第9話 船と海とイルカ達


島と島を行き来する船、通称『ジャパリシップ』 基本的にフレンズは自由に乗ることが出来る為、別エリアにいるフレンズもキョウシュウに来るようになった


2つの島だけを行き来するものや、ぐるっと全部の島を回るもので、出発の時間帯や回数、船の大きさが変わってくる。本土からパークに、物資やスタッフを乗せてくる船も勿論ある


これ以外にも、レンタルすることで個人でボートを走らせて渡ることが出来る。ただよっぽどのことがない限り、その手段は使われない。母さんやリル姉さんのように、個人でボートを持ってる人はいるけど、その割合はかなり少ない


今回の船はキョウシュウに物資を運ぶ為に来たもので、俺達はその帰りのついでに乗ったって感じだ。一回の船出で2つの用事を済ませる、まさに一石二鳥ってところか


元々の乗客は全員一緒に降りたということで、今いるのは俺達と数体のラッキーさんだけ。賑やかなのも良いけど、こうして家族でゆっくりするのも良いものだ


「これアシカさんだ!」

「あっちにはペンギンさん!」

「あれは…クラゲか」

「こっちは…マンボウだね」


船内に乗り込んだ俺達を待っていたのは、色々な海の生き物の写真や絵の数々。軽い解説も載っていて、それはまるで水族館のようだった


「皆、こっちに来て。良いものが見られるよ」


ナナさんに案内され、階段を降りて下へ向かう。ヒトデやサンゴ等の絵が、道案内として床に動物の足跡のように貼られている。トウヤとシュリがそれだけを踏むように、ピョンピョンとジャンプしながら進んでいく


「うわぁ~きれい!」

「すっごーい!」

「これが、海の中…!」

「こんな風になってるのか…!」


案内された場所は、床がガラス張りになっていた。真下に映るは青い海。光の照らす先には、魚の大群が規則正しく泳いでいた。滅多に見られないし見ることもないから、家族揃って夢中で暫く眺めていた


場所を変えれば、見えるものも変わってくる。子供達は違うものを探しながら、ガラスの端へと移っていく。果たしてどっちが多く珍しいものを見つけられるかな?


そんな二人に目を配りながら、俺とキングコブラは壁にある絵の解説を読む。目に止まったのはペンギンの解説。と同じ種類が、愛称と共に並んでいた


それを読み終えた時だった


「なんかおっきいのいた!」

「えっ?どこどこ?」

「もう見えない…あっまたいた…あれ?いない…」

「見えないよー?」

「なんでだろー?」


一瞬、何かがトウヤの視線を横切ったようだ。船は歩みを止めてないから、同じものが見えるとなると、それは船の下を船より速いスピードで泳いでいることになる


「何が見えたんだ?」


「えっとね、尻尾みたいなの。見たことないのだった」

「いいなぁ。私も見てみたかったなぁ」


「なら、今度は全員で探してみようか」


だいたい目星はついたけど、ここは黙って一緒に探そう。二人が自分で見つけた方が、俺達が言ってしまうより楽しいだろうから


そこから数十分、端から端まで見張ってみるが、結果は一度も見つけられず。首を傾げるトウヤと悔しそうなシュリは、未だ海の中を覗いている


「二人とも、ちょっと移動しようか」


「見たことないもの、たくさん見れるぞ?」


「「はーい…」」


きっとこのままここにいても、見ることは出来なくてもっと落ち込みそうだ。それなら船内を歩いた方が、多くの楽しいを見つけられるはずだ



*



「きもちいー!」

「すずしいー!」


船内を一通り歩き、海の生き物のお勉強をした後、俺達は外部デッキへと出た。太陽の光と程よい潮風が心地よく、二人の少し沈んでいた心をどこかへ運んでいってくれた


「これなーに?」


「これは…望遠鏡だな。ずっと遠くを見れるものなんだ」


「どうやって使うの?」


「ちょっと待ってな、こうして…と」


設置されていた望遠鏡の高さを調整して、台に乗ったトウヤの目線に合わせる。隣にあったもう一つも同様にシュリの目線に合わせ、二人一緒に覗かせる


「どうだ?何か見えたか?」


「うーん…あっ!イルカさんがいた!」

「いっぱいジャンプしてる!バッシャーンって!」


どうやら、遠くにイルカの群れがいるらしい。イルカがジャンプをする理由には、体を綺麗にしたり、求愛だったり、ただ遊んでるだけだったりと、様々な説があるらしい。今回はどれに当たるだろうね?


「あっ、イルカさんがこっち来てる!」

「凄い速い!パパとママも見てみて!」


望遠鏡を覗く二人は、揃って同じ場所を指差した。一度変わってもらって、俺達も望遠鏡を覗いてみる


「…何もいないね」

「私も見えないな」


「ええー?でもいたんだよ?」

「ホントだよ?ちゃんと見たもん!」


「嘘だなんて言わないさ。たまたま見えなかったのだろうな」

「きっとそうだね。残念だけど仕方ない、こんな時もあるさ」


見間違いってわけじゃなさそうだから、おそらくそれは潜ったか、着いてくるのをやめたのだろう。どちらにせよ、追うのはもう無理かな


「ならもっかい見つける!」

「パパとママに見せてあげる!」


すっごく嬉しいことを言って、意気込んで再び覗き始める二人。ありがとうと言って頭を撫でると、二人はもっとやる気を出して探し始めた



その直後に、突然それは姿を表した



「わっふーい!」



「「わあぁー!?」」



海から勢いよく飛び出し、空中で一回転し、綺麗に着地してきたのは一人の女の子。青い服を纏い、大きな尾びれがついたその子は、身体をブルブルと震わせて水滴を派手に飛ばした


「あっ!その尻尾!僕が見たやつだ!」

「では、彼女が?」

「どうやらそうみたいだね」

「そっか!お姉ちゃんだったんだね!」


船の下で泳いでいたのは、どうやら彼女で間違いなさそうだ。頭に『?』マークを浮かべているので軽く説明すると、彼女はうんうんと笑顔で頷いた。俺達の視線には全く気づかなかったようだ


「私はマイルカ! “マルカ” って呼んでね!」


「僕はトウヤ!」

「私シュリ!」


「私はキングコブラ。ヘビの王であり、この子達の母親だ」

「俺はコウ。この子達の父親で、彼女とは夫婦だ」


「皆よろしくね!……って、コウって言った!?」


「え、うん、言ったよ?」


「そっかぁ~!君がが言ってたコウなんだね~!」


あの二人…もしかして、ヤタガラスさんとハシブトガラスさんから何か聞いてるのかな?


「しかし派手な登場だったな」

「ホント、ビックリしたよ」


「えへへ、気になってついやっちゃった!」


「凄いジャンプだった!」

「もっかい見たい!」


「いいよ!見ててね!」


綺麗に海に飛び込んだマルカさん。再びスピードを上げながら泳いでいく


「わっ……ふ~い!!」


「「おお~!!」」


先程と同じく、高くジャンプをして危なげなく着地したマルカさん。大きな拍手を送ると、得意気な顔をして彼女は胸を張った


ナナさんにマルカさんが来たことを伝えると、『やっぱり』と言っていた。どうやら何度もしていて、ある種ショーとして成立しているらしい


マルカさんを交えて、俺達は再び船内を回る。俺達が見つけられなかった楽しいを、彼女は見つけてくれそうだ



*



長いようで短い…やっぱり少し長い船旅も終わった。荷物を持って降りると、船はまた何処かへ出発していった


「皆お疲れ様。それじゃあ、目的地へ──」



ピロピロピロ!ピロピロピロ!



「──ちょっと待ってね」


出鼻をくじかれた、とはこういうことかな。通信機を取り出して話し始めたナナさんは、終始難しい顔をしていた。通信が終わった後も、それが崩れることはなかった


「ごめん、件の二人、ちょっと用事があって出かけてるんだって。だから少し時間潰しててほしいみたい」


「時間潰しててって言われましても…」


初めて来たこの土地で時間を潰せって、結構難しいことだと思うんだけどなぁ…


「それなら、皆で海に行こうよ!」


「「うみ?」」


「そう、海!」


「海か…いいかもしれないね」


「他に行く場所もないしな」


宿で待っているよりも、ずっと有意義な時間になりそうだしね。水着は持ってきてないから泳ぐことは出来ないけど、それ以外にも出来る遊びはある。マルカさんがいるから、尚更そこで悩む必要はなさそうだ


「なら、マルカにお願いしちゃおっかな」


「ナナは行かないのか?」


「私は行くところあるからね。だからマルカ、後はよろしくね?」


「はーい!」


『終わったら迎えに来るね』と一言残し、ナナさんは船から降ろしたバイクで何処かへ向かった。お見送りが済んだので俺達も出発しよう。先に行ってしまった、マルカさんwith子供達に追い付かないとね



*



「キャハハハ!つめたーい!」

「でもきもちー!おりゃー!」


靴を脱いで、海に脚をつける俺達。寄せては返す波を蹴って水を飛ばすトウヤに、お返しと言わんばかりに手でパチャパチャと水をかけるシュリ。こうしていると、砂浜の熱さはそこまで気にならないね


「こんなこともできるよー!」


「「おおー!!」」


連続ジャンプ+大回転で、子供達を楽しませてくれるマルカさん。派手に飛ぶ水飛沫が、ここの暑さを更に打ち消してくれる。でも結構かかるねこれ、続けたらビショビショになりそうだ



「あっ、“ドルカ” に “ナルカ” だ!お~い!」



少し遠くを歩いていた人影に、マルカさんが声をかけて手を振った。呼ばれた二人はこちらに気が付き、一人は大きく手を振り返し、二人はこちらに向かってきた


全体的に水色の子と、これまた全体的にピンク色の子。どちらもマルカさんと同じような尾びれがついていて、三人並ぶとまるで姉妹だ


というわけで、お互いに軽く自己紹介。前者は “バンドウイルカ” の “ドルカ” さん。元気いっぱいな挨拶をしてくれた。後者は “シナウスイロイルカ” の “ナルカ” さん。おしとやかで丁寧な挨拶をしてくれた


普段からこの辺りでマルカさんと遊んでいて、今日は彼女を待っていたらしい。もし先に合流していたら、三人で船に来たかもしれないね


「お姉ちゃん達もジャンプできるの?」


「できるよ!高く飛んじゃうんだ!」


「見せて見せて!」


「いいよ!やってあげる!」

「なら皆でやろうよ!」

「ええ、やりましょう!」


三人同時に飛び込んで、円を描くように泳ぎ、大きな波を引き起こす。流れに乗って加速し、彼女達は綺麗な弧を描いて空を翔んだ


「「わぁー!」」

「凄いな…!」

「タイミングバッチリだ…!」


今日何度目かの、家族総出の大きな拍手。それは本場のイルカショーにも勝る、コンビネーション抜群のジャンプだった。それをこんな特等席で見れるのは、とても幸運なことだと俺は思う



*



「これをこうして…はい、トンネルです。やってみますか?」


「「やるー!」」


一通りショーを堪能したら、今度は砂の遊びを教えてもらった。ナルカさんの隣で砂を集めて、ペタペタと固めていくトウヤとシュリ。大きなお山を作って、真ん中を少しずつ丁寧に掘っていく


「できたー!」

「あいたー!」


「おお、うまいうまい」

「綺麗に出来たな」


砂を除いて、穴を覗く。向こうで手を振る二人がよく見える。初めてとは思えない出来だ


「パパとママも作ろ!」

「どっちが早く作れるか勝負しよ!」


「勝負か、受けて立とうではないか」

「どうせなら大きさも競おうか」


「それ私達もやる!」

「負けないんだからね!」

「では、審判は私がやりますね」


というわけで急遽始まった、砂のトンネル創作勝負。途中で崩れないようにしたり、穴の大きさを小さくしたり。色々な方法を試しながら、途中で勝負してることを忘れて、俺達は夢中で作っていた



*



「お待たせー!遅れてごめんねー!」


日が暮れ初めた頃、バスを走らせてナナさんが来た。帰り支度をして、イルカさん達も一緒にバスに乗り込む


バスに乗って数十分。着いたのは大きな宿泊施設。『和』という言葉が似合いそうなここが、俺達が滞在する宿らしい


「あっ!おかーさん!」


「あらあら、マルカちゃん、ドルカちゃん、ナルカちゃん。お帰りなさ~い」


…お母さん?フレンズでお母さん?妻以外に母親がいたのか?


と思ったが、どうやら違うらしい。その包容力で、この辺りのフレンズからそう呼ばれているそうだ


「こんばんは。私は “シロナガスクジラ” です。この子達と遊んでくれてありがとうございました~」


「こんばんは。こちらこそありがとう、おかげで凄く楽しい時間を過ごせたよ」


「それは良かったです~」


成る程、確かに彼女からそう呼ばれるに値する雰囲気を感じる。ただ俺達がそう呼ぶことはない。この子達の母親は妻だけだし、俺達の母もミドリ母さんだけだしね。というか、我が子が他の人をお母さんと呼ぶのは例え愛称だとしても抵抗があるので、子供達には『シロナガスちゃん』と呼ぶように言い聞かせた


「私はお部屋を案内してくるね」


「分かりました~。私は晩御飯を作りますから、終わったら来てくださいね~」


「ありがとうシロナガスクジラ。じゃあいこっか」



*



「コウ、ちょっと着いてきてほしいんだけど今大丈夫?」


「いいけど、俺だけ?」


「うん、が、どうしても先に君に会ってお話をしたいんだって」


荷物を置いてシロナガスさんの所に戻ってきたと同時に、ナナさんから呼び出しをくらった


話ならここに来ればできるじゃないか、という疑問を、俺は口に出す前に飲み込んだ。態々別の場所に、俺だけを呼んでいる。なんとなく、そうする理由を理解したから


「…分かった。ちょっと行ってくるね」


「了解した」


家族と離れ、一人ナナさんに着いていく。向かっている間も、彼女はその人物について教えてはくれなかった


「連れてきたよー!」


少し歩いて、案内されたのはこれまた大きな屋敷。『道場』と書かれた看板が付いていて、古びていながらもなにやら不思議な感じがする。ここに、俺を呼んだ二人がいるのか


…この感じ、あの人達に似ている気がする。もしかして、ここにいるのは──




「「めんそーれ~!来てくれてありがとう~!」」




──やっぱり、そうだったか



そこで待っていたのは、二人のフレンズ。俺は昔、彼女達を本で見たことがある



一人は赤く、一人は青く。纏う空気は、どちらも強く、気高く。フレンドリーな佇まいからでも分かる、確かな神々しさ。彼女達もまた、あの人達と同じ存在



「おっと、自己紹介しなきゃね~!」



なぜヤタガラスさんが俺をここに呼んだのか。それは、この人達に会わせるためだったんだ




「私は “シーサーレフティ”!」

「私は “シーサーライト”!」



「「二人合わせて、リウキウの守護けもの!」」

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