第1話 対策会議 前編
「ええと、皆さんは既にご存知かと思いますが。改めて本作『エルイーザ戦記2 〜囚われの女神〜』の概要についてお話させていただきます」
依然として畏まる邪神(おとうと)は、続編の物語を大まかに振り返った。
前作よりわずか数年後、大陸は再び窮地を迎えてしまう。かつて征服に失敗したデルニーアが、兄弟神クラシウスと共に再度襲来したのだ。連戦連勝を重ねる邪神軍はとうとう女神エルイーザを捕らえ、大陸の諸都市すらも手中に収めてしまう。人間にとって最後の砦とも言える王都も、健闘虚しく陥落。まさに人類は絶体絶命のピンチを迎えていた。
そこへリーディスとマリウスが王都を奪還せんと、義勇軍を率いて集結する所から本作は始まるのだ。
そこまでデルニーアが喋るが反応は薄い。出演者にとって目新しい情報では無いからだ。
「そんで、今回もストーリーが古臭いとか、ありきたりなんて言われてんのか?」
リーディスがうんざりした面持ちで言う。たしなめる言葉が聞こえないのは、大なり小なり、皆も似たような心境でいるからだ。
「ストーリー面は指摘がありませんでした。ただし出来が良かったからではなく、話題の焦点が他所に集まった為です。ゲーム仕様を前回のターンバトル制ではなく、アクションRPGへと大きく舵を切りましたので」
デルニーアが言う通り、本作のジャンルは別物となっていた。魔物に制圧された街中や平原を、リアルタイム操作で味方と共に駆け抜け、各エリアボスを撃破する仕様に変更されたのだ。
「んで、具体的には何が不評だったんだ?」
「ええと、それなんですが」
「どうしたよ。調べてきたんだろ?」
「ええ、もちろん。この問題なのですが、我々では如何ともし難く、一筋縄にはいかないと言いますか……」
「おいデルニィこの野郎! モジモジしてねぇでササッと言えや!」
「やめてよ姉さん蹴らないで!」
短気なエルイーザはとにかく堪え性が無い。実に滑らかな動きで蹴りを放つ。そうして追い詰められたデルニーアは、たどたどしくも口を開いた。
「とにかくロード時間が長いと。それがもう大不評でした。ゲームの仕様上、多少の読み込みは仕方ないと思いますが、ユーザーの皆さんはご立腹のようで」
ゲーム評価の書き込まれるフォーラムでは、ほぼ同じ苦情で埋め尽くされていた。ロード時間がともかく長すぎると。腹に据えかねたユーザーは、この苦痛を皮肉めいたユーモアを利かせ、フォーラムに賑わいをもたらした。
曰く、「ロード中にカップ麺を作ろうとしたら、麺が伸び伸びになってもゲームが始まらない」とか。曰く「待ってる最中に眠たくなり、気がついたら敵に囲まれて倒された。また再挑戦しようにも次のロード地獄が始まる。いつになったら遊べるんだ」とか。果ては「ロード時間が長すぎるせいで大学の講義を落とした。どうしてくれる」とまで書き込まれる始末。
最後の意見については「真面目に大学へ行きなさい」で済むのだが、基本的には切実で真っ当な指摘に満ち満ちていた。
「予想した通りだ。オレら演者でさえ不安になるくらいの長さがあるもんな」
納得したように頷くリーディス。隣のリリア達もすかさず同調した。
「本当よね。ちょっとした軽食を挟めるくらいには待たされるもんね」
「だからリリアは食ってばかり。豚聖女の爆誕です」
「うるさいわね、女の子はちょっとくらい丸い方が可愛いのよ!」
「ついさっきサイズがどうのって言ってた。肉余りを誤魔化せない格好で」
「あれは言葉の綾!」
白熱するリリアとメリィの応酬だが、それはルイーズの咳払いによって鳴りを潜めた。以後は口をつぐんだままでの睨み合いが続けられる。
その静かな激突を心配そうに見守るデルニーアだが、こちらもルイーズが促すことにより、話は元の軌道を取り戻した。
「ええと。このロード時間ですが、短くする事はできません。たとえ編集モードであっても、システム面に抵触する行為は実行不可ですので」
「知ってるよ。あくまでもオレ達でやれる範囲でしか改善できない、だろ?」
「はい。仰る通りです」
万能と思える『編集モード』だが、意外と制約は多い。データを軽くしたり、ステージを作り変えるなどの突っ込んだ改変は許されない。あらかじめ用意された環境で対応するしかないのだ。
「クソ長ロード問題か。どうすりゃ良いんだろうな」
辺りに諦めの空気が漂う。今回ばかりは改善法は無いんじゃないか。そう結論付けようとしたのだが。
「あの、ロード時間を利用して、劇なんかを披露してはどうです?」
ミーナが出した何気ない案に、全員が眼を剥いた。
「劇って、演劇のこと?」
「そうです。データの読み込み中に、何か別のお話をやれたら面白いかなって」
「ロードしてる最中なんだけど、どこで演じるつもりなんだ?」
「その時読み込んでるアクションステージですよ。パーツごとにロードされていくから、早い物ならすぐに終わりますもん」
「演劇の内容はやっぱり世界観を補足したりとか、誰かのサイドストーリーを……」
「あ、いえ、そういうのじゃなくって。何かこう、恋愛ドラマとか純愛物語とか」
ここでミーナが熱い視線をマリウスに送る。しかし彼は意図を読み違え、意見を促されたと感じた。時たま朴念仁気質を見せてしまうのは相変わらずの様だ。
「ミーナさん。無関係な話を挿入するのは危険だと思いますよ。ユーザーが混乱しかねません。それに幕間の出来事が本編に悪影響をもたらす恐れも……」
理路整然な苦言。だがそれを遮ってリリア達が食いついた。
「劇をやるなら料理物にしようよ! 古今東西の名物をズラリと並べて、画面を色とりどりに飾るってのは?」
リリアが口を開けば、連動するかのようにメリィも一撃を加えていく。
「どうせ食べたいだけ。リリアの体重が加速しますね」
「なによ。だったらアンタには別の考えがあるの?」
「あの、あまり熱くならず一度落ち着いて……」
マリウスがやんわりと間に入る。しかし効果は全く無い。
「推理物ですよ。ミステリーは当たれば大きいですから」
「ハァ? 推理ったって、誰がシナリオ書くってのよ!」
「なぁリリアにメリィ。ちょっと深呼吸でもして……」
今度はリーディスが制止にかかる。だがやはり効果は無かった。
「シナリオなら任せなさい。この才色兼備のメリィさんがパパッと仕上げてしまいます」
「何よそれ。どうせロクなもの書けやしないんだから」
「脂肪脳のリリアよりはよっぽど役に立ちます、ザコめ」
「脂肪肝みたいに言わないでくれる? つうか脂肪肝でもないし!」
2人の語気が荒くなるにつれ、雲行きは徐々に怪しくなる。そこへルイーズの仲裁が入る事で、両者は矛を収めた。
「アナタ達ねぇ。もう少し冷静になりなさい」
良かった、暴走もこれまでだ。などと思われたのだが。
「やるなら動物ものでしょうに。全年齢に一定の需要があるから、安定した人気が得られるよよ」
期待は早くも裏切られた。幕間の劇については彼女も賛成なのだ。
数人でのみ白熱する議論。それがしばらく続くと、話は一応の着地点を得た。いや、得てしまったと言うべきか。
「じゃあまとめるわね。冒険者の青年がある日恋人にフラれたのをキッカケに旅出るようになって、道中で知り合った料理人や魔獣師や私立探偵と共に難事件を解決しつつ最終的には真実の愛を見つける。そんなお話にしましょう」
いくつかの「異議ナシ」という声に、冷静な参加者は震えた。絶対にコケる。失敗が約束された不毛シナリオであるのは、わざわざ試すまでもない。是が非でも止める必要がある。
「おい、エルイーザ。お前からも何か言ってくれ!」
「ったく。しゃーねぇなぁ」
ここでエルイーザが盃をテーブルにカッと叩きつけた。皆の耳目が一点に集まる。
「お前らよぉ。黙って聞いてりゃ、あーだこーだと好き勝手言うけどさ」
リーディス達は早くも胸を撫で下ろした。エルイーザは口こそ悪いものの、ここぞという時は誠実さを見せてくれる事を知っているからだ。
「肝心のキャスティングは決まってんのか? たとえばヒロインとか」
期待はまたもや裏切られた。
「それはもちろん私」
そして返事は四重奏だった。その調和した語調とは異なり、空気は途端に息苦しいものになる。
「ねぇミーナちゃん。あなたは本編でも大活躍するんだから遠慮してくれない?」
「いえいえ。幕間は別物ですから。特に恋愛物をやるなら、ぜひヒロインをやりたいです」
「ちょっと、アタシこそ適任でしょ。金髪で可愛いっていう王道の見た目をしてんのよ?」
「などと出荷前の豚が喚いており」
「何ですって!?」
また流れがややこしい方へと向かってしまった。リーディスはエルイーザを睨みつけるも、彼女は腹を抱えて笑い転げるばかりで、全く頼りにならない。
その結果、話題はキャスティングのみに絞られ、演劇の是非について語られる事は無かった。リーディスやマリウスなど乗り気でないメンバー達は、早くも不安に苛まれてしまう。確実に訪れるであろう未来の困難を想像して。
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