竜胆の懊悩

 ドロップが紡いだ言葉と声色の中で、確かに輪郭を浮かび上がらせた人物に、キッとリンドウは顔を上げる。開いた距離を取り戻そうとするように、細い腰に骨ばった掌が回って緩く締め付けた。リンドウは、自分と入れ替わるように住んでいるドロップに金銭を渡した事は無い。

 隣人同士だった時はお互い自分の金(ドロップは半分仕送りだったかもしれないが)で生活していたし、自分の部屋で飼っていた時の彼女に金銭を扱う機会など一度も与えなかった。

 この家の生活が狂いなく回るための潤滑油としての金銭は、家の長である父親の懐から全て算出されており、そこに家督を放棄した息子が介入できる隙間など一ミリもない。

 いくらでも金を出せるから偉いのか。親だから偉いのか。偉いからといって人様のお気に入りを好きにしていいのか。リンドウは奥歯を噛み締め、秋の高い空を八つ当たりするかのように睨みつける。腕の中のドロップが強ばった體を身動ぎさせるのを感じた。

 彼女は夜の媚態とは正反対に、昼間は身を竦めて潜めている事が多い。まるで寝心地の良いベッドを探しに毎晩渡り歩くネコのようだ。ネコは聡い。美味しい餌を与えてもらうために、人間のご機嫌を伺うのが板についているのだ。

 ドロップは自分を抱きしめるリンドウの腕が、以前までの優しく強い感触からは程遠い場所へ辿り着いてしまっている事を無意識に悟っていた。これはまるで、自分の狩った獲物を奪われないようにと巣穴で警戒する獣のそれのようだ。

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