第4話 過去と今
「誰?」
クスクスと周りから笑い声が聞こえる。しかし周りは真っ暗で笑っている人の姿が見えない。後ろから子供の声がして振り返ると懐かしい風景が目に飛び込んできた。
「だっておかしいじゃんよ!」
園服を着た男の子が一人の女の子を指差して大きな声を出している。
「何がおかしいのよ!」
指をさされた女の子の隣にいる子が声を上げる。
「そいつといるとぜってーケガするじゃん!」
「そんなのたまたまでしょ!」
「じゃあお前毎日1回は転ぶのかよ!」
「そんなことないけど…。」
女の子が怯んだのを見て男の子がここぞとばかりに声を大きくした。
「ほらみろ!やっぱおかしいじゃん!」
「ココロちゃんはちょっとドジなだけだよ!」
「ドジなだけでそんなに怪我するのかよ!」
指差された女の子の体には至る所に絆創膏が貼られている。周りの子供達も二人の会話を聞いてざわつき始めた。
「やっぱりちょっとおかしいよね。」
「うん。おかしいよねー。」
「私も毎日転んだ事なんてないよ。」
「私もない。」
「あんなに怪我してるのココロちゃんだけだよね。」
「私ココロちゃんと遊んだ時に転んで怪我した。」
「私もココロちゃんと遊んでた時に頭ぶつけて痛かった。」
「私も…。」
「僕も…。」
みんなの視線がココロをとらえる。指を刺した男の子がココロの目の前に歩み出てきた。
「お前わざとやってんじゃねぇの?」
「そんなわけないじゃん!」
「じゃあなんかの病気かよ。」
「違うよ!」
何も言い返せずに震えるココロの肩を女の子が掴んだ。
「病気なんかじゃないもんね!わざとじゃないもんね!」
目の前の景色が砂が風にさらわれていくように消えていく。すると今度は周りにたくさんの子供が現れた。みんなが走り回って砂場や滑り台、ブランコなどで遊んでいると、そこにココロがやって来る。すると行く先々でみんながココロを避けるように逃げていく。取り残されたココロの元へ先ほど男の子に反論していた子がやってきた。傷ついた手でココロの手を取ると何処かへ二人で歩いていく。見覚えのある遊具を見て二人を止めようとするがうまく声が出ない。それどころか体も動かない。
(だめ!そっちに行っちゃダメ!行かないで!!!)
心の中で必死に呼びかけるが二人はどんどん進んでいく。そして両手で顔を覆うと同時に子供の悲鳴と何かが転がるような音がした。いろいろな声が飛び交っては消えていく。これは今まで自分に向けられてきた言葉だ。ピタリとそれが病んで静かになる。
「ねぇ…。」
すぐ目の前から女の子の声がする。
「ココロちゃん…やっぱりわざとやってるの?」
「……っ!!」
部屋の天井が見えて夢を見ていたのだと自覚する。自分の乱れた呼吸の音がやけに大きく聞こえる。
(嫌な夢…。)
時計を見ると朝の5時になろうとしていた。汗がベタベタして気持ちが悪い。シャワーを浴びる前に朝のランニングへ行こうとベッドから降りようとすると足が痛んだ。
(そういえば昨日捻挫したんだった…。)
テーピングでしっかりと固定された足はまだ少し腫れている。その足をかばいながらお風呂へと向かった。少し歩いただけで足にズキズキとした痛みが走り、足首に心臓が付いているかのようにドクドクと脈を打つ。シャワーを浴びると体にまとわりついていた汗が洗い流されていく。
(私は大丈夫…もう一人じゃない……。大丈夫…大丈夫…。)
そう思おうとするほど夢で見た光景が鮮明に思い出される。それをかき消すように頭を乱暴に掻き毟った。考えを巡らせるほど悪いことばかりが頭をよぎる。
「痛っ!!」
痛みで思考が止まる。足を見るとジワァっと目に涙が浮かんできてポロポロとこぼれ落ちた。痛みで涙が出たのか何なのか、とめどなく溢れる涙の訳が分からないままココロは泣き続けた。
(休んでしまった…。)
ベッドの上から窓の外が暗くなっていくのを見つめながら少しの罪悪感を抱く。アスカ達から届いたメッセージにはココロを気遣う言葉が書かれていた。
(心配かけちゃったかな…。でも…。)
それ以上は考えたくなくて布団に潜り込む。時計の秒針がチクタクと時を刻む音だけが部屋に響いている。真っ暗な布団の中で1人取り残されたような感覚がココロを支配していく。
ピコン
届いたメッセージを確認するとアスカから今日の授業内容が書かれたレポートが送られてきていた。追伸には『早く休んで体調を治すように!学校で待ってるよ!』と書かれている。アスカに嘘をついていることが心苦しくて短い最低限のお礼と挨拶を送る。
(何で嘘なんてついちゃったんだろ…。)
体調不良で休みということにはなっているが身体は至って健康である。ただこれだけははっきりしていた。学校に行きたくない。朝はただそう強く思って休んでしまったのだが、みんなの心配してくれるメッセージを見たり、学校のことを考えるたびに罪悪感がふつふつとわいてきた。
(明日は学校に行こう…。)
そう思ってその日は眠りについた。しかし次の日もまた次の日も学校を休んでしまった。
(行かなきゃって思ってるのに…。)
休む日が増えるにつれて義務感と自分の気持ちの距離が開いていくのを感じる。それが休んでしまったという罪悪感からなのか何なのかはわからない。ただ学校へ行こうとするとどうしても行きたくないという気持ちが勝ってしまうのだ。そして日が沈むのを見るたびに少しずつ罪悪感が募っていった。
(これ以上休んだら本当に学校に行けなくなっちゃう…!明日こそ学校に行かなきゃ…!)
そうは思いながら明日もまた学校に行けなかったらという不安が過ぎった時、携帯の着信音が鳴り響いた。画面にはカイトの文字が表示されている。
「もっもしもし…?」
恐る恐る出るとカイトの声が聞こえてきた。
「あっココロ?もう3日も休んでるけど大丈夫?」
「あっえっと…うん。たいしたことないよ。」
胸がずきりと痛んでギュゥっと押し潰されそうになる。また一つ小さな罪悪感が積もっていく。
「たいしたことあるよ。もう3日も休んでるんだから。足も痛めてるんだし無理はしちゃダメだよ?何なら今日ご飯作りに行こうか?」
「だっ大丈夫だよ!」
「そう?ならいいんだけど…。何かあったら遠慮せずに言ってね?」
「うん。ありがとう。」
いつも心地よかったカイトの優しさが今は痛いほど心に突き刺さる。
「あっあのねカイト…。」
「ん?どうしたの?」
「学校どう?楽しい?」
「うーん、楽しいけど…。やっぱりココロがいないと少し寂しいかな。」
「そっそんなこと言って…!」
「本当だよ?」
ココロの中で暖かい風が吹き抜けた。
「本当にそう思ってるよ。」
「えっと…その……!」
なかなか言葉がうまく出てこないでいると電話越しに他の人の声が聞こえてきた。
「あっカイト君だ〜!」
「ねーこのあと暇?」
「もし時間あるならこれから遊びに行かない?」
「ごめんね。今電話中だから…。」
(そっか…そうだよね。私と違ってカイトはたくさん友達もいるし…学校が楽しくないわけないよね…。私…。)
「もしもし?ココロ??」
「あっごめんね…なんかちょっと疲れちゃったから少し休むね…。」
「分かった。早く体調治して学校に来てね。おやすみ。」
電話を切ると同時にベッドに倒れ込んだ。
(私は…きっと怖かったんだ…。)
それから更に4日が経ちとうとう休み始めて1週間が過ぎた。
(また休んじゃった…。)
ダメだと分かっていても抗えない。毎日くるアスカ達からの励ましや心配してくれている連絡にもいつの間にか返信はおろか既読すらつけなくなっていた。小さなことが積み重なって自分の中で大きく膨れ上がっていく。それが自分の行動の邪魔をする。
(私…もう…。)
ピンポーン
インターホンの大きな音が鳴り響く。モニターを確認するとそこにはアスカが映っていた。
「アスカ…?」
「ココロー?生きてる〜?」
「アスカ?どうしたの?今日は学校じゃあ…。」
慌ててインターホン越しで話しかける。
「ちょっと用事があってね。今日はお休み。」
「そっそうなんだ。」
「少しだけ話したいんだけどいいかな?」
積もり積もった感情がココロを縛る。
「えっと…まだ…」
「少しだけでもダメ?」
「その…ごめん…。今日はもう休む…。」
「そっか…。ゆっくり休みなよ。」
「うん…ありがとう。」
アスカに申し訳ないという思いと安堵する気持ちが入り混じる。
(これじゃあただ逃げてるだけだ…。)
分かってはいてもその一歩が踏み出せない。ベッドへと倒れ込み目を閉じる。そのまま救いを求めるように微睡に身を委ねた。それから3日連続で学校終わりにアスカが訪ねてきた。でもその心配する気持ちと行動が今は負担でしかない。そして今日もインターホンが鳴る。
ピンポーン
「ココロ少しでいいから顔見せてくれるだけでいいから開けてくれないかな…。」
どうして自分なんかにこんなによくしてくれるのか?それが疑問だった。
「アスカ?」
インターホン越しに声をかける。
「どうしてそんなに私のこと気にかけてくれるの?」
「だって親友でしょ?私たち。」
「それだけ…?」
「それだけって…それで十分でしょ。親友に何かあったら助けたい。ただそれだけだよ。」
(アスカ…。)
アスカのために自分もできることをしたい。無言で扉の前に立ってドアノブに手をかけた。ここ数日間のことが頭に蘇ってきて手が震えた。
(でもここで開けなきゃ…。)
意を決してドアノブを回す。
「ごめんねアスカ…。」
そう言いながら玄関のドアを開けるとそこには大荷物を持ったアスカが立っていた。
「どっどうしたのアスカその荷もっ…つ…?」
言い終わるよりも先にアスカにいきなり抱きつかれて少し混乱する。
「あっ…アスカ……??」
ギュッと力強く抱きついてくるアスカにどう反応すれば良いのか分からずに困っていると、アスカが小さな声で呟いた。
「よかった…。」
「え?」
「お腹空いてるでしょ!ご飯作ってきたから食べよ?」
そう言われて美味しそうな匂いがしていることに気がつく。するとココロのお腹な大きな音を立ててなり始めた。
「そういえば…今日まだご飯食べてない…かも?」
「そんなことだろうと思った。」
小さくため息をつきながら荷物を部屋の中へと入れ始める。
「アスカ??何この荷物…これ全部ご飯じゃないよね?」
「あーこれ?しばらく私ここに泊まるから。その荷物よ。」
「えっ…?」
「まだ足も痛むんじゃない?1人でいろいろやるの大変じゃないかなって思って。」
「それは助かるけど…。」
正直テーピングもまともにできなくて困っていたところだ。そのせいで足がうまく固定できずもうすぐ2週間経つというのになかなか良くならない。
「遠慮しないでなんでも言ってよね!本当はカイトが来たがってたんだけどここ女子寮だから流石にそれはね…。でもすごく心配してたよカイト。」
「ごっこめんなさい…。」
「謝るくらいならちゃんと返信しなさい!私もすっっっごく!心配してたんだから!」
「ごっごめん…!」
さっきまで感じていた孤独がいつの間にか少しずつ消えて暖かいものが心に湧いてくる。
(なんか変なの……。)
怒られているのにそれが嬉しくてたまらない自分がいた。少しだけ気持ちが楽になって、肩から力が抜ける。
「まぁそれは1番の理由じゃなくて…。ココロ色々と考えすぎてないかなーって」
アスカの手が心の頬に手を添えると親指でそっと目の下をさする。
「こんなに目腫らして…。何があったかはナギサから聞いたよ。」
まだ頭に残っている光景とあの夢がココロの顔に恐怖の色がみえた。
「辛かったね…。でももう大丈夫。私もカイトもショウもいつでもココロの味方だから。何かあったり落ち込んだ時はみんなを頼っていいんだよ。ココロはもう1人じゃない。」
「………うん……うん……!」
いろいろな感情が湧き上がってきてただ頷く事しかできなかった。優しい手がココロを包み込んでアスカの温もりを全身で感じる。その温もりを感じながらココロはただただ自分を恥じた。
(私にはアスカ達がいるのに何をそんなに不安に思っていたんだろう?)
「ごめんっアスカ…!私…アスカのこと疑ってた…!朝昔の夢を見て…ダンスでのこともあって…。それで…みんな言わないだけで私のこと……。居なければ…いいって思ってるんじゃないかって…思って…。アスカ達だってって…。」
「そんなこと思ってたらこんなにずっと一緒にいられないでしょ?私が一緒にいたいからココロと居るんだよ?ココロは私の幼なじみで親友で唯一無二の存在なんだから。」
「うん…。あっ…ありがどゔ…!…っ!」
「ほらほら泣かないの!もう目が晴れてるんだから。これ以上腫れたら私の顔が見えなくなるわよー?」
「……っ!…ふふっ。そんなことならないよ。」
「さっ!冷めないうちにご飯食べよ!」
それからは本当にアスカが家事を全部やってくれて、さらにはテーピングも巻き直してくれた。次の日からアスカと一緒に学校へ行き、カイトたちもサポートしてくれて体を動かす授業に参加できない事以外は何不自由ない学校生活を過ごした。
「はい。これで一応は普通に授業を受けてもいいですが急に動いたりせずに順番に慣らしていってくださいね。癖になるとまた同じところが捻挫しやすくなってしまいますから。」
「はい」
「合宿に間に合ってよかったね。」
「はい!」
ココロの怪我は予定よりも治りが悪く怪我が治る頃には季節は夏になっていた。
「あくまでもゆっくり慣らすところからですからね!」
「はっはい!ありがとうございました。」
保健室を出るとアスカ達3人が待ってくれていた。
「お待たせ!」
「どうだった?」
「もう普通に動いてもいいって!」
「よかった!もう違和感とかもなにもない?」
「うん。大丈夫だよ!」
「よーし!じゃあお祝いになんか食べに行こうぜ!」
「そんなお祝いしてもらうようなことじゃ…。」
「まぁいいんじゃない?今日は俺が奢るよ。何か食べたいものとかある?」
「じゃあクレープかな。それなら帰りながらでも食べれるし。」
「何か用事あるの?」
「合宿の準備まだできてなくて…。」
「えっ!もうすぐじゃん!準備は早めにしとくのが一番だぞ!」
「そういうショウはちゃんと準備できてるのか?」
「俺のはアスカにチェックしてもらったからバッチリだ!」
「自分でやったんじゃないのか…。」
合宿は夏休みを利用して行われる行事でいつもの授業と違って1週間1つの科目を集中的に学ぶ為のものだそのため選べる教科は一つだけである。
「ココロ合宿一人だけど大丈夫?」
アスカが心配そうにココロに声をかける。アスカは歌、ココロはダンスを選択した為、合宿は別々の場所へ行くことになっている。
「大丈夫だよ!何かあったら直ぐみんなに相談するよ!」
「それ、俺にもちゃんと連絡してよね。」
「うん…!連絡する!」
「あっじゃあ皆んなのグループ作ろうぜ。アスカ作ってくれよ。」
「はいはい。」
すぐにグループへの招待が来る。グループに入るとカイトとショウもすぐに参加した。
「よし!これでオッケーだな!」
「…あの!みんなも…何かあったら連絡して…ね?」
みんなが嬉しそうに笑っているのを見てココロも嬉しくなった。
(合宿は一人でももう一人じゃないって分かったから大丈夫!)
なにがあっても大丈夫。そう思いながら数日後合宿へ行くバスへと乗り込んだ。
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