻ろうとしていた、が正しいのかもしれない。…どっちでもいいか、どっちにしろ変わったしね


セルリアンの出現も落ち着いてきて、復興作業も今では順調に進んでいる。段々とアトラクションが動き始めたから、数日に1度お客さんを招いている。新しいアトラクションもつい最近できたみたいで、スタッフが描いたであろう可愛らしい案内板が所々に立ててある


「つぎつぎー!」

「はやくはやくー!」

「こらこら、暴れるんじゃない」

「落ちちゃうぞー?」


メリーゴーランドを乗り終えて、次の目的地へと歩く俺達。せがむ二人をなだめながら、少しだけ脚を早める


「…おっ?アイスクリーム売ってるな」


でも次に行くその前に、お腹に何か入れておこう。歩くことでカロリーも消費されるから問題なし。皆も食べたそうだしね


ヒトが戻ってきたことで、『買い物』という概念も徐々に復活してきている。ヒトに対しては外と同じように、フレンズに対してはお金コインではなく『ジャパリ商品券』というものを渡し、買い物の雰囲気を味わってもらっている。そこのお店でも、フレンズがそれと引き換えにアイスを貰っているね


商品券をもらう条件は様々だが、主な方法はスタッフからの簡単なアンケートに答えること。俺達家族も両親に貰ったものがあるけど、今回はパスポートがあるから必要無いね


「味はどうする?色々あるぞ?」

「私バニラー!」

「僕もー!」

「私もそれにしよう」


まさかの満場一致である。なら俺もバニラにしよっと


「あっ、いらっしゃいませー!」


「すみません、アイスクリーム4つください。全員バニラ味のコーンで。あとこれを」


「はい!4つとフレンズパスポートですね!少々お待ちくださいませ!」


アイスクリームを作り始める女性店員さん。見た感じ新人さんかな?声と見た目が若々しくて凄い元気。あとやっぱりフレンズと会えるのが嬉しいのか、キングコブラを見て瞳をキラキラさせていた


「お待たせしました!アイスクリーム4つです!」


「ありがとうございます」


「それとこちら、試食でお配りしているクッキーです!よろしければどうぞ!」


「あらら、ありがとうございます、後でいただきますね」


「ぜひぜひ!ありがとうございましたー!」


貰ったものをしまいつつ、ベンチに座ってアイスクリームを味わう。甘くて冷たくてとても美味しい


アイスの食べ方にも違いがある。俺とシュリは一口が結構大きく、キングコブラとトウヤは小さく少しずつ。やっぱりトウヤは母に、シュリはに似てるのかもしれない



*



食べ終わったので再開。少し歩くと、中々おどろおどろしい見た目をした建物が見えてきた


「キッキッキ…ようこそ、呪いの館へ…!」

「いらっしゃいませ~。 …なにするんでしたっけ?」

「受付だよ~。 …私もう寝ていい~?」

「駄目に決まってるでしゅよ!?」


なんとも緊張感のない受付だな…。仮にもここはお化け屋敷の1つなんだからもっとホラーな雰囲気を出した方がいいんじゃないの?それとも怖がってる子を少しでも安心させようとする配慮なのか?


というわけで、受付をしていたのは “ナミチスイコウモリ(ナミチー)” さん、“ウサギコウモリ” さん、 “カグヤコウモリ” さん、“テングコウモリ” さんのコウモリ四人組。彼女達のように、フレンズがパークスタッフのお手伝いをしている場所もある


「大人二人、子供二人で」


「分かったでしゅ。…子供達は本当に大丈夫でしゅか?ここ結構怖いと評判なんでしゅよ?」


「だそうだが…トウヤ、シュリ、大丈夫か?」


「ぼ、僕大丈夫だよ!」

「私全然怖くないよ!」


これまた正反対な反応だ。1人でも入っていきそうなくらいワクワクしているシュリに対して、トウヤは俺のズボンをギュッと強く掴んで震えている。強がりを言ってるのは、シュリに情けないところを見せたくないという兄のプライドだろう


しかし本当に大丈夫か?中から悲鳴が聞こえる度に、トウヤはビクッ!と跳ねている。今にも泣き出しそうな顔もしてるし…


「トウヤ、無理はしなくていいんだぞ?」


「むりしてないもん!僕こわくないもん!いくもん!」


「…そうか。じゃあ改めて、大人二人、子供二人でお願い」


「はぁ~い4名様ごあんな~い!キッキッキ、頑張りな、二人とも?」


ナミチーさんがトウヤとシュリを撫でた後、小さな懐中電灯を一つ渡してくれた。なんて心許ない光なのだろうか


小声で『能力は使っちゃダメでしゅよ』とウサギコウモリさんに言われてしまったので、ヤタガラスの光やキュウビの炎で照らすのはなしに。勿論、このヘビの姿で使えるピット器官もだ。まぁ、元々使う気はなかったけどね


「んじゃ、いくぞー」

「ああ」

「はーい!」

「ぅぅ…」


凄く心配なんだけど、その気持ちは閉まって光をつけていざ中へ。外よりも空気がひんやりしていて、中々雰囲気が出ている。壁には赤い手形のようなものやヒビ割れがあって、恐怖を煽るには十分だ


その証拠に、さっきまで余裕の態度だったシュリが静かになった。キングコブラの手を不安そうに強く握っている。トウヤ?相も変わらず泣きそうだよ。因みにキングコブラは全然怖がってない。流石は蛇の王俺の妻


まぁ俺も、特に怖く感じない。向こうの世界でと過ごしていたこともあるので、今更作り物にそんな感情など湧かないのだ。我ながら変な耐性がついてしまったと思うよ


とはいえ、つまらないという感情はない。どんな風に脅かしてくるのか楽しみだからだ



~♪~~~♪~~~♪~~~♪



「…ん?なにか聴こえなかった?」

「お前も聴こえたか。気のせいではなかったようだな」


少し進むと、携帯の着信音のような不気味な曲が聴こえてきた。適当にライトを振ると、右手の方に小さなテレビと携帯電話が置いてあった。音の発信源はここからだ


…テレビに携帯電話?なんか混ざってる気が…まぁいいか



『ウフフフフ…』


「「ヒッ…!?」」



そして女性の笑い声のようなのも聴こえた。これは二人にも聴こえたようで、兄妹揃って小さな悲鳴を上げた


再びテレビに光を当てると、画面が変わり、長い髪の毛で顔を隠した女性が映った。そして這いずって、テレビから出ようとする仕草をしている。これはまるであの有名なホラー映画の1シーンだ。でもやっぱり混ざってない?



『ねぇ、私メリーさん…』



何処からともなく聞こえた言葉に、『それもかよ』とツッコミたくなったが、どうにかそれは飲み込めた。さて、次はお決まりのあれかな



『今…あなたの後ろにいるの!!』



ドギャァ~ン!というような大きな効果音と共に、突如後ろから人が現れた。それはテレビに映っていた女性と同じ恰好で、前髪の隙間から飛び出した目玉でこっちを凝視していた。登場の仕方は予想通り、眼力は中々迫力があって予想外



「「……」」



おおっと、子供達が固まったぞ?お化け役の人もリアクションが来なくて少し困ってそうだ。でもそれはたぶん全然怖がってない俺と妻のせいかもしれないなぁ(ごめんなさい)



「わああああああああ!?!?!?」←ダッシュ

「えっあっシュリ!?」



これも予想外!シュリが繋いでた手を振り切って逃げた!時間差で恐怖が来たんだな!?でもこれ非常に不味い!こんな場所で一人先に行ったら…



『ウォォォォォン!』←何か吠えた

『バァンッ!』←何か飛び出した



「きゃあああああ!?!?パパ~!?ママ~!?」



そりゃそうなるよね!仕掛けが次々起こるよね!とっても怖いよね!



「すごーい!なんでこんなにおめめでてるのー!?」



トウヤはトウヤでどうした!?さっきまでの恐怖どこ行った!?あの感じ絶対お化け役の人のこと観察してるでしょ!



*



その後無事に合流して事なきを得た。お化け役のスタッフさん達がオロオロしてたのはちょっとおもしろゲフンゲフン、ご迷惑をおかけしました、ありがとうございました


「ヒック…もうやだぁ…」

「そうだな、ここやだな。…スタッフさん、申し訳ないのですが…」


「あっはい、大丈夫ですよ。ここから外に出られますので」


「ありがとうございます…。キングコブラ、出てるね」


「分かった。トウヤ、ママと行こうか?」

「いく!はやくいこ!」


妻とトウヤに手を振って、もう既に限界なシュリをだっこして一緒に非常口から先に外へ。ギュッとしがみついて何も見たくないと静かに訴えている


「ありゃ?やっぱりまだ早かったみたいね?」


「だね~」


「グスッ…パパァ…」


「よしよし、よく頑張ったな。クッキー食べるか?」


「たべる…」


クッキーというワードに反応し、シュリはようやく顔を離した。涙を拭って、鼻をかんで、少しだけいつもの顔に戻る


ベンチに座って、シュリを膝の上に乗せる。袋から取り出して渡すと、口を小さくしてモグモグと食べ始めた。これのおかげで段々と落ち着いてきたけど、トラウマにならないことを祈るばかりだ…



*



「すっごくおもしろかったー!またいきたーい!」

「そうかそうか、トウヤは強いな」


暫くして妻とトウヤが出てきた。最初の涙目はどこへやら、余裕綽々とした態度だ。反応がまさか逆転するとは思わなかった。中に天の邪鬼でもいたのかな?それともさかさバトルかな?


あれからトウヤは、脅かす仕掛けが作動したり、お化け役が出てくる度に、その対象をまじまじとみて観察しては楽しんでいたらしい。本当に5歳か?少しは怖がってやれ、スタッフが可哀想だろ?←ブーメラン



*



時間なんてあっという間に過ぎていく。気づけばもう夕方、遊園地ももうすぐ閉園だ


「時間的に次が最後かな。何乗りたい?」


「「ぼくわたしあれがいい!」」


二人が指差したのは、この遊園地の象徴と言える観覧車。最後を飾るのにこの上なく相応しい乗り物だ


…普通であれば、だけど


「いや、あれはやめた方がいいと思うな~」


「えー!?」

「なんでー!?」


「なんでって…なぁ?」


理由なんて話したところで、二人は納得なんて出来ないだろう。だから妻よ、一番良い言い訳を頼む


「よし、あれを最後にするぞ」


あれ!?止めてくれないの!?


「ん?もしかしてコウ、観覧車が怖いのか?そうかそうか、だから嫌がっていたのだな」


「なっ…!?」


「パパそうなの?」

「こわいのー?」


なんて小悪魔のような顔で言ってくれるんだ…!それ可愛いけどやってくれたな…!これじゃあ選択肢は一つしかないじゃないか…!


「…フッ、パパが怖がってるわけないだろう?乗ってやろうじゃないか!」


「そうこなくてはな。決定だ」

「けってーい!」

「てーい!」


こう言われちゃ乗るしかない。全く、誘導が上手くなったものだ。でも悔しいから後で何かお返ししてやる


スタッフさんから諸注意を受けた後、ドアが開いたのでいざ乗車。ゆっくりゆっくりと動いていくゴンドラ。多少揺れているけど、特に子供達は気にせず遠くを眺めている



そして、天辺まで上がったその時だった



ガゴンッ!



『お客様にお知らせします。只今観覧車が停止いたしました。現在その原因を調べております。お客様に関しましては慌てず、激しく動かないようお願いいたします。大変申し訳ございません』


「「…」」


『ほら止まったでしょ?』という視線を送ると妻は眼を反らした。こら、ちゃんとこっち見なさい


しかもご丁寧に一番高いところだ。だから止めておこうと言ったんだ、こうなることが分かりきっていたから


子供達もきっと怖がっているに違いない。こんな高い場所に連れてきたことは一度もないからね。きっと今にも大声で泣き出す──



「シュリみて!あそこさっきのアイス屋さん!」

「みえた!すごくちっちゃいね!」



──あれ?



「ねぇねぇあそこ!フレンズがいっぱい!」

「ほんとだ!なにしてるのかな?」

「もしかしてかりごっこやるのかな?」

「それなら僕もやりたい!」

「私もやるー!」



──ああ、そうか



「どうだ?心配ごとは?」

「…なくなったよ、おかげさまでね」



兄妹仲良く下を見ながら、あれやこれやと指差しながら話している。この空からの景色を、とても楽しそうに眺めている


君は言いたかったんだね。こうなったところで、トウヤも、シュリも、君も、何ら問題ないってことを



「パパ、ママ、あれなんだろー?」

「なんだ?なにか見つけたのか?」

「みつけたー!こっちこっちー!」

「んー?どこだー?」



夕日に照らされた子供達に呼ばれて、俺と妻は二人と一緒に外を眺める。色々なものを探して、見つけて、会話は弾んでいく


もう少し止まっていてもいいかな? なんて、俺は三人を見てそう思った



*



「お帰り。遊園地はどうだった?」

「たのしかったー!」

「またのりたーい!」

「フフッ、それは何よりです」


遊園地が閉園した後で両親に報告。今日のことを話すと、二人とも楽しそうに笑っていた。きっとその場面が容易に想像できたのだろう


晩御飯を食べて、お風呂も終えて、用意してもらった部屋に入る。子供達はベッドにダイブした瞬間、すぐに夢の中へと旅立っていった


「お疲れ様。今日は疲れたでしょ?」


「それはお互い様だ。お疲れ様」


子供達は勿論、俺も妻もへとへとだ。沢山歩いたし肩車だって長い時間していたし


そして、俺も思っていたより、ずっとずっと楽しんでいたから


「凄く楽しかった。君はどうだった?」


「私も楽しかった。また来よう」


「うん、またいつか」


ソファに並んで座って、彼女の肩を抱き寄せる。窓の外に映る明かりの消えた遊園地を眺めながら、今日の思い出を長々と話していく


「そろそろ寝る?」


「…もう少し、起きていたい」


「そっか。…俺も、そう思ってた」


久しぶりのこんな時間。こんな雰囲気。もう寝てしまうのはもったいないと、お互い静かに強く訴えた


夜は長いから、もう少しだけ、もう少しだけと言い訳しながら、俺達は甘い時間を過ごした

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