第17話 幕間7

 女神神殿の外には今、2人の男女がたむろする。1人はメリィで、ハンチング帽と小洒落たステッキ、そして袖あまりのブラックスーツを着込んでいる。傍に寄り添うのはピュリオス。彼はくたびれたブラウンの上下スーツを身にまとい、メリィの顔色を窺うように付きまとっていた。


 本来であれば、彼女らはミステリー要素を担当するハズだった。しかし、物語が破綻しかけた状態での出演を強いられてしまったのは、不運だったと言うしかあるまい。事前に用意したシナリオなど何の役にも立たない、完全なるアドリブ劇だ。


 全てはエルイーザの暴走が原因なのだが、その当事者は今も結界によって守られている。何らかの責任を取らせたくとも、今ばかりは手も足も出ないのだ。


◆ ◆ ◆


「ここですか。マリウス公子が行方不明となった現場とやらは」


 ステッキの先が石階段を叩いた。コツリと鳴る音がやたらと響いたように感じられる。


「先生、この事件は解決できそうですかぁ?」


 揉み手でへつらうピュリオスは、助手というよりは手下のようである。声色からして、推理はもちろんの事、物語の行く末すら丸投げしようとする様子が窺えた。


 ちなみに先生と呼ばれたメリィは名探偵の姿に扮している。幕間の惨劇を繋ぐには悪くないキャラだと言えそうだ。しかしながら、スムーズに物語を軌道修正できる力までは持ち合わせて居なかった。


(ピュリオスさん。何か良いアイディアないですか!?)


(無茶言わないでくださいよぉ。僕はそういうの苦手なんでからぁ)


(私だって、こんなのやりよう無いですよ!)


 小声で密かにすがり合う。そして大方の予想通り、解決の糸口も見つからないまま、無為な時間だけが過ぎていった。


「ううん。事件を語るには情報が足りませんね」


 メリィはとりあえず勿体ぶった。不思議なもので、何か気の利いた事を言おうとすればするほど、脳内は白く霞んでいくのだ。意味有りげにステッキで床を叩き、アゴ先をさすってはコッソリと神殿の方を睨みつけた。


(ほんと何してくれてんですかエルイーザさん!)


 恨み言の1つもぶつけてやりたくなる。それでも視界に映るのは濃紫の霧と、荒れきった庭園だけだ。責任を感じたエルイーザが参上、などという展開に期待を持てそうにない。


「先生、まずは辺りの様子を調べてみませんか?」


 ピュリオスが茂みの方を指差した。確かに場所を変えなくては物語を進展させる事など不可能だろう。メリィは覚束ない足取りで、何ら巧妙を見いだせぬままに森の奥へと向かった。


「付近に民家や人通りは無し。身を隠すにはちょうど良さそうですね」


 メリィは見たままの事を、さも重大事のように述べた。隣のピュリオスも「さすがは先生!」などと叫んでは盛り上げようとするが、浮足立っているのは隠しようがない。


 展開に窮したメリィは、胸元より虫眼鏡を取り出した。何をするのかと思えば、足元の草木を観察しだしたのだ。それで見えるのは、せいぜいが季節の花と虫くらいなものだ。


(どうしよう、本当にどうしよう!)


 とにかく時間を稼ぐしかない。一見無駄とも思える行為も、彼女にとっては重要な時間稼ぎなのだ。閃け、何でも良いから名案閃けと、頭の中で何度も繰り返し続けた。


 だから気づきようも無かった、彼女の背後に忍び寄る足音に。いや、厳密に言えば認識していたのだが、それはピュリオスのものだと誤認したのだ。


「ノコノコとやって来てくれてありがとうよ。おかげで手間が省けたぜ」


 メリィの首元が激しく締まる。それからゴキリと重たい音が響き渡ると、その幼い体は力を失った。


 そうしてグッタリと四肢を投げ出したメリィは、エルイーザの手によって漆黒の穴へと投げ込まれてしまった。それきり忽然と姿を消した。


「さてと。もう一匹も片付けちまうか」


 エルイーザの毒牙がピュリオスに向けられた。迫り来る足音は、まるで処刑台まで誘う行進曲のようだ。自身に降りかかるであろう未来に恐怖した彼は完全に萎縮してしまい、逃げたくとも足が竦んで動けずにいた。


 そんな絶体絶命の窮地に飛び込んだのは、この男であった。


「良い加減にしろよエルイーザ!」


 本来ならば出番のないリーディスが物陰から出現したのだ。その後ろにはデルニーアやケラリッサなども続く。


「お前、本当にどうしたんだよ! さっきから訳分かんねぇ事ばっかり!」


 当然の叱責だが、咎められた本人は涼しげな表情である。怯むどころか、むしろ、せせら笑いを浮かべる程の余裕まで見せた。


「なんだよ、無理矢理に登場した割には随分とノンビリしてたじゃねぇか。大方、シナリオがどうのとか、矛盾がどうのと騒いでたんだろ」


「うるさい、そんな話は関係ない!」


「お前らの判断は、アタシにとって最高だったよ。大助かりさ」


「何だと!?」


「時間切れだ」


 そう言い切った瞬間、待ち受けたかのようにシステムがメッセージを告げる。


——ロードが完了しました。


「じゃあなクソども。せいぜいプレイヤー『様』を楽しませて来いよ」


 エルイーザが高笑いとともに姿をくらました。叶う事なら追いかけたい。追いかけるべきなのだが、状況がそれを許してくれない。ほんの数秒後には本編が始まってしまうのだから。たとえ悔しさに歯噛みしようとも、追跡を断念するしか無いのだ。


「逃げんなよ、エルイーザ!」


 リーディスが塔に向かって叫ぶ。その声はただ虚しく響くだけで、事態の好転など微塵も起こりはしなかった。 

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