第10話 モノとヒト
神社の中なのにゆらゆらと巫女さんが向かってくる。ここ神社だよ! なんで入ってこられるの!? 誰か助けて! そう思ったその瞬間、この萩生神社の
「宮司さん助けてください!」
私は宮司さんに飛びつく。二人もダダダ、と走って宮司さんの後ろに隠れた。巫女さんはゆーらゆーら、と揺れてニタァと笑った。心なしか笑うはずのない人形も笑っている気がした。
「ひぃっ」
泣いちゃいそう。泣いていいかな。じわじわと目に涙が溜まってきたその時、宮司さんがすっと前に出た。スルスルと巫女さんの前に行くと、その頭をペシ、と叩いた。
「髪を纏めなさいと常々言ってるだろう」
え、幽霊相手に何言ってんのこいつ。そう思った瞬間、巫女さんがバサッと
「ふふふ、怖がらせちゃったみたいですね」
巫女さんは髪をポニーテールにまとめながら、ゆるゆると優しく笑った。
「え? え?」
「人間……?」
きょうちゃんとかすみが戸惑った声を上げる。巫女さんはよく見れば、たまぁに神社で
「はじめまして、人間ですよ」
伸びやかで優しい声が境内に響くのと同時に、私達3人のきったない驚きの声が重なった。巫女さんと宮司さんは私達3人を
「怖がらせちゃってごめんなさい」
巫女さんはニコニコと優しい笑みを浮かべながらそういった。
「うう、本当に酷いですよ……」
「だって話しかけようとすると逃げるんだもの」
「あんな怖い見た目、逃げないわけ無いでしょう!」
ふふふ、と巫女さんは楽しそうに笑う。全然申し訳なく思ってなさそうだ。
「今この街中で噂になってるんですよ、夕方遅くまで遊んでると髪の長い巫女さんと日本人形が追いかけてくるって」
「だってそういう噂を流したら、みんな早く家に帰るでしょう?」
「ええ……自分で流したんですか……」
自分で自分の怖い噂を流すなんて変人だ。こと、と巫女さんが持っていた日本人形を
「昔はね、夜遅くまで遊んでいると悪い大人が子供を
宮司さんが私達にお茶を出しながら解説してくれた。
「今回もそのために?」
「ええ、危ない目に会う子も多いみたいですし」
巫女さんがきょうちゃんの方を見て笑う。きょうちゃんが危ない
「最近この街ではいろいろなことが起きてて、私もその処理が大変なんですよ」
ニコニコ笑っているけれど、なんだか怒っているみたいだ。
そんな様子を見てか、宮司さんがごほん、と咳払いをした。巫女さんも仕切り直すようにパン、と手を叩くと、さっきよりも目を細めた。
「そこで、皆さんにお願いがありまして」
巫女さんから頼まれるようなお願い事、私達にできるかわからないのだけど。
ふと日本人形をみると、長い髪の間から、真っ黒な目がこちらをじっと見ている気がする。日本人形って怖いよね。
「皆さんモノノフでしょう?」
ごふっ、と思わずきょうちゃんがお茶を吹き出した。
「な、なんでそれを」
私がそう聞くと、巫女さんはニコニコと変わらない笑顔を向けてくる。その時だった。
「フフフ、フフフ!」
部屋の中に響く笑い声。
カタカタと巫女さんの隣に座る日本人形が揺れ始めた。
「怖い怖い怖い怖い」
「そうよね、うん、おかしいと思ってたわ、まっすぐ立ってるはずの日本人形って普通座らないわよね」
ブルブル震える私ときょうちゃん。一周回って逆に冷静なかすみ。
日本人形はゆっくり脚を曲げて立ち上がる。かと思いきや、急にピョン、と飛んで巫女さんの腕に抱きついた。
「実は、ほたるも、モノノフなんだよぉ」
えっへん! と日本人形が腰に手を当てて誇らしそうにそういった。
「それで、この子は日本人形のツクモガミ、凜よ」
「えぇーーー!!」
私達は本日何度目かのきったない悲鳴をあげたのだった。
「りんはねぇ、ほたるのお母さんの、そのまたお母さんのずっとずっと前のお母さんから、代々この神社にいて、モノノフをやってるんだぁ」
日本人形は5歳くらいの子供みたいな声でのびのびした喋り方をしている。髪が伸びすぎて相変わらず目は見えないけど、ふわふわと笑いながら一生懸命、巫女さん――ほたるさんについて話している。
ほたるさんは、この
「この子達、ほたるの役に立つの?」
「さぁ? それはこの子達とツクモガミ次第でしょう」
「ほたるの足引っ張ったら、髪の毛でぎゅうってしちゃうからね」
ずる、とりんの髪の毛が伸びる。髪の毛自分で伸ばしたりできるの? その時、私の中で何かが引っかかった。髪の毛、が伸びる?
「も、もしかして」
「もしかするなぁ」
私が言いかけたとき、それまで黙りこくっていたクーくんが私の腕からぴょん、と飛び出した。そして巫女さんとミズキに深々と土下座をしたのだ。
「この間は助けてくれてどうもありがとう」
私も慌てて頭を下げる。一番最初にモノノフとして半そで先生のことを助けたとき、クモ女に追い詰められてしまってピンチになった。そのとき、長い髪の毛がクモ女の足にまとわりついて、動きを止めてくれたのだ。あの髪の毛の持ち主はりんだったんだ!
「ふふ、どういたしまして。あれが初めてでしょう? よく動けてたと思いますよ」
「ウンウン、クマさんもまだ若いのに偉いねぇ。よしよし」
「なっ、やめ……」
トテトテとりんはクーくんの頭を撫で始めた。不気味な日本人形(中身は幼女)に撫でられるクマのぬいぐるみ(中身はおっさん)
「若いって言ってももうすぐ100歳だ! 撫でるな!」
「えー、りんが何歳生きてるとおもってるのぉ?」
ニタァ、とりんが笑う。BGMをつければホラー映画で主演ができそうだ。
「ひ、み、つ♡」
手に指を当ててシーッとしてきた。うわ、呪いでもかけられてる?声はかわいいんだけどな……。見た目と時々出る言葉が怖いんだよな……。
「あやめ、いま失礼なこと考えたでしょう? そんなにりんと、あそびたぁい?」
「
「あらあら、振られちゃいましたね、りん」
えーん、ひどいー、とりんはニヤニヤしながらほたるさんに抱きついた。その後スプーンと弓も出てきて、それぞれりんと、ほたるさんに
「酷いエコーですね。聞きづらいです」
「うーん、全然だめ!」
スプーンと弓がトホホ、とうなだれる。クーくんやりんに比べて確かに聞きづらい。ぼやぼやしてる。自己紹介が終わったところで、ほたるさんは、さて、と手を叩いた。
「まずはそのカメラはこちらでお預かりしますね。もうボウジャは消えていますが、まだ
まだ何も行ってなかったのにほたるさんがカメラの入っている袋を指差した。
「カメラ持ってきたのなんで知ってるんですか」
きょうちゃんが思わずそう聞いてみたけど、ほたるさんはふふふ、と笑うだけだった。ほたるさんは何でもお見通しみたいだ。鳥肌が立ってしまった。ほほえみながら、じっと私達を見定めるようにみるほたるさんの目が怖くて、まっすぐ見れない。
「さぁ、本題に入りましょう」
そういえば私達に何かお願いごとがあるって言ってた。りんの登場やら、色々驚いてて忘れちゃった。
「この街で、今ボウジャたちが増えているんです」
「……私、3日連続で倒したもん」
「そう、本来なら、ボウジャなんて、一ヶ月に一回問題が起きるかどうかなんですよ。それがここのところ、一日一回だなんて。ありえない」
ハァ、とため息をついて眉間をグリグリほぐす。その姿も、美人だからか、なんだか絵になってしまう。こう、きょうちゃんが綺麗な美人なら、ほたるさんは可愛さもある美人だ。かすみは可愛さと綺麗さを兼ね備えている。うーわ、私の周り顔整いすぎ。ますます私がブスなのバレるじゃん。
「あやめさん、話聞いてますか?」
「ひゃい! ごめんなさい」
変なことを考えているのがバレてしまったようだ。改めてほたるさんの話に耳を傾けた。
「ボウジャたちが増えているのと同時に、有り難い事にモノノフも増えたのです。この街にはすでに
「ですが?」
「
ズバッとほたるさんがそういった。それに噛み付くようにかすみさんが反論した。
「まだ私達はなったばかりだわ。それにアヤメは、もう3体も倒したのよ!」
「貴方方が相手をしてきたのは、他のボウジャによって強化されただけのいわば、雑魚です。まだきちんと99年恨みつらみを溜めてきたツクモガミ上がりのボウジャの相手はしてないでしょう? そういうのが現れたら貴方たちはボッコボコにやられますよ」
えぇ、あんなに大変だったのにあれで雑魚なの……? でもたしかに、今まで倒してきたのは、人から大切にされているとはいえ、まだそんなに年季のはいったものじゃない。クーくんも言っていたけれど、半そで先生の指輪は50年くらいしか経ってないみたいだし、杉野の弟のお守りも、壊したカメラもまだ綺麗だ。
「そこで、皆さんで修行をさせようかな、と」
「修行!?」
「滝に打たれたりとか?」
修行って、こう、なんか漫画の主人公とかが強くなるためにやるやつでしょ。あと職人さんとか。ただでさえ最近筋肉痛続きで疲れてるのに、やだなぁ。私もかすみもうげぇ、という顔をしている。きょうちゃんはまぁなんだか逆に目を輝かせてる。
「そんなに辛くはないですよ」
ニコニコ、とほたるさんが楽しそうに笑う。その笑顔は多分男の子ならすぐに好きになっちゃうだろう。でも、私はなんだか恐ろしくて仕方ない。
「それでは頑張ってくださいね、皆さん」
ほたるさんの鈴のような声が響いたあと、ばたん、と扉がしまる。
神社の
「きょうちゃん? かすみ?」
隣にいる人に話しかける。けど、返事がない。もう、なんで無視するの、と声をかけようとしたその瞬間だった。隣にいる影がケタケタと笑い出し、激しく揺れ始めた。
『アソボ、アソボ!』
「ぎゃぁぁあー!!」
かすみときょうちゃんと一緒に入ったはずなのに、いつの間にか二人はいなくて黒い影になってた。びっくりして固まっていると私の腕の中にいたクーくんが急に大きくなった。
「どうやらコイツラを相手しなきゃなんねぇみてぇだ」
「修行ってこういうこと……!?」
ぽん、と私の手の中にバトンが現れる。それをくるくると回して構えた。クーくんも少し重心を低くして、構えを取る。
「さぁ、Show timeだ!」
ほんのわずかに光っていて温かいバトンとグルン、と回した。モノノフになるための修行が何がなんだかよくわからないうちに始まったのだった。
******
これは、私達とあの子達の大事な大事な物語の最初の1冊目。
モノとヒトが
だから私達は紡ぐ。大切なものを大切な人に渡して、その人が更に自分の大切な人に渡して、どんどん連鎖していって、やがてそれがあの子達の物語になる。心になる。命になる。
大丈夫。どんなときでも、貴方のそばにもツクモガミたちはいるよ。
貴方の大切なモノ、思い出のモノはなんですか?
忘れていませんか? なくしていませんか?
JS5、クマと一緒に皆様を悪夢からお守り致します! 志賀福 江乃 @shiganeena
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます