第5話 美味しい空の旅


「故障中?」


「はい…誠に申し訳ございません…」


イカダ下りを終えて俺達がたどり着いたのは、じゃんぐるのお馴染みの場所であるロープウェイ乗り場


ここも人の手が入り、リフトの数が増えた。電動になったお陰で、行き来する本数も多くなり、色々なフレンズが気軽にあの場所へ行けるようになった。勿論従来通り手動のもあるので、体力自慢の子や修行したい子はそっちを使ったりもしている


が、スタッフさんに話を聞くと、どうやら電気系統にトラブルがあり、現在復旧作業中とのこと。何かあったら大変なので、手動の方も一時的に止めているらしい


「これなーに?」


「これはロープウェイという乗り物だ。本来であれば、これに乗って上に行くのだが…」


「乗れないの?」


「乗れないの」


「「そっかぁ…」」


二人ともがっかりしている。そりゃそうだ、目の前にあるワクワクをお預けされてるようなものなのだから。かといってワガママは言わない、仕方のないことだとはちゃんと分かってるからだ


とはいえ、ここはどうするべきか。子供達に復旧まで待てというのは流石に酷だ。かといって動き廻って、あそこに行く前にバテてしまうのも良くないし…



…あれを、やるしかないか?



「どうしたの?そんなしけた顔して?」


「ん?あっ、ハクトウワシさん。オオタカさんにハヤブサさんも」


「久しぶりね、八雲一家」


通りかかったのは、スピード自慢のスカイインパルス。近況報告もほどほどに、今直面している小さな問題を軽く説明した


「それなら、私達が上まで連れてってあげるわよ?」


「本当?」


「ええ、これくらい苦じゃないし。子供達がそれでいいのなら、だけどね」


「その心配はいらん。そうだろ?トウヤ、シュリ?」


「お空飛ぶんでしょ?僕大丈夫!」

「私も!びゅーんって飛びたい!」


「…フッ、なら、決まりだな」


三人は子供達が怖がらないかどうか心配していたようだけど、それは杞憂に終わった。それもそのはず、二人はもう空の高さを長によって体験済みだからだ


その時の二人のはしゃぎっぷりにはビックリしたなぁ。観覧車よりもずっと高かったのに…とまぁこの話は置いといて


連れていってくれるのは嬉しいけど、スカイインパルスは3人で、俺達家族は4人。よって一人あぶれてしまう。ということで…


「パパはここで待ってるから、皆は先に行ってきな」


俺が残ろう。この方が都合が良さそうだし



「その必要はございません」



その都合はなくなりそうだ


「ハシブトガラスさん。どうしてここに?」


「貴公がここに向かったと、じゃんぐるの方々に聞きました。言伝てがありましたので来ました」


言伝てとはいったい?あの人達絡みのことかな?


それは後でいいか。これで4:4、皆で同時にいけるようになった。ハクトウワシさんがトウヤを、オオタカさんがシュリを、ハヤブサさんがキングコブラを抱き抱えて準備完了だ


「じゃあ皆行くわよ。しっかり捕まっててね!」


ゆっくり羽ばたいて、前者二組が出発。そのすぐ後ろを、妻達が追いかけるように出発。そして少し遅れて、俺とハシブトガラスさんが出発した


「たかいたかーい!」

「はやいはやーい!」


「大丈夫?怖くない?」


「全然怖くないよ!」

「すっごく楽しい!」


「そう?小さいのに二人ともクールね」


「「くーる?」」


「カッコいいってことよ」


「僕カッコいい!?」

「私くーる!?」


「ええ、最高にカッコよくてクールよ」


楽しそうで喜んでそうな声が、風に乗ってここまでよく聴こえてくる。久しぶりの空の旅、はしゃぐなという方が無理な話だ。少し前を行くキングコブラとハヤブサさんが振り向いて、俺達と目を合わせて微笑んだ



*



半分くらい昇った辺りで、ハシブトガラスさんがふと質問してきた


「前から思ってたのですが、どうして子供達に姿を隠しているのですか?」


…まぁ、気になるよね


俺は今、いつトウヤとシュリに見られてもいいように、ハシブトガラスさんに。振り向かれた際に、咄嗟に抱き抱えられているように見せるためだ。そしてそれは、この姿を見せないようにするという意味もある


「ちょっとした事情と考えがあるの」


「…そうですか。なら、これだけは聞かせてください。もし、あの子達が意図せず知ってしまったら…その時はどうするつもりですか?」


「…その時は全部話すよ。全部ね」


こんなことをしてる理由は、妻も両親もろっじの皆もあの人達も全員理解してくれている。だから、俺が返す言葉はいつも決まっている。渋々納得した様子のハシブトガラスさんは、視線を俺から上に戻した


「そうだ、言伝てって誰から?」


「ヤタガラス様からです。『一週間後迎えが行く。家族全員で待っているように』…とのことです」


「…それだけ?」


「それだけです」


…よく分かんないな。こんなことを態々事前に言うってことは、何かとても大切な用事でもあるってことなのか?


…何があってもいいように、心構えはしておくか



*



雲を抜けて、ついたのは高山の頂上。それを見下ろした視線の先には、この場を象徴する地上絵


「あれ?なんか絵みたいなのがある」

「2つある!どっちもおっきい!」


「よく気づいたな。さて、その先には何がある?」


「えっと…変わったお家がある!」

「それとフレンズもいる!」


「二人とも正解。そして、あそこが目的地だ」


地上絵の近くに降ろしてもらい、運んできてくれた4人にお礼を言う。図書館に行くとのことで、彼女達は直ぐ様飛び去っていった


周りの景色に気を取られながらも、腕を大きく開いて建物へと走るトウヤとシュリ。転ばないように見守りながら、俺達は後ろを早足でついていく


その建物の扉をゆっくり開けると、カランコロンと鐘がなった


「あっ!トキちゃんだ!」

「こんにちは!」


「こんにちは。いらっしゃい、ようこそジャパリカフェへ」


「「…じゃぱりかふぇ?」」


「そう、ここはジャパリカフェよ。今日は4名?」


「4名。案内よろしく」


ここもお馴染み、キョウシュウエリア名物ジャパリカフェ。子供達が来るのは意外にもこれが初めて。瞳を輝かせて周りをキョロキョロしている


他のお客さん達も、二人に視線を向け、可愛いという声を洩らしている。そうだろうそうだろう、俺達の子供は凄く可愛いんだぞ~!


小さい子用の椅子を用意しつつ、一番奥のテーブル席へ。テーブルの真ん中にはカラフルな造花が飾られており、端にはメニュー表が立て掛けられている


「ようこそぉジャパリカフェへ~。トウヤちゃんとシュリちゃんは初めてだにぇ~」


「アルパカちゃん!こんにちは!」

「かふぇってなぁに?」


「ご飯を食べたり、お茶を飲んだりする場所だよぉ~」


「遊園地にあったのと似てる」

「ここのご飯も美味しい?」


「すっごく美味しいよぉ~!いっぱい食べてってねぇ~!」


紅茶とクッキーを運んできてくれたのは店長アルパカさん。厨房では、ショウジョウトキさんとクロトキさんが余裕を持って動いている。ロープウェイが止まっているからか、お客さんはまばらで忙しくはなさそうだ


メニューを広げ、パラパラとめくっていく。綺麗に撮られた料理の写真や、それについてのオススメポイントが店員さんの手書きで載せられている。これを見てるだけでも時間が過ぎていってしまうね


「食べたいもの決まったか?」


「これと…これと…」

「これも…これも…」


「そんなに食べられないだろう?」


「だって全部美味しそうなんだもん!」

「決めらんない!」


黙って真剣に眺めていた二人の結論は、ある意味予想通りだった。自分の限界を知っているからこそ、これは悩ましい問題なのだ


「なら、一度目を瞑って、メニューの食べ物を思い出すんだ。そうして最初に出てきた料理が、二人の今一番食べたいものだよ」


ということで、ここで一つアドバイス。昔とある人から受けたやつのアレンジバージョンだ。あれこれ言うよりもこれでいい。ここで大切なのは、二人が自分で気づいて自分で決めることだから


静かに瞳を閉じて、むむむと考えているトウヤとシュリ。暫くして、二人は同時に瞳を開けた


「決まった?」


「うん!僕サンドイッチ!」

「私オムライス食べたい!」


「デザートは?」


「「イチゴのケーキ!」」


「よし、キングコブラは?」


「私も決まったぞ」


「ならOKだね。店員さーん、注文お願いしまーす!」



*



「それじゃ、皆で一緒に」


『ご馳走さまでした!』


手を合わせて、ご飯タイムは終了。デザートも食べ終わり、三人は満腹満足だ。俺はまだ食べたいけど…ここは我慢しとこっかな。俺だけ食べてると子供達に悪いしね


「完食してくれて嬉しいわ。味はどうだった?」


「すっごくおいしかった!」

「また食べたい!」


「それなら良かったよぉ~!」


アルパカさん達、また腕を上げた気がする。メニューも増えて、お客さんも増えて、料理を振る舞う機会が格段に増えたのもあるだろうけど、彼女達の日々の努力の結果がこれだ


「ほらシュリ、こっちこっちー!」

「待ってよお兄~!」


「フフ、元気なものだ」

「ホント、凄いよねぇ」


さて、食休みをした先に待っているものといえば、食後の運動である。エネルギーが充電された子供達はそれはもう元気で、既に外に出て駆け回っている。俺達はテラス席でもう少しだけ休憩だ


「そういえば、ハシブトガラスの言伝てとはなんだったんだ?」


「ヤタガラスさんからで、一週間後迎えに来るってさ」


「それはお前だけをか?」


「いや、家族全員らしい。内容はそれだけだよ」


「…何が目的か、検討もつかないな」


ごもっともだ。最近大きな事件はなく、俺が何かやらかしたというのもない。というかそんなことしたらすぐに飛んでくるだろうし


まぁこれに関しては、当日になってみれば分かること。何かあれば全力で解決するだけだ。俺達は眼でそんな意見を交わし合い、こっちへ走ってくる子供達に視線を戻した


「パパ、ママ、ヒーローごっこやろうよ!」

「私ヒーローやりたい!」


「おっいいぞ。

…フハハハハ!我は『怪人レッドデビル』!今日からここは我の物だ!手始めにそこの女キングコブラを奪うとしよう!」


「キャー!助けてヒーロー!」


「そうは!」

「させない!」


「むっ、何者だ!?」


「僕は『仮面フレンズオレンジ』!」

「私は『仮面フレンズヴァーミリオン』!」


「「お前を倒すヒーローだ!」」


「カッコいいー!頑張ってー!」


「生意気な奴等め!かかってくるがいい!」


最近の二人のトレンドは、昔俺達がライブでやったショー『仮面フレンズ』のごっこ遊びだ。映像は残ってないけど、オオカミさんが絵本にしてくれた物がある。ホラー探偵ギロギロも好きだけど、今はこっちにお熱らしい


「「ひっさつ!フレンズダブルキィーック!」」


「ぐわぁぁぁぁ!?」


やられたーっと叫びながら、バタッと仰向けに倒れ込む。空の青さと太陽の光、楽しそうに覗き込むトウヤとシュリが眼に入る。俺が笑うと、二人も笑った


「やったなぁ!」


「きゃあー!ママー!」

「一緒に逃げよー!」


「よし逃げるぞ。捕まえてみるがいい!」


「待て~い!」


キングコブラの右手をトウヤが、左手をシュリが取って、引っ張りながら走っていく。見た感じとても走りづらそうだ。でもパパは容赦しない!三人まとめて取っ捕まえてやるぞ!




*




「お待たせしました!ロープウェイ再開で~す!ご利用の方はお並びくださ~い!」


「…だそうだ。そろそろ帰るか」


「そうだね。さぁ行くぞー」


遊んでいる間に、無事ロープウェイは復活したようだ。時間も太陽が傾いてきているから、今から乗って降りて、洞穴に戻る頃にはすっかり夜になっているだろう


「おぉ~揺れてる~!」

「観覧車みたい!」


言われてみれば、確かに観覧車に似てるかもしれない。高い場所で、遠くの景色を眺めて楽しむことが出来る乗り物。良い着眼点だ二人とも


「今日は良かったな。ロープウェイに乗れたし、空も飛べたし」


「うん!すっごく楽しかった!」

「また空飛びたい!またびゅーんって!」


「そうだなぁ、また長にでも頼んでみるか」


前みたいに何か手土産持っていけばなんとかなりそう。最悪向こうで何かしら作ればいいし。何年経っても、食べ物に釣られるからなぁあの二人は


雲を上にして、険しい崖を後にして、戻ってきましたじゃんぐるのロープウェイ乗り場。また休憩を挟みながら、彼女達の所へゆっくり帰ろうね


「ん?お前達、カフェに行ってたのか」


…あれ?


「ツチノコさん?何してるの?」


「アフリカニシキヘビと一緒にコモモの毒探しの付き添いだ。気づいたらここまで来てたみたいでな」


その言葉通り、茂みから現れた件の二人。彼女達の手にはキノコと花が握られていた。それは今日の収穫かな?


「じゃんぐるはどうだった?」


「「面白かった!」」


「そうか、それは良かったな」


ガシガシとトウヤとシュリの頭を撫でるツチノコさん。えへへとご満悦な二人


「んで、今からあそこへ帰るのか?」


「そのつもりだけど…どうかした?」


「私達、これからカフェに行って、そのまま泊まろうかと思ってたのよぉ。だから貴方達もそうなのかなぁって思ってぇ」


「カフェって泊まれるの?」


「泊まれますわ。美味しい朝食もありますわよ?」


「泊まってみたい!」


スカイレースの時に建てたカプセルホテルもまた、あれから増設されている。四人で泊まれる部屋も少し出来たから、特に問題はないし…


「ねぇねぇ、泊まろうよ!」

「ねぇいいでしょー!?」


「ふむ…せっかくここまで来たのだ、泊まっていくか?」


「そうだね。よし、お泊まりで決定だ」


「「やったー!」」


ご要望にお答えするとしようかね。今から行けば、部屋が埋まってるってことはないだろうし


という訳で、もう一度並んで、今度は登りでロープウェイを楽しむ。下りとは違う見え方のする景色に、またまた兄妹揃って釘付けだ


ついたら何をしようか、夕飯はどうしようか。子供達の食べたいものオンリーでも、たまには悪くないかもね

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