第18話 その頃プレイヤーは
四畳半の部屋で胡座をかく男が1人。瞳はテレビ画面に釘付けで、手にしたコントローラーから機敏なタッチ音を鳴らすという、まさに一心不乱の様子だ。
頭上の室内灯は煌々と輝くのだが、窓からも眩いばかりの陽射しが降り注いでいる。夜通しで遊び倒した証だ。消灯を失念するほどに熱中しており、朝を迎えた今も休もうとすらしなかった。
「なんだよマジで。これ考えた奴頭おかしいだろ」
プレイヤー目線の2週目はとにかく混沌としたものだった。本編とは全く脈絡のない恋愛ドラマが始まったかと思えば、料理人だの魔物使いだのが仲間入りするようになり、元彼女が手篭めにされようとした。その時点でも本筋が見えてこないのに、まさかの大暴れが始まったのだ。それはもう純然たる暴力で、見境なく共演者に牙を向けている。メチャクチャも良い所だ。
「どうやって収拾つけんだ、この話?」
彼にとって、いやほとんどのユーザーにとって、新しすぎる作風だった。この破天荒なテイストは多くの者を夢中にさせ、コントローラーに縛り付けるのだ。彼もその1人であり、没入が時間を忘れさせた。だが現実は時として唐突に空想世界から引き摺りだすものだ。
突如としてドォンという大きな音、そして振動に部屋が揺れる。男が慌てて振り向くと、ドアが激しく叩かれている事に気づいた。
「あんた、いつまで遊んでんの! 学校はどうしたんだよ!」
母親の声だ。相当に腹を立てているのか、ドア越しからの詰問は強烈だった。
だが男の方も負けじと吠える。一人息子という立場をフル活用し、強弁で応じようと決めた。
「うっせぇクソババァ! 大学なんか馬鹿の行く所だ!」
その返答は火に油だった。更なる怒りを助長し、両者が挟む扉はいとも容易く蹴破られてしまった。
一歩、二歩と母が部屋に足を踏み入れる。彼女の体が雄牛のように膨れているのは、猛り狂う激情がそうさせるのだ。あたかもベヒーモスのような佇まいに、男は硬い唾を飲み込んだ。
「学校に、行かナイ、だと?」
母の口調が片言だ。これは危険信号であると、息子はよく理解している。しかし、そんな光景を眼にしても、彼は立場を変えなかった。
「今から行っても無駄だってば。何せ必修科目のゼミを落としたからね、留年は確実なんだよ」
だから遊び倒すんだ。そう続けようとしたのだが、母の咆哮が遮った。鼓膜が痛むほどの衝撃。もはや単なる音声とは呼べず、超音波か騒音兵器である。
「ダカらって遊び呆けル理由になるカァァ!」
「ひぇっ!」
周知の通り、大学の学費は家計に優しい価格帯ではない。力及ばず留年するのは仕方がないにせよ、居直るには問題が大きすぎたのだ。
特に彼は自室に籠りがちだった。授業をサボり続けた事実は明白で、そういった過去が立場を一層悪くした。
「教授に頭を下げてコォォイ!」
「ギャァァアーー!」
母の鉄拳もとい愛のムチは、正確に男の頬を貫いた。追撃の手は要らない。その一撃だけで制圧を完了したのだから。それから母は延長ケーブルを引っこ抜くと、ゲーム機を抱えて部屋を後にした。
青年にとっては辛い出来事だろう。だがリーディス達にとっては幸いである。何せプレイヤーの眼を気にすること無く、ゲーム世界のトラブルに乗り出せるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます