第10話 幕間4
護衛という名目のもと、ケラリッサの行商に同行するリーディス。彼の胸には不思議な感覚がある。それは温かいような、そして気恥ずかしいような心地に染まるもの。これまでに無い衝動に小さくない戸惑いを覚えていた。
そんな2人旅が始まる――はずだったのだが、何やらもう1人加わったようである。
◆ ◆ ◆
リンクス大橋は、大陸南部と西部を繋ぐ主要ルートであるため、人の往来は激しかった。何度も旅人とすれ違い、また荷馬車がひっきりなしに追い越していく。
「うーん。良いわね、これぞ旅って感じがして!」
リリアが上半身を伸ばしながら言う。その隣を歩くリーディス達は困惑の表情を浮かべた。
「あのさ、本当についてくんの?」
リーディスは何度目かの質問を投げた。ケラリッサもそれに同調する。
「ウチラは観光に行くんじゃ無いッスけど」
「分かってるって。こう見えてアタシは料理が得意なの。道すがら、お腹が空いた時に重宝するわよ」
リリアには全く響いた様子が無い。あっけらかんと答えるあたり、完全に仲間入りを果たしたつもりのようだ。
「つうかさ、お店はどうすんだよ。仕事ほっぽり出すなんて……」
「それは大丈夫よ。暇を貰ってきてるから安心してね」
もちろんリーディスは不安から指摘したのではない。言葉の綾というものだ。そしてリリアには真意まで伝わらず、なし崩し的に連れ合いは増えてしまうのだった。結局はケラリッサが折れたので、リーディスとしても強く反発する理由がない。
やがて一行はウェスティリアの町に到着した。通行人の姿に神官の姿が見てとれるのは、近くの山に女神を祀る神殿が在るからだ。そのためか、通りの雰囲気は何か神聖なものを感じさせ、つい背筋が伸びる想いになる。
「この町は、いつ来ても独特な空気があるッスね」
「うん。そうだな……」
道行く神官よりも、付近を跋扈する魔物のゲイルウルフの方が圧倒的に目立っている。やたらと威圧的に唸るので、物騒な印象の方が強かった。
「ねぇ、あそこで占いやってるわよ。試してみたら?」
リリアが指差したのは立ち並ぶ露店の一角なのだが、それは露店と呼ぶにしても小さく、店構えは酷く貧相。店主の男はというと、省スペースに反して大柄だ。その異様なまでに大きな図体を可能な限り縮めて、ただそこに座っている。邪神クラシウスの出番であった。
ちなみにこれは、エルイーザが無理矢理ねじ込んだ役だ。なので無視しても物語に影響は無いのだが、それだと後が怖い。
「占いねぇ。そんなの当たるのか?」
「まぁまぁ。ちょっとした余興だと思って」
急ごしらえの看板には『未来をズバリ一言で!』と書かれていた。一言しか喋れないんだろうなと思いつつ、リーディスは客として着席した。漆黒のローブで身を包んだクラシウスの体が、ビクリと大げさに跳ねさせる。相対する演者たちは不安を覚えるが、ひとまず演技を続ける事にした。
「なぁ、軽く見てくれよ。お代はいくらだ?」
クラシウスの震える指が看板の方を指した。よく見ると、1回10ディナと書かれている。リーディスは卓上にその額を置くと、再びクラシウスの顔を見た。ちなみにリリアからお釣りを返却された後なので、財布にはそれなりの金が詰まっている。
「代金は払ったぞ」
後は占いの結果を待つばかりだ。だが、いつまでも告げられる様子がない。それどころか、クラシウスの両手は激しく震え、微かに啜り泣きまで始める始末。
これが邪神のリアルだ。製品モードで見せた理知的な姿は見る陰もないが、そんなものを考えた所で虚しいだけだ。
(頼む、何か言ってくれ。オレ達がカバーするから)
(クラシウスさん。頑張って!)
リーディス達は小声ながらも必死に訴えかけた。その声援に応えるかのように、への字に歪んだ口が、言葉を紡ごうと懸命に蠢く。それからやっとの想いで飛び出したのは、ゲーム本編で聞き慣れたあのセリフだった。
「笑止……!」
ようやく見せた進展に喜んだのも束の間、今度はリアクションに悩まされる事になる。占いの結果で笑止だなんて、どう受け止めれば良いのやら。リーディスはただ困惑するばかり。
しかしこの窮地は、リリアの閃きによって救われる事になる。
「やったじゃない、昇進だなんて! 近々に出世するって結果よ!」
「あぁ。しょうし、んね。そういう診断……なのか?」
「そう言ってたじゃないの。楽しみね、何せ占い師さんのお墨付きだもの」
クラシウスは口で答える代わりに、何度も首を縦に振った。
「おめでとう、バラ色の未来を祝いましょう!」
リリアは強引にも話を進めるべく、リーディスの手を取って小躍りを始めた。ひとしきり付き合わされたリーディスは、再び占い師の方を見てみる。だが既にクラシウスの姿は店ごと消えていた。
「……消えた!?」
「うわ、本当ッスね。いつの間に」
極度の人見知りが故に、スキを突いて逃げた形なのだが、悪い判断では無かった。不思議な占い師という演出に結び付けられるからだ。
どこか不穏な気分に襲われた一行だが、仕事だ観光だと忙しくするうち、やがて陽暮れを迎えた。では今晩の宿をという事で部屋を借りてみたところ、宿屋の主人が申し訳無さそうに告げた。
「えぇ!? ご飯が付かないのか?」
「そうなんですよ。最近はゲイルウルフという魔物が暴れてまして。食料全般が品薄となっております」
「マジッスか!? そうと知ってたら食料品を満載してきたのに!」
ケラリッサが頭を抱えて転げまわった。商機がどうのと騒がしくするが、目先の問題は別のところにある。
「どうすっか。手元には干し肉が少し残ってるけど」
「美味しいものを食べたいわよね。せっかく街に来たんだから」
「まぁ、無い物ねだりだよな」
リーディスが肩を落とす中、リリアだけは違った。少しだけ思案顔を見せると、やがて得意満面に仰け反り、大きな胸を揺らしながら言う。
「アタシに任せておいて。これから目ぼしい食材を見つけ出して、豪勢な料理を用意してあげるわ!」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「3人前くらい探せばイケるでしょ。店主さん、厨房を借りても?」
「ええ、それくらいでしたら」
「じゃあ話は決まりね、行ってくる!」
流石にリリアは手慣れたものだった。街中の商店を駆け回り、果ては森の中にまで足を運び、十分な量の食材を集める事に成功した。それからも宿に戻るなり作業を始め、鮮やかな手並みで食事を作り上げてみせた。
「さぁ召し上がれ!」
メインに出されたのは「森のキノコスープ」だ。豚肉と数種類のキノコを煮たものである。
「へぇ。美味そうだな、いただきます!」
リーディスは具を口いっぱいに含み、これまでに無い食感や味わいに舌鼓を打った。リリアも遅れて食べ進めると、自身の仕事ぶりを自分で褒めた。
しかしケラリッサだけは全く口をつけようとしない。スライスされた真っ赤なキノコに、何やら強烈な違和感を覚えたからだ。
「あれ、食べないの?」
「ううん。ちょっと、遠慮しとこうかなーなんて」
「もしかしてキノコ料理は苦手?」
「あの、これは毒キノコだと思うんスけど」
「えっ……?」
「たぶん、食っちゃいけないヤツ。名前はカブレル・キノコだったかな」
「えぇーー!?」
「食用じゃないんスよ。粉末にして攻撃補助アイテムにするのが一般的で……」
リーディスとリリアは、最早ウンチクなど聞ける心境では無かった。互いに恐る恐る視線を交え、眼だけで会話を意思疎通を図ろうとする。だがその瞬間、システムがいつもの様にメッセージを告げた。
——ロードが完了しました。
すぐにキャラは移動、各人が開始地点に着いた。そしてアクションパートへと切り替わったのだが、冒頭から問題が発生した。
◆ ◆ ◆
「ゲフッ。ゲフ」
「か、体が……動かない」
リーディスとリリアは開始地点でうずくまり、動けなくなった。腹に両手を当て、唇を真っ赤に腫らすという、どう見積もっても重症患者の姿を晒しながら。
彼らは今、『猛毒』というバッドステータスに襲われていた。原因は考えるまでもなくキノコ料理。不運であるのは、食したのが大陸最強クラスの毒物であったこと。ついに2人は救護を待てず、勝手に自滅してしまった。
プレイヤーからしたら意味不明の展開だろう。ただ画面の寸劇を眺めていたら、いつの間にか全滅扱いされたのだから。
そして、その次に待つのは幕間のリテイクだ。また長々としたものが見せつけられる事になる。
「ねぇ、出世ですって!」
「マジか、やったぜ!」
占いももう1度。今度もクラシウスは涙を見せる事なく、その役目を全うしてみせた。偉い。
「さぁ出来たわ、キノコ無しのキノコスープよ!」
「わぁい、旨そーう!」
繰り返される棒読み演技。だが2度目はさすがに同じ愚を繰り返さなかった。キノコ類の一切を抜いた手料理が振る舞われたのだ。こうしてようやくアクションパートに返り咲くに至る。もちろんバッドステータスは皆無、万全の状態だ。
(ふう、これでまともに戦えるな)
だがリーディスに振りかかった受難は、先刻の毒物だけでは無い。それは占い、邪神からの度重なる「お墨付き」が原因なのだが、彼はまだ気付きすらしていなかった。
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