第6話 お守りと男の子
次の瞬間、茂みにいたはずの私はいつの間にか公園のど真ん中に座り込んでいた。横には同じようにべたりと座り込んで手を前についているクーくん。ハァハァと肩で息をしている。相当攻撃を受けたのか毛並みはボロボロだった。そのうえ、土の上で戦っていたせいで砂塗れ。でもなんでか、かっこよく見えた。もふもふのクマなのにね。
「よくやったな、あやめ」
ニカッとクマのぬいぐるみらしくない、男っぽい笑みを浮かべると、クーくんは
「クーくんも!」
私も拳を突き出して、コツン、とそれに返事をした。木の化物だった、この公園で一番大きな木ももとの位置に戻っていて、ぽっかり空いていた穴はなくなった。男の子がいた茂みも見えなくなってしまっている。
「あ、きょうちゃんは!?」
消えちゃったきょうちゃんはどうしたんだろう。どうしよう戻ってこなかったら……!
あそこだぜ、とクーくんが刺した先には二個並んだベンチ。そこにはきょうちゃんともう一人、あのゆうれいの男の子が並んで寝ていた。近づいてみると、男の子にはちゃんと足もあるし、首も変な方向に曲がってないし、普通の男の子のようだった。
「この男の子の悪夢の中に取り込まれてたみてぇだな」
きっと、この子が怖かったのは、誰にも見つけられず置いて行かれること。だからかくれんぼのゲームをして、永遠にみいつけた、と言われないのがトラウマだったんだ。誰かに見つけてほしかったから、ゆうれいみたいな姿で私達を遊びに誘った。それをなにかの形で知った小さいランドセル型のお守りに宿ったボウジャがさっきの悪夢を作り上げた。
「そのランドセル型のお守り、どう考えても99年経ってねぇな」
確かによく見るとまだきれいそうだ。中身も無事みたい。
「またこのお守りに力をあげてボウジャにした悪い奴がいるってこと?」
「そういうことになるな……最近のボウジャの数は異常なんだがこれが原因か」
そう呟くとクーくんはふむ……と考え込んでしまった。何がなんだかよくわからなかったけれど、良くないことが起こっているのは確かみたいだ。
「ひとまず、あの子達を起こせ」
男の子は、すやすやと寝ているけど、なんだか幸せそうだった。かわいい寝顔にきゅん、とする。でもとりあえず起こしてあげなきゃ。
「んじゃ、俺はまたキーホルダーに戻るか」
お疲れさん、と言ってするすると体を小さくして、ランドセルの横にぶら下がった。バトンもいつの間にかクーくんの首の赤いリボンに戻っている。
ポンポン、と男の子の肩を叩く。んぅ、と目を擦って起き上がった。そして私に気づくと目を大きく見開いた。
「あ、あれ……? 僕……」
「なんか公園で寝ちゃってたみたいだよ。お家に帰らなくていいの?」
空はオレンジジュースをぶち撒けたみたいに染まってる。そんなに時間は立ってないけれど、この子みたいな低学年の子が一人で遊んでるのは危ない時間だろう。
「そうだこれ、キミの忘れ物?」
「あっ!! お守りだ! ずっと探してたの」
「さっき木の根本で見つけたんだよ」
ありがとうお姉ちゃん、と男の子は大切そうに両手でお守りを受け取ると、ポッケに入れた。
「早く帰ったほうがいいよ」
「うん、わかった! 早く帰らないと巫女さんの幽霊に追いかけられちゃう」
「巫女さんの幽霊?」
「そう! チャイムがなっても遊んでる子供は長い髪の日本人形を持つ、長い髪の巫女さんに追いかけ回されるんだって」
「なにそれ、こわーい」
正直さっきまでの君のほうが怖かったけど。その言葉はなんとか飲み込んで、私は男の子に笑いかけた。
「だから僕も早く帰るね!」
立ち上がってパンパンとお尻をはらうと男の子はパタパタと公園の入り口へとかけていった。ばいばい、と手を振ると楽しそうに私に全力で手を振った。男の子の後ろ姿はすっかり見えなくなった。うん。とりあえずきょうちゃんを起こそう。
「きょうちゃーん起きてー!」
肩を揺さぶるときょうちゃんがハッと目を覚ました。おはよう、と声をかける前にギュと抱きつかれる。
「え、どうしたのきょうちゃん」
「なんか、変な、夢を見たの」
きょうちゃんの手は震えていた。
「ゆうれいの、男の子が何度も遊ぼうって言ってきて、それで、逃げても逃げてもここに戻ってきちゃって……」
今にもきょうちゃんは泣き出しそうだ。少しでも落ち着いてくれるようにポンポンと背中を叩く。
「後ろから声が聞こえて怖くなって、公園の中に入ったら、急に、真っ暗になって、ずっと、ずっと誰かの声が聞こえるの。どこだ、どこだって」
私の肩に顔を埋めてついにきょうちゃんは泣き出した。きょうちゃんは、小さい
「大丈夫、大丈夫だよきょうちゃん。全部夢だよ」
「わかってるぅ……」
いつも強くてかっこいいきょうちゃんのこんな姿を見ているのは心臓がギュウと締め付けられて苦しくなった。
「どうしたんだ?」
急に声をかけられてバッと顔を上げる。そこに優しく目を細めたれい兄がいた。部活帰りだと思う。だってジャージだし、少し汗をかいているみたい。汗も滴るいい男だ……!
「えっと、きょうちゃんが怖い夢を見ちゃったみたいで……」
「夢? こんなところで寝てたの?」
あっ……公園で寝るやつなんて確かにいないよね。しかも学校帰り!
「ちょーっと、お話してたら眠くなっちゃってアハハ……!」
「とりあえず、心配だから送ってくよ。あやめは先帰ってて。僕がちゃんと彼女を送ってくからさ」
優しい……! やっぱりれい兄ってかっこいいなぁなんて思いながら、じゃあお願いします、と言ったそのとき。
「いや!」
ギュと更に力強くきょうちゃんが私の腕に抱きつく。
「痛い痛い! きょうちゃん痛いよ!」
「この人は嫌」
きょうちゃんは何が何でもれい兄と帰りたくないらしい。なんで……こんなにかっこいいのに……。れい兄を睨みつけて嫌だと言い続けるきょうちゃん。しめつけられていく私の身体。
「ギブギブギブ! 弓道で鍛えた力を今発揮しないで!」
「わ、わかった。じゃあ僕はもう行くから……気をつけて帰ってね」
「ごめんね、れい兄!」
「気にしないで。またね、あやめ」
ひらひらと手を振ってれい兄は公園から出ていく。するとようやくきょうちゃんが腕の力を緩めた。
「きょうちゃんのゴリラ! 私腕折れちゃうかと思った!」
「大丈夫、人の体の骨を折るためにはワニの顎くらいの力が必要よ」
「まじで!?」
「知らないけど」
「知らないんかい!」
「フフフ、本当にあやめってば面白い」
「そんなこというのきょうちゃんだけだよ」
クスクスと笑い始めたきょうちゃんはすっかりいつもの調子だ。少しだけ目は腫れてしまっているけど、それ以外は普段の変わりない。
「ねぇあやめ、思いっきり頬つねって」
きょうちゃんのこの可愛い顔をつねろと? 私が
「は、や、く」
「わかりました」
優しくつねるともっと強く! と怒られた。私何してるんだろう。なにこれ、なんで怒られてるんだ?
次は思いっきりギューっとつねってやった。
「いったぁい、バカ!」
べちんと頭を叩かれる。いやなんで?
「お望み通りつねったのに……」
「ま、痛かったから良しとしてあげる。もう夢じゃないみたいだし」
そういうと、機嫌良さそうに歩き始める。あまりにも自由すぎてびっくりして立ち止まっているとこっちに振り返って手を出す。
「早く行くよ、あやめ」
「はいはい!」
彼女の手を握って二人で歩き始めた。
歩き始めてすぐ、視線を感じて振り返った。そこには美しい金髪で青い目の、人形みたいな女の子が立っていた。そしてこちらをじっと見ている。ぞわぞわと鳥肌が立つ。え、また幽霊? と不安になったけど、きょうちゃんに何してるの、と声をかけられ慌てて追いかける。
女の子が一瞬楽しそうに笑った気がした。
その後はきょうちゃんを家まで送り届け、自分の家に戻った。きょうちゃんには心配したけど、走って帰るから大丈夫! といって走って帰ってきた。
「ただいま!」
「おかえりなさい、あら? どうしたの、そんなに汗だくで」
「ちょっと運動してきた」
「全く……まぁいいわ、おばあちゃんちょっと買い物に行ってくるからね」
おばあちゃんは私が帰ってきたら買い物に行く予定だったみたい。カバンをとって玄関に向かった。いってらっしゃーい、と返事をしたところで、ふと思いたった。
「あ、ねぇぬいぐるみ洗うのってどうしたらいい?」
「え? どうして?」
「クーくんがちょっと汚くって」
「まぁずっとしまっていたからねぇ。ホコリだらけかしら」
まぁホコリはホコリでも
「手洗いでゴシゴシして、その後水ですすいでから脱水だよ。やり方わかるね?」
「うん! 大丈夫!」
「それじゃあ買い物行ってくるよ。なにか欲しいものはあるかい」
「うーん、アイス!」
「はいよ」
ポンポンと私の頭を撫でてからおばあちゃんは買い物に出かけていった。がちゃ、と鍵が閉まったのを確認してから私はずんずんとランドセルのもとへ向かう。そしてクーくんをランドセルから外すと、ニコリと笑った。
「お風呂の時間だよ、クーくん」
「ひっ、や、やめてくれ……!」
「元の大きさに早く戻って」
「いやだ!」
「じゃあこのまま沈めようかな」
「今すぐ戻ります」
クーくんはすん、と元の大きさに戻る。その頭をガシッと掴んで、洗面台に向かった。
「ひっひっひ、キレイキレイしてやろうなぁクーくん」
「ギャァァァ!」
水をバシャバシャとため、中性洗剤をクーくんに垂らした。ひぃ、やめてくれ〜! と叫ぶクーくん。くだらないダジャレを言って私の心を寒くさせるバツだ!
「あやめ、もういいだぼぼぼぼぼ」
「まだまだ砂だらけだもん」
実際のところクーくんを洗っている水は砂で汚れて真っ黒だ。流すときの水がきれいになるまで私は洗い続けた。クーくんは見えない涙を流していた。
「ごめんなさい……クーくん……でもこれで終わりにするから……」
「ま、まさか!」
「大丈夫、きっと楽しいよ……コーヒーカップと変わらないよ」
「コーヒーカップに十分も乗り続けるアホはいねぇんだよ」
ある程度綺麗になったので今度はかぱりと洗濯機の蓋を開ける。クーくんはバタバタと暴れた。
「でも……こうするしか方法はないの……!」
「もしかしてかなりストレス溜まってんのかおい。さっきからテンションがおかしい」
「私だってクーくんにこんなことをさせるのはいやよ……! でも、仕方ないじゃない……貴方をふわっふわにするためなの」
「お前さん変なドラマ見たな」
「こないだの休みの昼間におばあちゃんが恋愛ドラマ見てた」
「それ多分三角関係とかそういうドロッドロなやつだな」
「じゃあね、クーくん……!」
「お、おいちょっとま……!」
ぱたん、と洗濯機の蓋を占める。中からンー、と何か声が聞こえるがきっと幻聴だろう。昨日のクモ女と今日のかくれんぼ。もう私は疲れ切っているのだ。
ピー、と容赦なくボタンを押した。
「うっうっ……ひどいわあやめさん……もう私お嫁に行けない……!」
洗濯機からクーくんを取り出し、部屋の中の物干し竿に吊り下げながらクーくんの
「でも洗濯しないと土で汚れたままだよ? 人間がお風呂はいらないのと一緒じゃん」
「人間は最後にでかい樽の中でぐるぐる回されたりしないだろうが」
「あれしないとフワッフワになれないんだ」
「ハードボイルドな俺にフワフワを求めるなよ」
フワフワだから可愛いんじゃん。むしろそれしか取り得ないじゃん、と呟くとクーくんはブーブーと文句を言う。
「ひどいひどすぎる。これはもう大福を要求するしかない」
「大福あげても食べられないでしょうが」
「空気だけ食うんだよ。お供え物と一緒だ」
どうやらクーくんはご飯を食べれるらしい。ぬいぐるみがご飯を食べるなんて信じられない。
「じゃあ今日の朝おばあちゃんがクーくんの分までご飯をよそったりしてたのは……」
「あぁ食ってたぜ」
「でも減ってなかった……」
「他の奴らはどうか知らんが、俺は食べ物の匂いなんかをもぐもぐ食べることができるんだぜ。ほらお仏壇に、炊きたてのご飯をよそったりするだろ? あれも
「そうなんだ……じゃあ食べても食べてもなくならないね!」
「匂いが消えれば食えなくなるがな。消えない限りはおかわりし放題だ。いいだろ」
羨ましい〜! 匂いだけなら食べても太らないだろうし、たくさん食べれるし、いいなぁ。
「あ、でも食感とかあるの?」
「あるぜ。簡単に言っちまえば、食べ物のゆうれいを食ってるみたいなもんだからな」
ちっとも簡単に言ってないけど? つまり、食べ物にもゆうれいとかクーくんみたいに私達には見えない存在があってクーくんはそれを食べてるってこと? それを作るためには匂いとかが必要なのかな。
「ま、とにかくこれからもお供えしてくれや。食えば食うほど強くなれるだろうし」
「そうなの?」
「たぶん」
たぶんかい。本当は食べたいだけでしょ。
ちなみにここまでの会話、クーくんは耳を洗濯ばさみに挟まれてぷらーんと中に浮いた状態で、腕を組んで話したりしてます。この状態面白すぎて気を抜くと笑っちゃいそう。クーくんは急にあ、と声をあげた。
「そういや、あの子気にかけてあげたほうがいいんじゃねぇか?」
「え、どうして?」
「あの子にも相当根深そうなトラウマがありそうじゃねぇか。ボウジャたちの格好の
確かにきょうちゃんはなんだか、様子がおかしかった。不安そうだったし、れい兄が来たときの怯え方も
次の日、きょうちゃんは学校に来なかった。
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