第3話 幕間1
ピュリオスによる裏工作が功を奏し、どうにか2周目プレイに漕ぎ着けたリーディス達。だが、リスタートを切った次の瞬間には例の『クソ長ロード』が待ち受けている。よって冒頭からいきなり演劇を始めなくてはならない。更には、ロード終了後は速やかに本編のアクションパートへ移る必要があるため、街中をうろつく魔物は配置したままにせねばならない。
果たしてこの悪条件の下、どのような物語が綴られるのだろうか。シナリオ担当がメリィである点についても、リーディス達は漠然とした不安を覚えるのだった。
◆ ◆ ◆
歴史香る王都の裏路地には、隠れた名店が数多く点在する。リーディスは老舗の喫茶店にエルイーザを誘い、窓辺の席に腰を落ち着けた。降り注ぐ午後の陽射しは暖かで、思わず眼を細めてしまう。
「良い店だよな、ここは特にオススメなんだ」
店内にひと気は少なく、若い男が数人居るのみだ。外の通りも比較的静かなもので、『キシャーッ』と奇声をあげるトカゲタイプの魔物が、たまに闊歩(かっぽ)するくらいだ。
そうして麗らかな王都の一場面を眺めていると、ウェイターが注文の品を持ってきてくれた。
「もっも」
店員はモチうさぎである。彼は持ち前の伸縮性をフル活用し、身体を大きく伸ばし、テーブルに品を並べた。このような工夫により、小サイズの魔物であっても配膳が可能となるのだ。
「さぁ、エルイーザも飲んでくれよ。この店は水出しコーヒーが美味くて評判なんだよ」
グラスを手にしつつリーディスが言う。しかし対面のエルイーザは、口をつぐんだままで窓から視線を外そうとしない。憂いた横顔。それは美しく整ったものであるが、何か不吉なものを予感させた。
「どうしたの。何か嫌な事でもあった?」
おずおずと問いかけてみる。返事は無い。それでも言葉を待ち続けると、ようやくエルイーザは口を開いた。
「ねぇ。私達、別れましょう」
氷よりも冷たく、沈んだ声。それはリーディスの耳を伝い、胸の奥を鋭く斬りつけた。
「えっ、何。急にどうしたの?」
突然の別れ話に、彼は笑ってみせた。しかし表情が固い。胸を刺す痛みが、普段の愛想を彼方へと追いやるのだ。
「だってアナタ。勇者なんだもの。それって食べていける職業じゃないでしょ」
「確かに、ここ最近の仕事なんて野草探しくらいだけど」
「だからね、悪いんだけど……これっきりにしたいの」
「ちょっと待ってくれ! 今は安い仕事しか入ってないけど、レベルさえ上がれば都市解放とか邪神退治なんかを任せて貰えるんだ! だからもう少しだけ様子を見てくれないか?」
必至の声を前にしても、エルイーザは首を横に振る。
「もう遅いの。だってね……」
「おやおや。エルイーザさん、こんな所にいらしたんですね」
不意に聞こえた声にリーディスは振り向いた。その視線の先には、上等な衣服に身を包んだマリウスの姿がある。
それからマリウスは店内をゆっくりとした足取りで進み、手前のリーディスを無視しつつ、エルイーザの側まで歩み寄った。
「誰だよ、コイツは」
何の前触れも無しに現れた男を、リーディスは激しく睨みつけた。沈んだ面持ちのまま喋ろうとするエルイーザ。だが彼女のセリフを遮ってまで答えたのはマリウスであった。
「やぁ、君の話は聞いてるよ。貧乏人風情がちょっかいを出してるとか、どうとか」
「テメェ、喧嘩売ってんのか!?」
「口を慎みたまえ。僕はこう見えても公爵家の嫡男。爵位は男爵。君のような平民とは別世界の存在なのだよ」
「こ、公爵……!」
一応は公式設定に寄せたものだ。マリウスは公爵家とまではいかないまでも、良家の子息であり、生家も広大な領地を持つという有力者だ。
「公爵だか男爵だか知らねぇが出ていけよ。お前に何の関係があるってんだ!」
「関係なら大アリだよ。僕は彼女の婚約者だからね」
「こん……!?」
リーディスは弾かれたようにエルイーザを見た。しかし、互いの視線が重なりはしない。その態度に最悪の未来を思い浮かべるが、心が理解を拒絶した。
(やめてくれ、終わりだなんて言わないで)
だが現実は時として無情なもので、トドメとばかりにマリウスが続けた。酷薄なまでに饒舌な口ぶりで。
「君は知らないのかね。彼女の父親が病に倒れた事に」
「知らねぇよ……」
「まぁ今となってはどちらでも良いがね。とにかく、今後エルイーザには莫大な治療費が要求される事になる。果たして君に支払えるのかな?」
「そ、それは」
リーディスの所持金、もとい全財産は僅かばかりだ。ここの支払いを終えた後は、一本の串焼きも買ってしまえばそれまで。とてもじゃないが、肩代わり出来る程の財貨など持ち合わせてはいない。
マリウスは言いよどむ姿を眼にするなり、机に1枚の金貨を置き、そして微笑んだ。その機械仕掛けのような笑みは、思わず身が震える程に冷たい。
「何の真似だ?」
語気を強める事で、ささやかな抵抗を示した。
「別に。これは私から君に進呈するものだ」
「手切れ金のつもりか?」
「どうとでも捉えたまえ。ただし、今後は決して我々に関わらない事だ」
「勝手に決めんなよ!」
その叫びも虚しく、マリウスはエルイーザに退店を促し、彼女はそれに従った。話はもう終わってしまったのだ。終始うつむきながら立ち去る姿に、リーディスは胸が締め付けられる思いになる。
「待ってくれ、エルイーザ!」
その言葉に彼女は足を止めた。そして振り返る事なく、背中越しに最後の言葉を残した。
「ごめんなさい。私の事はもう忘れて……」
入り口のドアが静かに閉まる。呆然自失となったリーディスは、虚ろな瞳を彷徨わせつつ、椅子の上に倒れこんだ。焦点の定まらない視線がテーブルの金貨を捉え、やがて憤激がこみ上げてくる。
「畜生。バカにしやがって!」
感情の赴くままに金貨を投げ捨てようとした。だが出来ない。そうして心を惑わせて、暴れまわるのが酷く情けなく思えたからだ。
「……どうしてこんな事に」
リーディスは座ったままで項垂れた。こんな時は怒れば良いのか、それとも嘆き悲しめば良いのか、彼には分からない。
怒るのだとすれば何に対してか。盗賊のように恋人をかっさらったマリウスか、それとも自分をアッサリと裏切ったエルイーザか、あるいは甲斐性の無い自分の身上なのか。
そして悲しむとすればどうか。愛する人を失った運命についてか、それともロクに言い返せなかった己の不甲斐なさだろうか。
分からない。純粋で多感な青年にとって、目の前の問題は複雑すぎたのだ。ただ胸だけが苦しい。いっそのこと身体を切り刻んで、患部を洗いざらい投げ捨ててしまいたくなる。
「死んでやる……!」
声は自然と震えていた。怨嗟の情が胸も、声帯も、両手の指先さえもわななかせる。
だが時同じくして、リーディスの耳に「もっも」という愛らしい声が聞こえる。テーブルに温かな湯気の立つミルクティーを置いたかと思うと、身を翻して去っていく。オーダーしていない品だ。取り下げて貰おうと考えた矢先、カウンターの方から声がかけられた。
「それは私からですよ、お客さん」
リーディスがそちらを見れば、後ろ二本足で立つ雄ヤギの姿があった。強靭な肉体と野性味溢れる顔面は威圧的に見えるが、かの人物の瞳は小波すらない湖面の様に静かで、理知的な印象を与えてくる。また、語り口調も同じく柔らかなものだった。
「どうぞお飲みください。奢りです」
「ええと、うん。ありがとう……」
そうまで言われては口をつけない訳にはいかず、一口だけ啜った。味わいはミルクの風味が豊か、そして微かなホロ苦さの感じられるもので、不思議と心を落ち着かせてくれた。
「お客さん。これは私の独り言ですので、不快でしたら聞き流してください」
店主の雄ヤギがカウンターの染みに目を向けながら呟いた。
「私も長いこと商売してますからね、色々なお客さんを見かけますよ。幸せの真っ只中と思しき方、生きるべき道を見失っておられる方、とにかく様々。誰も彼もが自身の物語に熱中し、挑戦しては成功だの失敗だのと一喜一憂するのです。中には打ちひしがれて、自死を口になさる方もいらっしゃいますよ」
彼の瞳は依然として染みに向いている。記憶の奥深くを見つめようとする瞳は色が濃く、容易に感情を読み取る事が出来ない。
「何を選べば成功するか、幸せになれるのか。私のような凡人には分かりかねますが、ひとつだけ学び得たものがあります。傍観者を続けること幾十年、数え切れない程の喜怒哀楽を見て取り、ようやく辿り着いた真理が」
リーディスは縋り付くような視線を店主に向けた。この苦しみから逃れる術を求めて、明日への希望を欲して。
「一度や二度の失敗で死ぬなどと騒ぐのはおよしなさい。命を軽々しく扱うのはおやめなさい。それはアナタの魂を無意味に曇らせ、本当の力を……」
その時だ。ゲームのシステムがひとつのメッセージを差し込んできた。
——ロードが完了しました。
そうなれば全員が配置に着かねばならない。たとえ話途中であっても、特に金言が聞けそうな瞬間であったとしてもだ。店内に残るリーディスや店主、そして店外に身を潜めていたマリウスも即座に転移し、本編のアクションパートへと移行したのだ。
◆ ◆ ◆
リーディスの眼前には王都が見える。城壁の守りにつくのは悪鬼羅刹とも言うべき魔物達だ。連中は陥落させた城を、今日も我が物顏で支配している。
「皆さん御覧なさい。これ以上魔物をのさばらせる訳にはいきません。今日こそ城を奪還しましょう!」
マリウスの号令に周囲が沸いた。集まった人々は農具で武装し、リーディスを筆頭に据えた『王都解放軍』として駆けつけたのだ。
「行きましょうリーディス、敵は強大です。お互い離れる事なく進軍しましょう」
「お、おうよ!」
マリウスの台詞自体におかしな点は無い。それなのに違和感が激しいのは幕間のせいだろう。彼は『一切関わるな』と吐き捨てて立ち去ったばかりで、今更どの口が言うのかとツッコミたくなる。つまりは、ちょっとした間を保たせる目的で始めた寸劇が、本編へ悪影響をもたらす事態となっていたのだ。まさに本末転倒というものだ。
だが一度風呂敷を広げた手前、最後まで貫き通さねばならない。たとえ幕間と本編の落差に戸惑ったとしても、リーディス達はクソゲーの烙印を消し去る使命を背負っているのだ。
行けリーディス、負けるなマリウス。
全ては、予約販売で購入してくれたユーザーを楽しませる為に。
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