第9話 ツクモガミと私たち



「お邪魔じゃましまーす!」

「お邪魔するわよ」

 お菓子やジュースを沢山持って二人が来てくれた。かすみさんとも合流できたようでよかった。

「さ、早く上がって! おばあちゃんもいないし、思う存分説明できるよ」

 おばあちゃんは買い物に隣町までいってしまった。リビングに二人を案内して、ひとまずコップを6つ用意する。きょうちゃんが持ってきてくれたサイダーを開けていれ、私も席についた。

「なんで6個?」

「え? クーくんたちの分」

「気が利くようになってきたじゃねぇか、あやめ」

「うわっ、びっくりした」

 テーブルにヒョイッと登ってきたクーくんにきょうちゃんがびっくりした。ククク、と楽しげに笑ってクーくんはサイダーの匂いをぎ始めた。

 その時、きょうちゃんとかすみさんのかばんがグラグラ揺れ、中から弓とスプーンが飛び出した。

『なになにぃ、お供えしてくれんの!? ちょーうれしい!』

『ありがとうございます、ちんちくりんのくせに気は効くんですね』

「私スプーン曲げ覚えようかな」

 ツクモガミたちがサイダーの前に座る? いや立ってんのかな。スプーンは普段の大きさ、弓は本来より小さくなった状態だ。クーくんはいつも通り。

 スプーンの言い方にムカついたからスプーン曲げの動作をすると、おおこわ、とぼう読みで言われてしまった。

「ツクモガミって食べれたり、飲んだりできるの?」

「食べものとかの匂いを摂取せっしゅできるんだって〜」

「へぇ、そうなの……って納得したところだけど、そもそもツクモガミってなによ、昨日戦ったやつもツクモガミなの? あと私達は何に巻き込まれたのかしら」

「ゆっくり説明するね」

 ツクモガミは、99年以上大切にされてきたものたちに魂が宿った姿であること、ボウジャは逆に大切にされず、ひどい目にあってきたツクモガミの成れの果てであること、モノノフはツクモガミと協力して、ボウジャを倒すために戦うこと。

 そんなことを説明すると、はいはい、ときょうちゃんが手を挙げた。


「昨日私達が戦ったおじさんは、ボウジャで、私達が何故か足が早くなったり、弓矢を確実に放てたりするようになってたのはモノノフになったからってことで合ってる?」

「あってるぜ。ボウジャたちが暴れだして悪夢に取り込まれたとき、俺もスプーンも弓もでっかくなっただろ? 所有者であるモノノフとの絆が強ければ強いほどお互いの力が強くなるんだ」

「重たいはずのスプーンをぶんぶん振り回せたのはそれが理由ね……」

 かすみさんもきょうちゃんも完全に、とはいかないものの、なんとなくどういうものか理解したみたい。私もまだまだクーくんたちのことよくわかんないもん。

「でもなんで私達なの? 小学生だし、もっと大人とかに……」

 きょうちゃんがそう聞くと、クーくんは少しだけ寂しそうに言った。


「大人になると、俺たちの声とか聞こえなくなっちまうんだ」

 大人になったら、こうやってクーくんとお話できなくなるの? すっごい寂しい。おっさんだし、オヤジギャグいうし、無理難題むりなんだい散々やらせるけど、でも、でも。

「大丈夫、聞こえなくなってもずっとそばにいるからな」

 寂しくなってしまったのがバレたらしい。その言葉に心臓がギュッとなった。恥ずかしくなりつつもクーくんを抱きしめると、かわいいやつめ、と笑った。

「でも、たまに見えちゃう大人とかもいるし、あとはモノノフと一緒にいるときは普通の大人にも見えやすくなるんだ。だから、くれぐれも大人やモノノフじゃない子供の前では俺達のことを話したり、見せたりしないようにな」

『そうそ、霊感みたいなものが強い人には見えちゃうんだよね!』

『失礼なことに幽霊だとか、悪霊だとか言われる方もいて……いつ、呪い殺そうかと』

 大人にも見えちゃうことがたまにあるから、クーくんはいつも悪夢に巻き込まれたあとは元の大きさに戻って喋らなくなるらしい。まぁあんなでっかいクマが突然現れたらびっくりするだろうし……。クーくんの大きい姿は霊体れいたいとかじゃなくてぬいぐるみが大きくなってるだけだもん。普通の人でも見えちゃう。

「ねぇ、このスプーンと弓の声、ものすっごく聞きにくいわ。エコーがずっとかかってる」

『マスターとワタクシの絆がまだまだ弱いからですよ。ワタクシはこんなに貴方のことをおしたいしているのに……シクシク』

 泣き真似をしてるみたいだけど全然泣いてるように聞こえない。そもそもスプーンだから泣いてるかわかんないし。

『でもさー、クーくんの声はちゃんと聞こえるよねん。ズバリ、二人の仲良しの秘訣は!?』

 弓がぴょんと跳ねながらクーくんと私に質問してきた。

「ずっと小さい頃から一緒だったからかなぁ」

「そんなこといったら、私は物心ついたときからこのスプーンを使ってたわよ?」

「私はずっと一緒にいたわけじゃないけど倉庫にあるってことは知ってた」

 ううむ、たしかに。かすみさんもきょうちゃんも小さい頃から彼らがそばにいた事はいたんだ。

 あ、とクーくんは私を指――指はないから手なんだけど――で指した。クーくんが何に気づいたのかわからず首を傾げると、ククク、と笑った。

「スプーンたちにはなくて、俺にはあるもの! そう大事なものが俺にはあるんだぜ」

「勿体ぶらずに教えてよ」

「クマったクマった、大事なものだからそう簡単にはおしえ、ぐぇっ」

 クーくんがドヤ顔でしかもニヤニヤしながら喋りだしたそのとき、おもむろにスプーンを持ったかすみさんが、クーくんをスプーンで突いた。結構グサッと。

『ワタクシのマスターはお茶目ですねぇ』

「お茶目!? じゃじゃ馬娘のまちが、ぐはっ」

 2ヒット。クーくんのふわふわのお腹にまたスプーンが突き刺さった。「わかった、わかったから」とクーくんは涙目でかすみさんに訴えかける。かすみさんは真顔で目をすん、と座らせてクーくんを見ていた。あーあの目あれだ、昨日私の机にバンって手を置いてよろしくね、と言ったときのあのときのやつ。

「俺の名前はクーくんだ」

 クーくんが急に自己紹介を始めた。かすみさんがスプーンを構える。ひぃ、と情けない声をクーくんがあげる。

「名前だよ名前! そこの二人には名前がついてねぇんだ。俺はあやめにクーくんという高尚こうしょうな名前をもらったんだぜ」

「高尚な……?」

 高尚って品があるとか、そういう意味だった気がする。5歳のときクマだからクーくんね、とか適当につけたのにそこに品の良さとかないんだけど。

 クーくんはなんだか誇らしげにしている。まぁ、満足してるならいいんだけど。

『なるへそ〜! 確かに、オレたちみたいな不安定な存在って名前つけてもらえればちょっと存在がはっきりするかも!』

数多あまた怪異かいいや神様も名前がつくことで力を増すらしいですし。都市伝説とか特にそうです』

 まぁ確かに、弓とかスプーンとかそんなふうに呼ばれるのは寂しいかも。私達がおいそこの人間! って呼ばれるのと同じだし。

『そうそう! さ、じゃあ主、オレに名前つけてよ!』

『ええ、ぜひ、マスターのお好きな名前をお付けください』

「えぇ……ほんとに……?」

「か、考えてみるわ……」

 すぐパッとは思いつかないようだ。うん、私もクーくんの名前を変えろっていわれたらすごく悩む。そのとき、がたり、と後ろの方に置いていた荷物が落ちた。その中には昨日のカメラが入っている。

「ひぇっ、忘れてた! 神社行かないとだ!」

「だ、誰も触ってないのに落ちたね……」

 今もあのカメラにはツクモガミがついてるのだろうか。よくわからないけど、誰も触ってないのに落ちたからきっと……。

 私ときょうちゃんが思わず抱き締め合う。そんな私達の様子を見てかすみさんはハァ、とため息をついた。

「昨日私達が倒したんだし、もう大丈夫よ。スプーンたちもいるし。神社に早く行きましょう」

 ひょい、と簡単にカメラをもつかすみさん。カメラに対して怖いとかそんなふうに全く思ってないみたいだった。

「かすみさんは凄いねぇ」

「凄くないわ。早く行きましょう」

 スタスタと他の荷物も持って家を出ていこうとする。荷物の中にスプーンがぴょんっと飛び乗った。私達も慌ててその後を追いかけた。


 家から神社へと向かう。人気の少ないその道は、土曜日にも関わらずなおさら人が歩いてない。クーくんもキーホルダーにならずそのまま腕に抱えて持ち歩く。普段なら恥ずかしいけどね!

 今日のかすみさんは、チェックの赤いミニスカートにブラウス、というシンプルだけど、可愛い格好をしていた。

「ねぇかすみさん」

「何よ」

 凛とした少し冷たい声。なんだか怒ってるようにも見えた。

「怒ってる?」

 思わずそう聞くと、はぁ? と半目でかすみさんがキレてきた。なにかまずいことでも言っちゃったかな、としゅんとしていると、かすみさんのカバンの中でクスクスと笑い声が聞こえた。


『マスターは普段からこうですよ。学校なんかでは猫を被ってるだけです』

「猫を被る?」

『性格を明るく見せてるってことですよ。可愛らしいでしょう』

「煩いわよ。曲げてあげましょうか」

『ふふふ、それは遠慮えんりょしておきます』

 昨日は語尾に♡、とか☆とかついてそうな声なのに、今じゃ、雪みたいに冷たい声だもん。

「学校でのかすみさん、まだ見たことないからわからないな」

 きょうちゃんはたしかに昨日いなかったもんね。昨日のあの事件のときは、かすみさんの本性ほんしょうが結構出てたし。

「学校とかではああいう明るい性格のほうが楽なの。このメンバーのときくらいは別にこのままでもいいでしょう?」

「かすみさんに私達すっごく信用されてる?」

「信用されてる!」

 なんだか嬉しくなってきょうちゃんと笑い合う。

「その、かすみさんって呼び方やめてくれないかしら」

 少し自信なさげにポツリと呟いた。

「同い年、だし、その……」

 かすみさんの耳がほんの少し赤い。確かにさん付けはなんだか遠い存在の人みたいだ。

「じゃあ、かすみ?」

 私がそう言うと彼女はバッと顔を上げた。ほほがちょっとだけ赤くなっていた。

「よろしくね、かすみ!」

 きょうちゃんがガバッと彼女に抱きつく。私もその上から飛びついた。

「ふふふ、歩きづらいわよ!」

 こうして私達はかすみという新しいお友達ができたのだった。

『良かったですね、マスター。昨日の夜からずーっと、いつさん付けを外してもらうように言おうか迷ってましたもんね』

「そういうことは言わないでちょうだい!」

 スプーンの言葉でかすみの顔が真っ赤になり、茹でられたタコさんみたいになってしまった。かすみはなんだか、不器用でいわゆる……ツンデレ、というやつなのかもしれない。

 かすみかわいい……と呟いたらドス、とお腹に肘を入れられました。


 神社は少し山になっているところの上にある。木々がトンネルになっているところを抜けて、長い階段を上がって行くと赤い鳥居が見えてくる。ここらへんの人たちの初詣はいっつもここ。なんの神様を祀ってるのかは忘れちゃった。でも置けなくなったお人形とかをたくさん集めて供養してるらしい。

「そういえば、巫女さんは何だったのかしら」

 せーっかくわすれてたのに!

 背筋が急にゾゾゾと冷えた。昨日のあの怖いのを思い出しちゃった。

「何があったの?」

 綺麗な目をきょとん、とさせて、首を傾げるきょうちゃん。かすみが、長い髪の巫女さんの話をきょうちゃんに説明する。

「こわ……なにそれ、こっわ。しかも追いかけられたの!?」

「そうよ……まぁアヤメと別れてからは大丈夫だったんだけど」

「そうでしょうね! だって巫女さん、最後に私の方をポンッて叩いたんだもん」

「は!? アヤメの方についていったってこと!?」

「そうだよ……慌てて家の中に入ったら帰ったみたいだけどさぁ」

 思い出すだけでも寒気さむけがする。リンリン、と鈴の音がしてて、高い可愛らしい声が逆に怖かった。

「あれって幽霊? それとも都市伝説とか?」

 正体は何なんだろう。でも手が温かかったような……。


 リン

 もうすぐ木のトンネルに差し掛かるその時だった。

 リンリン

「ねぇまってこれって」

 リン、リンリン

「後ろ、振り返ってみる?」

 リン!!!!


「ひぃ〜!!!」

 最後の鈴の音は耳元で大きく聞こえた気がした。私達は思いっきり走り出した。振り返りたかったけど振り返る勇気もなく、ひたすら走って走って、木のトンネルの中に入った。

「神社の中には入ってこれないんじゃないかな!?」

「鳥居までとりあえず走ろ!」

 お化けとか悪いものは神社みたいな神聖な場所? に入ってこれないって何かで見た気がする! 木のトンネルを抜けると長い階段だ。階段を登りきれば、鳥居!

「走れ走れ走れぇええええーーーー!」

 なんで! 私は! ここのところ毎日走ってるんですかぁ!

 その思いを叫ぶ余裕はなかった。


「はぁ、はぁ、もう大丈夫……?」

 鳥居を抜けた途端、膝に手を置いて息を整える。

「なんなのよこれぇ」

「こないだもこんなことあったな……」

「昨日も一昨日も、私に関してはその前も!」

 あれがボウジャならとっくに紫色の雲が出てるはず。でも出てないってことは……。

「ねぇ」

 ゆっくりスローモーションのように振り返る。ギギギ、と首が壊れた時計みたいな音を立てた気がした。

「ねぇ、どうして逃げるんですか?」

 真っ黒な髪をダラリと前に垂らした巫女服の女と、その手に抱えられた日本人形がじっとこちらを見ていた。

「ぎゃーー!!」

 3人の腹の底から精いっぱいの叫び声が出た。

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