第9話 ステージ3
ゲーム本編の話をする前に、三聖女の今作における役割を説明せねばなるまい。
彼女らが崇め奉るエルイーザは敵方の兄弟神に捕らえられたのだが、捕縛される直前に自身の力を特殊な石に封じ込めた。それを神理石(しんりせき)と呼び、3つに分割された石が聖女達に委ねられた。
邪神を打ち破るには女神の力、すなわち神理石が必要であり、今作では逃亡中の聖女達を保護する事が優先課題となっていた。
◆ ◆ ◆
リーディスを大将とした軍団は、マリウスやミーナと共にウェスティリアへ向けて進軍した。懸念されるは道中に架かるリンクス大橋だ。軍隊が渡るには狭く、そこを急襲でもされたなら窮地に陥るのだが、他に進路は無い。一行は無事に済むことをただ祈るばかりである。
「みんな、焦るんじゃないぞ。整然と渡るんだ!」
先頭を行くリーディスは、前方を鋭く睨みつけている。襲撃を警戒して、茂みや物陰などと、あらゆる場所に眼をこらす。
そのリーディス隊の後ろを続くのはマリウスだ。彼は意識を深く落として、周囲を取り巻く魔力の流れを探知しようと試みた。
(不審な気配は無い……はずです)
しかし成果はというと芳しくない。彼は攻撃魔法に特化しており、探索や解析は苦手なのだ。精度は低いがやらないよりはマシ。気休め程度のサポートなのだが、彼なりに必死であった。
最後尾を進むのはミーナ率いるメイド隊だ。攻撃に脆い魔術師隊の前後を歩兵で固めるのは、戦では常道である。しかし、指揮官の気質まで考えれば、適正だったとは言い難い。
(怖いなぁ。こういう緊張って苦手ですぅ)
まだ見ぬ敵の脅威と、味方が醸し出す殺伐とした空気。戦場の華とも言える彼女はかなりの小心者であった。先日の活躍とはまるで別人のように、身を縮こませながら歩を進めていく。
「……抜けたか」
重苦しい空気の中、とうとうリーディス隊が橋を渡り終えた。そこで多少ながら緊迫感が和らぐ。『何も起きないじゃないか』と、安堵する者まで現れた。
だが茂みの中には、その油断を的確に狙う男が潜んでいた。
「フレイム・ウォール」
魔法が唱えられるとともに、橋の上に巨大な炎が立ち昇った。
「うわっ、あぶねぇ!」
「退いてください、近寄ってはなりません!」
炎を境にして進むリーディスと退くマリウス。こうして軍団は橋の傍で分断されてしまった。
「解呪します!」
マリウスは両手を合わせて魔力を集約すると、渾身の力を向けた。だが炎はなおも猛々しく燃え盛り、一向に陰りを見せなかった。
「……だめです、魔力の桁が違い過ぎる!」
悲痛な叫び。それには嘲笑う声が続く。
「ヌーッフッフ。そんなん当たり前。人間風情がワタクシとタメ張ろうなんざ、おこがましいにも程がありますよーぉ?」
「誰だ、お前は!」
茂みから現れた男は音もなくリーディスの眼前に現れた。浮遊しながら寄ってきた男は、道化師そのものの身なりだが、放つ気配が威圧的だった。全身にまとう濃紫の霧は禍々しく、相対するだけで息が詰まりそうになる。
「お初にございます。ワタクシは邪神軍参謀を任された魔人ピュリオスと申します、以後お見知りおきを」
「参謀だと?」
「まぁ、アナタ方に『以後』なんかありませんがねーぇ!」
ピュリオスの掌が煌めいたかと思えば巨大な火の玉が発現し、超高速でリーディス目掛けて疾走した。直撃。リーディスは抗う暇もなく全身が火だるまとなり、多大なダメージを受けてしまう。
「クフフ。まさかこの程度で大騒ぎとは。弱い、弱すぎますねーぇ。クラシウス様の御加護など無くとも簡単に、それはもう簡単にィィ捻り潰せそうです」
好き放題罵ったかと思うと、今度は伸ばした人差し指の先に小さな炎を灯した。先ほどよりも遥かに小さく、青みを帯びたものだが、ほとばしる殺気には凄まじいものがある。
その様子を目にしたマリウスは咄嗟に魔力を込め、遠くから攻撃を仕掛けた。
「フリーズランス!」
先端を尖らせた氷柱がピュリオスを貫かんとして飛ぶ。しかし、それはいとも簡単に砕かれてしまう。人間大の氷塊であっても、魔人の薄皮一枚すら傷つける事なく消失したのだ。
「五月蝿い連中ですねーぇ。退屈ならそう言えば良いのに」
ピュリオスがパチンと指慣らしを響かせた。すると炎とは真逆の方、ミーナ隊の背後にスケルトンの大群が地から湧いて出た。
「マリウス様、敵です!」
「くっ、新手ですか!」
「ヌーフッフ。しばらく遊んでなさいな。勇者とやらの断末魔の叫びを聞きながらねーぇ」
再びピュリオスが致命の魔法を発動させようとする。迎えるリーディスは身体を起こすのがやっとという有様。このままでは討ち取られてしまうのは確実だ。
だが、戦場にとある女性の声が響くなり、流れは大きく好転する事になる。
「そこまでよ、邪神の手先!」
突如現れた炎の刃がピュリオスを急襲する。それは直撃こそ避けられたものの、小さくない手傷を負わせた。
「何者ですか、姿を見せなさいよーーぉ!」
その人物は木立から大きく跳躍し、颯爽とした姿で現れた。金色に輝くツインテール。不自然に開いたローブの胸元に、不必要なほど露わになる太腿。三聖女の一人リリアである。彼女はピュリオスの真正面に降り立つと、人差し指を鋭く突きつけた。思わず効果音が空耳で聞こえるほどに、お決まりのポーズである。
「とうとう見つけたわよ。神殿での借りは返して貰うからね!」
「残党ごときが、調子に乗るんじゃないですよーーぉ」
「フフン。アタシを甘く見ないでくれる? こっちには女神様に託された神理石があるんだから」
「な、な、何ですってぇーー!?」
リリアは胸元をまさぐり、秘策を取り出さんとした。次の瞬間には、神理石の埋め込まれた短剣が突き出され、ピュリオスの超人的な能力が解除される。そうなる予定だった。
「さぁ覚悟しなさい。アンタの悪行もこれまでよ!」
威勢よく出されたのはシャモジだ。これには全員が虚を突かれた。一体何の覚悟を固めろというのか。ピュリオスやリーディス達はもちろんのこと、果てはスケルトン兵までも呆然としてしまう。
やがてリリアも異変に気付き、次に慌てた。わざとやらかした訳ではない。幕間での大移動が祟って、本来持ち運ぶべき重要アイテムを置いてきてしまったのだ。
(どうしよう、どうしよう……)
リリアは目まぐるしく思考を急速に巡らせた。どう取り繕えば良いか、人生で指折りレベルに頭を働かせた。その結果導き出したものは、それなりに酷い提案だった。
(ピュリオスさん。効いたフリして!)
(ええ? だってそれ、ただのシャモジ……)
(今更あとに引けないでしょ、お願いだから演技して!)
ワナワナと震えるピュリオスだが、ついにはリリアの圧力に屈した。まずは衝撃波を偽装。己に向かって風魔法を暴発させ、勢い良く七転八倒。そして明からさまに驚愕したように叫ぶ。
「そ、それはまさか、おぞましきエルイーザのぉぉーー!?」
それから身を起こした後も苦しみもがき、悶絶して転がり回った。平々凡々な調理器具とエルイーザがどうしたというのか。そして何故シャモジ如きに追い詰められるのか。そんな疑問を強引に押しやってしまう程度には、彼の演技は真に迫るものがある。
「さぁ勇者様、これで魔人の能力は大きく下がったわ。今のうちに!」
ストーリーを進行させようと躍起だ。勢いだけで乗り切るつもりなのだろう。
リアクションに困らされたリーディスだが、ピュリオスを撃破するまで話は終わらない。それはプレイヤーも良く理解しており、とりあえず攻撃を仕掛けた。だが、いくら攻撃を浴びせたところで、ピュリオスの体力バーは一向に減る兆しが見られなかった。
(能力落ちてねぇじゃん!)
全く弱体化していない。リリアの強弁もさすがにシステムまでは説得できなかったらしく、神理石と同等の効果は授かれなかった。
「安心して。ピュリオスの体力は9999で、攻撃一発あてるごとに1ポイント減ってるから、いつかは倒せるわ!」
「えっ……」
「えぇ……?」
このセリフには皆が絶句した。特に驚愕したのはピュリオスだろう。ステージをクリアするには彼の撃破が絶対条件で、それを実現するには1万発ほど殴られねばならない。お役目とはいえ、それは拷問も同然である。
だがプレイヤーがキャラクター事情など知る由もない。ここでも炸裂したのは、やはり無限コンボであった。リーディスの前蹴りが当たると、実に精練された動きで攻撃が浴びせられていく。戦場には延々とピュリオスの叫ぶ声が響き渡った。
これはもはや戦闘ではない、私刑である。その凄惨な光景は見るに堪えず、スケルトン兵たちも戦うのを忘れ、顔を両手で覆い隠してしまう程であった。
(よし、ようやく終わりだ!)
永遠にも感じられた攻撃も、いつかは終わりを迎える。体力バーを空っぽにした瞬間、ピュリオスは身を翻して天高く飛翔した。
「ワタクシは勝てない戦はしない性分です、これで失礼しますよーーぉ!」
そんな捨て台詞を残して消えた。リーディスたちは追い駆けたりなどしない。それどころか、口には出さないまでも、彼の頑張りを胸の内で褒め称えているのだ。それから、しばらくは身体を休めて欲しいとも。
ピュリオスの退却を機にスケルトン軍団は姿を消し、行く手を阻んだ炎も消失した。するとマリウスたちはすぐにリーディスの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、リーディス!」
「ああ、心配いらないよ」
先ほどのシーンを見せつけられた直後では、誰の身を案じているか分からなくなるセリフだ。
「それにしてもピュリオスか。手強い相手だった」
「そうですね。彼には要注意ですね」
リーディス達は何を言えば良いか分からず、仕方なしに本編のセリフをそのまま吐いた。
◆ ◆ ◆
こうしてステージクリアに至ったリーディス達は戦績報告(リザルト)を挟むと、次に待っていたのは『お買い物タイム』だった。このステージから導入されるシステムで、武器や防具などを買い求める事ができる。ちなみに所持金は戦績に応じて加算される。
「いらっしゃい、ジャンジャン買っていってくださいッスよぉ!」
店員はケラリッサだ。高い人気を裏付ける満面の笑みは、こういった隙間のタイミングでプレイヤーの心に入り込むらしい。
(今回は初めての買い物だ。一体どうするんだろ?)
成り行きを見守るリーディス。視線の先にはプレイヤーの操作するカーソルがあり、それが『装飾』のタブをクリックするのを見た。
それから画面はスクロールしていき、手早く購入されたのは「少女のホットパンツ」であった。それは丈が短く、ピッチリとしたシルエットの洋服だ。ボディラインがこれでもかと表現される上に、太モモもバッチリ露出されるという、その筋のフェチには堪らない装備だと言えた。
(攻略には関係ない遊びアイテムか。誰に着させるつもりだろ)
皆が見守る中で選ばれたのはリリアだった。ただでさえ露出度の高い彼女の姿に一層の磨きがかかる。
「えぇーー、何でアタシなの? ちょっと恥ずかしいんだけど!」
彼女は着替えるなり、割と大げさなリアクションをしたが、少しばかり演技が臭すぎた。内心では脚光を浴びた事を喜んでいるのだろう。
その白々しさがささやかな苛立ちを招き、一行の空気が僅かに濁る。今現在、パーティ内に毒舌少女(メリィ)が居ない事が悔やまれたとか、そうでないとか。
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