12. ポンコツ聖女は、混乱する

 ミスティーユ様、と呼びましたね。

 おふたりは知り合いなのでしょうか?


 疑問に思ったのはシルフィーだけではないようで、


「はじめまして、魔王様。

 ミスティーユと申します」


「当然、存じております。

 シビニア国のパーティーでお会いして以降、こうして会える日を夢にまで見ていました。

 こうして国を超えて出会えた奇跡。神に感謝を捧げましょう……」

「え、魔王様……?」



 いいえ、ミスティーユがここにいるのは神の奇跡などではない。隣国の馬鹿な王子がミスティーユ様を追放したからなのだが……。

 ドン引きなのではと思いそっとミスティーユ様を見るも、こちらもまんざらでもなさそうな表情であった。



 異様な光景にも見えますが、恋人ガチャのスキルは特に召喚相手の精神に、影響を与えるというものではない。

 つまり魔王は、まともな精神状態のまま神に祈りを捧げているのである。


「魔王様、あなたはもっと国王としてのイメージを大切にしてください!

 いくらミスティーユ様が素敵な方だからって、街中で突然口説かないでくださいよ……」

「はっ、しまった。

 ……というか、シルフィーよ。いったい何の用があって僕を呼んだんだ?」



 シルフィーは事情を説明しました。

 ミスティーユ様が隣国の王子に婚約破棄され、国外追放されたこと。

 少しでも楽しんで欲しいとガチャを回してみたら、何故か魔王が出て来たことも。



「喜んでくださいっ!

 URでしたよ、UR。今まで見たこともない最高レアリティです」

「勇者と僕が全力で抗おうとしても、まったく歯が立たなかった強靭な転移魔法。

 最大限の警戒を持って来てみれば、アホ聖女っ!

 あなたの仕業ですかっが!」

「ごめんなさい!」



 シルフィーに魔王を呼ぶ意志はない。ガチャで誰を呼べるかはまったくの運ゲーである。

 シルフィーとしても、選べるならこんな小うるさい魔王なんて呼ばないのだ。


「小うるさいとはなんですか」

「人の心を読まないでくださいよ……」


 

 そんな呆れ顔を見せながら、魔王は考え込む。



「ミスティーユ様のこと、困りましたね」

「こんなところに私がいたのが分かったら、国際問題になりますよね。

 ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。

 聖女様に魔王様、生ける伝説とも言える2人に最期に会えて良かったです」


 ミスティーユ様はフラフラっと立ち去ろうとする。



「お待ちください。

 その――行くアテがないのなら、是非とも我が城に……」


 よくぞ誘った魔王!

 何度私が良さそうな女の子を紹介してあげても、片っ端からフラグをへし折るヘタレ勇者とは大違いっ! とシルフィーは笑顔を浮かべる。


「そこまでして頂くわけにはいきません」

「ひとめ見たときから君に心を奪われてしまったんだ。

 それでも、あなたは隣国のお姫様。

 決してこの恋は成就することはないと思っていた――」


 やめるんだ魔王、2人の世界に入っているあなたたちは気づかないかもしれないけど。

 さっきから何事かと、人が集まってきている。

 生暖かい視線が恥ずかしいっ!


 そばでもだえているシルフィーに気が付くこともなく、


「私はそこまで言っていただけるような立派な人間ではありません――」


 頬を赤く染めながら、困ったように微笑むミスティーユ様。



「ついに――ついに!

 魔王様もにも春が来たんだね~」

「お相手は誰だろう?」

「隣国のお姫様って話らしいぜ?」

「キャー! 略奪婚っ!?」

「婚約破棄されて追放されたなんて話も聞こえてきたぜ?」

「あんなに可愛いお姫様を? あり得ないだろう……」



 ヒソヒソヒソヒソ。

 広場中の注目を一心に集めているのに、そんなことに気づかず2人の世界に入ってしまったようで。いたたまれなくなったシルフィーは、そーーっとその場を離れようとして



「これでこの国の国王様は、2人ともお嫁さんをもらったんだね~。

 いや~、この国も安泰だね~!」


 シルフィーは、聞き捨てならない言葉を耳にする。。

 言葉を発したのは恰幅のよい、気の良さそうなおばちゃんであった。



「勇者の幼馴染の聖女ですっ!

 ちょ~~っとだけそのお話、詳しく聞かせてもらえませんかね?」


(恋人いない歴=年齢、とか言い続けてたくせに、お嫁さんを貰ったですって!?)

 


 やるじゃん勇者! おめでとう勇者。

 なんか釈然としないけど……。



「シルフィー様、ミスティーユ様だっけ?

 あちらのお姫様については、君の方が詳しいんじゃないのかい?」

「そっちはどうでも良いんですよ!」


 あからさまに話題を逸らそうとしないで頂きたいっ!



「勇者様のお嫁さんの話ですっ!

 誰なんですか、誰なんですか~!?」



 勇者の旅に付き従うこと2年半。

 毎日ガチャを回し続けるも、勇者の目(ついでに私の目)に叶う人は現れず。


 おめでたい。

 けど、それとこれとは話は別っ!

 勇者の相手は、聖女としてしっかり見定めさせて貰いますからねっ!




「いやだな~、シルフィー様。

 こんなところで惚気かい?

 結婚式は呼んでちょうだいね~」


 ――はて?



 惚気、結婚式?

 このおばちゃんは、いったい何を言っているのでしょう。

 



「な、な、な、何か誤解がありませんか!?」

「いまさらそんな照れることなんてないだろう~?」



 おばちゃんは、豪快に笑いながら私の肩をポンポンと叩くと。

 混乱する私を置き去りにして「うちのレストラン、また2人で遊びにおいで~」など言い残し、おばあさんは立ち去っていくのだった。

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