第6話 変化

「まずあんたは全体的に動きを見過ぎなのよ。ちょっと今からやるの見てて。」

そういうとリカは突然ステップを踏み踊り始めた。10秒もせずにその動きが止まる。

「はい。今のどんな動きしてたかわかる?」

「え?そんな急に…」

「いいから!手はどんなだった?足は?」

「えっと…途中で体の向きが変わったくらいしか…。」

「じゃあもう一回やるから次は手か足どっちでもいいから片方だけ見てて。」

言われた通り踊るリカの腕の動きだけを目で追いかける。

「はい!わかった?」

「えっと…こんな感じかな?」

腕の動きを真似してみせるが自信がない。

「大体はあってるじゃない。合ってるんだからもっと大きく動かしなさいよ。」

「ごっごめんなさい。」

「謝らなくていいから。そんな感じで部分的に見れば一回で大体分かったでしょ?」

「うっうん!」

「そうやって同じ所の動きを何度も見て大体の動きを覚えたら次はもっと細かくみるのよ。指先は伸びているのか、曲げているのか、掌の向きに手首の角度とかね?さ!分かったところで課題に取り組むわよ!」

それからはひたすらリカの動きと自分の動きを見比べて改善に取り組んだ。上手くいかないところはリカがアドバイスをしてくれて、どこに力を入れるといいかなど細かく教えてくれた。そして、午後の練習終了間際

「あんた今日はまだ動けるの?」

「え?動けるよ。どうしたの?」

「じゃあ夕食後の自由時間またここにきなさい。続きやるわよ。」

「え!?でもそこまでしてもらうのはなんか悪いし…。」

「何言ってんのよ!あんた自分が少し遅れてるの分かってる?」

「うっ…!」

自分でもそれは分かっていた。早い人はもう半分以上も課題の振り付けを覚えている。しかしココロはまだ3分の1程度しか覚えられていない。それもまだ曖昧で間違えてしまうところも多々ある状態だ。自分でも分かっていたことだが他の人から言われると心にくるものがある。

「今のままじゃ間に合わないでしょ?それに私はもう振り付け覚えちゃったから大丈夫よ。」

「えっ!?もう全部覚えちゃったの!?」

「えっ…えぇ。あとは躍り込むだけよ。」

「やっぱりリカさんすごいね!私なんてまだ全然覚えられてないよ…。」

自分だって1年はダンスをやってきたのにこんなにも違うものなのか…その違いを見せつけられたような気がした。

「まぁ、今までのやり方じゃそうでしょうね。でもそれも今日でおしまいよ!どうやって覚えるのかはもう分かったでしょう?今日は時間ギリギリまで課題を覚えるわよ!」




リカとの特訓を終え部屋に帰ったココロはすぐにシャワーを浴びていた。

(今日はいつもより疲れたな…。でも、どうしてリカさんはこんなによくしてくれるのかな?私のこと嫌い…なんだよね…?)

リカは自分のことが嫌いなのだとココロはずっと思っていた。一年生の頃にも何度もキツいことを言われたことがあったからだ。明らかに他の人と自分への態度が違っていたため、あぁ自分は嫌われているんだ…と気がついたのだ。

(ペアになった時はてっきり学年末の舞台の時みたいにたくさん怒られるんだと思ってたけど…。そんなこともないし…。)

疑問に思いながらも今日いろいろなことを教えてくれたリカのとこを思い出した。

(なるべく普通にしてたつもりだけど私の態度が変で気を遣ってくれたとか?……はー。考えても分からない…。)

態度には出さないようにしてはいるが今までのこともあり、リカのことはかなり苦手だ。そんな人と半日も一緒にダンスの練習をしていたからか風呂から上がるとどっと疲れが押し寄せた。ココロはそのまま自分のベッドに倒れ込んだ。

(本当に…急にどうしたんだろ…リカさん。)

目をつぶってうとうとしていると突然頬っぺたに何かが触れた。

「冷たっ!!」

「ごめんごめん。お疲れ様。」

慌てて飛び起きるとナギサが缶ジュースをこちらに差し出している。

「ありがとう。」

「いえいえ。それより布団はちゃんとかぶって寝ないと夏風邪でも引いたら大変だよ。」

「そうだね。気をつける。」

「そういえばココロちゃんがお風呂に行ってる間に何度か携帯がなってたよ。」

「ありがとう。見てみるよ。」

早速携帯を確認してみると合宿に来る前にアスカ達と作ったグループにメッセージが入っていた。

『みんなお疲れ様〜!合宿どう?私は結構楽しくやってるよ!』

『お疲れー!俺も楽しいぜ!ただ今日苦手なところピンポイントで課題出されてさ〜明日は少し大変かもなー』

『お疲れ様。結構課題が難しいけどやりがいはあるよ。』

『最終的にやる事はかわんねーのにやり方が少し変わるだけでなんか新鮮だよなー。』

『確かにねー。普段と違う人たちもいていい刺激になるよね!私も負けてられないなって!』

みんなのやりとりを見て思わず笑みが溢れた。

(すごく楽しそう。みんなも頑張ってるんだな…。)

『みんなお疲れ様!運動苦手な私にはダンスはついていくのがやっとだけどなんとか頑張ってるよ!』

返信し終えてベッドに入ろうとすると携帯がすぐに震えた。

(カイトからだ!)

「ちょっと電話してくるね!消灯時間までには戻るから!」

「いってらっしゃい。」

携帯を持って急いで部屋を出ると下の階に降りて人気のない場所へと移動する。カイトに返信するとすぐに電話がかかってきた。高鳴る胸に手を当て、息を深く吐き出した。

「もっもしもし…!」

「もしもし。」

たった数日。それでも久しぶりに聞く声に少し懐かしさを感じる。

「お疲れ様。ダンスは結構毎年厳しいって聞いてたからさっきの見て少し安心した。」

「私も最初はキツかったけどリカさんのおかげでなんとかついていけてる感じかな。」

「リカって同じクラスの…?」

「うん。合宿でリカさんとペアなの。」

「えっ!ココロ大丈夫?リカって確か…」

「だっ大丈夫だよ!最初は怖いなって思ってたけど…なんていうか私が思ってるような人じゃないのかなって…まだ分からないけど今はそう思ってる。実はね―――」

ココロは今日の出来事をカイトに包み隠さずに話した。

「……そっか。でも何か困ったことがあったらすぐに言ってね?俺にできることなら何でもしたいんだ。」

「ありがとうカイト。まだ少し怖い気持ちはあるけど…この合宿でリカさんのこともう少しだけでも分かったらいいなぁ。」

「そうだね。ココロならきっと出来るよ。」「うん。ありがとう。」

「今日はこのくらいにしようか。もうすぐ消灯時間だ。」

「えっ!もうそんな時間なの?」

時計を確認すると消灯時間の5分前を時計の針が刺した。

「もう少し話していたいけど明日もあるしもう寝なきゃね。」

「うん…。そうだね…。明日も頑張ってね。」

「ココロも明日頑張って。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

電話を切って急いで部屋へ向かおうと廊下を曲がると、人とぶつかった。

「わっ。ごっごめんなさい!」

「こちらこそごめんなさい。」

軽く会釈をしてエレベータへと向かう。

(他の人もいるんだから走っちゃだめだめ!でも今の子もうすぐ消灯時間なのにあんなところで何してたんだろ?飲み物でも買いに来たのかな?)

エレベーターに乗り込むと再び携帯が震えるのを感じた。

『明日も電話する。おやすみ。』

たったそれだけなのに嬉しくてすぐに返事を返した。

(よーし!明日も頑張るぞー!)




次の日からもリカは自分の時間を削ってココロにダンスを教えてくれていた。午前中の空き時間や午後のペア練習、夕食後の自由時間など、自由に使える時間はほぼ全てリカと一緒だった。そのおかげか自分の中でも練習を重ねるたびに少し何かが変わってきたような気がしていた。以前とは違う感覚を身体で少しずつ感じるようになって、まだ先生からの指摘はあるもののよくなってきていると初めて褒められたのだった。

「リカさんのおかげだね!私今まで先生に褒められたことなかったんだよね。」

「あら、そうなの?まっまぁ褒められたならよかったじゃない?」

「うん!本当にありがとう!」

「…っさぁ!喋ってないで続きやるわよ!明日は合宿最終日!課題発表があるんだから!!」

「はい!よろしくお願いします!」

(不思議だなぁ…。この合宿が始まった時はリカさんとペアになってどうしようって怖がってたのに今は全然怖くない。)

「ほら!何ニヤニヤしてるのよ!時間ないんだからやるわよ!」

「はい!」

練習を始めて1時間ほど経った時

「今日はこれで終わり。」

「え!どうして?私まだやれるよ?明日は発表があるしもう少しできるところを…。」

「明日がその発表だから今日はこれで辞めるのよ。あんた、明日が本当の舞台の発表の日だったら今日の練習はどうする?ギリギリまでやる?」

「えっ…えっと、明日のために早めに休むかな。」

「つまりそういうことよ。明日はただの課題の発表かもしれないけど今の私たちにとってはそれが本番なの。だから今日は早めに切り上げて明日に備える。体を休めて明日の本番で最高の演技をするの。まぁ、あんたがまだやり足りないっていうなら止めたりしないわ。」

「そっか…。私も今日はもう休む!」

「そう、それじゃあ明日はお互い頑張りましょう。じゃあね。」

「あっあの!」

「どうしたの?」

「えっと…その…。」

「何?」

(あーもー!早く言わないと!リカさんも困っちゃうじゃん!)


「ココロならきっと出来るよ。」


カイトの言葉が背中を押してくれた。

「?特に何もないなら私部屋に戻るわ。」

「一緒に!…一緒に大浴場に行きませんか?」

「……。」

「えっえっと!無理にとは言わないので!!急にこんなこと言われても困っちゃいますよね!?ごめんなさ…」

「いいわよ。」

「え?」

「だから一緒にお風呂行こうって言ってるの!」

「いっ…いいんですか!?」

思わずリカの手を両手でしっかりと握りしめる。リカは一瞬びっくりしたような顔をすると急に笑い出した。

「え?えっ!?」

「あんた…っふふふ!テンパリすぎ!!あはははっ急に敬語になるしっ…ふふっ!」

「そっそんなにおかしかったかな…。」

「あんたもこんな風に必死になるんだなって思っただけよ。じゃあ準備して10分後に大浴場の前で待ち合わせね。」

「うん!」

約束を取り付けボールを出ていくリカに手を振った。

(と言っても私はもう準備してきてあるし先に行って待ってようかな。今のうちにカイトに連絡しておこう!)

『練習終わったよ!今日は早めに電話できそうだね!今からリカさんとお風呂なんだ〜。何だか仲良くなれたみたいで嬉しいな。

お風呂上がったら連絡するね!』

(これでよし!さっ大浴場大浴場〜♪)

大浴場に着くとまだリカの姿はなかった。

(るんるんでスキップしてたら思ったより早くついちゃったな。)

しかし、すぐに後ろから声をかけられた。

「お待たせ。早く入りましょ。汗がベタベタして気持ち悪いわ!」

中に入るとほぼ貸し切り状態で自分たちの他には1人しかいなかった。その1人もココロたちが温泉に浸かる頃にはもういなかった。

「この時間人がほとんどいないね。全然誰もこない。」

「まだほとんどの人が練習してたみたいね。」

「みんなギリギリまで練習するのかな?」

「そうでしょうね。課題の発表もテストもみんなにとってはそれ以上でも以下でもないのよ。これが本番だったら…なんて考えてる人ほとんどいないでしょうね。」

「私もさっきリカさんに言われるまでそんな風に考えたことなかった…。」

「私たちが見ている舞台もテレビで活躍してる人たちだって普段は常に練習して努力してそれから本番に挑む。私たちもそれと同じことをしてる。だから私はまだプロでもないし仕事でもないけどその予行演習だって思って取り組んでるの。」

普段のキリッとした表情とは違う柔らかな笑顔に少しドキリと胸が鳴った。

「私リカさんがパートナーでよかった…。」

「えっ…?」

「ダンスもそれ以外のこともいろんなことを教えてもらってすごく充実した合宿だった!自分でも前とは少し違うって実感出来るの!私運動苦手でダンスも全然上手くなれなくてずっとどうにかしなくちゃって思ってた。でも、何を直したらいいのか分かってもやり方が分からなくて行き詰まってたの。それをリカさんが教えてくれた。本当にありがとう。」

「わっ私は!あんたが私のペアだから教えてあげただけよ!私とペアになったのに上達しないなんてそんなのありえないんだから!」

「ふふっ。」

「なっ何がおかしいのよ!」

「だってリカさん顔真っ赤だよ?」

「こっこれは!体が温まってるから!」

「私もうリカさんが照れ屋なの分かってるから隠さなくてもいいのに。」

「なっ!?私は…!そんなことないから!」

「私はリカさんのそういうところ可愛いと思うよ。」

「かっ可愛い!?」

「うん。誰よりもダンスが好きで一生懸命で手を抜かない。いつもはキリッとしててかっこいいのに褒められるとすぐに赤くなってすごく可愛い。」

「……!!?そっ…そんな風に言われたの初めてよ。大体の人は私の言うことがキツいとか怖いとか…。」

「正直初めは私もそう思ってた。」

「ゔっ…!」

「でもリカさんが私をこの合宿でダンスをうまくしてくれるって言ったあの日から本当に丁寧に教えてくれた。確かに言い方がきつい時もあるけど、それは本当にダンスが好きだからって分かったの。それだけ一生懸命取り組んでるんだって。私リカさんに嫌われてると思ってたから…」

「えっ?」

「正直ペアになった時からすごく緊張してたし怖かったの。でも今は全然怖くない!仲良くなれたらなって…思ってる。」

「私も…そう…思ってるわ…。あの…ごめんなさい。」

「え?どうして謝るの?」

「私のこと怖くなったのって一年生の舞台の時よね。私中途半端なの許せなくて…特にダンスはちゃんとやりたかったから必死だったの。だから全然上達しないあんたを見て真剣に取り組んでないんじゃないかって…。でもこの合宿でそうじゃないって分かったわ!あの時は強く当たってしまって本当にごめんなさい…。」

「あの時は辛かったし怖かったけど今はもう分かってるから。大丈夫だよ。」

「許してくれるの?」

「うん!だから合宿が終わっても時間がある時でいいから私にダンス教えてくれないかな?もっと上手になりたいの。」

「…!もちろんよ!いつでもいいなさい!私があなたを育ててあげるわ!」

「あっありがとう。」

「そろそろ出ましょうかのぼせちゃうわ。」

「そうだね。」

風呂から出てたあいのない話をしながら身支度を整えているとあることに気がついた。

「あれ?」

「どうしたの?」

「携帯がなくて…おかしいなぁ。くる途中で落としたのかも。」

「それなら一緒に探すわ。」

「大丈夫だよ。練習してここまでまっすぐきたしどこかに落ちてると思うから。私探してくる!」

「そう?じゃあ明日はお互い頑張りましょう!」

「うん!おやすみなさーい!」

そう言ってきた道を戻ってもどこにも携帯は落ちていない。

(うーん。ないなぁ。さっきすれ違った人の誰かが拾ったのかも!)

そう思って落とし物がなかったか施設の人に聞いてみたものの携帯の落とし物はないとのことだった。

「そうですか…。あのホールってまだ空いてますか?」

「いや、もう閉まってるみたいだね。鍵は返却されてるよ。」

「一度確認したいので借りてもいいですか?」

「どうぞ。」

「ありがとうございます!」

(通路にもない、落とし物にもないってなったらもうホールしか残ってないよね!)

ホールについて鍵を開けると中は真っ暗でほぼ何も見えない。

(えっと明かりは…)

ドンッ!

「キャッ!?」

突然後ろから誰かに突き飛ばされた。

「なっ何!?」

混乱していると扉が閉められガチャリと鍵の閉まる音がした。

「えっ!嘘!!誰なの!?開けて!!お願い!!開けてよ!!!」

誰からの返事もなくココロの声だけがホールに響き渡った。

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