第3話 闘い
「0…点……ですか…。」
「ええ、そうです。」
ガツンと硬いもので殴られたような衝撃が走る。
(え…0点??自分でもうまくないとは思うけど…これでもだいぶ上達したのに…。)
「まず指の先や足先までしっかり力が入っていません。そのせいで折角の綺麗な姿勢も台無しです。それにあなた軸がぶれてます。先ほどのウォーキングでもずっとふらついていましたね?筋トレはやっていますか?」
「はい。少なくても1日1回、10分は必ずやってます。」
「そう…でも成果が出ているようには見えないわね。筋肉がほとんどついてないわ。1年間基礎をやってきたというのに…一体何をやってきたんですか?」
何も言い返すことができずただ拳を握りしめる。目頭が熱くなるのを感じてそれを抑えようと眉間に力が入った。
「間違った方法でトレーニングをしても何の意味もありません。まずはこのメニューをこなせるようになりなさい。」
そう言って差し出された紙には筋トレのメニューと動画のタイトルが記載されている。
「その動画を見てまずはやり方を覚えてください。それから常に使われている筋肉を意識しながらやること。最初はできる回数だけでいいです。そこに書いてあるのは目標回数だと思いなさい。」
「はい。」
「サボっていたらすぐにわかりますからね?しっかりやりなさい。」
「はい。ありがとうございました。」
重たい足取りでアスカの元へと足を進める。
(やっぱり私ってそんなに出来てないんだ…。)
元々運動神経があまり良くないことは分かっていた。それでもはっきり言われると辛いものがある。理解することと受け入れることは全く別物だ。
「おかえり〜!どうだった?」
「いや…何かもう基礎以前の問題だった…。」
「えっどういうこと?」
「まずは筋肉をつけることからだって。」
思わずため息が漏れる。
「まぁまぁ!ココロ自分でもなかなか筋肉つかなくて困ってたじゃない。これで筋肉がつけば今の悩みも解決されるし必然的に体力も上がっていく!」
「うーん…確かに…。」
「やってみて損はないんじゃない?」
「そうだね…何事もまずはやってみないと!」
その日の夕方、寮に帰宅すると早速筋トレのメニューを確認する。
「うわっこれきっつぅ〜!!」
動画を見ながら同じ動きをしてみるもののかなりの負荷がかかる。
(まずはできる回数だけ…って言っても…!!)
プルプルと震えていた体から力が抜けて手足が床に投げ出された。
「10回もできないとか…目標回数が遠い…。」
この日からココロのトレーニング生活が始まった。朝起きてからのランニングとヨガに加え帰宅後の筋トレをこなす毎日。最初はこなしていくだけで精一杯で1日が終わる頃には文字通りクタクタになっていた。しかし、桜も散って木々に青々とした葉が生茂る頃、少しずつ体の変化を実感してきていた。
「ココロ着替え終わった?」
「もう終わる!」
「……ココロなんか細くなった?」
「そんなことないと思うけど。」
「いや、細くなったっていうか締まった感じがする。トレーニング効果出てるんじゃない?」
「そっそうかな…。」
自分でも少しずつトレーニングの成果が出始めているのを感じていた。それが認められたような気がしてじわじわと嬉しさがこみ上げる。
「早くスタジオ行こ!」
はやる気持ちでスタジオに向かう。扉を開けると既に生徒たちが部屋の中央に集まっていた。すぐにその輪に加わると先生が話し始めた。
「皆さん揃いましたね。少し早いですが始めましょう。先週皆さんに新しいダンスの動画を覚えてくるように課題を出しました。それを4つのグループに分かれて練習してもらおうと思います。組み分けはこちらで決めてありますので呼ばれた人たちで集まってください。ではAチームから発表します。」
順番に生徒の名前が呼ばれて隅に集まっていく。
(アスカと一緒がいいな…。)
祈るような気持ちで名前が呼ばれるのを待つ。
「続いてBチーム。ユカさん、サクさん、ユキヤさん、ミキさん、アスカさん。」
(あっ…。)
心臓が鷲掴みにされたような感覚がして、ギュッと負荷がかかる。
「別のチームになっちゃったね。また後でね。」
「うっうん。また…後で…。」
離れていくアスカの背中を見て更に胸が痛くなった。
(何だろう…緊張してる?私…。)
自分でも胸の痛みと息苦しさの原因が何なのか分からない。
「…ん……ロさん…ココロさん!」
「えっ…あっはい!」
「ボーとしない!あなたはCチームです。」
「はいっ…すみません。」
他の生徒の間を縫ってCチームの集まっているところへ行く。
(知らない人ばっかり…。大丈夫かな…。)
今まで経験してきたことが頭の中で蘇る。
「真面目にやってるの?」
「近寄らないで!」
「またお前かよ。」
「お前のせいで!!」
「……っ!!」
肩を叩かれて我に帰ると心配そうな女の子の顔が目の前にあった。
「大丈夫?顔色悪いけど…体調悪いなら見学する?」
「あっあの……。」
絞り出した声はとても小さくて震えていた。
「大丈夫。先生には私から言っておくから。ほらここに座って?」
言われた通りに座るとその女の子は先生の元へ走って行った。緊張状態だった体から少しだけ力が抜けた。まだ動いてもいないのに手や顔に汗をかいている。
「…っ!!」
服の裾を握りしめていた手を開くと指に痛みが走った。指を動かすと関節が軋んで動きがぎこちない。
(私やっぱり…。)
「ココロちゃんだよね?」
「えっ!はっはい!」
突然さっきの女の子が隣に座って話しかけてきた。ネームプレートにはナギサと書かれている。
「先生には言っておいたから今日は見学で大丈夫よ。」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。」
「そう?でも無理しないようにね。体調が悪くなったらいつでも休んでいいから。」
「うん…。そうする。」
立ち上がって皆んなの輪の中に入る。途端に体が石になったように重くなる。
「あっあの…。」
「よろしく。」
「よろしくね!」
「よろしくな。」
(このままじゃ…ダメ…!)
拳に力を込めて深く息を吸った。みんなが心配そうにこちらを見ている。
「よっよろしく…お願いします。」
「辛くなったらいつでも言ってね!」
「あっありがとう。」
(言えてよかった…。大丈夫。ちゃんと進んでる…。)
振り付けの確認を終えると後はひたすら練習をした。細かい間違えやうまく出来ないところをナギサが丁寧に教えてくれる。ナギサが近くにいると不思議と少し緊張がとけた。
(何だろう…。なんだか少し安心する…。優しいから?上手な人に教えてもらってるから?)
予鈴がなり昼休憩の時間になった。
「はい。ではお昼休憩ですので一旦解散します。」
「「「ありがとうございました。」」」
みんなそれぞれご飯を食べに外へ出ていく。
「ココロ!お疲れ様!ご飯食べよ!」
「お疲れ様!うん!」
スタジオ近くのフリースペースで2人でお弁当を食べる。
「なんか少し安心した。」
「…?何が?」
「ココロのチーム知らない人ばっかりだったでしょ?ココロは人見知り激しいし、それに…。」
アスカは何かを言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
「まぁ、なんだかんだうまくコミュニケーション取れてるみたいでよかったよ!」
「うん。ありがとう。」
アスカとのお喋りが楽しくてあっという間に時間が過ぎていく。
「私飲み物買ってから行くから先に戻ってて。」
「オッケー!」
アスカと別れて近くの自動販売機へ向かう。
(アスカの言う通りまだ少し緊張はしてるけど…ちゃんと話せてる…。午後からも頑張ろう!)
自販機の近くの曲がり角まで来ると、誰かが話しているのが聞こえてきた。
「本当ちょー可哀想。」
「ナギサダンスうまいのになー。」
(ナギサさんの話?)
気になって足を止めると…
「ほぼつきっきりで見てあげてたじゃん?なんてったっけ?」
「ココロだよココロ。」
(!?わっ…私……?)
突然自分の名前が出て体が強張る。この感じは明らかにいい話ではない。
「そーそーそいつ!あれだけ教えてもらってるのに全然進歩してなかったじゃん?ナギサだって自分の練習もあるのにさ。」
「あんなのに時間取られて本当可哀想だよねー。」
会話の内容がぐるぐると頭の中を回る。2人の笑い声が鳴り響いてどんどん大きくなっていく。この場から逃げ出したい…。そう思っているのに足が床にへばりついて動かない。
「ねぇ、面白そうな話してるね?」
誰かが2人に声をかけた。曲がり角の向こう側に居る顔も知らない誰かに恐怖する。
「それがさー…っ!?なっナギサ!?」
(えっ…ナギサさん?)
本人の登場にさっきまで話していた2人も動揺を隠せないようだった。
「何話してたの?私が可哀想だとかなんとかって聞こえたんだけど?」
「だってナギサもダンスの練習したいだろうにココロって子のせいで全然出来てなかったじゃん?」
「そうそう!それにあんなに教えてもらってるのに全然出来てなくて時間の無駄っていうかナギサが可哀想だなって…。」
「私が可哀想かどうかはあなた達が決める事じゃない。それに一生懸命やってる人の事を笑うなんて最低ね。」
じんわりと心が暖かくなって視界が歪む。
(そっか…ナギサさんってアスカにちょっと似てるんだ…。)
「ありがとう…。」
誰にも聞こえない小さな声でそういうとその場を後にした。
1週間後。再びダンスの授業がやってきた。
「すごい!できるようになってる!」
「えへへ…。ありがとう。」
ナギサに教えてもらった事を毎日猛特訓したココロのダンスは随分とサマになってきていた。
「本当すごいね!」
「これなら今日ポジションの練習しても大丈夫かな?」
「とりあえず少しずつやっていこう。」
自分のポジションを確認しながら動いてみる。さっきまでその場で踊っていただけだったのに移動が加わっただけで途端に難しいものになる。
(あれ?足これでいいんだっけ?)
混乱しながらも懸命に練習を続ける。
「ゆっくりカウントで移動しながらやってみよう。いくよ〜!5!6!7!8!」
「1!2!3!4!5!6!7!8!1!2!……」
自分でもゆっくりカウントをしながら移動していく。しかし、どうしても足が上手く動かせない。自分の足の動きに気を取られていると他の人とぶつかってしまった。
「わっ!ごっごめんなさい!!」
「大丈夫大丈夫!最初は仕方ないって!」
「はい!もう一回!」
元の位置に急いで戻ってもう一度カウントに合わせてチャレンジする。
「5!6!7!8!」
今度は周りにもできるだけ気をつけながら移動する。バタン!足元から目を離すと足がもつれて盛大な音を立てながら床に転がった。その後もカウントが終わるまでに場所につけなかったり、ぶつかったり転んだりでなかなか先に進まない。結局一度もできないまま午後の授業を迎える。
「あっ!ごめんなさい!」
「いいよ…。」
少しずつチームの中で不穏な空気が流れ始める。
(私のせいで…もっとちゃんとしなきゃ……!)
そう思えば思うほど焦りと緊張で上手くいかない。そしてまたもや盛大な音を立てながら転倒する。それと同時に足に鈍い痛みが走った。
「ごっごめんなさい!私また…。」
「はー。もー何回ここやれば気が済むの?全然進まないじゃん。できてないの自分だけだってわかってる?」
「ごっごめんな…」
「ごめんなさいももう聞き飽きたわ。謝るくらいならちゃんとやってくれる?それともわざとやってんの?」
「…!!」
「いい加減にしなさい!」
ナギサがピシャリと言い放つ。
「あなただって……!……!!」
周りの声がどんどん遠くなって足首の痛みがやけにズキズキと感じる。
(わざとじゃない…わざとなんかじゃ…。)
頭の中がぐちゃぐちゃになって思考がまとまらない。
「大丈夫?ココロちゃん立てる?」
手を差し出されたが黙って頭を横に振った。自分の手を右足首へと移動させる。
「怪我したの?すぐに手当てするから待っててね。」
「ココロ大丈夫?」
アスカが救急セットを持って先生と一緒にやってきた。知らぬ間に周りの生徒達もこちらに注目していたようでみんながこっちを見ていた。
「うん…。痛いけど…平気。」
「かなり腫れてきてますね…。軽くテーピングをしたら冷やしながら保健室に行きなさい。今日はもうそのまま帰って結構です。誰か保健室まで付き添いを…。」
「私が行きます!」
「ではアスカさん頼みましたよ。他の人は練習に戻ってください。」
足の熱が徐々に広がっていくのを感じながらスタジオをあとにした。
「全治2週間ですね。」
「そっそんなにかかるんですか?」
「ええ、かなり腫れてますし授業も動き回るようなものは控えるようにしてください。」
「ストレッチとか筋トレは…。」
「足に負担がかかるもの以外はやっても構いません。下手に動くと治りが遅くなりますから注意してくださいね。それではお大事に。」
保健室から出るなりアスカが口を開く。
「今日は着替えもあって荷物も多いし私が持って帰るからココロはしばらくあそこで大人しく待ってて。あとで迎えがくるから。」
「寮までくらいなら歩いてでも…。」
「だめだめ!今日は特に安静にしてなきなきゃ。」
「わっわかった…待ってるね。」
アスカの勢いに押されて中庭のベンチでアスカが戻ってくるのを待つ。
少しすると誰かが走ってくる音がきこえた。
「ココロ!大丈夫か!?」
中庭に飛び込んできたのはカイトだった。
「えっ!?カイト!!どうしてここに?」
「アスカが教えてくれたんだ。それより怪我は?大丈夫なのか?」
「まだ少し痛いけど平気だよ。2週間くらいで治るって。」
「そんなにかかるのか…。何か手伝えることがあったらいつでも言ってきて?何でもするからさ。」
カイトがしゃがんでこちらに背中を向けた。
「とりあえず寮まで送るよ。」
「えっ!?そんな!歩いてくよ!そんなに遠くないし!」
「怪我してるんだし無理しちゃだめだよ。ちゃんと安静にしてないと。だからほら。」
「でっても…私重たいし…。」
「ははっ!ココロ1人くらい楽勝だよ!」
「本当に?」
「本当だよ?」
遠慮したいが足はかなり痛い。躊躇しながらもカイトの背中に乗る。
(細いと思ってたのに…やっぱり男の子なんだな…。)
思っていたよりも大きな背中に暖かい温もりを感じる。カイトは何も聞かずに寮へと向かっていく。学校を出て桜並木を歩いているとさっき起きたことが頭の中に蘇ってきてじわりと涙が滲んだ。
「今日ね、ダンスの授業があって踊りながら移動する練習をしたんだけどね…。」
「うん。」
少しだけ震える声で話始めると、優しい声で相づちをしてくれるカイト。
「なかなか上手くいかなくて…私だけずっと失敗しちゃってさ……。」
「うん。」
「空気がどんどん悪くなっていくのがわかって…なんとかしなきゃって思ったんだけど…そんなに急に上手くなるわけもなくて結局転んで怪我しちゃって…。」
ふーっと肺の中の空気が無くなるまで息を吐くと、ポロポロと涙が溢れてカイトの背中を濡らす。
「私はなんでみんなみたいに普通にできないんだろう…。小さい頃からずっとそう…みんなが出来ることがなかなか出来なくて周りをイライラさせちゃって…。」
大きく息をして少しだけ強くカイトを抱きしめる。
「私があまりにも失敗するから…わざとやってるんじゃないかって今日…言われたの。私…前にも同じことを言われたことがあって…。」
息が詰まって体が小刻みに震える。
「無理に話さなくても大丈夫だよ。今日はもう疲れたでしょ?ゆっくり休んで?」
「うん…。ありがとう…。」
ゆっくりと歩くカイトの背中に身を預け徐々に微睡の中へと落ちてゆく。
「ねー。ココロちゃんってそういうのわざとやってるの?」
誰かの声が聞こえた。
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