第18話 剣聖
俺様が睨みつけた馬鹿王子ルシードは一瞬だけびくっと体を震わせたが、王族の意地か醜く逃走するという事もなく、偉大過ぎる勇者である俺様に向かって偉そうな口調で声を上げた。
「無礼者! 私を誰だと心得る!? 世界の盟主たるドレアス王国が第一王子ルシード=ユーディーン=ドレアスであるぞ!」
普通であれば周囲にピリッとした緊張感が走ったりするところなのだろうが、俺様が騎士と戦いだした時点で近くにいた民衆は逃げ出して、この場には10数人の騎士とルシードと俺様しか残っていない。
もちろん騎士達には多少の緊張が走ったのかもしれないが、それ以上に俺への警戒感の方が強いのかルシードへの視線よりも遥かに俺へと注意を向ける者が大多数を占めていた。
そんな雰囲気を察したのかルシードは興奮した様子で周囲の騎士達に怒鳴り声を上げる。
「貴様ら、なにをしている!? さっさとこの無礼な男を殺せ!」
王子であるルシードに命令されて騎士達はじりじりと俺への距離を詰めてくるが、ある一定の距離内には近づいてこない。
本能で理解してしまっているのだろう。
全員でかかろうとどんな手を使ったとしても偉大なる勇者である俺様に勝つ事など不可能だと。
それは正しい判断である。
仮にこのレベルの騎士では何千何万とかかってきたところで俺様の敵ではないのだから。
俺様はこの場でただ一人それを理解していないルシードに教えてやる事にした。
「おいおい、無理を言ってやるな。お前程度の護衛騎士風情が何人集まった所で俺様に勝てるわけがないだろう。あと一つお前は重大な勘違いをしている」
真実を親切に教えてやったというのにルシードはなにやらキーキーと猿のように喚いているが俺様はそんな事は気にしない。
「無礼者はお前の方だ。一国の王子風情に偉大なる勇者である俺様がわざわざ挨拶しにきてやったのにキーキーと猿のように喚きおってからに。世が世なら今頃、斬首刑になっているのはお前の方だぞ」
そう言ってから俺様はルシードの足元を指差して、更に教えてやる。
「今ならば俺様を不快にした無礼の数々を許してやらんではない。後悔したくなかったらさっさと頭を下げろ。ホレホレ」
すると、俺様の慈悲に感動したのかルシードはこの距離からでも分かるほどにプルプルと震え始めた。
「そうか、俺様の慈悲深さに感動したか。まぁ仕方ない。だが、それとこれとは話は別だ。さっさと頭を地面にこす——」
「——この無礼者を今すぐ殺せぇぇぇー! 攻撃に参加しなかったものは全員不敬罪で斬首刑だ! さっさといけぇぇぇ!」
そっちだったか。
流石にルシードのこの言葉で俺様への恐怖がどうのと言ってやれなくなったのかその場にいた騎士全員の目に狂気が宿る。
不敬罪による斬首刑にされるくらいなら死ぬかもしれないと分かっていてもダメ元で俺様に挑んだ方がマシだとそんな所だろう。
「ふむ」
まぁ俺様には騎士を殺すつもりはそこまでないので、余程運が悪くなければ死ぬことはないだろう。
いい判断とはいえないがこれが今騎士達に取れる最善の判断には違いはない。
一人の騎士が「うわぁぁぁ!」と大声を上げたと同時にほぼ全ての騎士が俺様へと特攻をかけようとした所で——。
「やめろ!」
とどこからか大きな声が上がり、騎士達はすんでの所で俺様への攻撃が中止させた。
そして、騎士達に攻撃を思いとどまらせた声の主が路地から姿を現した。
「君達では彼には勝てないよ」
そんな当たり前の事を言って路地から出てきたのは白銀の仮面を被った一人の男だった。
「け、剣聖様」
白銀の仮面を被った男の姿を見て、騎士の一人がそんな驚きの声を上げる。
どうやらこの胡散臭い白銀仮面の男がドレアス王国最強と名高い『剣聖』らしい。
目立つ武装は長剣一本のみで腰に予備武器らしき剣を一本かけているが、騎士達のように体全体を守るような甲冑のような装備つけておらず服装は白で統一されていた。
剣聖が滑らかな足取りで俺様とルシードの間に割って入るのを見たルシードは少しだけ冷静さを取り戻したのか俺様に笑いかけた。
「くくく、終わった! 終わったぞ! 貴様! レイは世界最強の剣士だ! 神獣ドラゴンすらレイの前では手も足も出なかった! さっさと死を受け入れるがいい! 無礼者が! はははははは!」
そんな笑い声を上げるルシードに剣聖レイはなぜか冷たい視線を向けているのだった。
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