第8話 お出かけ前の準備


「イタダキャス…」


早朝。こんがり焼けたトーストにマーガリンを気持ち多めに塗って、一人黙々と食べる。いつもより味気ないのは、きっと寂しさを感じているから。この時間は、ろっじのオーナーアリツカゲラさんくらいしか起きていない


だがこれも仕方ないこと。俺にはやることがあるから。食器を片付けて、歯磨きをして、荷物を持ってろっじを出発する。なるべく音を立てないように、皆が起きないように


「ラッキーさん、何かあったら知らせてね」


「任セテ。イッテラッシャイ」



*



到着したのは、お馴染みの場所サンドスター火山。ここを登る前に、まずはやることがある



「──魔符『あやかしの式神』」



中心に六芒星が描かれた御札を5枚出し、地面へと投げる。それはサンドスターの輝きを放ち、動物の “狼” “蛇” “狐” “鴉” “蝙蝠” の姿を取った。強さや特性はそれぞれ異なり、どの子達も優秀だ


「んじゃ、今日もよろしく」


パンッ!と手を叩くと、それらは山を別々の道から登っていく。山に侵入したセルリアンがいるかどうかの確認を任せている間に、俺は一足早く火口に飛んでいく


「よっ…と。おはようございます、皆さん」


数年前に新しく設置されたやしろに丁寧にジャパリまんをお供えし、手を合わせて挨拶をする。それを東西南北中央の合計5回だ


それと同時に、社に張り付けているそれぞれの御札に手をかざし、力を込める


この御札は、悪しきものからフィルターを護るための結界を展開している。効果が切れないように、定期的に見に来ては力の再充電をしている。そのおかげで、セルリアンや人間の侵入を許したことは一度もない


そして今日も問題なし。もう一度確認して、もう一度頷く。入ってきた時に感じてはいたけど、これはキチンと役目を果たしている


石板への干渉は、今のところなしの方向で固まっている。もしやるとしてもあの人達がいる時だから、もうここでやることは終わりだ


確認が終わったタイミングで、式神も全員戻ってきた。特に問題はなかったようなので、『お疲れ様』と声をかけて撫で、指を鳴らし、術を解除して元の御札に戻す


「珍しいものが見えたと思って来てみたが、やっぱりお前だったか」


「あっ、おはよう皆」


山を登ってきたのはヒグマさん、キンシコウさん、リカオンさんのセルリアンハンター。ヒトが戻ってきても、彼女達はそれを続けている。登ってきた理由は、式神を見かけた時に生まれた好奇心とトレーニングだそうだ


「何をされてたんですか?」


「セルリアンが周辺にいるかどうかの調査と、フィルターを護る結界の確認。どっちも問題はないみたいだね」


「私達も、今日はまだ見てませんね」


「油断は出来ないけどな」


ヒグマさんの一言に、頷くしかない俺達。こうしてフィルターを張っているにも関わらず、セルリアンは今日も現れる。小型が多いのは不幸中の幸いだけど、ここもまた、今後の大きな課題だ


「あっそうだ、俺今日ちょっと島を出るから、いない間は頼んだよ」


「そうか。任せろ、他のハンターにも伝えておく」


「それって旅行というものですか?」


「家族全員で行くには行くけど、そんな感じはしないんだよね。何も知らされてなくてさ」


「それだと、守護けもののお仕事なんでしょうか?」


「たぶんね」


観光の案内でもしてくれたらいいんだけど、それは絶対にないだろうなぁ…という想いは、心の中で押し留めておく


見廻りを再開する彼女達を見送って、俺もろっじへとかえ…る前に、あそこに寄っていかなくちゃ。その為に、朝早く出発したんだからね



*



ついたのはへいげん。こんな早い時間だけど、あの人はちゃんと起きてくれてるかな?


「おお!コウじゃないか!おはよう!」


よかった、起きててくれた


「おはよう。ごめんね、こんな早い時間にしちゃって」


「気にするな、早起きも良いものだからな!」


ボールを蹴りながらこちらに来たのは、森の王ヘラジカさん。どうやら少し前から起きていて、ドリブルの練習や走り込みをしていたらしい


「改めて、この前は本当にありがとう。二人とも凄く喜んでたよ」


「それは良かった。私も楽しかったし、皆も楽しかったと言っていた。また連れてくるといい!」


「うん、また今度ね」


あの大規模な狩ごっこの後、色々な遊びに付き合ってくれた両陣営。違う場所でやる遊びは刺激も違うのか、子供達は大満足の様子だった


さて、ここに来た理由は、それに纏わることである


実はあの時に、ヘラジカさんから『私が逃げ切ったら勝負してほしい』という申し出があったのだ。あれが始まる前にも遊んでもらっていたので、それくらいならと了承した。結果はご覧の通りだ


「それじゃあ、移動しようか?」


「そうだな!こっちだこっち!」


「ちょっ!?引っ張らないで!?」


「あぁすまんすまん!」


言葉以上に期待していたのか、俺の返事に食い気味で反応したウキウキ気分な早足のヘラジカさん。引き摺られそうになったけどなんとか解除できた


「お前と最初に勝負したのもここだったな」


「懐かしいね。せっかくだし、ルールもその時のにする?」


「ああ!それで頼む!」


移動した先は、彼女と初めて闘ったあのコート。もう10年くらい前になるけど、それはまだ綺麗に残っている。ルールに関しては、一応確認をしておこうか


【へいげんマスタールール3】

1:三回勝負

2:場外に足が出たら負け

3:気絶したら即負け。続行なし


あの時はこれに加えて、俺に有利な追加ルールをつけたんだよね。それを利用した戦法をしたりもしたなぁ…


そんなことは、もうしなくてよくなったけど


「今日はどんな形態がいい?」


「決まっているだろう、いつもので頼む!」


「まぁ、そうだよね」


彼女の言ういつものとは、普段のヘビの姿ではなく、俺の姿のこと。常に全力勝負がしたい彼女にとって、これ以外の選択肢はないに等しいだろう


だから俺は、彼女の頼みを了承する



「──遠慮はいらないからね、ヘラジカさん?」


「っ…今日こそ…勝つ!」



普段は抑えている、蛇神ヤマタノオロチの威圧を全開にする。それに対し彼女は、怯みながらも意気込み、武器を真っ直ぐ俺に向けた。その瞳は、力強く俺を捉えていた


それに答えるべく、俺も全力でいく。この島の守護けものとして、負けるつもりは一切ないから



「いくぞぉぉぉぉぉ!!!」


「さぁ来い!」




────────────────────




「ほら起きろ二人とも。朝御飯の時間だぞ」


「ん~…」

「う~…」


日の光がカーテンから差し込み、トウヤとシュリを優しく照らす。二人揃って眠そうな声を上げて眼を擦る姿に、自然と笑みがこぼれてしまう


「…あれ?パパは?」


「パパはお仕事があっていないんだ」


「えぇー?いつ帰ってくるのー?」


「もう少ししたら帰ってくるさ。だから起きて待っていような?」


「「うん!」」


顔を洗って、着替えて、寝癖を直して。これでいつもの可愛い二人だ


「あっ、パンの匂い!」


「シュリ、分かるのか?」


「うん!美味しそうな匂いする!」


「う~ん…僕分かんないや」


ろっじの厨房へと向かう廊下へ出て直ぐに、食事の匂いを嗅ぎ付けたシュリ。対してトウヤはピンと来ていない。同じ食いしん坊でも、妹の方が一枚上らしい。そしてこれはやはりコウの遺伝だな


シュリの言う通り、こんがり焼けたトーストをオオカミとキリンが食べていた。美味しそうと声を洩らして瞳をキラキラさせているので、早いとこ作ってあげないとな


というわけで完成したのは、目玉焼きを乗せたトーストだ


「「いただきま~す!」」


大きな口でかぶりつくシュリ。だが勢いがありすぎて、目玉焼きが皿に落ちてしまった。慌てて乗せ直し、隣で上手に黙々と食べ進めているトウヤを真似するようにゆっくり食べ始めた。よく噛んで食べるのはいいことだ。大きな口は変わらないがな


…昔、ジャパリまんを丸呑みして見せて、コウに大層驚かれた時もあったな。懐かしいものだ


「「ごちそうさまでした!」」


「お粗末様。ママはやることあるから、二人は中庭で遊んでていいぞ」


「いってくる!お兄いこー……お兄?」


「どうしたトウヤ?」


いつも通りなら、こう言うと二人は食後『遊んでくる!』と飛び出していくのだが、今日のトウヤは動かなかった。シュリも物珍しそうな顔を見ている


「僕、ママのお手伝いする」


「…え?」


「お手伝いする!」


なんと、今日は珍しくそんなことを言ってきた。しかも力強く繰り返した。シュリも『私もやる!』と言い出した。正直とても驚いてしまい、つい聞き返してしまった


だが同時に、それ以上に、とても嬉しく思う。すくすくと優しい子に育ってくれている証拠だ。せっかく言ってくれたのだ、ここはやらせてあげよう


「それなら…まずは、お皿を運んでもらえるか?」


「「はーい!」」


とはいえ、二人は幼いからやれることは少ない。出来る範囲で、二人のを叶えてやろう


流し台まで持ってきてもらったら、それを受け取って、代わりに食器拭きをそれぞれ渡す。洗い終わったコップを渡し、拭いてもらったら受け取って棚へと戻す


「ほかもやる!」

「僕に任せて!」


「そうだな…。洗濯物、干してみるか?」


「やってみる!」

「やってみたい!」


そろそろ、洗濯が終わっている頃だろう。それと掃除を少し手伝ってもらえば、今日のお手伝いは終了だな。あとは本を読んだり遊んだりしながら、夫の帰りを待つだけだ




────────────────────




「…大丈夫?」


「フフフ…ハハハハ!いやぁやはりお前は強いな!また今度勝負してくれ!」


「…気が向いたらね」


大の字になって空を見上げながら、ヘラジカさんは大きな声で笑った。相変わらずタフな人だ、もう次のことを考えているのだから。因みに三回勝負は、全部俺の勝ちで終わった


一息ついて、お互いにジャパリまんを一つ食べる。彼女が立ち上がって動けるようになったので、俺もそろそろ帰ろうかね


「んじゃ、またね。皆にもよろしく言っといて」


「ああ、またな!」


幸い、皆が起きて来るようなことはなかった。もしかしたら起きてて、勝負の邪魔をしないようにしてくれただけかもしれないけど。次来る時は皆へのお礼として、何かしらお土産を持ってこよう


迎えに来るのは今日の午後一番。早くに出てきたのは正解だった。色々準備する時間は、まだまだありそうだから




*




「あっ!パパ帰って来た!」

「おかえりー!」


「ただいま、良い子にしてたか?」


「してたよ!食器拭いた!」

「タオル干した!」


「…もしかして、お手伝いしてくれたのか?」


「ああ。二人とも自分から手伝うと言ってくれたんだ」


「そうかそうか、偉いぞ~!」


一瞬固まった俺に、すかさず補足を入れてくれた。きっとキングコブラも同じように驚いたからだろう。それと同時に凄く嬉しかったに違いない。これも二人の成長の証、心があったかくなってパパとても嬉しいです


さて、約束の時間まで、出来ることはしておこう


「荷物の最終確認でもしておこうか」


「そうだな。皆で確認していくぞ」


「「おーっ!」」


気合いの掛け声をした二人と共に、バッグに入れた荷物を取り出して一つ一つ確認していく。着替えや日用品、もしもの時のための傘や帽子等々。備えあれば憂いなしってね


しまう際にもう一度確認して、これで準備は完了。時間は…まだ少しあるから、ろっじの皆に声をかけて、出発まで皆で狩りごっこでもしようかな



*



「本当に待っていれば良いのだな?」


「そのはずなんだけど…」


洗濯物を取り込んで、皆に出発の挨拶をして、現在俺達は玄関前で待機中。迎えに行くと言われたから、こうして待っていれば間違いはないはずだ


「あっ、バス来たよ!」

「お耳ついててかわいい!」


と思った矢先、ラッキーさんカラーのバスがお迎えに来た。乗っていたのは運転手のラッキーさんと、予想外の人物だった


「お待たせ、私のこと覚えてるかな?」


「覚えてますよ、 “菜々ナナ” さん」


「良かった~」


ピンク色の髪が特徴のその人は、カコさんの従姉妹である、パークスタッフのナナさん。昔一度だけ、俺と妻はミライさん経由で顔合わせをしている。この人もまた、年齢の割にあの人達と同じく見た目が若々しい


「僕トウヤ!」

「私シュリ!」


「わぁかわいい~!よろしくね~!」


ありがとうナナさん、もっと言ってくれてもいいんだよ?…というのは置いておこう。バスに乗り込んでろっじを出発だ


「これ、持ってきたんだけど食べる?」


「「食べる!」」


「早いね~。んじゃ開けよっか!」


ナナさんが取り出したのは、ジャパリチップスコンソメ味。食べ始めた子供達が俺達にも差し出してくれたので、夫婦揃ってあ~んしてもらった。ナナさんは一度怯んだけど、笑顔の子供には敵わず恥ずかしそうにされていた


「そうだ、コウ宛にこれを預かってるんだった」


はい、と渡されたのは、綺麗な字で書かれた手紙。差出人はヤタガラスさん。これがあるってことは、現地に本人はいなさそうだな。前半の挨拶を読み進め、本題へと差し掛かる


『一つ、その方に頼みがある。の頼みを聞いてほしい。その人物は会えば分かる。このお礼は今度必ずさせてもらう。よろしく頼む』


…相変わらず、大切なことは教えてくれないのか。頼みってなんだ?場合によっては断ることも考えておこう…


そんなこんなで、着いたのはキョウシュウの港『日の出港』。クジラやイルカ等、海の生き物が描かれた大きな船が停泊している。どうやらこれに乗るようだ


「そういえば行き先は?」


「着いてからのお楽しみ!」


「…一応聞くけど、目的は?」


「それもお楽しみ!」


もう何もかも分からないんだが?期待させておいて拍子抜けするようなことだったら、後でジャパリまんやら食材やらたくさん要求してやるから覚悟の準備をしておいてください


「それじゃあ船に……乗り込めー!」


「「わぁい!」」


ナナさんの後ろを、スキップしながらついていく子供達。船を見た瞬間からテンションが上がりっぱなしで、中に入ったらもっと上がりそうだ


荷物を背負い直して、俺とキングコブラも船に乗り込む


何が待っているのか、若干の不安と期待を抱えながら

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