第7話 反省会1

――はじまりの平原


 ゲームの電源が切られたなら、キャラクター達はあらゆる制限から解放され、この大草原へと集まる。今回はいつもの骨休めではなく、話し合いの為であった。


 幕間の改善策について感触はどうか。そんなもの聞くまでもないのは、辺りに覆う空気を読むだけで理解できる。


「悪かったよマリウス。色々迷惑かけて」


「いえ、君のせいではありませんから……」


 椅子に浅く腰掛けた2人が、顔を俯かせたままで言った。リーディスはアクションパートで晒した幾つかのやらかしを、マリウスは幕間の演技で反感を買った事について落胆していた。


 彼らにとって幸いなのは、事あるごとに気遣ってくれる女性に不足しない点であろう。それはこの瞬間であっても変わらなかった。


「マリウス様、落ち込まないでください。凄く良い演技だったと思いますよ」


「ありがとうミーナさん。ですがプレイヤーさんには不評のようです。やはり慣れないキャラを演じたのは失敗だったとしか」


「大丈夫ですよ。なんかこう、思わずビンタしたくなるような、丁度良い悪役でしたもん!」


「ええ、まぁ、どうも……」


 これまでマリウスの配役は善人タイプばかりだった。そのため悪役に向けられる敵意にも似た行為について、全く慣れていなかったのだ。傷付く事に意味はない。それどころか、反響を得られた名演技だったと捉えるべきなのだが、彼はその境地から遠いところに居る。


 それと同じ頃。隣でうなだれるリーディスを慰めたのは、リリアとメリィの両名。2人は点数稼ぎだとばかりに、延々とフォローを続けるのだ。


「良かったわよ勇者様。凄く引き込まれたもん」


「ほんと素晴らしかったです。シナリオを手掛けた私としては垂涎ものでした」


「夜中に1人打ちひしがれる青年でしょ。ついつい慰めたくなっちゃった」


「さすが名役者です。どんな役もハマるんですね」


 しかしリーディスの心は晴れない。


「酒がなぁ。特に深酒の失態がなぁ」


「ごめんね、メリィの考えが足りないばっかりに。最初から水にしておくべきだったわ」


「リリアがどうしようもなくてスミマセン。お酒を出すペースが早すぎましたよね」


 ここでリリアとメリィは視線を戦わせた。リーディスの頭越しに激しい火花が飛び散る。


「とにかくシナリオが悪くって困るわね。やたらと重たいし。もっとポップなノリにすれば良いのに」


「リリアの豚っぷりが災いしてますね。料理人のシーンは心を休ませるタイミングなのに、女優の質が悪すぎて機能してないです」


「何よ、自分の責任を擦り付けないでよ」


「さっさと出荷されたら良い。そんでもって料理する側から、される側に回れば良い」


「そろそろ潰すわよクソガキ」


「やってみろですよ豚足醜女」


 互いの応酬はとうとう衝突にまで発展した。塞ぎこむリーディスをよそに、拳による激しい応酬が繰り広げられる。その騒ぎをたしなめたのは、やはりこの人物だった。仲裁の声も荒だてる事もなく、穏やかな調子を保ったままで。


「あなたたち、ケンカをする暇があるなら手伝って頂戴」


 ルイーズは飛び交う拳打をスルリとくぐり抜けながら、2人の顔をあらぬ方へと向けさせた。その視線の先には、草地の上で体育座りをする王様の姿が見えた。


「あっ……」


 リリア達はすぐさま状況を把握した。


「一番傷ついてるのは彼よ。唯一の見どころを飛ばされちゃったし、幕間だってロクな出番もないしで」


 王様は静かだった。いや、静かすぎるか。彼は何をするでもなく、皆から大きく距離を取り、ただじっと遠くの青空を見つめていた。ちなみに彼の頭上には大猫が香箱座りを決め込むのだが、慰める意図はない。ただ居心地が良いというだけの話だ。


 これほど声の掛けづらい光景も珍しいだろう。ルイーズはすっかり手を焼いてしまい、とりあえず援護を頼んだ訳である。だが、言葉が浮かばないのはリリア達も変わらない。


(どうやって慰めれば良いんだろう……)


 切っ掛けすら掴めぬまま、ただ寂しげな背中を見守る時間が続いた。そんな気まずさの漂う中、眼前で一迅の風が吹くとともに魔法陣が出現した。転移によって現れたのはエルイーザだ。


「オウお前ら、辛気臭い顔並べやがんな。ミーティングするんだよオウ」


 一同はそちらを見るなり眼が釘付けになる。彼女そのものに注視するのではなく、視線はヘッドロックによって自由を奪われている男へと向けられたのだ。顔面は蒼白そのもので、締め付ける腕を頻繁に叩くあたり、がっつりとキマっているらしい。


「その人ってもしかして、クラシウスさん?」


 ミーナの問いかけにエルイーザは頷くと、ようやく拘束を解いた。するとクラシウスは足元に倒れこむなり、堰を切ったように荒い呼吸を繰り返した。


「ほんとだ珍しい。本編以外で見るのは初めてかも」


「そうよね。だって彼ってば、オフの時はどこかに隠れちゃうんですもの」


 居合わせたメンバーは驚くとともに、率直な気持ちを述べた。


 邪神クラシウスとはエルイーザの兄であり、本編のラスボスを担当する男である。性質は酷薄で、容貌も極めて整っている美青年だ。艶やかで紺碧色の長髪は顔の半分を覆っているのだが、前髪の隙間から覗くだけでも美しい造りだと分かる。長身で手足も長く、それでいて細作りの体型は、漆黒のローブが実に良く似合う。文句なしに本作で最高に美形な人物だと言えた。


 そんな彼の幕間での配役はというと、何も任されてはいない。何故これほどの逸材を腐らせておくのか。それは致命的すぎるデメリットが問題視されたからだ。


「おい兄貴。いつまでボサッとしてんだ。良い加減シャンとしやがれ」


 頭を小突かれたクラシウスが呻き声と共に立ち上がった。でかい。ヌオッという効果音が良く似合うだろう。この男は随分と背丈が高く、隣のエルイーザよりも頭二つ分ほどの差が有る。その体格差をもってしても、妹の横暴ぶりを止める事は出来なかったらしい。


「あの、クラシウスさん。大丈夫かしら?」


 思わずルイーズが顔色を窺う。その一方で声をかけられたクラシウスは、肩を大きく跳ね上げるとローブを見せつける様にひるがえし、決めポーズと共に言い放った。


「笑止!」


 この返答には困らされた。何が言いたいのか全く理解できないのだ。


「ええと、今のは?」


 ルイーズが助けを求めるように左右を見る。そこへエルイーザが溜息まじりに応じた。


「平気とか、気にするなみたいなニュアンスだ」


「それならそうと言ってくれれば良いのに」


「兄貴はめっちゃくちゃ恥ずかしがりっつうか、人見知りするんだ。会話したくても、ゲームの台詞以外を聞けた試しは無ぇよ」


「まぁ。それは不便な話ね」


 ルイーズは何の気無しにクラシウスの方へと数歩だけ歩み寄った。すると、大の男が甲高い悲鳴をあげて逃走してしまう。


「ヒィィ! 動いたーーッ」


 そりゃ動くだろというツッコミを入れる暇も無い。クラシウスは身を低くして駆け出すと、そのままテーブルの陰に隠れてしまった。体が恐怖で震える為に、喘ぐ吐息は断続的だ。


 あまりのリアクションに誰もが呆気に取られる中、唯一もちウサギだけは気にも留めず、クラシウスの側までモッチリと這い寄った。また大騒ぎするんじゃないか。一同はそう予測したのだが。


「フフッ。私にいかなる用だ、か弱き者よ」


「もっも」


「問答無用。我が魂の糧となれ」


「あっ。今の台詞聞いた事がある。最終決戦のやつだ」


 クラシウスも動物にだけは心を開けるらしい。もちウサギを慣れた手つきで抱き上げると、自分の膝に乗せてはモチモチとした感触を掌で堪能し始めた。よほど夢中なのか、今度は周りに人がやって来ても怯える仕草を見せない。


「そんでエルイーザ。どうしてクラシウスを連れてきた?」


 リーディスが代表して問いかけた。その質問から多少の間を置いて、エルイーザがたどたどしい口ぶりで胸中を明かした。


「いやさ、コイツはテリトリーの『邪神の塔』から1歩も出てこようとしねぇんだ。もうちっと社会性を身につけてくんねぇかなって思ってな」


「まぁ確かに。ずっとこんな調子でいられたら困るかもな」


「だからさ、幕間の演劇で何かの役目を与えてやってくんない? ちょい役で構わねえから」


 ここで視線がシナリオ担当であるメリィへと集まった。返答は早く、手で顔を扇ぐかのようにして拒絶した。


「無理ですよ、無理。もう役割は決めちゃってますし、そもそも定型文しか喋れない人なんて扱いにくいじゃないですか」


「そこを頼むよ。ほら、顔だけ見れば美形だろ? 使い所も探せばあるんじゃねえの」


「クラシウスさんの為に骨を折るくらいなら、王様をもう少し優遇させてあげたいですね」


 それを持ち出されると、さすがのエルイーザも弱る。見せ場のスキップ事件。その凄惨なる悲劇については彼女の耳にも届いており、珍しくも心からの同情を誘ったのだ。だから鋭い舌打ちを鳴らし、今回ばかりは諦めようと考えたのだが。


「ワシの事は気にせんで貰いたい」


 芯の通った声が辺りに響いた。そう発言したのは他ならぬ王様であり、早くも失意の底から這い上がってみせたのだ。


「良いのかよ。アンタだって見所が欲しいだろ?」


「気にするなと言ったろう。出番が要らないと言えば嘘になるが、ワシ自身の活躍よりも、前途ある若者の未来の方がずっと重要だ」


「メリィ。王様はこう言ってんだけど、どうよ?」


 改めてエルイーザは問いかけた。もはや断る理由も少なく、メリィは観念して首を縦に振った。


「よきかな、よきかな。ワシはもうロクな出番は無いが、陰ながら成功を祈っておるぞ」


 ふっきれた様子の王様が高らかに笑う。そしてクラシウスの側まで歩み寄ると、こう告げたのだ。


「頑張るのだぞ。見事活躍し、度肝を抜いてみせよ」


 それからポンと優しく、クラシウスの肩を叩いた。ささやかな激励のつもりである。しかし相手もそのように捉えるかは別問題だ。


「ギィヤァーー!」


 邪神クラシウスは辺りに絶叫を響かせると、そのまま泡を吹いて卒倒してしまった。


「おい、どうした。しっかりせんか!」


「言い忘れてた、あんまり兄貴に触らないでくれ。今みてぇに気絶してブッ倒れるから」


「ノミの心臓以下ではないか。この胆力でよくぞラスボスが務まるものだな……」


「そりゃ製品モードのうちはプログラムに従うだけだかんな。でも編集モードだと、どうなっちまうかは分からねぇ」


 エルイーザはリーディスに視線を送ると、顔を大きく歪ませた。


「最終決戦はきっと苦労するぞ。覚悟しておけよ」


「おいやめろ。オレ達にこれ以上プレッシャーをかけんな」


 前途多難。そんな言葉が似つかわしいミーティングは途中で打ち切られた。ゲームが再起動されたが為に、配置に戻る必要があったからだ。話し合えた事は極端に少ない。そこそこに愚痴を漏らして、そこそこに騒いでお終いだ。


 リーディス達は濃いめの不安とともに、次の幕間出演に備えるのだった。気絶したままのクラシウスを、エルイーザが張り手で起こすのを横目に見つつ。

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