第14話 ステージ5

 本編もいよいよ中盤戦を迎え、大陸中央部への差し掛かったリーディス達。彼らの行く手に見えるのは、今や見る陰も無い女神神殿だ。どうにかして奪還しようと攻め寄せるも、敵の完全防備には歯が立たず、やむを得ず撤退するというのが今回の物語である。


◆ ◆ ◆


 山道を行くリーディス達は細長い隊列を作っていた。横に広がる事の出来ない隊形は酷く不利である。ここで襲われては危ないと、マリウスは周囲を警戒した。


「それにしても、なんて空模様でしょうか」


 暗雲が濃い。元来は女神の加護により晴天が多く、それでいて適度に慈雨が降るという好環境であるはずだ。荒天になるなど極めて異例の事態であり、それが皆の顔に暗い陰を落とす。


 やはり神殿は陥落している。改めてその事実を突き付けられると、心にズシリと重たいものを感じた。


「おーい、皆集まってくれ!」


 先頭のリーディスが進行を止め、声を張りあげた。招集されたのは各隊長である。


「どうしました、勇者さん?」


「悪いなミーナ。ちょっと話しておきたいことが」


 一同を見渡すなり、リーディスは思いがけない提案を述べた。


「なぁ、1度攻め込んでみないか?」


「攻め込むって、神殿にですか!?」


 声を揃えて驚くのを、彼は両手で制した。しかしそうまでしても、反論の言葉が止むには至らない。


「無茶ですよ。我々だけで陥とせるとは思えません。北方の兵も借り受けるべきです」


「ねぇ勇者様。神殿には封印が施されているの。それを破るにはまだ準備が足りてないわ」


「本当に私達だけで勝てるんでしょうか……?」


 口々に否定的な見解を述べるが、この男だけはやはり違った。


「オレ達には今、勢いがある。このまま一気に攻め落とした方が良い」


 リーディスの言う通り、戦局は連戦連勝そのもので、まさに破竹の勢いだ。泥酔騒動やキノコ事件を除けば、だが。


 それはさておき、意見は真っ二つに割れた状態だ。それを感知したシステムが、プレイヤーに選択を迫る。


――このまま攻め込みますか?


 ▶神殿を奪還する

  今回は見送る


 選ばれたのはリーディスの意見だ。その意向を受けて、一同は選択に即した行動が求められた。


「まずは私とリーディスが進軍します。ミーナさんとリリアさんは警戒しつつ待機してください!」


 こうしてマリウス隊を先頭にして、リーディス隊が続いた。細道を昇り、入り口に辿り着いた。


(怖い……無事に終わってくれたら良いのだけど)


 マリウスは強い不安に苛まれた。シナリオを把握する彼は、敵の備えに怯えるのではない。実際この直後に邪神軍に攻め寄せられ、撤退を強いられる事を知っている。


 不安の種はというとプレイヤーの意図である。先程の幕間で見せたリーディスの性質について、見咎められては居ないか。そう思うと、掌はジットリと汗に塗れるのだ。


「この封印……私の手に負えるでしょうか」


 マリウスは白々しくも呟きながら、濃紫の霧に手を伸ばした時だ。突然、辺りに哄笑が響き渡った。


「ハーッハッハ! よくも間抜け面を晒しに現れたものだな、愚かなる人間共よ。黄泉へと旅立つ準備が済んだのかな?」


 霧の向こう側にデルニーアが姿を現した。手にした古めかしい杖を掲げると、それが合図となって敵軍が周囲に出現した。


「しまった、敵襲だ!」


 敵の布陣はリーディス達を側面から挟み討つ形であった。更に敵の顔ぶれも新しいものばかりだ。デュラハンに金毛虎、グレートオークと終盤でお目にかかる猛者ばかりである。


 現時点で、まず適う相手では無かった。


「すみません、撤退します!」


 近接戦闘を不得手とするマリウスは瞬時に壊滅させられた。敵中で孤立したリーディスは、仲間の下へ戻らねばステージクリアとならない。格上相手に血路を開くというのが今回の趣旨なのだが……。


(おい、マジかよ!)


 プレイヤーは退かなかった。撤退など視野にない突撃をリーディスに強いたのだ。迫りくる敵の姿など見えていないかのようで、ただ真っ直ぐに神殿を目指した。その後ろには配下の狂戦士達がピッタリと続く。


 やがて敷地に差し掛かると、濃紫に煌めく霧に阻まれた。本来であればそこで立ち往生となるハズであったのだが。


(突破したぁーーッ!?)


 リーディスはいとも容易く侵入した。配下の狂戦士達も同様だ。この霧による結界は、一定値以上の闇属性を持つ者には作動しないのである。


 これにはデルニーアも腰を抜かして驚いた。彼は不運な事に幕間のシーンを見逃しており、事情を把握できていなかったのだ。


「ヒィッ。どうしてぇーーッ!?」


 思わず素の悲鳴が出てしまう。そこには前回の黒幕たる威厳は欠片も無かった。


(逃げろ、早く中へ逃げるんだ!)


 リーディスはプレイヤー操作の合間を縫って、ゼスチャーを繰り返した。やがてデルニーアも理解し、手足を総動員して逃走を試みた。文字通りに這って逃げ、神殿の石扉を閉じて施錠。


 その錠の降りる音がした刹那、リーディス率いる狂戦士たちが殺到した。彼らはキィィ、キェェと言葉にならない叫びと共に、赤錆びたマチェットを扉に叩きつけた。もはや物盗りや通り魔にしか見えず、これではどちらに正義があるのか分かったものではない。


 このままでは、もしかすると扉を打ち破ってしまうかもしれない。そうなればもうメチャクチャだ。幕間だけでなく本編も半端にした状態で突入する事になり、直後にはエルイーザの救出やクラシウスとの決戦が待っている。そんな事態を避けるべく、リーディスはやや芝居がかった口調で叫んだ。


「くそう、何て防備なんだ。これは一度引き返すしかないぞ!」


 視線はややカメラ寄り。口元に悔しさを滲ませて、断念したような空気を醸し出した。後はプレイヤーが乗ってくれる事を祈るばかりだ。


(……やった、気持ちが通じた!)


 リーディスは自身に受けた操作から成功を知った。次に向かうのは脱出地点、神殿の向こうにある階段の先だ。しかしここからも容易ではない。強力な力を持つ難敵が行く手を塞ぎ、獰猛な目つきのままで待ち受けるのだ。血に飢えた牙をむき出しにして。


 これを無事に突破できるのか。そんな危惧を抱いたのだが、それも長くは続かなかった。


「ひれ伏せ、弱きものよ!」


 クラシウスの技がここでも披露された。すると魔物たちは一斉に恐縮して小さくなり、その場で土下座を始めてしまう。邪神の力がそうさせるのだ。もはや敵は行く手を阻むどころか、立ち上がろうとすらしなかった。


 そこを悠々と進むリーディスは、もはや人類の希望たる勇者では無かった。魔界の貴公子や邪神の眷属とでも呼ぶのが相応しいだろう。


 リーディス自身もそんな言葉が浮かんでしまったが、余計なことを口走るのはやめた。うかつな発言をしたならば、システムによって本当に「魔界の覇者」などと肩書きを上書きされかねないからだ。これ以上の問題はゴメンだと、そんな想いとともにステージの端まで歩いていくのだった。



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