第19話 バグ大戦1

 待ちわびた電源オフに、リーディス達は沸きに沸いた。これで心置きなくエルイーザと対決できるというものだ。本編の開始位置にて待機していたメンバーは、こぞって女神神殿へと押し寄せた。


「こっちですよリーディスさん!」


 神殿前の昇り階段で、デルニーアが手を振った。彼の側には既にソーヤ、ソガキス親子も肩を並べていた。


「待たせたな。状況は?」


「やはり姉さんは一歩も出てこようとしません。突入しますか?」


「そうしよう。すぐにやるぞ」


「分かりました。まずは僕とリーディスさんだけで突入します。皆さんは周囲の変化に注視してください」


 それからリーディスは結界の前に立つと、一気に飛び込み敷地内へと躍り出た。隣をみればデルニーアの姿……がない。その代わりに背後で高々とした絶叫を耳にする。


「アビャァァーーッ!」


 結界に阻まれてしまったデルニーアは、落雷でも受けたかのようなダメージを負い、よろめいた。それから膝を着くなり、あえぐ様な声で叫んだ。


「なぜだ! どうして邪神の僕が拒まれるんだ!?」


 リーディス達に気まずい空気が漂う。既視感が未来の光景を先読みさせたからだ。何と声をかけたものかと皆が悩む中、ソガキスが口を開いた。後頭部をわざとらしく掻きむしる辺り、彼としても喋りにくそうだ。


「なぁデルニィさんよ。ステータス画面を確認してみたら良いんじゃねぇの?」


「はぁ。構いませんが、なんで今更……」


 自身の設定画面より、言われるがままに確かめてみる。そうして眼に映るのは氏名や出身地などの見飽きた情報ばかり並ぶのだが、とある一点に眼が吸い寄せられた。


「僕の役職が【腰抜け】になってる!?」


 システムは辛辣すぎる。先刻、アクションパートでリーディスが神殿に突入した際に見せた態度が、そのようにジャッジされてしまったのだ。


「これ、どうしたら良いんですか!」


「ええと、そうねぇ……」


 ルイーズは慌てて眼をそらし、足元の苔に顔を向けた。


「ソーヤさん、あなたには分かりますか!?」


「いや、申し訳ない。私には理解が及ばぬ」


 ソーヤは上空にたゆたう雲に眼を向けた。皆が皆、腹からこみ上げる笑いと戦っているのだ。人の不幸を笑ってはいけない、それは分かっている。しかし妙に辛辣で、そしてシンプルすぎる一言は破壊力が抜群であった。


 皆がどうにか笑いをこらえる中、最初にけじめをつけたのはリーディスであった。


「とにかく、敷地に入れるのはオレだけのようだ。神殿内部に入れるかどうか確かめてくる」


「1人で行く気か。危険すぎるのでは?」


 ソーヤの瞳がギラリと光る。壮年の武人が持つ眼力は、睨まれるだけで気が引き締まる思いだ。


「任せてくれとしか言えねぇよ。いつも以上に警戒するさ」


「済まぬ。そなただけに重責を負わせてしまった」


「細けぇ事言うなよオッサン。持ちつ持たれつ、だろ」


「良かろう。その間に私は結界を調べてみる。どこかに抜け穴があるかもしれない」


「分かった。そっちは頼むぞ!」


 こうして彼らは行動を開始した。リーディスは神殿の調査を、ソーヤは息子のソガキスを連れて外周部分を見て回り、他は待機する事となった。


「やっぱり鍵がかかってるよな……」


 リーディスは正面入口に手をかけ、想定内の事実を確認した。それから外壁沿いに足を進めるも、侵入路は見当たらない。窓は小さく、中庭に続くような通路も存在しないのだ。


 裏口にまで回ってみたが、やはりそちらも施錠済みだ。エルイーザも一応は知恵者の分類である。いや、狡猾と言うべきか。ともかく、彼女の対処に抜かりは無く、少なくとも戸締まりは徹底されていた。


「クソッタレが!」


 リーディスは怒り任せに扉を蹴りつけたが、もちろんビクともしない。ゲームの設計からすれば、障害物や壁はフラグ管理に丁度よいのだ。創造主(プログラマー)が心血注いで作成したマップは、皮肉にも完璧な仕上がりだったのである。


「マリウス、ミーナ、無事か!?」


 そう叫んではみたものの反応は無い。舌打ちを鳴らし、マップ画面を確認してみる。本編に出演する2人は援護キャラとして表示されるのである。されるハズだったのだが。


「……居ねぇ。どこに消えた?」


 神殿内部、敷地内のどちらにも反応が出ない。特に監禁場所の衣装ダンスなどは注意深く探したのだが、無いものは無い。いずこかへ連れ去られたと考えるべきだろう。


 つまり、調査の収穫は皆無と言って良い。解決の困難さを改めて突き付けられただけだ。リーディスは足を叩きつけるようにして、仲間の下へと戻った。


「どうでしたか、神殿の様子は?」


 デルニーアの縋りつく視線が痛い。


「すまん。中には入れそうに無いし、マリウス達の所在も分からなかった」


「そう、ですか……」


 状況に気落ちさせられ、肩が重荷に負けたようにしてずり下がる。そんな彼らを、場違いなまでに明るい声がかけられた。


「もうさ、いっその事ブッ潰しちゃえば良くないッスか? 投石機なんかでドカーンと」


「無茶言うなよケラリッサ。マリウス達の居場所がわからないんだぞ? 下手すりゃ巻き添えで殺しかねない」


「まぁそこは。アタシらは死んでも、そのうち復活するじゃないッスか」


 彼女の主張に嘘は無い。ゲームキャラ達は、例え命を落とす程のダメージを負ったとしても、所定の位置で復活する事が出来るのだ。


 ただし痛覚はある。割とトラウマ級のストレスを味わう事になるのだが。


「確かにその方が手っ取り早いな、やろう!」


 リーディスが真っ直ぐな瞳で言う。


「そんじゃ、ソーヤさんにお願いするッスよ。あの人のステージに余るほど有りましたから」


「んで、肝心のソーヤはどこだ?」


「辺りを捜索中ッスね」


「ねぇ2人とも、ちょっと静かに!」


 突然ルイーズが怒鳴り、聞き耳を立てた。皆がそれに倣う。すると、遠くから雄叫びのようなものが聞こえてきた。


「これってもしかして……」


「ソーヤの声だ、戦闘でもしてるのか?」


「急いで助けに行きましょう!」


 リーディス達は声のする方を目指して、茂みへ踏み込んだ。必死になって駆ける、駆け続ける。そうして湖の近くまで出ると、彼らは異様な光景を目の当たりにした。


 水面から突き出た幾本もの触手。ソーヤは剣を手にしながら向き合っているのだが、既に肩で息するほどに疲弊していた。


「大丈夫か、助けに来たぞ!」


「かたじけない。いや、私より息子を!」


 触手のうち一本がソガキスを囚えて宙をさまよわせている。彼は気絶させられているのか、味方の声に反応を見せなかった。


「皆、戦闘だ! 目の前の触手を殲滅するぞ!」


 剣を抜き放つリーディスにソーヤの注意が飛んだ。


「待て、あれは物理攻撃が効かない」


「何だって!?」


 迫り来る触手の1本を、リーディスは回避しつつ切りつけた。いとも容易く両断できたが、切った側から触手は復元してしまった。まるで攻撃など無かったかのようである。切り落としたはずの先端も、地面に落ちるなり消失した。


「確かに効いてないらしいな……」


 ダメージは全く無いらしい。復元した触手は他と変わらず機敏に動き、立て続けにリーディス目掛けて襲いかかった。隙間を縫うようにして避けると、背後の仲間に援護を要請した。


「魔法だ、攻撃魔法を唱えてくれ!」


「分かったわ!」


 リリア達が両手を組んで詠唱を始めた。ケラリッサも毒キノコの粉末などを漁っては、補助アイテムを探そうと試みる。つまりはその場にいた全員が、眼前の触手にだけ意識を向けていた事になる。


 それが故に、背後を襲う者の姿に気づくのが遅れてしまった。


「エア・ソード!」


 迫り来るのは風魔法だ。鋭利な風刃が仲間達の肌を切り裂き、浅からぬ手傷を負わせる。


 突然の襲撃にリーディスは後ろを振り返った。そうして見えた男の姿を、宿敵であるかのように睨みつけた。


「ピュリオス、てめぇ……!」


「ヌーフッフ。敵を挟み撃ちするのは基本中の基本。これぞ知恵者の戦略というものですねーぇ」


「お前、状況が分かってるのか! 今は仲間割れしてるような余裕は無いんだよ!」


「ええ。よぉく存じておりますとも。よぉ〜くね」


 ピュリオスが不敵な笑みを浮かべる。すると次の瞬間には、リーディス達全員が触手に囚われてしまった。


「当方は状況分析に自信がありましてねーぇ。どう考えてもアナタ方よりもエルイーザ様の方がウン倍もお強い」


「クソッ。離せ!」


「何て馬鹿力なの……!」 


「ゆえに強者の軍門に下りましたんでーぇ、あしからず」


 ピュリオスは言葉とともに恭しく頭を下げた。挑発の意味合いが濃い。


「お願いピュリオスさん、アナタも協力して!」


「ルイーズの言う通りよ、エルイーザの暴走を止めるのを手伝って! このままじゃ世界がメチャクチャになっちゃう!」


 たまらず声をあげるリリア達。だが必死の悲鳴も全く響きはしなかった。


「確かに仰る通り、世界はとんでもない事になるでしょうねーぇ。あの方がどこまで破壊を考えておられるか、正直測りかねておりますよーぉ」


「だったらオレ達と……!」


「でもねーぇ、別に知ったこっちゃないんですよ。この世がどうなろうとも。私は一般人よりも良い暮らしをして、それなりに威張り散らせるポジションなら、後はなんだって構いませんのでねーぇ」


「ふざけんな! そんな勝手が許されるとでも」


「その勝手を実現できるのが、強者の特権というものですよーぉ。早くご自分の立場をご理解くださいな」


 次の瞬間、リーディス達は触手によって高々と持ち上げられ、全員が漆黒の穴へと投げ込まれた。そうして囚人が姿を消すと、辺りは打って変わって静寂に包まれた。美しい湖畔に不似合いな触手も、役目を終えてしまえば大人しいものだ。


「さすがはエルイーザ様。鮮やかなお手並みで」


 ピュリオスが荒い鼻息とともに世辞を述べると、水中からエルイーザが姿を見せ、上半身が湖面から現れた。浮かべる表情は固く、戦果を喜んでいる風ではない。


 それでも彼女の心の機微を全く読まない男は、なおも一人でまくしたてた。


「ただ、これ程に上首尾で終われたのも、私が絶妙なるタイミングで攻撃を仕掛けたからでしてーぇ。それは作戦の立案をしたワタクシ、ピュリオスの功績というものでしてーぇ」


 いささか喋りすぎた。有頂天な彼の口調は、正反対の色を帯びた声で薙ぎ払われる。


「テメェの功績とやらは、この程度が限界か?」


 ピュリオスは瞬時に肝を冷やした。そして弾かれた様に空を飛んだ。


「とんでもないです! もっともっと働かせていただきますよーぉ!」


 そのまま飛翔した彼は、邪神の塔の方角に消えた。消えゆく背中を見送る事もせず、エルイーザはポツリと独り言を漏らした。


「使えなきゃ、消しちまうだけだ」


 それからは彼女の上半身が湖面の下へと吸い込まれていく。遅れて周囲の触手も同じ様にして水中へと消えた。最後に残されたのは、僅かに刻まれた戦の跡だけとなった。



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