第8話 夏の思い出
夏休みに入って数日が過ぎた頃、ココロは頭を悩ませていた。
(まずい…もう学年末の試験まで半年くらいしかない…。)
授業と課題、自主トレをこなす日々。毎日がそれだけでいっぱいいっぱいで気がつけば夏休みも半分が過ぎていた。
(みんなもう取りかかってるのかな?どうしよう…今から誰かに声かけてももうやり始めてたり他の人と組んでるかも…。というか誘えるような人が少なすぎる…。)
頭を抱えて唸っているとインターホンの音が鳴り響いた。
(誰だろう?)
ドアを開けるとそこにはアスカが立っていた。
「久しぶり。」
「アスカ!実家に帰ってたんじゃなかったの?」
「今帰って来たところ。はいこれお土産。」
「ありがとう。もう少しゆっくりしてくると思ってたからびっくりしたよ!」
「まぁこっちでやることもたくさんあるからね。それでちょっと相談があるんだけど今時間大丈夫?」
「大丈夫だよ。どうぞ。」
(アスカが私に相談ってなんだろ?よっぽど困ってるのかな…。)
アスカを部屋に通して自分は飲み物を用意する。
「今日暑かったでしょ?氷入れる?それともいつも通り氷なしにする?」
「なしでお願い。」
「はーい。」
お土産にもらったお菓子と飲み物をテーブルに置くと早速アスカが話し始めた。
「ありがとう。それでココロはもう学年末のステージ準備始めてる?」
「それがまだ何もできてなくて…。」
「丁度良かった。ココロのこと誘おうと思ってたの。」
「えっ!?いいの?」
正直すごく嬉しい話ではある。しかしこれまでの行事で起きたことを考えると素直に喜べない自分がいる。そんなココロにアスカが優しく笑いかけた。
「いいも何も私から誘ってるのよ?いいに決まってるでしょ。」
「ありがとうアスカ…正直どうしようか迷ってたんだ。でも2人で何するの?それにアスカと私じゃ進みたいジャンルがかなり違うんじゃ…」
「そこは大丈夫。ちゃーんと考えてあるから。それに2人じゃないわ。」
「他にもう誰か誘ってあるの?」
「まぁね。これから誘う人もいるけどね。とりあえずそれについては今度詳しく話すわ。それより今日これから夜まで時間空いてる?」
「うん。特に予定はないけどどうしたの?」
「じゃあはい!これ!」
アスカが差し出してきた紙袋を受け取ると中には浴衣が入っている。
「浴衣?」
「そう!今日お祭りあるの。それに行こうと思ってね。さっ!早く着替えて着替えて!」
アスカに言われるまま着替えてみたものの自分ではうまく着ることができず結局アスカに着付けをしてもらう。ココロを着替えさせてからアスカも素早く着替えを済ませた。
「お手数おかけしました。」
「まぁこうなることは予想してたから大丈夫よ。早速行きましょうか。」
「着いたわ。」
たどり着いたのは神社だった。目の前にある石の階段が上に続いている。アスカに続いてその階段を登っていくと徐々に明かりが見え始めた。それと同時にガヤガヤとにぎわっている人の声が聞こえてくる。
「ココロ大丈夫?バテてない?」
「うん。大丈夫だよ。」
「ココロだいぶ体力ついたみたいだね。前ならきっともうヘロヘロになってるよ。」
「そっそうかな?」
「だってほら。もうこんなに登ってきてるのに全然息きれてないでしょ?」
言われて振り返るとさっきまでいたところがずいぶん下に見えた。
(もうこんなに登ってきてたんだ…。)
たった数ヶ月前には学校の階段を駆け上がるだけで息を切らしていた。きっとその時にこの階段を登っていたらアスカの言う通り既に疲れていただろう。
「あと少しだよ。」
「うん。」
思わぬところで自分の成長を目の当たりにして嬉しく思っているとあっという間に上にたどり着いた。そこはたくさんの人で賑わっている。
「わぁ!結構大きなお祭りなんだね!」
「そうね。えっと…あっ!いたいた!ココロこっち!」
アスカに手を引かれて向かった先にはカイトとショウがいた。
「ごめんごめん。待った?」
「いや、俺たちもさっき来たところ。」
「2人ともアスカに誘われたの?」
「今日突然な!祭りなんて久しぶりだしせっかくだから2人も誘おうって話になったんだよ!」
嬉しそうなショウとは逆にカイトはため息混じりに答えた。
「俺はいいって言ったんだけどな。」
「その割には浴衣ちゃんと着てくれてんじゃんか!」
「それはショウがしつこいからだろ。」
「まあまあ。それより早くいきましょ?私たち行きたいところがあるから2人で行くわ。」
「え?一緒に行くんじゃないの?」
「ショウがカイト連れてくるって言ってたから私はココロを連れてきたのよ。それに2人でお祭りとかきたことないでしょ?今日はお互い楽しみましょ?それじゃあね!」
アスカがショウの手を取って歩き出すとココロに目配せをした。
「?」
「ショウにほとんど無理やり連れてこられたけどココロが居るなら来てよかった。浴衣すごく似合ってる。」
「えっと…ありがとう。かっカイトも!浴衣似合っててすごく…カッコいい…よ?」
「ありがとう。俺らも行こうか。」
カイトが手をこちらに差し出してにこりと笑った。その手に自分の手をそっと重ねると、カイトの姿を見てから感じていた胸の高鳴りがさらに増したように感じた。
「何か見たいものとか食べたいものある?」
「えっと…とりあえずいろいろ見て回りたいかな…。」
「じゃあ順番に回って行こうか。」
「うん。」
(どうしよう。久々すぎて何話していいかわかんない。)
夏休みになってからというものカイトと会う機会が全くなくなっていた。更に夏休み中にある特別講義も取っていたため連絡もなかなか取れていない。
(何か話したほうがいいかな…カイトもあれから黙っちゃってるし…。でも…)
考え事をしながら歩いていると何かにつまづいた。
「わっ!」
「っと!大丈夫?」
「だっ大丈夫。ごめんね!」
「謝らなくていいよ。下駄慣れてないんだし仕方ないよ。もう少しゆっくり歩こうか。」
「ありがとう…。」
それからは2人で他愛のない話をしながら出店を回った。りんご飴やたこ焼き、かき氷を買って座れそうな場所を探しているとベンチを見つけた。
「空いてるところがあって良かったね。」
「そうだね。足大丈夫?疲れてない?」
「うん。大丈夫!さっき買ったたこ焼き半分こしよ?」
返事が無いことを不思議に思い隣にいるカイトの様子を見ると、少し深刻そうな顔をしている。
「カイト…?どうしたの?」
「この前はごめん。」
「え?」
「合宿の時大変だったのに守ってあげられなくて。」
「そっそんな!仕方ないよ。カイトはあの時別の場所にいたし…。」
「でも俺のせいで…」
「カイトは何も悪くないよ。それにあの子も謝ってくれたし。もう全然気にしてないから。だからその話はこれで終わり!ね?」
「わかった。ありがとうココロ。」
「でも…1つ気になることがあるんだけど…。」
「どうしたの?」
「カイト人気者だから他にもたくさん告白とかされてるよね。だから…なんで私なのかなって…。私なんかより可愛い子たくさんいるし…。それに私ドジだし、料理とか裁縫とか女の子らしいこと全然できないし、それに…」
突然カイトが人差し指をココロの唇に押し当てた。
「俺にとってはココロはとても魅力的な女の子だよ。他の誰よりもね。」
カイトの真剣な瞳から目が離せない。いつもの優しい笑顔のカイトはそこにはいなかった。
「ココロが自分の事をどんな風に思っててもそれは変わらない。俺のたった1人の大切な人だよ。」
唇に押し当てられていた指がココロの輪郭を下から上へとなぞっていく。そしてカイトの大きな手がココロの右頬を包み込んだ。
(カイトの手すごく熱い…。)
カイトの顔がゆっくりと近づいてくる。どうしたらいいかわからず目をギュッと固く閉じると唇に柔らかいものが優しく触れた。すぐにその感触が離れていくのを感じて目を開けると、カイトが少し困ったようにこちらを見ていた。
「カイト?どうしたの?」
「いや、すごく体に力が入ってるからもしかしたら嫌だったかなって…。」
「ちっ違うの!そうじゃなくて!その……こういうの初めてで…だからどうしたらいいのか分からなくて…それで……その…」
何を言ったらいいのかさえ分からなくて言葉がうまく出てこない。困っているココロの頭をカイトが優しく撫でた。
「嫌じゃなかったって事でいいのかな?」
「うん…。むしろすごくドキドキしてまだ心臓の音がうるさいくらいで…その……すごく…嬉しかった…。」
「よかった…。俺もすごく嬉しい。それにほら、俺も今ドキドキしてるのわかる?」
そう言ってココロを自分の胸に引き寄せた。カイトの鼓動が早くなっているのが分かる。
「本当だ…。」
「俺もココロも一緒だね。」
「ふふっそうだね。」
「…ねぇ、ココロ。もう一回キスしてもいい?」
カイトの問いにゆっくりと頷くとカイトが優しく体を引き寄せた。そのままココロのことを抱きしめると耳元で小さく囁く。
「緊張しなくても大丈夫。深呼吸して体の力を抜いて……そう……そのままゆっくり目を閉じて……。」
カイトの柔らかい唇が再びココロの唇と重なってまたすぐに唇が離れていく。目を開けるといつもの優しい笑顔がそこにあった。そのまま2人で見つめ合っているとどこからかヒュ〜と音がして夜空に花火が打ち上げられた。横顔が花火の光に照らされて一瞬カイトの顔が半分だけはっきりと見えた。
(カイトの顔少しだけいつもより赤い…。)
「どうしたの?花火見ないの?」
「カイトだって…。」
カイトの瞳に花火が映っては消えてゆく。その熱の灯った瞳に吸い込まれるように顔を近づけた。
「ココロ…。」
「あのっ…えっと……!」
カイトのびっくりした顔を見て我に返り恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。
(わっ私自分からなんてこと……!!)
自分でも自分のした行動に驚いてあたふたしてしまう。
「あの!今のはその!えっと…カイトの目がすごく綺麗で…!なんていうかその……!とにかくもっとしたかったから!!そうしたというか……なんというか…えっと…。」
(あーもー!何言ってるの私〜!)
「今言ったこと本当?」
「え?うん…。そうだけど…。」
カイトがココロの体をグイッと引き寄せる。花火の光に照らされてカイトの悪戯な笑顔が一瞬だけ見えた。
「今更嘘って言っても遅いからね?」
そう言うと2人の唇が軽く触れ合う。唇が離れたかと思うとすぐにまたキスをされた。カイトから何度もついばむように軽く触れ合うだけのキスを唇に落とされ、今まで感じたことのない感覚が体を襲う。
「んっ…!」
キスをされるたびに頭が真っ白になって何も考えられなくなっていく。全身が熱くなって鼓動がどんどん早くなる。
「カ…イト……!」
カイトの浴衣を両手でギュッと掴む。
「んっ……はぁっ!」
カイトから最後のキスが落とされ唇が離れると、2人の熱い視線が絡み合った。息が乱れて何だか頭がクラクラしている。
「ココロ大丈夫?」
「うんっ…。平…気っ。」
「ちょっとやりすぎちゃったね。ごめんね。」
「大丈夫…。それに…カイトの気持ちが少し伝わってきた気がして…何だか嬉しかったから…。」
カイトに笑いかけると何故かすぐに目を逸らされてしまった。
「どうしたの?カイト…。」
「いや…今そんな顔見たら止まらなくなりそうだから。」
そう言ったカイトの頬が横から見ても赤く染まっているのがわかった。それを見て少し想像してしまって自分の顔も熱くなる。しばらく無言のまま2人で花火を見上げていると
「!」
何かが手に触れる感触がしてチラリと目線をやり確認する。すると、カイトの小指がベンチに置かれていた自分の手の小指に絡められていた。ココロは花火を見上げたまま少しだけその小指を握り返した。
4人でお祭りに行ってから数日が経ったある日のこと。
「ちょっと!ココロ!」
「えっ!?なっ何?」
今日はココロの部屋で学年末のステージについての話し合いをしていたのだが
「ココロ最近なんかボーッとしてること多くない?大丈夫?」
「えっ!?そっそうかな?大丈夫!いつも通りだよ!」
「本当に?体調悪いんだったら早めに言いなさいよ?」
「うん!ありがとうアスカ。」
(まさかお祭りの日にカイトとキスした感触が忘れられなくてボーッとしてるなんて言えるわけないよね…。)
あれからキスをした感触が度々思い出されてしまう。しかもそれが思いの外鮮明に蘇ってくる。特に唇の触れ合ったあの感触はつい先程キスをしてきたかのように思い出されてしまう。しかもなんの前触れもなくふとした時にそれはやってくる。
(はー…。もうあれから何日も経ってるのに!どうしちゃったの一体!みんなもこうなるのかな?それとも私ってそんなにふしだらな子だったの!?)
1人で勝手にショックを受けているとアスカにおでこを軽くつつかれた。
「まーたボーッとしてる!本当に大丈夫なの?体調良くないなら今日はもう帰るから…」
「本当に違うの!本当に大丈夫だから!」
慌てて訂正するココロの額をアスカの指が再びつつく。
「大丈夫なわけないでしょ!特別講義の時もボーッとしてたでしょ!」
「えっとそれはそうなんだけど…。」
はっきりしない態度のココロにアスカがため息をついた。
「はー。お祭りの時カイトと何かあったの?」
「えっ!!?!?なっなんで!?」
的確な指摘に動揺して変な声が出てしまった。
「いや、明らかに祭りの帰りからおかしかったから…。」
「そっそんなにおかしかったかな?」
「ソワソワしたりどこかを見ながらボーッとしたりを繰り返しててすっごく変だったわ。」
「うっ…!!」
「まぁ何かあったんだろうとは思ってたけどね。こんなに長引くなんて思ってなかったわ。何かあったなら話聞くわよ?」
「えっと…。」
鮮明に蘇る思い出と感覚に恥ずかしさで体が熱くなる。
「ちょっと話すのは……。」
「まぁ喧嘩したって感じじゃなかったからカイトにキスでもされた?」
「ふぇ!?そっそんなことしてっしてないよぉ!?」
「いや、わかりやすすぎでしょ。」
顔がカッと熱くなって熱がおさまらない。
「へー…でもついにねぇ。カイトも随分我慢してたでしょうね。」
「え?そっそうなの?」
「まぁ本人に聞いてみないと分からないけどね。でも付き合ってもう7ヶ月経つでしょ?それでようやく初めてのキスだもの。普通の男なら我慢できずに発狂してるかもね。」
「えぇ!?はっ発狂!?」
驚くココロを見てアスカは笑いながら答える。
「私も男じゃないから本当にそうなるかどうかは知らないけどね?でも我慢はしてたんじゃないかな〜。ココロは付き合うこと自体初めてだし、すぐに赤くなったりしてそういうことには耐性がなさそうだし、カイトもいろいろ考えてくれてるんじゃない?」
「そうなのかな…。」
「我慢の話は置いておくにしても考えてはくれてると思うわ。ココロのことすごく大切にしてるもの。」
「えへへ。」
「何はともあれココロはファーストキスが忘れられなくてそんな状態になってるってことね。」
「えっと…はい…その通りです。」
「ふふっそれは仕方ないわね。私もファーストキスをした時はあの感触が忘れられなくてね。その日の夜は寝付けなくて朝まで起きてたわ。」
「えっ!アスカでもそんな風になったの?」
「ココロは私をなんだと思ってるの?まあでも、そうね何日かは忘れられなくてソワソワしてたわね。」
「そうなんだ…なんだか安心した!」
「そっじゃあよかったわ!それじゃあ早速学年末のステージについて話し合いましょ!」
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