第4話 ステージ1
リーディスは眼前の城門が開くなり、中から大勢の魔物達が出撃するのを見た。それはトカゲ兵と大猫の混声軍で、味方に比べてると大軍だ。勇者という肩書があっても圧迫感を覚えるほどに。
「敵は強大ですが恐るるに足りません。上手く連携して乗り切りましょう」
肩を並べるマリウスが優等生然とした口ぶりで言う。浮かべた笑みも柔らかく、どこか気遣いをするようにも感じさせた。
だがその態度は、幕間の悪意を引きずるプレイヤーの怒りを買ってしまった。リーディスを介してマリウスに攻撃が加えられたのだ。
「うわっ。味方です!」
彼は定型文を叫ぶとともに、ノックバックして姿勢を崩した。だがプレイヤーの怒りは治まらず、それからも延々と同じ攻撃を浴びせ続けた。間合いとタイミングを熟知した動きだ。これにはマリウスも完全に身動きが取れなくなる。
(ちょっとリーディス、止めてくださいよ!)
(オレの意思でやってるんじゃねぇってば!)
演者の戸惑いなど意に介さず『腹いせ』は続く。だが味方同士ではダメージまでは通らないので、キャラを倒しきる事は不可能だ。そんな理由から、どこかで気が済むだろうと思われたのだが、プレイヤーの目的は別の所にあった。
そうこうする内に押し寄せた魔物達は、一斉にマリウスへと襲いかかったのだ。それを迎え討とうにもリーディスの攻撃が邪魔をして、何ら抵抗できず蹂躙されてしまう。せっかく構えてもリーディスに態勢を崩され、すかさず魔物による手痛い一撃を加わるのだ。
それは奇妙すぎる共闘。実に滑らかで、打ち合わせたかのような連携であった。
「クッ。撤退します!」
体力値の全てを喪失したマリウスは、これまた定型文を叫びつつ戦場から消えた。彼が指揮する農民兵も散り散りとなり、主同様に戦闘不能となる。後に残るのはリーディス隊のみだ。
(のっけから戦力半減かよ!)
肝が冷える思いのリーディスだが、それは取り越し苦労だった。プレイヤーは流石に一度はクリアしている熟練者だ。リーディスの操作には微塵の隙もなく、冴え渡る剣技は惚れ惚れする程で、正に向かう所敵無しとなる。また配下への指揮も絶妙で、素人だらけの農民兵が着実な戦果を積み上げていく。
(すげぇ、圧勝じゃねぇか)
迫りくる敵を撃退した頃にはリーディスのレベルも上がり、パフォーマンスも更に向上した。その恩恵は配下の農民兵にも及ぶ。手にしているクワや鎌といった装備は鉄の槍に持ち変えられ、一応はそれらしい格好となった。以降の進撃速度も加速する一方だ。
「みんな、このまま中へ突入するぞ!」
力強い号令のもと、部隊は一丸となって突き進んだ。勢いそのまま城下町、兵舎と武器庫までを攻め落とし、残るは王城のみとなる。
単身乗り込んだリーディスは、空間の歪みののちに強敵と相対した。エリアボスの登場である。
「クヒーッヒッヒ! 貴様の命、クラシウス様の為に捧げてやるゥゥ!」
現れたのは雄ヤギ面をした巨大な魔物だ。リーディスは向き合うなり、無意識にこう思った。
(喫茶店のマスターじゃねぇか!)
確かに同じ役者なのだが風貌は雲泥の差だ。あらん限りに見開かれた眼に、だらしなくヨダレを垂らす口元、そして凶々しい大剣を容易く扱えるほどに膨らんだ筋肉。あの理知的で物静かな人物像とは似ても似つかなかった。
「クケケェーー! ブッ殺し殺しコロコロコロしてやるぁーー!」
違う、店主(マスター)はそんな事言わない。きっと誰もがそう感じただろう。
だがプレイヤーの指先は、この豹変ぶりを前にしても狂わなかった。大振りの攻撃を最小限の動きでかわし、達人とも見まがう所作で距離を詰めていく。そして間合いに入った瞬間、リーディスの反撃が炸裂した。それは一度始まれば延々と続く無限コンボ。連撃に次ぐ連撃。これにはいかに強靭な肉体であっても耐えきれず、やがてその身を激しく散らした。
「こっ……このオレ様がァァ!」
エリアボスは七色の閃光と共に弾けて消えた。これにて第1面突破だ。リーディスは達成感よりも罪悪感の方が強く感じる。幕間で見かけた優しげな横顔がそうさせるのだ。
さて、ステージをクリアしたなら戦績報告(リザルト)と呼ばれるプレイ評価があり、その次にはメインストーリーが展開される場合がある。ここのロードに限っては極端に短いので、幕間の演劇を進めずに済むのは幸いだろう。
◆ ◆ ◆
「よくぞ魔物を打ち倒してくれた、勇敢なる若者たちよ!」
玉座に返り咲いた王は興奮気味に感謝を述べた。頭を垂れて平伏すリーディス達だが、顔にこそ出さないものの不安である。これより王様による長ゼリフが延々と続き、何かトラブルでも起きやしないかとヒヤヒヤしているのだ。
思えば1週目の時は何の心配もいらなかった。演者は製品モードの管理下にあり、どのような難解な台詞であったとしても失敗する事は無い。それこそ100発100中。早口言葉や難読語であっても何のその。設定された情報を、とにかく緻密になぞる事を強いられるのだから。
(大丈夫かな、王様)
(僕たちにできるのは、彼を信じる事だけです)
(まぁそうだよな)
リーディス達は耳打ちする傍らで玉座の方を見た。そこに居たのは毅然とした面持ちでいる偉大なる統治者だ。威厳のある鋭い目つき、それでいて口元に見える微かな笑みには、懐の深さを感じさせる。表情ひとつだけで人格の奥行きを見せるあたり、流石にベテランの役者であった。
ちなみに王様の出番はこれっきりだ。本編では今後ロクに絡む事はない。更に言えば、幕間の役回りは病魔に苦しむ父親であり、そちらでも出番は皆無と言っても良い。目立った露出はこのシーンのみ。準レギュラーとは思えない程にぞんざいな扱いを受けている、まさに不遇キャラの1人なのだ。
だが王様は挫けない。それどころか、限られた場面で死力を尽くして記憶に残るような芝居をしてやろうと、強く強く意気込んでいるのだ。彼には脇役の美学と意地がある。些事に惑わされぬ気迫もある。後は己の力を信じ、役割を演じきるだけであった。
「邪神軍の精強さ、悪辣さは身の毛もよだつ程であり、人族の長たるワシでさえ恐怖から眠れぬ夜を……」
懸念された長ゼリフが始まろうとした、その時だ。突然システムメッセージが割り込んだ。
——イベントをスキップします。
何という事か。王様にとって唯一で最大の見せ場が飛ばされてしまった。確かにプレイヤーからすれば、1週目と変わらないシーンなどスキップ対象だろう。脇役の意地なんてものは、あくまでも演者側の都合でしかないのだ。
こうして場面は強制的に切り替わる。リーディス達は次の幕間に出演せねばならず、脇目も振らずに移動した。玉座で独り、打ちひしがれる男を残して。
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