最終話 2周目の果てに

「みんなお疲れっしたぁーーッ!」


「お疲れ様でぇーーす!」


 はじまりの平原は多種多様な生物でごった返していた。主要キャラ達はもちろん、魔物からレア怪物までもが一同に会している。料理はひっきりなしに用意され、並べた側から消えていく。まさにお祭り騒ぎであり、誰もがひとときの狂乱を愉しんだ。


「マジで、一時はどうなるかと思ったぜ」


「さすがに焦りましたね。どうにか取り繕えたようですが」


 リーディスとマリウスは杯を重ねながら、皆の愉快そうな顔を眺めていた。瞬く間に駆け抜けた2週目の終焉だが、その出来はさておき、一応の終わりを迎えたのだ。今となっては評価を待つばかりで、とりあえずは宴を満喫しようというのである。


「本件の遺恨は残りそうですか?」


「やっぱり気になるか」


「そりゃもう。ギスギスした関係性を引きずるのは嫌ですから」


「まぁ、気にしなくて良いんじゃねぇの?」


 リーディスが指差す方では和やかな光景があった。


 エルイーザはルイーズと対面して飲み比べを続けている。どちらも酒豪であるのだが、ルイーズの方が優勢のようだ。方や頬を真っ赤に染め上げ、もう一方は涼し気な表情をしているのだから。つい先程までケラリッサも同席していたのだが、いつの間にか退場したらしく、今は2人きりである。


 視線を移せば、ピュリオスも川釣りに興じているのだが、今回は独りではない。両隣に座る王様とデルニーアに手ほどきしながら、自身も楽しんでいるのだ。そこにソーヤ親子も顔を出し、人数分の竿を受け取った。


 そんな中でクラシウスは、やはり独立独歩。茂みの側でモチうさぎの家族を紹介され、両目をハートに歪めつつ、柔らかなひとときを堪能していた。引き篭もり時代に比べ、会合の場に顔を出すようになっただけ成長したと言えるかもしれない。


「そういや、デルニーアの力って戻ったのかな。力っつうか肩書は」


「心配無用のようですよ、ホラ」


 デルニーアは竿を受け取る代わりに、邪神の力を川に向けて放った。気絶した魚たちが腹を見せて浮かび上がる。どう見積もっても大漁だ。


 しかし、その行いは激高したピュリオスから激しく叱責された。釣りの仁義に反するといった所だろう。


「これでプレイヤーからの評価が良けりゃ最高なんだがなぁ」


「そこはまぁ、あまり期待しない方が」


「メッチャクチャだったもんな、2周目は。あんなもんがウケるとは思えねぇ」


「仕方ありませんよ。被害を最小限に食い止めた事を良しとするしか有りません」


「報われねぇ労力だったなぁ」


 リーディスが虚しくボヤいていると、背中に柔らかな感触を感じた。耳元には甘ったるい吐息がかかる。慌てて振り返ろうとすると、すぐ側には顔を真っ赤にしたケラリッサが居た。


「えっへぇーー。リーディスさん飲んでるッスかぁ?」


「飲んでるよ。つうか酒臭いな!」


「いやぁそれにしてもねぇ。あん時は格好良かったッスよ。眩しくキラキラァと光って、ズビャアーッて助けてくれたんですもん」


「分かった、分かったから離れろよ」


「どうしてッスか、お互いに愛を誓い合った仲じゃないッスかーー」


「あれはお芝居での話だろ」


「でもでもぉ、恋仲の役同士がくっつくって、割とある話じゃないッスかぁ」


 果敢に攻めるケラリッサ。何をとは言わないが、柔っこい物を押し付ける事で心の距離を縮めようと目論む。しかしその激しい攻勢も外圧によって遮られた。


「ちょっとケラリッサ、何してんのよ離れなさい!」


「抜け駆けはカス女のすることです。始末されたいですか?」


 リリアとメリィである。2人がかりでリーディスから引きはがそうとするのだが、意外にも抵抗は強力だ。どんなに体重をかけても、一定以上引き離す事が出来なかった。強力な磁石でも仕込んでいるのだろうか。


「止めてくださいよ2人とも、こちとら新婚さんなんスから」


「だからそれはフィクションでしょ! 勇者様はね、アタシみたいに元気ハツラツな女の子が好きなのよ!」


「聞き捨てなりませんね。勇者様は私のような小さな女の子が好きなんです。揺るぎないのです」


 それぞれが勝手な主張をしたかと思うと、正面からリーディスに抱きついた。こうして1人の男に三方から少女が群がる形となる。


 これに嫌な予感を感じたマリウスは、静かに、刺激を与えぬよう後ずさりした。


(トラブルの予感がします。リーディスには悪いですが、ここいらで退散を……)


 抜き足、差し足。だが残念な事に、そこで彼も巻き添えを食った。


「マリウスさんは、誰が相応しいと思うッスかぁ?」


「ヒエッ。こっちに来た!」


「そうよ、マリウスさんにも決めてもらいましょ!」


「わぁぁ! 僕は関係者じゃありません!」


 哀れマリウス。強引に渦中へと引きずり込まれ、後は組んずほぐれつの大騒ぎだ。今掴んでいる手首は誰の物か、袖を引っ張るのは誰なのか、それすらも分からなくなる。


 やがて、助け舟のような変化が間近で起きた。草地に魔法陣が浮かび上がると、虚空からミーナが姿を現したのだ。


「お待たせしました、評価点を調べてきましたよーー!」


 両手に紙束を抱えたミーナが、眼前の光景を眼にして凍りついた。それから短い間をおいて、朗らかな笑みを浮かべた。


「マリウス様。あなたのミーナが今戻りましたよ?」


「あの、何と言いますか、どうも……」


 浮気の嫌疑でもかけられたのだろうか。その微笑みはちょっとだけ怖かった。


 それはさておき、2周目の評価だ。酒盛りだの川釣りだの繁殖行為だのと盛り上がっていた面々は、それぞれの手を休めて集合した。


「では。私ミーナが報告します!」


 一同は固唾を飲んで見守った。大酒をかっくらった者でさえ、背筋を伸ばして言葉を待つ。


「評価は星平均4.9の大成功です!」


「ま、マジかよ!?」


「間違い有りません。寄せられたコメントも好意的なものばかりですよ!」


「やったぁーーッ!」


 歓声で青空が揺れる。握りこぶしを掲げて叫ぶ皆の元へ、ミーナが紙片を配りだした。それは感想コメントの断片。生の反応を皆に伝えようというのである。


 そこに書かれていたものは、おおよそ次のような評価に集中していた。


――2周目ワケわからん、前作よりも頭おかしい。だがそれが良い。

――これは奇ゲーの殿堂入り。ぶん投げた様なシナリオも斬新すぎる。

――打ち切りエンドみたいなスピード感は不覚にも笑った。

――最高。こんなのが遊びたくて購入したところある。


 どこをどう読んでも好評だった。今回も制御不能な展開が続き、幾度となく頭を捻ったものだが、ここまで反響があると喜びもひとしおだ。


 だがその中でも、ひときわ眼を惹いたのは次のコメントだろう。投稿欄に設定された文字数制限ギリギリまで使われており、並々ならぬ想いが伝わるようである。


◆ ◆ ◆


ゲーム会社の皆さんへ。

初めまして、僕は予約してまで買った大学生です。この会社のゲームは隠し要素が凄いと聞いていたので、誕生日に買ってもらいました。


遊んでみたら面白くて、2周目なんか驚きの連続で、夜も寝ないで遊びました。そしたら留年しました。


中退するかで親と揉めましたが、結局は一年余計に通うことになりました。これから空いた時間にバイトしなくちゃいけません。でも、こないだ受かったお店には行きたくないです。店長はうるさいし、先輩もキツイ感じの人しか居ないのです。面接も20分遅れたくらいでいっぱい説教されました。何様なんでしょうか。


だから、ゲーム会社でバイトさせてください。僕はたくさんゲームで遊んできたので、たくさんアイディアがあります。大ヒットしそうなゲームも頭の中にあるんです。そっちも雇って良かったなぁと思うはずです。


お返事待ってます。できれば早く下さい。


◆ ◆ ◆


 一読した面々に言葉は無かった。感想と言うよりは私信であり、明らかに場違いな内容であったからだ。


「どう思います?」


 ミーナが少し困った顔をしたが、反応も似たりよったりだ。


「まぁ、頑張ってくれとしか」


「バイト頑張ってとしか」


 そうして、顔も知らぬ青年の未来に祈りを捧げたのも束の間。誰かが漏らした言葉に、辺りは突如活気づいた。


「3周目ってどうするんですか?」


 いち早く反応したのはリリアだ。


「そりゃ次にやるのは料理よ。テーマは真実の愛。街から街へと移り、大勢の人を笑顔にして、最後は私と勇者様が結ばれるって話!」


 そうのたまうリリアだが、背後から尻を蹴られて転ばされた。そうして言葉を継いだのはメリィだ。


「今のは愚にもつかない中身でしたが、テーマだけは良いです。作風はミステリー。世界に渦巻く権謀術数(けんぼうじゅつすう)や難事件に立ち向かううち、ヒロインの私は勇者様と強く結びつき、永遠の愛を誓い合うのです」


 そこへ異を唱えたのは赤ら顔のケラリッサだ。


「いやいやいや。いじり過ぎッスよ。ここはシンプルに冒険活劇でいきましょ。魔物に悩まされる人々を救うべく旅立つ勇者と補佐する助手の私。いつしか2人はかけがえの無い関係になり、最終的にはヤリまくりっつう」


「何言ってんのよ。このゲームは全年齢対象なんだからね?」


「リリアさん。冒頭に『お子様お断り』って打ち出しときゃ平気ッスよ」


「まったく、いよいよ本性を現したわね。つうか、そもそもアンタは1回ヒロインやってるでしょ。次は遠慮しなさいよ」


「あんな雑シナリオを勘定されても困るッスよ。ノーカンってやつ」


 議論はみるみるうちに白熱し、口調も徐々に荒くなる。まるで言葉による格闘技だ。手足を全く触れ合わせる事無く、殴り合いをしているようなものだった。


「なぁマリウス。これヤバくないか?」


 リーディスは不安な顔を隣に向けた。


「ええ。だいぶヤバいです」


 顔を俯けたマリウスが眼鏡を直したのだが、その指は微かに震えていた。


 混迷を深めるだけの対話が続く。やがて痺れを切らした人物が、荒れに荒れた場を仕切った。それは果たして助け舟なのか。一抹の不安が漂う。


「貴女たち。いい加減にしなさいな」


「ねぇルイーズ。あなただってズルいと思うでしょ? 立て続けにヒロインやるだなんて!」


「落ち着いてちょうだい。皆が納得できるよう案をまとめるから」


 一見頼もしく映る光景なのだが、脳裏に嫌な予感が過るのは既視感のせいか。


「じゃあこうしましょ。3周目は料理を使って難事件を解決する傍らで魔物も持ち前の推理力で退治して、動物のホンワカエピソードを交えながらも、最後はヒロインと結ばれる感じにしましょ」


「ヒロイン役は誰が!?」


「成り行きで良いんじゃないの? 一番仲良くなれた子が最終的にヒロイン扱いになる、みたいな」


「妨害工作は?」


「過激じゃなきゃオッケーよ」


「良いわねそれ!」


 俄然やる気になる一部のメンバー。早くも屈伸に伸びなどの準備運動を始める始末だ。


 もちろんリーディス達は顔面蒼白になった。迷走を止められる者は居ないか、周りを見る。しかしソーヤ親子は議論に興味を無くしてか釣りを再開。王様はピュリオスやデルニーアを前に哲学談義に興じ、エルイーザなどは腹を抱えて転げまわるばかり。孤立無援にも等しい境遇だった。


「そんじゃ次のシナリオを練らないとね」


「3周目もこのメリィにお任せください」


「メリィさんが書くんスか? まさか自分が有利になるように書かないッスよね」


「そんな事言うなら、全編アドリブにしましょうか?」


「上等ッス。むしろ幅が広がるから好都合ってもんスよ」


「んじゃあ台本は登場人物だけ書いといて……」


「それも要らないんじゃない? 出たい人が出れば」


「なるほど。その方が妨害も捗りますしね。リリアにしては名案です」


「一言余計なのよ」


 加熱する一方の暴論に、とうとうリーディスが講義しようとした。


「お前ら。ちょっとは冷静に……」


 だが、それよりもエルイーザの方が早かった。


「3周目は半裸イケメンも追加してくれ」


「じゃあ、真実の愛に目覚めたら脱ぐって事でどうかしら?」


「十分だ、頼むぜ」


 ムチャ要素が更に上乗せされた。これにはもう我慢の限界である。


「お前ら、ちょっとは自重しろよなーーッ!」


 リーディスの心の叫びが響き渡る。それは尾を引き、遥か彼方まで届いたとか。


 果たして彼らはどのような3周目を迎えたのだろうか。宣言通り、破天荒極まる物語をつむいだのか。それとも妨害工作が過熱するうち、まったく違う展開を迎えたのか。


 それを知り得るのは、再起動に至ったプレイヤーだけなのである。



— クソゲーって言うな2 完 —

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クソゲーって言うな2 〜囚われのエルイーザ!? 〜 おもちさん @Omotty

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