第7話 それぞれのおもい

「どうしよう…。」

真っ暗な闇の中唯一の明かりは窓から差し込む月明かりのみが頼りなのだが、生憎の曇りでその月が出ていない。

(私明日の朝までここに閉じ込められるの?それにさっきの人は誰?)

状況が飲み込めないまま不安が思考を支配していく。その不安に飲み込まれないようにパンッ!と両手で頬を叩いた。

(大丈夫。私が部屋に帰らなかったらナギサが探してくれる。それにカイトも私から連絡がなかったら不審に思うはず…。)

ココロは祈るような気持ちで曇っている空を見上げた。




(そろそろ連絡があってもいいはずなんだけどな…。)

連絡がなかなか来ない事に少しソワソワしながら部屋を出たカイトは、静かに電話ができる場所へと向かっていた。いつ連絡が来てもわかるように携帯は手に握られている。ホテルの中庭に面した休憩所の椅子に腰掛けると携帯が震えた。

(なんだアスカか…。)

すぐにショウからの返信が届いた。それを見てカイトもグループにメッセージを打ち込む。

『ちょっと聞きたいんだけど――――』




コンコンコンコン

「はーい。」

誰だろうと不思議に思いながらリカはドアを開けた。

「こんばんは。」

「ナギサじゃない。どうしたの?」

「ココロがまだ部屋に帰ってこないんだけどリカと練習した後どこに行ったか知らない?」

「えっ?まだ携帯が見つかってないのかしら…。」

「携帯?」

「ええ、今日は練習を早く切り上げて2人で大浴場に行ったのよ。お風呂から出たらあの子が携帯がないから探しに行くって出て行ったわ。私も手伝うって声をかけたんだけどホールから大浴場までの間にあるはずだからいいって断られたのよ。」

「ありがとう。そこら辺にいるか探してみるよ。」

「私も行くわ。」

「ありがとう。まずは大浴場に行こう。」

2人は大浴場へ向かって歩きだした。エレベーターに乗るとナギサが口を開く。

「リカはココロの携帯の番号知らない?」

「知らないわ。ナギサこそ知らないの?」

「残念ながら。」

ナギサは首を横に振ってみせた。エレベーターが止まって扉が開くと、リカはすぐに足を踏み出した。

「そう。なんだか仲良くなったみたいだし、てっきり知ってるのかと思ったわ。」

「…?いや、前とそんなに変わりはないけど…。」

「あら、だって呼び捨てで呼んでるじゃない?以前はココロちゃんと呼んでいたと思ったのだけど?」

リカの声色に混ざる少し威圧的な感情が可愛く思えてナギサはクスリと笑った。

「あぁ、これはココロがナギサさんって呼ぶからさん付けは他人行儀みたいだからやめてほしいってお願いしたんだよ。それで私もココロって呼ぶ事にしたんだ。」

「そうなの…。」

何かを考えはじめたリカの目に大浴場が映った。

「ココロはリカとも仲良くなりたそうにしてると思うけどね。」

「っ!いっ今はそれより早く探すわよ!とりあえず二手に分かれましょ。私はこのままホールに行くから、ナギサはカウンターへ行って落とし物を探しに来た人がいなかったか聞いてきてちょうだい!」

「わかった。それじゃあまた後で。」

ココロを探しはじめた2人を通路の角からひっそりと見ている生徒が1人。その手に握られた携帯は頻繁に連絡が来ているのか何度も震えている。携帯のバイブのパターンが変わり電話がかかってきている事に気づき画面を見ると携帯を強く握りしめその場を去った。

階段を登ってホールへと向かうリカ。階段を上り切り廊下を曲がろうとすると、誰かとぶつかりそうになった。

「きゃっ!?エリさん!?」

「びっくりしたぁ!」

「あなた!こんな時間にこんなところで何をしているの?」

「えっ!?わっ私はホールに忘れ物をしちゃったから取りに来たの。…ほら鍵もあるよ?まぁホールに入る前に廊下に落ちてるの見つけたんだけどね。」

「そう…。あなたどこかでココロさんを見かけなかった?」

「私は見なかったけど…ココロさんどうかしたの?」

「いえ、何でもないわ。ありがとう。」

「どういたしまして。それじゃあ。」

エリと別れて一応ホールの前に来てみたものの特に変わった様子もなく鍵もしっかりとかかっている。

(いったいどこに行ったのかしら?一度ナギサのところへ…)

「!」

廊下を数歩進むと何やら後ろで微かな物音が聞こえたような気がして振り返る。しかし廊下は静寂を保っていた。気のせいかとリカはエレベータに乗り込んだ。すると誰もいなくなった廊下にガチャガチャという音がこだまして静寂を壊した。

(行っちゃった…。せっかく誰かが来てくれたのに…やっぱり電気をつけるのは諦めてここでじっとしていたほうがいいかな…。)

ココロは閉じ込められてからなんとか居場所を知らせようと考えた。その結果電気をつけようと暗闇の中を壁伝いに歩き手探りでどこかにあるはずの電気のスイッチを探していたのだ。

(いつもは誰かが付けてくれてたから電気の位置なんて全然分からないし…。やっぱり暗い中でどこにあるかわからないものを探すのは無理かな…。せめて月明かりがあれば少しは見えるんだけどな…。)

空を見上げてみるもののあいかわらず月は分厚い雲で覆われている。それを見て口からため息が漏れた。

(さっきのは誰だったんだろう?ナギサ?それとも最後の見回りの人とか…かな?もうそんな時間なの?どうしよう…見回りの人だとしたら今日の夜はもうここには人は来ないかもしれない…。)

焦りと不安が互いを刺激しあってココロの中でどんどん大きく膨らんでいく。

(本当なら今頃カイトと話してるはずだったのに…。そういえば携帯は?)

突然の事で携帯を探しに来たのを忘れていたココロ。携帯のことを思い出して周りを見てみるがやはり暗くてよくわからない。

(ないか…。もしあったらカイト達の誰かから連絡が来てるだろうしその時に見つけてるよね…。)

ため息をつきながらその場に膝を抱えて座り込んだ。

(でもそれじゃあどこに落としたんだろう?落とし物にも届けられてなかったし、通った通路にもどこにも落ちてなかった。)

頭を悩ませているとある結論にたどり着いた。むしろ、もうこれしか考えられない。

(もしかして…誰かが持ってる?でもなんで?)

ふと先程自分を突き飛ばした人影を思い出して背筋がゾッとした。膝を抱える手に自然と力が入る。

(まさかあの人が持ってるの?いや、考えすぎかな…でもどうして私をここに閉じ込めたの?分からない…。)

ジワリと目に涙がたまる。

「声が聞きたいよ…カイト…。」

小さな呟きは誰に届くこともなく闇に吸い込まれて消えた。




リカがエレベーターを降りてナギサの元へ向かうと廊下でナギサとエリが話しているのが見えた。

「ナギサ!こっちはいなかったわ。そっちはどう?」

「忘れ物に携帯がなかったか聞きにきたみたい。そのあとホールの鍵を借りて行ったらしいんだけど…。」

「ホールの?でもさっきホールの鍵はエリさんが…。」

「へー?さっきはどこの鍵って言ったっけ?」

「…離してよ!」

エリがナギサの腕を振り払おうとするがナギサもそれに抵抗する。

「ちょっと2人ともやめなさい!エリさんも私にはホールの鍵だって言ったじゃない!どうして嘘をつく必要があるの?」

「それは…。」

「それは自分がホールの鍵を持ってちゃおかしいからだよ。だってホールの鍵を借りたのはココロなんだから。」

「え?」

「貸し出しノートにもココロの名前があったから間違い無いよ。ココロには会ってない、だからホールの鍵を持っているのはおかしい。それで別の鍵だって嘘をついたんだよね?」

エリは下を向いてこちらから顔を背けている。

「でも何故エリさんはそんな嘘を?出会っていると何か不都合が?」

「そういうことだろうね。ところでエリさん。さっきから何度も鳴ってるその携帯見なくても大丈夫なの?」

「あっあんたには関係ないでしょ!もういい加減に離しなさいよ!」

エリが暴れ出して2人の足がもつれて倒れ込んだ。その拍子に携帯が床に投げ出された。その携帯をリカが拾い上げる。

「この携帯…もしかして…」

「わっ私の携帯よ!返して!!」

そう言ってリカの持つ携帯に手を伸ばすと携帯の着信が廊下に鳴り響いた。その音はエリから聞こえるようだ。

「あなた携帯を二つも持っているの?」

「いや、リカの持ってるのはココロの携帯だよ。」

「どうしてあなたがこの携帯を持っているの?」

今度はリカがエリに詰め寄る。

「それは…!廊下で拾って…。」

「どこの廊下で拾ったのかしら?」

「…ホールの前で拾ったのよ!」

「それはいつ?」

「えっとさっきリカさんに会う前に…」

「でしたら何故私に尋ねなかったの?」

「え?なっ何を…」

「この時間にホールへ行く廊下にいた私に何故その携帯は私のものかどうかと尋ねなかったの?と聞いているの。私が行く前に落ちているのを見つけたのよね?だったらもう練習も終わって誰も用事のないホールに来た私に何故尋ねなかったの?私が落としたのかもしれないと普通なら思うのでは?いえ、思わなくても聞くんじゃないかしら?」

「そっそれは…」

迫りくるリカの迫力にエリが何も言えずに萎縮してしまっている。

「まぁいいわ。とりあえずその電話に出てあげたらどうかしら?よっぽどあなたに御用があるようですし?それにこれだけ音が響いていると他の人に迷惑だわ。」

まだなり続けているエリの携帯の音が廊下に響いている。なかなか鳴り止まない音を不審に思ったのか廊下の角から従業員らし人がこちらをのぞいている。

「私は鍵を持って先にホールに行くからナギサは後でその子を連れてきてちょうだい!」

それだけいうとリカは返事も聞かずにエレベーターへと走った。残された2人を廊下に反響する着信音が包む。エリの携帯には知らない番号が表示されている。

「もっもしもし…?」

「ようやく出てくれたね?何かお取り込み中だったかな?」

「だっ誰!?」

誰かわからず困惑していると想いもよらぬ答えが返ってくる。

「酷いなぁ…俺の声忘れちゃったの?ついこの前俺のこと好きだって告白してくれたばかりなのに。」

「えっ?もしかして…」

「所詮君の好きってその程度だったってことだよね?」

「そんな…!そんなこと!!」

「まぁ俺には関係ないけどね?君が俺のことをどれだけ好きで愛してくれたとしても俺にはなんの意味もないことだから。俺にとっても君は所詮その程度の存在なんだよ。」

「ひっ…酷いよ…!っ…そんなっ言い方!」

エリの目から涙がポロポロのこぼれ落ちる。言葉を詰まらせているエリのことなどお構いなしに話は進んでいく。

「酷い?本当にひどいのは誰かな?俺、言ったよね。俺の大切な人に何かしたら許さないって。お前…一体何したの?」

「わっ私は何も…!」

「何も?本当に?本当に何もしてない?」

「何もっ…してな……!」

震える手を握り声を絞り出すエリを無機質で感情の読み取れない冷たい声がさらに追い討ちをかける。

「風呂の脱衣所にあったココロの携帯を盗んだのに?」

「えっ!?なっなんで!?」

「ココロのこと突き飛ばしてホールに閉じ込めたことも?」

なぜ知られているのか、恐怖でエリの体が震えだす。

「それでも何もしてない?」

「なんで……どっ…どうして!?」

「さぁ?どうしてだろうね?確実に言えることは…俺は、絶対に…お前を許さない…!」

落ち着いた口調だが、その声には静かな怒りの感情が滲み出ている。

「…っ!!ごっ…ごめんなさい……ごめんなさい…!!」

「謝る人が違うんじゃないかな?とりあえず今すべきことをしなよ。俺がお前を許すかどうかは別の話だけどね。」

電話が切られるとエリは真っ青な顔で震える体を押さえていた。その後のエリは大人しくナギサに従いホールへと向かった。




(私本当にこのままここで朝になるまで待つのかな…今何時なんだろ…。)


ガチャガチャガチャ


突然もたれかかっていたドアが慌ただしく音を立てたのでビックリしてドアから離れる。振り返って見ると、ガチャリと鍵の開く音がした。そしてすぐにドアが開かれる。

「ココロ!!」

「はっ…はい…。」

返事をして目が合うと突然リカが力一杯抱きついてきた。

「なんともなくてよかった!!」

「ゔっ…!えっと…何でリカさんが?てっきりナギサが探しにくるのかと…。」

「私じゃ不服なのかしら?」

少し怒ったような顔のリカがココロの両頬をギューっと横に引っ張った。

「いはいいはい!ほんなことなひれふ!」

「ならよろしい。」

開放された頬が少しヒリヒリする。雲が晴れて窓から差し込む月の光がこぼれ落ちる何かを輝かせた。

「あら?私そんなに強く引っ張ったかしら?ごめんなさい。」

「え??」

ココロの頬をつたって涙が床へと落ちていく。

「あれ?どうしたんだろ?大丈夫痛かったわけじゃないよ?本当に…」

「本当に何もなくてよかったわ…。1人で怖かったでしょう。」

優しく包み込むように抱きしめられてココロは自分の涙の訳を理解した。

「うん…でもリカさんがきてくれたからもう大丈夫…!」

「そっそう?」

「それにさっき私のこと初めて名前で呼んでくれたよね?すごく嬉しかった。」

「え?そっそうだったかしら?覚えてないわ。」

顔を逸らすリカを見て照れているのがわかり、リカにバレないように小さく笑った。

「いつもあんたとかあなたって呼ばれてたから。」

「そっそれはごめんなさい。そういえばこれあなたの……」

そこまで言うとハッとした表情になったリカの顔が思考にそって変化してゆく。そして最後に少し恥ずかしそうにしながら携帯を差し出してきた。

「これ……こっココロの携帯でしょう?」

「あっ!私の携帯!ありがとうリカさん!いった…」

「ココロも!」

突然話を遮ったかと思うと少しもじもじした様子でリカがこちらを見ている。

「私がココロと呼んでるんだから…ココロも……その…私の事を…」

「リカ…ありがとう。」

「!!このくらいいいのよ!」

月明かりに照らされたリカの笑顔はとても綺麗で心に刻み込まれる様な笑顔だった。

「でもどこを探してもなかったのに一体どこにあったの?」

「それは部屋に帰ってから話すことにしようか。」

「ナギサ!」

ナギサの隣にもう1人いるのを見て疑問を口にした。

「その人は誰?」

「それも後で話すよ。もう消灯時間だからね。とりあえず私たちの部屋に行こう。」




「つまりエリさんが私の携帯をお風呂場から持っていってその後私をつけてきてホールに閉じ込めたって事でいいのかな?」

「そういうことになるね。」

ホールから撤収したココロたちは急いで鍵を返却し消灯時間ギリギリにココロたちの部屋へ駆け込んだ。それからエリ本人に何があったかを聞いていたのだ。。

「本当にごめんなさい…。」

「到底許されることではないわ!」

「いいよ。」

「「え!?」」

「ん?どうしたの?」

「ココロ!?あなた携帯を盗まれてそのうえ監禁されたのよ!?それをそんな!」

「そんな大袈裟な。そりゃ閉じ込められた時は何が何だかわからなかったしすごく怖かったけど、怪我も何もしてないし。それにすごく反省してるみたいだから…。謝ってくれたんだしいいんじゃないかな?」

「ココロがそれでいいならいいけど…。」

「そんな!ナギサまで!」

「本当に許してくれるの?」

「うん。でもこれからどんな理由があってもこんな酷いこともう誰にもしないって約束してほしいな。」

「うん…うん…!約束っする…っ!」

「じゃあこの話はもうおしまい!明日は合宿最終日だし!みんな早く寝よ寝よ!」

時計を見るともう0時を回っていた。リカとエリが慌てて部屋へ帰った後、大量のメッセージやカイトやアスカからの着信を見てびっくりしたのと同時になんだか嬉しくなって笑ってしまったのだった。そして次の日

「ココロ爆睡だね。」

「まぁ昨日はいろいろあったから仕方ないわね。」

帰りのバスが出発してすぐに寝てしまったココロ。夏休み始めの行事の強化合宿も終わり明日から夏休みの本番が始まろうとしていた。

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