第13話 幕間5

 ウェスティリアを後にしたリーディス達。次に目指すのは大陸東部の漁師町イサリである。


 道中には女神を祀る神殿があり、いっそのこと素通りしたいのだが、それはシステム上の理由から許されない。次のアクションパートで神殿エリアを使うため、表裏一体の幕間でも行かざるを得ないのだ。


 神殿を訪う事で問題となるのは、その状態にある。クラシウス一派の手によって破壊しつくされ、更には結界まで施されている状況をどう解釈しろと言うのか。幕間の雰囲気を大きく損なうのではないかと懸念される。


 果たして、どのようなシナリオで乗り切るつもりなのだろう。これ以上物語が捻じ曲げられない事を、ただ祈るばかりである。


◆ ◆ ◆


「さぁて、次の町へ向けて急ぎましょう!」


 先頭に立って先を行くのはリリアだ。不自然な程に手足を大きく振るのは上機嫌からではなく、服装に奪われる体温を稼ぐ為だ。凍えてしまわないよう、彼女なりの涙ぐましい工夫なのである。


 その後ろには浮かない顔のケラリッサが続く。財布の中身と紙片を見比べては、小さくない溜息を漏らす。


「どうした。何か問題でも?」


 リーディスが背後から問いかけるも、ケラリッサは姿勢を変えずに答えた。


「そうなんスよね。ちょっと不振っつうか、思わしくないッス」


「あんまり売れなかったもんな、ウェスティリアでは」


「まぁ、景気が悪そうでしたからね。それに赤字だけはギリ回避できたんで、次はもっと上手くやるッスよ」


 彼らが話し込むうちに、周囲を取り巻く景色が変わった。道の両端に群生する木々は深く茂り、道も上り坂が続くようになる。


 足場が悪くなれば歩みも遅れがちだ。一行は山道の中腹あたりで休憩を取り、ひとまず疲れを癒やす事にした。


「それにしても大変よね、汗かいてきちゃった」


 リリアが岩に腰掛けながら言う。確かに彼女のシャツは肌に張り付くほどになっているが、それが本当に汗か仕様なのかは、傍目から判別できそうにない。


「神殿には寄ってくのか?」


 リーディスがそう尋ねようとした、その時だ。茂みから一人の女性が飛び出し、一行にすがりついた。顔色は酷く青ざめている。


「うわっ。どうしたんだ!?」


 反射的に問いかけると、女性は謝罪と危急の事態を告げた。


「驚かせてしまってごめんなさい、私はルイーズ。しがない魔物使いよ」


「そうか。んで、何をそんなに慌ててんだ?」


「アナタ達は行商人よね。薬を譲ってもらえないかしら? この子が熱を出してしまって大変なのよ」


 そうまくしたてる彼女の腕には、1匹のもちウサギが抱きかかえられている。よほどの高熱なのだろう。その体は酷くゆるんでおり、普段の倍くらいは平たく伸びてしまっていた。


 状況を把握したケラリッサは道具袋を漁り、解熱剤や滋養薬を差し出した。ルイーズは受け取ると、それらを飲ませてやり、しばらくの間見守った。すると薬が奏功し、みるみるうちに復調した。


「あぁ良かった。ありがとう、何とお礼を申し上げれば良いのか」


 ルイーズはねんごろに礼を述べた。


「いえいえ、お代さえいただければ、龍真珠でも精霊樹液でもご用意してみせますよ」


「そうよねゴメンなさい。薬代は全部で500ディナだったかしら」


「えっへっへ、まいどありぃ」


 イレギュラーな商談が成立したとあって、ケラリッサは上機嫌であった。それからも雑談を続け、いざ出発となったとき、ルイーズも同行するようになった。旅は道連れとばかりに。


 足元は変わらず険しい山道だ。代わり映えしない景色に飽きた頃、互いの身の上話に華が咲いた。


「へぇ、ルイーズはカバヤの街に向かうつもりなのか。大陸北部だったよな」


「そうなの。あそこは治安が良いって聞いたから。騎士団も強いらしいし」


「まぁ大きな街だよ、一大拠点ってやつだ」


「それに領主であるソーヤ様は動物好きだっていうじゃない。だからこの子も生きやすいかなって」


 ルイーズはそう言うと、胸に抱いたもちウサギの頭を撫でた。飼い主の愛情を感じてか、手の動きに合わせて顔をグングン伸ばしている。


「ずいぶんと懐いてるのね」


 リリアは振り向きつつ顔を綻ばせた。


「そうかもね。出会ってまだ日が浅いんだけど、信頼してくれてるわ」


「へぇー。さすがは本職ってやつね。何か秘訣でもあるの?」


「秘訣なんて大層なものじゃないわ。ただ、何というか、真心かしら」


「まごころ?」


「とにかく真っ直ぐに向き合うの。この子の心と真正面から。するとね、いつの間にか気持ちが通じ合っているの」


「そういう感じなんだねぇ」


 じゃあ私もと、リリアが好奇心いっぱいの顔をもちウサギに寄せた。当然だが驚かれてしまい、ウサギはもっちもっちとルイーズの肩を這って登り、ついには背中に隠れてしまった。


「ダメよリリア。急に近づいたら怖がっちゃうわ」


「えぇーー? 友達になろうって気持ちで行ったのに」


「好意は押しつけるモノじゃないの。恋愛と一緒よ、相手との呼吸というか、距離感って大切でしょう?」


「えっ。アタシはその気になったら押す一方なんだけど」


「そう……。貴女はもう少し色んな手法を覚えるべきね」 


 そんな微笑ましいシーンが終わった頃、一行は開けた場所に出た。女神神殿である。


 ここでリリアが提案をした。病み上がりのもちウサギを治療してもらうのはどうか、と言うのである。だが、反応は微妙なものだった。


「神殿って確か改装工事中で、中に入れなかったと思うッスよ」


「そうなの? 知らなかった」


「とりあえず行ってみましょう」


 リーディス達は街道から横道に入り、石畳の階段を登っていった。そして最上段に足をかけると、そこには異様な光景が広がっていた。


 本来であれば、純白の大理石による彫像や噴水のオブジェにバラ庭園、その先に荘厳な神殿が出迎えるはずである。天気の良い日などは絶景そのもの。天空の青に木々の緑、そして神殿の白と、文字通り神聖なる手触りを感じ取れるのだ。


 しかし今はどうか。彫像の手足や首は処刑されたかのように削り落とされ、朱に染まる噴水は血を彷彿とさせる。庭園の草木は余さず枯れ果て、空模様も積乱雲が重くのしかかり、今にも激しい雷雨となりそうである。


 それに何と言っても神殿の背後にただずむ漆黒の塔、これが強烈に目を惹いた。あまりにも不釣り合いな建造物は巨大であり、先端は暗雲をも貫き、天まで届くかのようだ。


「やっぱり工事中みたいだな、色々と作業途中だ」


 リーディスは相当に無理な解釈を言い放った。


「そのようね。しばらくは入れそうにないかしら」


 白々しくもルイーズが綺麗に乗っかる。それからは敷地を覆う濃紫の霧に手を伸ばしては、鋭い痛みを覚えて引っ込めた。彼女の柔肌には小さな火傷ができている。邪神による結界が牙を剥いた瞬間であった。


「野良犬除けの魔術が施されているわ。工事の人はお休み中みたいね」


 指先を労わりながら、そう言った。幕間はあらゆる生物が調和する世界だ。よって神々の対立構造など存在せず、神殿を覆う封印も獣対策なのである。少なくとも、彼らに異論を挟むつもりは無い。


「そっか。だったら日を改めねぇと……」


 リーディスは特に考えもなしに、同じようにして手を伸ばした。だが結果は違った。彼の右手は何の抵抗もなく、霧の中を自由自在に泳いだ。もちろんダメージも皆無。さすがは邪神の加護を持つ男である。


(やべぇ、また面倒な事になるかも!)


 驚いている場合ではない、とりあえず手を引っ込めて愛想笑いを振りまいた。彼の仲間達も見て見ぬフリだ。不用意な発言をしてしまえば、またシステムによって妙な属性が付け加えられかねない。


「ルイーズさん、手の治療しといた方が良くないッスか? ここにちょうど傷薬があるんスけど」


 話題逸らしとばかりにケラリッサが商魂を逞しくする。


「そうねぇ。安くしてくれたら」


「うーん、コチラは品薄でしてねぇ。300ディナ辺りでどうッスか?」


「先を急ぎましょう。ここで夜を明かすのは得策じゃないわ」


「ああ、待って待って! 280って言おうと思ってた……」


「リリア。手持ちの食材って何があるの?」


「んもう、この商売上手! お友達価格って事で250にしときますよ」


「道すがら、食べられそうなものを探すべきかしら。うちの子はちょっと偏食家だから困っちゃうわよね」


「へへっ今日は厄日なんスかね。230ッス、もうこれ以上負けらんない……」


 最後通牒のつもりでケラリッサが進めるが、ルイーズの方が一枚上手である。


「150よ。それなら有難くいただこうかしら」


「ええ! 思いっきり原価割れッスけど!?」


「貴女、さっきの解熱剤やらでだいぶ儲かったでしょ? だったら今度は私にメリットがあるべきじゃない?」


「いや、あれは、お互い納得しての商談ッスから」


「お友達なのよね?」


 ルイーズ、眩い笑顔で言う。観念したケラリッサは、上納品でも扱うかのようにして傷薬を差し出した。小瓶がそっくりルイーズの手に収まる。


「ありがとう。おかげで傷跡が残らずに済みそうよ」


「ちくしょう、真心め。超絶に厄介ッス」


「今のが真心ってヤツなの?」 


 リリアが謎の勘違いを披露した時、彼らの耳にいつもの言葉が響いた。


——ロードが完了しました。


◆ ◆ ◆


 間も無く本編が始まる。その移動中にリーディスは祈る。先ほど見せた結界での件についてだ。


(どうかプレイヤーに見られていませんように)


 無宗教の彼はすがるべき神を知らない。真っ先に浮かんだのは凶暴なエルイーザで、次に浮かんだのはクラシウスだ。どっちも当てにならない。そう思って頭の片隅から追い出してしまい、とにかく開始位置に急ぐのだった。

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