クソゲーって言うな2 〜囚われのエルイーザ!? 〜
おもちさん
プロローグ
ここは、はじまりの平原。
王都を囲むように広がる大草原のど真ん中には、不釣り合いな程に巨大なテーブルが置かれ、統一感のない椅子がいくつも並べられていた。今や皆にとって定番の憩いの場である。そこでは本来の用途通り食事を摂る事もあれば、しかめっ面でミーティングを催す事もあり、多目的に活用されている。では今現在はどうかと言うと、次の通りだ。
まずは主役リーディス。彼は愛用の軽鎧やらマントを脱ぎ捨て、チュニックにハーフパンツというラフな格好となっていた。更には椅子の上であぐらをかき、青空を泳ぐ鳥の群れを意味もなく見つめている。特に何をするでもなく、ただボンヤリと。
そうして無為に過ごす男の左耳に、有るか無きかの声がする。
「どうですかねぇ、結構うまくできましたが」
そう囁いたのは三聖女の1人メリィだ。何やらリーディスの隣でソワソワと落ち着きを無くしている様子。この日は珍しくも髪を結っており、それを褒めて貰おうとアピールしているのだ。「その髪型可愛いね」の一言が欲しくて仕方ない。短いポニーテールの髪先を、ひたすら指でいじくり回しつつ、努力が報われるのを待ち続けた。
その一方、リーディスの右隣に座るのは聖女リリアで、彼女も負けじと対抗する。
「今日は何だか汗ばむわねぇ」
こちらはゲームデータよりアバターアイテムを持ち出し、普段とは全く違う装いとなっていた。上半身はビキニタイプの水着、下はショートパンツという刺激的な格好である。彼女の持つプロポーションを全力で活かした訳なのだが、いかんせん気持ちが追いついていない。「私を見て」と訴えかけるなど夢のまた夢。出来る事といえばせいぜい隣に座り、「ちょっとサイズきついかなぁ」などと繰り返しボヤくのがやっとである。
それらの消極的な努力は結実せず、想い人の目線は一向に降りてくる気配が無かった。それどころか、こんな言葉までをも呟かれてしまう。
「暇だなぁ」
リーディスが意図せず両脇の少女にダメージを与えると、その独り言には返事があった。憂いたような、ボンヤリしたような声は、対面席に座るマリウスのものだ。
「確かに。1週目のクリアから全くお呼びが無いですからね」
追加要素の無い2周目の価値はいかほどか。作品が魅力溢れるものならば十分にあるだろう。しかしながら、今作も公式ではクリア特典など存在せず、本編も評判が宜しくない。従って演者である彼らは、一向にお呼びがかからず暇を持て余しているのだ。
さすがに生真面目なマリウスは、リーディスほどダラけてはいない。ただ、常にスタンバイするのも疲れてしまい、結局は趣味の読書に耽る事にした。持て余すほどのゆとりが、読破した本を高々と積み上げさせる。
再び書に視線を戻そうとしたマリウスの手元へ、温かな飲み物が添えられた。おやと思って相手を見ると、満面の笑顔を浮かべるミーナの姿がある。本編の役柄がメイドであるために、その所作は自然体そのものだった。
「マリウス様。コーヒーを淹(い)れましたので、良かったらどうぞ」
別に彼が頼んだわけではない。だがせっかくの好意を無下にするのも気が引けて、そのまま受け取る事にした。
「ありがとう。いただきますよ」
「お砂糖はいくつ入れますか?」
「いえ、僕は無糖で飲みたい……」
「ええっ! 味が良くなる『おまじない』を練習してきたんですけど」
ミーナの顔がみるみるうちに曇っていく。こうなるとお人好しのマリウスは相手に合わせざるを得無い。
「で、では、砂糖を少しだけ」
「はぁい! わかりましたぁ!」
許可が出るなり曇り顏は晴れやかになり、いそいそと角砂糖を摘みあげた。そして額の前に掲げては「飛び切り甘くなぁれ」と愛らしく囁き、それを順次コップの中に投入していく。ひとつ、またひとつと黒い水面が揺れ動き、計3回。そこでようやく赦(ゆる)された。
(甘い。おまじないに関係なく、甘いぞコレ……)
マリウスは仕方なしに啜るが、好みから遠すぎる味わいに眉を潜めてしまう。隣でニコやかに笑うミーナの手前、お残しを許されないのが辛い所だ。
「ルイーズさん。あなたも一杯いかがですか?」
窮した結果、とりあえず話題を振った。
「そうねぇ。私は遠慮しておくわ」
聖女ルイーズは膝で『モチうさぎ』を遊ばせながら、気の無い返事を返した。今は手のひらでムニッと揺れるモチ感に夢中であり、とても甘々飲料をオーダーする気にはなれなかったのだ。
ちなみにその向こうでは王様が高いびきを上げ、彼の頭の上で大猫が器用にも香箱座りを決め込む。邪神の側近ピュリオスは川釣りに勤しみ、お騒がせ貴人のソガキスは父ソーヤと将棋に興じるなど、ともかく誰もが好き勝手に過ごしていた。
今この瞬間にゲームが起動したら一大事。まともに開始できるかすら怪しいまでの荒れ模様だが、現状を危険視する者は一人として居ない。一週目クリアしてから長きにわたって、再起動された事が無いのだから。
ではなぜ、こうも放置されてしまったのか。その理由については、例の姉弟が告げる事になる。
「皆さん、お待たせしてすみません!」
「おうテメェら。帰ったぞオウ!」
魔法陣から姿を現したのは、女神エルイーザと邪神デルニーアである。ちなみに礼儀正しい方が弟デルニーア、乱暴な方が姉のエルイーザだ。肩書きが逆ではないかと疑いたくもなるが、今更気にかける者はいない。
「うるせぇって。何をそんなにわめいてんだ」
リーディスが首を掻きながら言う。その仕草に、沸点の低いエルイーザは怒号で答えた。
「うちらの評判を見てきたんだよ、首を引きちぎるぞボケが」
その汚らしい罵声の後、フォローでもするかのように弱々しい声が言葉をつなぐ。
「リーディスさん。失念されたかもしれませんが、フォーラムで感想や評価点をチェックしてたんですよ。お待たせしたこと、心よりお詫び申し上げます」
この姉弟は足して2で割ったくらいが丁度良いのにと、皆は思う。もちろん、わざわざ口に出して火種をばら撒くような真似はしないが。
「ええと、お集まりのようなので伝えてしまいますね。今作の評価は星平均0.5という残念な結果となりました」
「なんだってぇー。そんなバカなー信じないぞぉー」
「ちっとは張り合いを見せろクソが!」
薄い反応を示したのはリーディスだけではない。マリウスやミーナなど、他のメインキャスト達も似たような表情を浮かべていた。視線は俯きがちで、口元には曖昧な笑み。完全に予想通りの評価であり、わざわざ聞くまでもない、という心境にさせられたのだ。
「そんじゃあクソゲー評価を受けたって事で、編集モード使いまーす。異論はないよなー、そんじゃ切り替えまーす」
リーディスの投げやりな態度に待ったをかけたのはマリウスだ。
「それを活用するのなら、もう少し詳細を検討してからにしませんか? 勢い任せで始めても後々困らされますよ」
マリウスは、前作の編集モードにおける最大の被害者だ。その言葉は決して軽くはない。
「まぁ、お前が言うんなら。そうしようか」
「では皆さん。大変申し訳ありませんが、ミーティングさせてください。2週目に向けた改善案について話し合おうじゃありませんか」
こうしてマリウスの号令によって『編集モード』の使用を前提とした話し合いが始まった。
編集モードとは両刃の剣だ。たしかに編集状態になれば、設定されたセリフや行動をなぞるだけの「製品モード」とは異なり、キャラクターは比較的自由に行動ができる。しかし自由であるがゆえに、テーマやゲーム性を著しく破壊してしまう可能性を秘めている。突発的なトラブル、たとえばクシャミや動物の鳴き声に悩まされた事は記憶に新しい。
そのため本来は気軽に採用できる案ではないのだ。しかし、今さら苦言を呈する者は皆無だ。誰もが禁じ手について麻痺していたのである。
この安易な選択が、鈍化した危機感が再び大事件を招いてしまうのだが、現時点では知る由も無い。
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