第26話 終焉に向けて

 はじまりの平原は大いに賑わっていた。野外に設えたカマドと調理台では、宮廷料理人達が忙しなくする。招待客然のキャラクター達はスッカリ腹を減らしており、漂う香りや調理を盗み見ては、献立について妄想を広げるのだ。


「えっへっへ。楽しみだなぁ」


 食いしん坊が舌なめずりしつつ、来たるべき時を待ち続けた。いつも通りの態度である。隣に座るメリィは指摘する気にもなれず、同じく暇していた大猫と戯れる事を選んだ。


「しっかしアレだな。今回もヤバかったよなぁ」


 リーディスが何の気無しに言った。


「そうですね。こうして平和を迎えたのが不思議なくらいです」


 言葉を拾ったのはマリウスだ。眩しいような目線を周囲に送っては、安らかな笑みを浮かべた。


「エルイーザさん達も、割りかし復活したようですね」


 テーブルの端に座る2人を見てみると、顔色はだいぶ回復していた。再び元気を取り戻すのも、そう先の話でもなさそうだ。


「それにしても、さっきのは何だよ。あんなヨレヨレになるとか有り得ねぇ。思い出すだけで笑えてくる」


「ダメですよ。あんまりネタにしては可哀想です」


「そう言うお前もニヤけてんぞ」


「そりゃまぁ、物には限度がありますから」


 そこで互いの視線が重なると、どちらからでもなく高らかに笑った。こうして和やかさを味わえるのも、平和ならではというものだ。


「みなさーん、お待たせしましたぁ! ハイドラゴンのテイルステーキですよー!」


「それ美味しいやつ! すっごいすっごい美味しいやつ!」


 ミーナが最初に用意したのは、いきなりにも塊肉だった。各人の前に置かれた皿の上で、輪切り状のステーキが湯気をたてている。味付けはソイソース。皿の端にはWasabiがちょこんと華を添える。空腹に悩む面々からすれば、我慢は即ち拷問なのであった。


 すかさず幾つもの視線がリーディスの方へ飛ぶ。進行を急かされたのだ。


「よし、みんなグラスは持ったな」


 彼も当然のように音頭を取ろうとする。この気質がやはり主人公に相応しいというものだ。グラスを高々に掲げ、決まりきった祝辞を述べようとした。


「ええと。この度は無事、騒動を鎮める事が……」


 その語りは予期せぬ形で止められた。何の脈絡も無しに、意識に馴染み深い感覚が押し寄せてきたからだ。リーディスは慌てて辺りを見渡す。度肝を抜かれたのは皆も同じであった。


「おい、ゲームの電源がついたぞ!」


「どうしてよ! よりにもよって、このタイミングな訳!?」


「いや待てよ。2周目ってまだ途中じゃ無かったか!?」


 全員がハッと気付く。そして痛いくらいの静寂の後に声を揃えた。


「忘れてたーーッ!」


 痛恨のミスである。バグを退治した後に戦後処理を終えて、スッカリ仕事を完了した気になっていたのだ。本来の役割はプレイヤーを楽しませる事。更に言えば、2周目シナリオを終える所までが使命なのである。


「ヤベェよ、どこまでやったんだっけ!?」


 大いなる危機を挟んだ為に、記憶は曖昧だ。


「えっと、確か毒キノコにやられて……」


「それはだいぶ前にやったぞ!」


「じゃあ、ソーヤさんが猫まみれになってウッヒョヒョーイって……」


「それはまだやってない!」


「思い出しました! このメリィちゃんが探偵で出演したところで止まってます!」


「でかしたぞ! じゃあその続きを……」


 出立しようとするメンバーをエルイーザが止めた。芯の通った意志の強い声で。


「待て待てお前ら。何か忘れてないか?」


「用があるなら後にしろよ。今はヤベェんだって」


「いや、もう無いから。町とか城とか」


「……あっ!」


「アタシが全部ブッ壊したからな」


「アァーーッ!」


 彼女の言う通り、この世界にはまともな施設は残されていない。健在なのはせいぜい邪神の塔と神殿くらいのものだ。


「マジでシャレになってねぇ! どうしろってんだ!」


「これはもう詰みですよ。取り繕いようがありません」


「ちょっとメリィ。何かアイディアとかないの?」


「無茶言わないでください豚女!」


「その言い草はあんまりでしょ!?」


「ギャアギャア喚くなカスどもが!」


 エルイーザの一喝で、どうにか場は静まる。もちろん沈黙が許されるような状況ではないのだが。


「良いか。アタシには名案がある。つうか、これしか方法が無ぇ」


「何だそれ、教えてくれ!」


「おっとその前に約束しろ。今後何があっても今回の騒動を蒸し返さない。それが条件だ」


 彼らに選択肢など有って無いようなものだ。答えは即答である。


「それくらい飲むから、早く!」


「よっし契約成立だな! ケツの穴かっぽじって良く聞けよ!」


 それを言うなら耳の穴だろ、なんてツッコミすらない。一同はエルイーザを中心にして円を作り、話に耳を傾けたのだが、その耳を疑うものが続出した。


「マジで言ってんのか、それ?」


 反応は芳しくない。不評と言っても良いくらいだ。


「悩めるだけの時間があんのか? もうすぐ幕間が始まんだぞ」


「しかたない、エルイーザの言葉に従ってくれ!」


「ねぇ、開始まであと10秒しかないわ!」


「全速力だ! 急いで開始地点に!」


 こうして出演者達は魔法陣を描き、空間転移によって移動した。タイミングとしてはまさにギリギリで、滑り込むようにして開幕には間に合ったのだ。


 だが、それも虚しい努力かもしれない。なぜなら遅刻者が出たとしても、そんなものが霞んでしまう程に、破天荒な物語が待っているのだから。

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