第8話 幕間3
ゲームが再起動したならば、キャラクター達は各々の役割を果たさねばならない。舞台はこれまで同様リンクスの町中となる。リスタートは幕間から。泥酔したリーディスが、無防備にも道端で眠りこけた後の物語が紡がれていく。
◆ ◆ ◆
(あれ……ここは?)
窓から降り注ぐ暖かな日差しが、リーディスに目覚めを促した。
眼前に見えるのは石造りの天井で、自身もベッドに寝かされているのが分かる。どこかの部屋に居るらしいのだが、訪れた経緯を彼は知らない。
(あの人は誰だ?)
ミニキッチンには見慣れない女性の後ろ姿が見える。鼻歌混じりに調理をしているようだった。何か声をかけるべきだろうが、状況すら把握できないリーディスは自然と押し黙ってしまう。
「あっ。起きたッスか? おはようござっすーー」
女性が振り向くなり朝の挨拶を告げた。屈託のない笑みは初対面の壁を乗り越えるかのようであり、実際によそよそしい気配は見せなかった。
「朝ごはん用意したッスから、良かったらどうぞ」
小さなテーブルには2人分の料理が向かい合うように並べられた。ホットミルクから立ち昇る湯気が心をほぐし、チーズリゾットの香りも食欲をそそる。リーディスは申し訳ない顔を引っ提げながら、女性の真向かいに座った。
「あの、君は……?」
料理に手をつける前に問いかけた。彼としては事情を確かめるまでは、食事も喉を通らない。
「熱ッ! めっちゃくちゃ熱いッスよコレ」
女性は質問には答えず、口の中で米粒を躍らせた。舌の痛みを和らげようとコップに手を伸ばすが、そちらも実にホット。そうして2度にわたって刻まれたダメージは、桶に貯めた水を飲む事でようやく癒すことが出来た。
「ああゴメンなさいッス。アタシはケラリッサ。行商やってるモンで、街から街へと流れる暮らしを送ってるッス」
「行商……。その君がどうしてオレを?」
「いやね、宿の外が騒がしいなーと思って外を見たら、お兄さんが泣いてるんですもん。何だか可哀想になって、ここに連れ込んだっていう流れッス」
ここは彼女が借り受けた宿の一室だという事を、リーディスはようやく知った。
「ありがとう、迷惑をかけたみたいだ」
「良いの良いの。女が独りで泊まってると、強盗だの何だの出ちゃうんで。見せかけでも男の人が居ると安全なんスよ」
「そういうもんなのか」
「そういや、鎧の脱がし方が分からなかったから、そのまま寝かせちゃった。身体とか痛くないッスか?」
「平気だよ。少なくとも、石畳の上で寝るよりは遥かにマシだ」
「アハハ、野宿はしんどいッスよね」
ここでようやくリーディスは手料理を食べ始めた。暖かで濃厚な味わいが舌に伝わる。素直に美味いと思い、顔が綻ぶのを感じた。
「お兄さん。事情は知らないッスけど、あんまヤケを起こしちゃいけないッスよ」
「……何が?」
「辛い事があったんでしょうけど、酒に酔って路地裏で寝ちまうだなんて危なすぎるっしょ。身ぐるみ剥がされるくらいならラッキー、下手したら殺されちゃうかもしれないッスよ」
「そうかもしんねぇけど……」
言い淀むリーディスの顔をケラリッサが覗き込んだ。何か腹の底まで見透かすような視線に、思わず眼を背けてしまう。
「大事なもん無くしたって顔してんね。商売柄、似たようなのを見かけるッスよ。詐欺師に騙されて荷を奪われた商人とか」
「まぁ、当たらずも遠からずだな」
「ちょっとくらい失くしても良いじゃないッスか。一番大事なモンをしっかりと抱えてるんだから」
「何だよ、その大事なものって」
「命ッスよ。い・の・ち」
ケラリッサは右手のスプーンをふらふらと揺らした。さながら教鞭でも見せつけるかのように。
「生きてりゃ挽回できる。楽しい事、面白いもんとも出会える。それも命あればこそッスよ」
「……あるのかな、この先。幸せとかそういうの」
「もちろんッスよ。割とそこらに落ちてるんじゃないッスか?」
「適当な事言いやがって」
「そういう性分なんで。考えても分かんない事は追求しないタイプなんで」
ここでお互いの視線が重なると、どちらからでもなく吹き出した。何が面白いのか、リーディスにも分からない。ただ心の重石が軽くなった事が、妙に心地良く感じられ、くすぐったくも思うのだ。
それから食事を終えると、ケラリッサは宿代を清算すると言った。今日の早いうちにリンクスを発ち、大陸西方の街ウェスティリアに向かうのだとか。ちなみにリーディスも宿代の半分を出そうとしたが、財布に手持ちの金はなく、結局は奢りという形になった。
「そんじゃお兄さん、元気でね。あんま悲観しちゃダメッスよ」
町外れで2人が向き合う。リーディスはせめて見送りだけでもと思い、門の外までやって来たのだ。
背負った荷物とともに遠ざかるケラリッサ。その姿を眺めるうち、リーディスは堪えかねて引き止めた。胸を急き立てる何かに応えるようにして。
「待ってくれ、オレも一緒に行って良いか?」
荷物がピタリと止まる。そしてグルリと回転し、ケラリッサは上半身だけ振り返った。
「一緒にって。行商したいんスか?」
「そういう訳じゃない。君は言ってたろ、護衛がいると安心だって。だからしばらくの間オレが守ってやるよ」
「うーん。確かに有難いッスけど、商売って結構シビアなんスよ。稼げる保証なんか無いし」
「養って欲しい訳じゃねえ。とにかく、当面で良いから目標が欲しいんだよ」
ケラリッサは話の途中で空を見上げた。ボンヤリしている様にも見えるが、口元は小刻みに動かされており、耳を澄ませば超高速で独り言が繰り返されているのが分かる。彼女なりの熟考スタイルなのだろう。
「まぁ、アタシは構わないッスよ。その代わり給料とか無しで。あと飯代宿代は半分ずつ。それなら一緒でもOKッス」
「問題ない。よろしく頼むよ」
「あれ、マジで? お兄さん無一文でしょ?」
「あのな。町のギルドに行けば、日雇いの仕事くらいには有り付けるんだよ」
「へぇーそうなんスか。じゃあ宵越しの金を持たないタイプとか? 全部お酒に変えちゃうっていう」
「飲んだくれってタイプじゃねぇよ。昨晩のはレアケースだ」
2人は横並びになって街道を進んだ。出会ったばかりとは思えないほど、親密な気配を醸し出しながら。
そして、その直後に門の辺りが騒がしくなる。息を切らしたリリアが門番に詰め寄ったのだ。彼女は店で仕込み作業をしていた所、窓からリーディスの姿を見つけ、慌てて仕事場を後にしたのだ。
「ねえ、こんな人を見かけなかった!?」
門番に風体を告げると、町を出たばかりという返答があった。リリアは呼吸を整えもせず郊外へ飛び出すと、緩やかな丘陵の先にリーディスの姿を見つけた。
「良かった。やっとお釣りが返せる!」
リリアは小さな麻袋を掲げながら、彼の後を追った。銀貨で膨れた袋が心地良い音を奏でる。その金属音は、正当な持ち主のリーディスよりも先に、ケラリッサが耳聡くも素早く気付くのだった。
◆ ◆ ◆
ここでシステムメッセージがロードの完了を告げた。今回は珍しくも絶妙なタイミングであり、話途中で断絶されずに済んだ。これにはリーディスらも達成感を覚え、俄然アクションパートにも熱がこもる。
しかし、その熱意も束の間。幕間の出来事が再びプレイに影響を与えてしまい、逃れられぬ呪いを浴びせられたような想いになってしまった。
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