第2話 対策会議 後編
会議は紛糾を極めた。議題はもっぱら『誰がヒロインをやるか』であり、ひたすら平行線のまま時間だけが過ぎていく。
やる気の現れというよりは、協調性の無さから来る衝突だ。何らかの理由をもって自薦すれば、すかさずトゲの見え隠れする否定が投げ返される。そうして表向きは穏やかながらも、水面下で激しい攻防戦が繰り広げられたのだ。
建設的でない討論、進展の無い主張と足の引っ張りあい。そんな状況に業を煮やした誰かが、ふとこんな言葉を漏らした。
「人気投票の結果で決めれば良い」
その瞬間に議論は止み、エルイーザに視線が向けられる。
「あんだよ。アタシは知らないね。結果が気になるっつうならデルニィに聞きな」
今度はデルニーアに視線が飛ぶ。特に若干名(よにん)の気迫は凄まじく、身にまとう闘気は戦場のそれよりも遥かに凌いだ。
これには邪神と呼ばれる男でさえも引きつった悲鳴をあげてしまう。まるで山賊に囲まれた町娘のように。
「デルニーアさん知ってるんでしょ、教えてよ!」
「うーん、隠し事をするなんて感心しないわ。私達、仲間でしょう?」
「さっさと白状するですよ。さもないと暴れ雌牛をけしかけます」
「メリィ、アンタしつこいわよ!」
「えぇ? 私は別にリリアだなんて一言も言ってませんけどぉ? やっぱり自覚があるんですねぇ〜〜」
「もう勘弁ならねぇブッ殺してやるッ」
「あの、分かりました! これから発表しますからどうか落ち着いてぇーー!」
作中でも見かけない邪神の懇願には一定の効果がみられた。それを機に場は一応の冷静さを取り戻し、主題がウェブ上で催された人気投票へと移る事になる。
「ええとですね、今回の投票はだいぶ盛り上がったようでして、トップの人などは10万票を超える程となっています」
これには興味薄だったメンバーからもオォという声が漏れた。誰もが予想だにしない反響だったからだ。
「ランキングは男女で分かれてるんですが……、はい。女性部門から参ります」
デルニーアは自身に突き刺さる視線を解析して、問いかける前に自己解決した。依然として三聖女の眼が怖いのだ。
「女性ランキングの第1位を発表します。得票数11万2千ほど。ケラリッサさんです」
「……ケラリッサって、新キャラの子?」
一同が顔を見合わせたが、当の本人は不在だった。
「そういえば彼女を見かけませんね。ドチラにいらっしゃるのでしょうか?」
「あとアイツ。クラシウスだって居ないじゃん」
「2人とも新人だから、ここに集まるって事を知らないんじゃ?」
「……誰か呼んできてくれ」
すぐにミーナとデルニーアがその場に魔法陣を描き、空間転移にて探しに出かけた。しばらくして、ミーナが1人の女性を伴って戻る。あまり見慣れない人物だが、風に揺れる栗毛色のショートボブは清潔感があり、ポケットだらけの着古した作業着からは実直そうな印象を受ける。
彼女こそがケラリッサ。今作から加入した新メンバーで、役割としては、ステージクリアごとに用意される商店の看板娘を任されている。服装とは打って変わって愛らしい容貌、そして当たり障りの無いポジションが人気の秘訣だと言えた。
「アッハッハ。すんませんッス。集合場所が分かんなくって」
ケラリッサは人懐っこい笑みを向けたかと思うと、豪快な声を出した。この竹を割ったような性格も、ユーザーにとっては好印象だったようである。
それから間をおかずにデルニーアも戻って来た。だが彼は一人きりで、誰かしら伴っている様子は無い。
「あれ、クラシウスは?」
リーディスの問いに顔が曇る。
「その、兄さんはですね、嫌だと言ってききませんでした」
「おいおい。大事なミーティングなんだけど?」
「ちゃんと説明はしました。ですが、人前に出るのが怖いと駄々をこねる始末で……」
「しょうがねぇ奴だなぁ」
エルイーザ姉弟は、長兄にクラシウスという男が居る。彼はゲームの設定に限れば酷薄で邪悪、力量は兄弟の中でも群を抜き、まさに最強と呼ぶに相応しい人物なのだ。しかし実態はというと、極度の人見知りで引きこもり気質だった。よって見かける事すら稀。ついさっきの様にわざわざ人を遣わせても、顔ひとつ見せようとしないのだから困ったものである。
待っても来ない人はさておき、デルニーアによる発表は続けられた。ちなみにケラリッサは第1位という栄誉を『あざすー』くらいの重みで受け止めた。
「続きまして、第2位はミーナさん8万9千票ほど。第3位はルイーズさんで約6万票でした」
「2位ですか。あと一歩……!」
「あらあら。ギリギリ表彰台にあがれた感じね」
上位3名の発表を終えた時点で、いよいよリリアの顔色は青ざめた。瞳は若干うつろになり、宙を見つめては「大丈夫、大丈夫」と自己暗示に忙しい。
それとは対照的にメリィは余裕綽々だ。口元にニタニタと笑みを浮かべ、今にも鼻歌なんかを漏らしかねない雰囲気だ。
「何よメリィ、その態度は」
リリアが信じられないとでも言いたげな顔で言った。
「フフン。何せ私には日本中のロリコン勢がついてますから。4位という結果は不本意ですが、リリアにさえ負けなきゃOKです」
「初耳よ、そんな後ろ盾があるだなんて」
過剰気味とも思える自信に対して順位はどうかというと、4位はリリアで3万8千、5位がメリィの3万2千票であった。この結果を受けて、今度はメリィが『信じられない』顔を晒す番となる。
「こんなの有り得ない! 全国のロリコンどもは何をやってんですか!」
「アッハッハ。ユーザーさんにはちゃんと見る目があったって事よ。アンタの底意地の悪さが見透かされたんじゃないの?」
「チクショウが! 何て屈辱……」
悲喜こもごもはさておき、既に1位から5位までが発表された。となると、最下位が誰なのかは言うまでもない。
「ハッ。アタシがビリって事かい。まぁ別に良いけどね。他人にどう思われようが気にならねぇし」
エルイーザは鼻で笑うなり、盃に酒を注いだ。それをググッと呷り、深い息を撒き散らす。やや大きめの仕草だ。
「一応聞いておくか。何票入ったんだよ?」
「ええと、それなんだけど……」
「んだよ。グズグズしねぇでさっさと言えや」
「……29票」
「は? 下2桁の話か?」
「ううん。29票、それが全てだよ」
この無慈悲すぎる結果に、場の空気が凍りついた。絶句に次ぐ絶句。かけるべき言葉が見当たらないとは正にこの事だ。
それはエルイーザも同じだ。口をパクパクと開くばかりで、一向に言葉が飛び出してこない。自ら『結果なんて気にしない』と言った手前、反論がしにくいのだろう。
そして、いつもの様に尊大な表情を作りあげると、ようやくか細い声をひり出した。
「……はぁ、へぇ、そうかい。29票ね。まぁ良いよ。全然かまやしねぇ」
「あの、姉さん。あまり気を落とさないで」
「つうわけで新入り。テメェが1位なんだから、ヒロインをキチッとやれよ!」
「んん? 来たばっかだから話に着いていけてないッスよアッハッハーー」
「そんでもって、アタシは目立ちそうな役をやらして貰うからな」
「ちょっとエルイーザさん。勝手に決めないでよ」
「うっせぇ! 汚名返上のチャンスくらい寄越しやがれ!」
ヒロインの座が決まったとあれば、次に待っていたのは次点キャラの奪い合いだ。正直なところ、リーディス達は疲れ果てており、胸中で『さっさと終わりにしてくれ』と泣き叫ぶ程である。
そんな疲労感が見られる中、とある男が口を挟んだ。邪神軍参謀という肩書きを与えられたピュリオスである。
「皆さぁん。熱中してるところホント悪いんですけど、ちょっと気になる話をしても良いですかねーぇ?」
急な横やりに対して最も反応を示したのはエルイーザだ。彼女は今ひどく気が立っており、ささやかな刺激ですら憤怒で応じるような心境だった。
「あんだよ。くだらねぇ話だったらアゴを関節ごと引きちぎるぞ」
「まぁまぁまぁ、そう怒らないで。いえね、さっきから不思議に思ってたんですがね。そんだけ頑張って取り決めしてもですよ、ユーザーさんがゲームを起動してくれなきゃ意味ないじゃないですかーぁ」
「あっ……」
「誰がヒロインだって叫んだ所で、2週目が始まるかどうかも分からんのですから。なのに感情をむき出しにして言い合いするだなんて、滑稽だなぁ、実に滑稽だなんて思ったりしてーぇ!」
煽り口調はともかく、ピュリオスの言葉は正しい。いかにリーディス達が改善プランを用意しても、ゲームが再開されねば意味を成さないのだから。彼らの所有者であるユーザーが関心を失っているらしい事は、最近のプレイ状況からも明らかだ。再起動の可能性は限りなく低いと言えた。
しかし、大半が暗く肩を落とす中で、エルイーザだけは違った。彼女は普段よりも『女神らしからぬ』笑みを浮かべ、真っ向から反論したのだ。
「何を言い出すかと思えば、簡単じゃねえか。アタシに名案があるよ」
「ええ? それは何ですかねーぇ?」
「ピュリオス。テメェはひとっ走りしてフォーラムに書き込んでこい。隠しコマンドを入力すると、1週目とは全然違う内容で遊べるってな」
「おお、なるほど……承知です。コマンドについてはコッチで決めちゃっても?」
「2週目を促すためのデタラメだ。細けぇ部分は好きにしな」
「あいあい! そんじゃあちょっくら行ってきますねーぇ!」
ピュリオスが魔法陣をくぐり抜けて姿を消した。そんな彼を見送りもせず、エルイーザは一同の方へ向かって叫ぶ。
「さぁてと。残りの配役も決めちまうぞ、パパッとな!」
その後も延々と会議は続いた。いつまでもいつまでも、文字通り気が遠くなる程に。
いったいどれだけの時間が過ぎたのか。どうにかしてキャスティングを決めた頃、今度はゲームが再起動されてしまった。これには一同が大慌て。幕間の劇を始めるタイミングはどこか、そもそもシナリオの詳細はどうするのかと、不足する情報は数知れず。このままではアドリブだらけの演技となってしまうだろう。
それでも動き出したなら、やるしかなかった。稽古無しのぶっつけ本番。そんな絶望的すぎる2週目は、こうして始まるのだった。
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