第12話 反省会2

 電源が切られれば、はじまりの平原に集まる。特に今のような劣勢な状況では尚更だった。テーブルは既に満席で、主要な人物はすべて顔を揃えている。もちろん表情は重たいものばかり。


 大きなクシャミがひとつ。薄着のリリアが体を冷やしてしまったのだ。例の濡れ透けシャツは文字通り多分に水気を含んでおり、しかも乾くことは決して無い。その性質が容赦なく、延々と体温を奪い去るのだ。


「リリア、だいじょうぶ?」


 ルイーズが背後から毛布をかけた。


「ありがとう。ほんと助かる……」


 そう答える顔は、雨に濡れそぼる子犬のようだ。


「辛そうね。待機中くらい着替えたらどうなの?」


「いいよ。いつ呼び出しがあるか分かんないもん」


「ならせめて火に当たりなさい。これからピュリオスさんが火起こしするから」


「じゃあそうしよっかな……」


 ピュリオスは呑気にも、釣った魚を焼こうとする所であった。暖かに燃える焚火。恵みの炎の側でリリアは腰を降ろした。すると、シャツの水分が蒸発して辺りに霧を生み出し、軽い騒ぎになってしまう。


「はぁぁ、温まるわぁ」


 そしてこの口上。満面の笑みが霧の中でおぼろげに浮かぶ。その様子を見咎めたメリィが遠くで呟いた。


「新種の妖怪みたいですね」


 それをたしなめるのは、例によってルイーズだ。


「そんな事言わないの。リリアは大変なんだから」


「でもメチャクチャ喜んでました。クソムカつく顔で。口先では嫌々言いながら」


「世の中にはね、嬉しいけど辛いという役目もあるのよ」


 それらの声はリリアの耳元にまで届かない。彼女はただひたすらに暖かな炎をむさぼるばかりだ。


 こうしてリリアの問題が解決したのを見るなり、リーディス達は話を本題へと移した。声が沈んでいるのは問題の大きさからで、議題はもちろん『邪神の加護』である。


「これ、やばいだろ。どっかで詰むんじゃないか?」


 ゲームの仕組み上、クラシウスを打ち倒す為には女神の力が必要で、それには3つの神理石を集めなくてはならない。石には邪神の力を弱体化させる働きがあるのだが、このままではリーディスにも多大な影響を及ぼすのは確実だ。


「話が進めば進むほど弱くなっちまう。武器も初期装備のままだし」


「聖女達と合流しなければ、それも回避できますが……」


 マリウスの言葉に、該当者達は両手をクロスして答えた。出番を削られるのはゴメンだと言い放つ代わりに。


「となると、幕間で取り繕うしかないですね」


「取り繕うったって、どうやるんだよ」


「この問題のポイントは、システムが邪神の加護を誤認した点にあるので、真逆の演技をすれば良いのでは?」


「口にするのは簡単だけどさ」


「あるいは『真の力に目覚める』系の展開でしょうか。死の淵から生還するなどして」


「これ以上、幕間を複雑にすんのはマズいだろ。本人に否定してもらう方が手っ取り早いって」


 とりあえず左右を見渡して、キーパーソンのクラシウスを探す。取り繕うのだとしたら、やはり当事者同士のやり取りが自然であり、例えば「勘違いでしたゴメンなさい」などの一言で解消できる可能性があるからだ。


 しかし列席者の中にクラシウスの姿がない。机の下やら茂みの裏、木のウロなどを探してみても同様で、手掛かりの欠片すら見つからなかった。


「おい、クラシウスは!?」


 苛立ちを隠さぬ口調に、酷くか細い言葉が続く。土下座せんばかりの声をあげたのはデルニーアだ。


「兄さんは、その、もう仕事は終わったとだけ言って」


「また引き篭もったのか?」


「そのようで。きっと最終ステージまでは出てこないかと」


「クソがッ。勘弁してくれよ!」


 これにはリーディスも頭を抱えた。加護を打ち消すような展開、それを元凶のサポートなしに考えねばならないのだから、難問も難問である。


 場の空気が暗い。結論を見いだせないままに貴重な時間が刻一刻と過ぎていく。もはや頭をひねるのはリーディスだけではなく、シナリオ担当のメリィ、他にもマリウスやケラリッサなどの主要メンバーも揃って知恵を絞りだそうとした。


 そうまでしても出ないものは出ない。ただひたすらに重苦しい会議は続く。そんな最中でのこと。ふとマリウスは別件について思い出し、エルイーザに声をかけた。


「そうだ。貴女ももうじき幕間の出番がありますよ」


「おうよ。わざわざ言われんでも把握してるっつの」


「台本は読んでくれましたか?」


「見てねぇよ。アタシレベルの役者だったら、直前に流し読みするだけで十分なんだよ」


「一応は大事なシーンみたいですが」


 エルイーザは首をおもむろに傾け、まなじりを釣り上げた。それだけで他者を威圧できるのだから慣れたものである。


「では期待してますよ、名女優さん」


 こうなればマリウスも口を閉じるしかない。ただ諦めと不安の入り混じった溜息を漏らすばかりだ。


 それからも特に状況に変化は無かった。名案が浮かばないままに唸るだけのリーディスたち。その傍らで酒盛りを堪能するエルイーザに、霧の主も同然となったリリア。


 あるとすれば、この局面だろう。彼らが迎える事になる大事件を未然に防げたとしたら。


 

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