第6話 狩猟中 - へいげん -
「二人とも待つですぅー!」
「まとめて捕まえちゃうよー!」
「逃がさないでござる~!」
「捕まらないもんねー!」
「にげろにげろー!」
ここはへいげんちほー。そこにある、ヘラジカ陣営が拠点としている城の跡地
私はキングコブラ。蛇の王であり、二児の母親である。今は我が子のトウヤとシュリが、ヤマアラシ、アルマー、カメレオンから逃げ回っているのを見守っている
…さて、夫の姿が先程から見えない…と思っていたが、声が入口から聞こえてきた
「さぁコウ!私としょうb」
「しない」
「食い気味!?もう少し悩んでくれてもいいじゃないか!」
「悩む必要がないんだよなぁ」
「ほら、特製ジャパリまんあるぞ!?」
「そういう問題じゃないの。子供達いるの」
「あの二人なら城の中で遊んでいる!だから大丈夫だ!」
「何が大丈夫なのか全然分かんないんだけど!?」
夫であるコウは、ヘラジカに絡まれていた
ぐいぐいと特製ジャパリまんを差し出しながら、コウに迫るヘラジカ。それを止めようとしているハシビロコウとシロサイだったが、残念ながら効果はなく引きずられている
「頼む!一回でいいから勝負してくれ!」
「ちょお!?しがみつかないで!?」
「! そこまでだヘラジカ、離れろ」
「むおっ!? …すまんすまん、ついやってしまった」
少し強い口調と力で、腕を掴んで引き剥がす。夫が他の女性に言い寄られているようにも見えたこの状況、しかもしがみつかれたとあらば黙っていられるわけがない
「…なぜ笑っている?」
「大切に思われてて嬉しいなぁって」
「今日の夕飯抜きにするぞ?」
「待ってごめんって」
「む…」
後ろからコウに抱き締められる。絡み付くヘビの尻尾、回された力強い腕、彼の匂い、温もり…とても安心する
「…こんなことで誤魔化されんからな」
「誤魔化しじゃないよ。俺がしたいからしてるの。それとも嫌だった?」
「…嫌なわけがない」
「そっか、良かった」
良かった…か。答えなんて分かりきってるくせにな
それでも、そう言ってもらえると嬉しいのだろう。何故なら、私がそうだからだ
「あー!パパとママぎゅってしてる!」
「ずるーい!私もするー!」
そこに、遊び終えた皆が帰って来た。私達を見た瞬間駆け寄り、飛び込んできたトウヤとシュリ。私もコウも、まとめて抱き締めた
─
というわけで、今日はへいげんにお邪魔しています。広々とした遊び場や大きなお城があり、子供達も大満足な場所だ。タイヤに乗ったりブランコに乗ったり、全部制覇しそうな勢いである
ツーツーツー!ツーツーツー!
『すみませーん、聴こえますかー?』
「はい、聞こえます。こちらは始められます」
『こちらもOKですので、1分後に始めますね』
「了解しました。よろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします!』
無線でライオン城の入口にいるスタッフに、お互いの陣営が準備完了であることを確認する。アナウンスが開始され、独特の緊張感がへいげんを包んでいく
「皆のもの、健闘を祈る!」
ヘラジカさんの力強い言葉に全員が頷き、散り散りになってへいげんを駆ける。俺達家族も例外ではなく、トウヤとシュリもそれぞれ別方向に走っていった
『3…2…1…スタートです!』
ゴングがなる。今から行うのは大掛かりな狩ごっこ。ただしこれは、後々イベントとして開催できるかどうかのテストプレイも兼ねている
【ルール】
1:制限時間は45分
2:範囲外に出る、鬼に捕まると脱落
3:不正、怪我をさせるような妨害行動は禁止
【補足】
・範囲は分かりやすいように、端にカラーコーンを置いて区切ってある
・隠れる場所として、一時的に小屋や遊具をいくつか儲けてある
・トウヤとシュリにはハンデとして、使い捨てのボールを5つ持たせてある。これを当てられた鬼は、1分間その場に止まらなくてはならない
・飛行、特殊能力の発動は禁止
・鬼は待ち伏せ禁止。常にエリアを探索する
逃げるのは俺達八雲一家、ライオンさん陣営、ヘラジカさん陣営。鬼は速さ自慢のチーター姉妹と、イケメンフレンズのルターさんの三人。付き添いでルビーさんと、何かしらするのかヒョウ姉妹もいる
トウヤとシュリは、長時間続けるのはキツイから途中からの参加にしようとしたんだけど、当人達の強い希望で最初からの参加になった。ただし、合間に休憩を入れることを条件としてだ。パフィンさんとエトピリカさんが上空から見てくれるから、ある程度は大丈夫だと思うけど…心配だなぁ…
逃げ切った子には、ジャパリチップス全種詰め合わせがプレゼントされる…とあったけど、これは参加者にやる気を出させるための嘘だ。逃げ切れなくても、ちゃんとここにいる全員に配られる
鬼の子達は、鬼であることが分かるようにスタッフが用意したサングラスをかけている。どうせなら服装も変えてみても良かったかもしれない
「うおおおーーー!!!」
そんなことを考えてたら、遠くでヘラジカさんがルターさんに追われていた…けど、建物や遊具で姿を眩ませ、上手く撒いたようだ
「…って、人の心配してる場合じゃなかった」
こっちにチーターさんが来ているのが見えた。見つかってない内に、別の所へ移動しておこう
─
開始から10分が過ぎようとした頃。皆隠れるのが上手いのか、今のところ誰も捕まっていなかった
しかし、これで終わるほど、これは単純な狩ごっこではないのだ
ツーツーツー!ツーツーツー!
『ライオン城の部屋3ヶ所に、鬼がいる箱が現れた。残り25分になると扉が開き、その鬼はへいげんに解き放たれる。阻止するには、君達が鍵を掛けるしかない』
この大掛かりな狩ごっこの最大の特徴、それはこの『ミッション』である。ある程度時間が過ぎると、所々にいるラッキービーストから伝達が流れる。結構な数が配置されているため、聞き逃すことはないだろう
参加者には始まる前に、ミッションに必要な道具が入ったポーチが渡されている。今回必要なのは、その中の金色に光る小さな錠前だ
3ヶ所ということは、最低3人行かなければ鬼は確実に解き放たれる。捕まるリスクを取るか、増えるリスクを取るか…その判断は、参加者に委ねられた
*
「きゃあー!?」
『シロサイ、確保!』
「くぅ…ここまでか…!」
『アラビアオリックス、確保!』
ミッション終了時間まで残り半分を切ったところで、初の脱落者が現れた。果敢に挑んだシロサイとアラビアオリックスだったが、運悪く見つかり、そのまま確保されてしまった
このように、脱落した者が現れた場合も、ラッキービーストを通じて他の参加者に知らされる。誰が捕まっても、誰に対してもプレッシャーとなり襲いかかるのである
「ハァ…ハァ…ふぅ…」
息を切らし、ミッションへ向かっていたのはコウ。見つからないように動き、3歩進んで2歩下がるを繰り返していた為出遅れた。どうにか鬼達の視線から外れ、掻い潜り、ライオン城の入口に到着した
ここからは更に慎重に行かなくてはならない。何故なら、鬼のルターが城へ入っていくのを見たからだ
「あっ!パパだ!」
「コウも来たんだな!」
「しー…。ここからは静かに行こう」
駆けつけたのは、トウヤとオーロックス。声を抑えるようコウは二人に注意し、三人で前後左右に神経を研ぎ澄ませ進んでいく。ルターが角を曲がったのを見送って、急いで階段を登った
「おっ?ここじゃねぇか?」
「ここだね。まずはトウヤのを使おうか」
「これだよね?」
「そうだ。それを…そうそう、上手いぞ」
三人が見つけたのは、件の部屋の一つ。トウヤは錠前を使い、そこに設置された箱にしっかり鍵をかけた。仕事を終えた彼は手を振りながら城を抜け出し、外へと走っていった
上の階へと進み、部屋を探していく二人。その階で見つけた箱にはオーロックスの鍵を、その上の階で見つけた箱にはコウの鍵を使った。これで3ヶ所全てに鍵がかかった
ツーツーツー!ツーツーツー!
『伝達。トウヤ、オーロックス、コウの活躍によりミッション成功。繰り返す、ミッション成功』
ラッキービーストから発せられた希望の報告。大きな危機が去り、外にいる参加者は心の中で歓喜していた。キングコブラとシュリは特に嬉しそうだった
「ハッハッハ!やってやったぜ!」
「あとは、この場を早く抜け出して──」
『……』
「「──あっ」」
『ッ!』
「うおおお!?」
「ヤバいって!」
階段を降りようとしたその時、二人を見つけたキングチーター。いつの間にか城に入ってきたようだ。階段を駆け降り、なんとか城の外へと脱出し、二人は別れ彼女を振り切ろうと全力で走る
「うわぁー!?俺かよー!?」
そのまま狙われたオーロックス。彼女の叫び声がへいげんに木霊する。物陰に隠れつつ彼女の逃走劇を見ていたコウは、心底申し訳なさそうな顔をしていた
「あああああー!?」
『オーロックス、確保!』
必死の逃走も虚しく。ラッキービーストから、無情な一言が告げられた
*
「イヤー!?」
『ヤマアラシ、確保!』
「グワァー!?」
『ツキノワグマ、確保!』
「サヨナラ!?」
『パンサーカメレオン、確保!』
次々と捕まっていく仲間達。残っているのは、八雲一家、ライオン、ヘラジカ、ハシビロコウ、アルマー。いつどこから鬼が来るか分からないというプレッシャーは、他の参加者を焦らせていく
ツーツーツー!ツーツーツー!
『残り10分になると、君達のポーチについているアラームが鳴り出す。その音に反応し、鬼は即座に捕まえにくる。止めるには、他の参加者の解除キーを差し込まなければならない。ただし、そのキーが使えるのは一度きりだ』
そこに、追い討ちをかける新たなミッション。アナウンスが終わると、それぞれのアラームがカウントダウンを始めた。自分の持つキーでは自分のアラームを止めることは出来ず、他の参加者とキーを交換しなければならない
全員が嫌でも今以上に動かなくてはならない。それは、鬼に見つかる危険が更に高まるということである。動かずに誰かが来るのを待つのは現実的ではないだろう
「トウヤ!」
「ママ…!これ…!」
「ああそれだ。せーの…!」
たまたま近くにいたキングコブラとトウヤが、お互いのアラームにそれぞれのキーを差し込む。忌々しい数字は消え、ほんの少しだけ安息を得た
*
「ライオォォォォン!」
「ヘラジカァァァァ!」
ミッション終了まで残り5分。並んで走っていたのはへいげんの王二人。後ろから迫り来るチーターに気を付けながらポーチを探り、お互いのキーを交換して二手に別れた
「よぉーし!これで解除かんりょ──」
『ッ!』
「──うそぉー!?」
解除して安堵したのも束の間、ライオンの目の前に現れたのはキングチーター。急ブレーキをかけて踵を返し、即座に離脱を試みた
しかし、彼女は既に追われていた身である
「ニャアアアア私に来てた~!?!?」
『ライオン、確保!』
狩人のチーターが、ライオンの肩を叩いた
「どうしよう…」
「隙を見て移動しないと…」
建物の隙間から一部始終を見ていたのは、ハシビロコウとアルマー。その現場は二人の近くだった為、見つからないようじっと窺っていた
『……』ポンッポンッ
「「…え?」」
『ハシビロコウ、アルマー、確保!』
「「…ええええぇ……」」
その結果、背後から近づいてくるルターに気付かず、あっさりとまとめて確保されてしまった。動いても動かなくても、捕まる時は捕まるのである
*
「シュリ…どこにいる…!?」
ミッション終了まで30秒を切った。コウはシュリを探していたが、まだ出会うことは出来ていなかった
(残り時間はもうない…!なんとか見つけ……あれは!)
コウはようやく、物陰に隠れるシュリの後ろ姿を捉えた。しかしそれと同時に、近くにいたキングチーターも捉えてしまった
(このままじゃ二人とも…なら…!)
彼に迷いはなかった。シュリの元へ走り、距離を詰める。その手の中には、自身のポーチに入っていた、娘のための解除キー
「あっ…パパ…!」
「シュリ、頑張れよ?」
「えっ…パパ…!?」
辿り着いた瞬間、キーをアラームに差し込んだコウ。そして直ぐ様、その場を離れて走り去っていった。そうした理由は、娘だけでも助かってほしいという親心だ
しかしその代償は大きく、離れた瞬間それは鳴り始めた
【デデデー!デレレッデッデッデー!デデデー!デレレッデッデッデー!】←アラーム音
「うるせぇ!予想以上にうるせぇぞこれ!?」
それらに反応しないわけがなく。鬼3人全員が、彼を捉えようと走り出す。特にキングチーターは何回かコウに逃げられているからか、絶対に捕まえてやるという意志が滲み出ていた
「いやこれ、ちょっ、これ…!」
『『『ッ!』』』
「いやこんなの無理だろー!?」
『コウ、確保!』
隠れる場所は既になく。三方向からの攻撃で、端に追い詰められてしまったコウ。逃げ場を失った彼は、抵抗せずに肩を落とし、天を仰いで叫ぶのだった
*
「くっ…もう少しだったのだがな…」
『キングコブラ、確保!』
『残り、3分でーす!』
もうすぐ、この長い戦いにも幕が降りようとしている。残っているのはヘラジカ、そしてトウヤとシュリだった。ボールがあるとはいえ、後者二人が残っていることに、本人達を除いて全員が思ってもみなかった
しかし、ここまで残れていても最後まで油断は出来ない。隠れられる保証はない。それを証明するかのように、ライオンの城へと向かうシュリに、ルターの魔の手が迫ろうとしていた
「くらえー!」
『ッ──!?』
「あっ…!」
横から飛んできたのは、トウヤが投げた最後のボール。あと一歩で捕まるところだったシュリは、間一髪でそれを免れた
「シュリ!今のうちだよ!」
「ありがとうお兄……!? お兄!後ろ!」
「え?」
振り向いた時にはもう遅かった。その手は、トウヤの肩を捕らえていた
『トウヤ、確保!』
「あうぅ…」
残酷なアナウンスが流れる。それと同時に、チーターは狙いをシュリへと定め直した
「このー!」
『ッ…!?』
その手の中には、兄を助けるために掴んだ最後のボール。それは間に合わなかったが、自分を守ることには成功した。ライオン城へ入り、息を殺して隠れる
鬼が二人を探す。二人は必死に逃げる
決着の刻は、既に目の前にあった
「10…9…8…!」
捕まった者達が、カウントダウンを始めた
「7…6…5…!」
早く進めと、声に力が入る
「4…3…2…1…!」
希望と祈りを、言葉に乗せる
『終了ー!』
今ここに、長い闘いの終わりは告げられた
─
やいのやいのとヘラジカさんを褒める両陣営と、悔しそうな鬼3人の声がよく聴こえてくる。あんなに追われてたのによく振り切ったなぁと本当に思う。流石は森の王だ
「パパ…お兄…」
「頑張ったな、おめでとう」
「おめでとうシュリ!凄かったよ!」
「! ありがとう!」
あの時トウヤは、自分が危険に晒されると分かっていたと思う。それでも、妹を助ける為に飛び出して、見事それを果たした。トウヤは本当に立派なお兄ちゃんだ
…これが遊びで良かったと、少し考えたりもしたけど
「お疲れ様。もう少しだったね」
「ああ、少し悔しい。次は完走したいな」
俺はともかく、キングコブラは見つかってなければいけた時間に捕まったからね。次は家族揃って最後まで残りたいものだ
にしても、本当によく頑張ったなぁ二人とも。これが一番の予想外だった
「皆さん、お疲れ様でした」
「落ち着いたら感想言ってってな?」
「よろしゅう頼むで~」
ジャパリまんと水を配るルビーさんとヒョウ姉妹。彼女達は最初のミッションで出た鬼役だったとのこと。今回出番がなくて少し残念そうだった
彼女達が言った通り、スタッフ達へ皆それぞれ感じたことを伝える。それを踏まえて、色々と改定されるだろう。因みに俺は、ミッションのバリエーションの工夫、時間の調整、そしてアラームの音量調整について伝えた
「私かくれんぼしたい!」
「僕もしたい!」
「なら次はそれで勝負だ!やるだろ?コウにキングコブラ?」
「まさか逃げないよね~?」
へいげんの王からの挑発。子供達の前でそんなことを言われたら、断ることなんて出来ないね
「…いいよ。やってやろうじゃないか。俺達夫婦で全員見つけてあげるよ」
「ただし、お昼食べてからな」
「「わーい!」」
決戦は午後から。協力してくれた子達へのお礼をしたいし、もう少し休憩した方がいいだろうしね
ただ、その後はこっちの番だ。ここにいる全員、残さず取っ捕まえてやりますかね
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