第5話 幽霊男の子と私
「もういいかい」
「もういいよ」
子供たちが明るい声が響いて、小さな足音が公園の砂を踏みしめていく。
一人の男の子は絶好の隠れ場所を見つけたみたいだ。この公園で一番大きな木の根本に生えた茂みの中。ちょうど体の小さい男の子が隠れられそうな穴が空いていた。男の子はその中に隠れる。
みんなどこだぁー、なんていう鬼役の声が聞こえる。ここなら絶対にバレないぞ……! そう思いながら男の子はワクワク止まっていた。
「みぃつけた!」
「わぁ見つかった!」
鬼は他の子たちをどんどん見つけているみたいだ。まだもう少し待ってみよう、そう思いながら男の子は膝を抱えた。
あまりにも見つからなかった男の子は気がつけばウトウトしてしまって、目が覚めたら外はほんの少し暗くなっていた。
あれ、みんなの声が聞こえない、そう思って不安になりながら外に出る。公園にはもう誰もいなかった。薄暗い夕焼けに影をさす遊具たちが怖かった。
――僕、誰にも見つけてもらえなかった。
男の子は、大きな目からポロポロと涙を溢れさせた。うっうっ、としゃくりあげながら、茂みの中に隠していたランドセルをとる。ぶち、とランドセルについていたお守りが落ちたのに男の子は気づかなかった。
寂しい。寂しい。なんで。ひどいよ。みんな僕をおいていったんだ。
そんな気持ちでぐちゃぐちゃになった心は男の子の心をズサズサと傷つけた。
******
「はぁ、つっかれたぁ」
「今日は体育もなかったしそんなに疲れてないでしょ」
太陽が少しずつオレンジ色に変わっていく放課後。先生の恋人との素敵なお話を聞いて、私は嬉しくなった。地味で何もできなかった私が先生の指輪のボウジャを倒して、そのおかげかどうかわからないけど、先生の彼女さんが目を覚ましたんだもん。私だって、役に立てるんだな、と思うと自然と口がニヤけてしまう。
けれど、授業を一日受けた疲れはそのくらいじゃ癒やされない。まだ春なのに、しばらく歩いているとジワジワと汗をかいてくる。ランドセルの当たる背中が余計むわむわして暑い。
「きょうちゃんは今日も弓道?」
「そうなの、ごめんね、遊んであげられなくて……私以外の友達いないのに」
「うっ……そ、そんなことないもん……」
「今日だって喋ったの私と杉野くらいでしょう」
うぐ、と声をつまらせると、ハァとため息を疲れた。まぁ友達は確かにいないけど。今日も杉野と珍しく喋った……あれは喋ったうちに入るのか? まあともかく、他の子たちとは特に喋ってない。話しかけれれば返すけど……自ら話しかけに言っても、私の話す話がつまらなくてウンザリされるのが嫌なのだ。
「あやめはそんなにつまんない子じゃないと思うんだけどね」
「例えば?」
「うーん……」
「出てこないじゃん……!」
「ごめんって。でも私は一緒にいて楽しいよ」
「嘘つけ」
ほんとだって〜ときょうちゃんが抱きついてくる。きょうちゃんは私と二人になると割とこうやってベタベタしてくる。いやじゃないけど、少し恥ずかしくなって暑い、と引き剥がす。でも私知ってるんだから。顔は馬鹿にしたようにニヤニヤしてるんでしょう。
きょうちゃんってばイジワル。
そんなふうに二人で歩いていると、いつも通る公園に差し掛かった。もういいかい、まぁだだよ、なんて声が聞こえてきた。
「かくれんぼかなぁ」
公園を覗くと一人の男の子が一生懸命誰かを探しているのが見えた。男の子たちがかくれんぼをしている普通の光景のはずなのに、何故か違和感を感じてピタリと足を止めた。
「どうしたの、あやめ」
少し先を歩いていたキョウちゃんが振り返る。その声にハッとして慌ててなんでもない、と進もうとしたその時だった。
グルン、と男の子の首が回る。
『みぃつけた』
体の底から冷えるような恐ろしい声が響いた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」
思わず叫んで、きょうちゃんに飛びつく。きょうちゃんは私の腕をパシリと掴んで走り出した。
「何あの男の子!」
「わかんない〜!!」
公園から逃げるように走る。さっきの男の子は後ろを向いていたはずなのに、グルン、と身体を動かさずにこっちを見た。うぅ、しかも目は真っ黒で何もないみたいだった。走って走って走って、でもちっとも景色が変わらない。それどころかまたあの公園の前に戻ってきている気がした。
「もしかして……ずっと同じところ走ってる……?」
「そう、みたいだね……」
もう一度公園を覗く。すると、あの男の子は後を向いているはずなのに、首だけをぐるりとこっちに向けてニタリと笑っていた。
『つぎはぼくのばんね』
さっきと同じ声で唐突に男の子のそんな声が聞こえた。すると男の子の姿がスッと消えてしまった。
「も、もしかしてゆうれい?」
「ゆうれいなんているわけないわ。今のはきっと見間違いよ。早く帰りましょう!」
私の手をギュッと握ると、またあるき始めた。でもやっぱりいくら歩いても景色は変わらない。まっすぐ歩いてるはずなのに、公園の周りをぐるぐると回っているみたいだった。きょうちゃんの顔は真っ青で、いつもの強くてかっこいいきょうちゃんはどこにもいない。私はだんだんとこの状況に慣れてきた。ねぇきょうちゃん、と話しかけようとしたその時、彼女のすぐ後ろに男の子が現れた。真っ黒な
『ねぇ遊ぼう……?』
「いやぁぁぁ!」
きょうちゃんがバッと逃げ出して、ついに公園の中に入ってしまった。
「待ってきょうちゃん!」
その瞬間、シュン、ときょうちゃんが消えた。
「な、な、どうして……?」
きょうちゃんがいなくなっちゃったことにびっくりして思わず立ち止まる。ぶわりと生温かい空気があたりを包む。それなのに、なんだか寒い。
「あやめ!」
「クーくん!?」
ランドセルの横でキーホルダーになって大人しくしていたはずのクーくんが急に大きくなって私の横に立った。
「空を見てみろ!」
空? 空がなんだっていうの……と見上げると昨日と同じように紫色の雲がぐるぐると不気味に渦巻いていた。
「もしかして、さっきの男の子って昨日のクモ女みたいに何かのボウジャ? なんてこった……」
「パンナコッタ?」
「くだらないこと言ってないで、どうすればいいのこれ」
「ひとまず入って見るしかなさそうだぜぇ」
公園の周りはきょうちゃんとあれだけ走ったけど、結局ここに戻ってきちゃったし……。
「よし、行こう、クーくん」
「おう」
ぎゅ、とこぶしを握って中に一歩入る。怖いのに、隣にもふもふしたクーくんがいるだけでほんの少し安心した。公園の真ん中につくとざぁと木々が揺れた。そしてまたぞわり、と鳥肌が立った。
『まぁだだよ』
「どうやら、あちらさんはかくれんぼをお望みのようだぜ」
「かくれんぼぉ?」
『まぁだだよ』
また響く男の子の声。うう探せってことなのかな……。ゆうれいとかくれんぼなんて怖い。
「ほらさっさと答えてやれ」
かくれんぼのはじまりの合図は一つしかない。
「もういいかい」
『もういいよ』
風なんて吹いていないのに、ざわざわと木々が揺れた。それから数十分。探しても探しても、きょうちゃんもあの男の子もちっとも見つからない。
「どっこにもいないんだけど!!」
「まぁまぁそうカリカリすんなって」
この公園はその場で全体を見回せるほど狭い。遊具もブランコとすべり台と砂場とあとなんかパンダの乗り物みたいなやつ2体とベンチ2個。それらを囲む木と茂み。全部見て回ったけれど、どこにもいない。
「あーもう諦めたい……」
そうつぶやいた瞬間、ざざざ、と木が移動した。『木』が、移動した。
「木って移動するものだっけ」
グギャァ……!
木の幹からギョロギョロと目が生えて、口のようなものができ、枝が手になっていく。あっという間に化物の出来上がりだ。
「今回はかくれんぼだけで済むかと思ったんだが……全く、クマったクマった。クマだけにな」
「ほんとクーくんおじさんみたい」
「ダンディでハードボイルドだろ?」
そう言いながら外国の映画に出てくるみたいな表情で肩をすくめる。正直めちゃくちゃムカつく。クーくんは首についた赤いリボンを取ると、それをパンと叩いてバトンに変えた。
「Show Timeだぜ、ご主人サマ」
「全くもう、筋肉痛なのに!」
全身痛いはずなのに、バトンを取ると不思議と力が湧いてくる。
「来るぜ!」
グギャァァァァァ!
木が枝をビューンと右からクーくんに向かって伸ばされた。クルン、と左にバトンを回しクーくんを左に避けさせる。行き場をなくしてフラフラとした枝を右手のパンチで殴らせる。シュルシュルと枝は戻っていくが、次は左から枝が伸びてきた。
「後ろに下がって、左にパンチ!」
パンチで枝を防ぐけど、全然本体にはダメージが入ってないみたいだ。さらに続けて右からも左からも枝が伸びてくる。
思いっきりバトンをぐるぐると回して、右左右右上左、と指示を出していく。クモ女よりも手が多いせいで余計に攻撃を防がなきゃいけない。
「右、左、上、上、後ろ下がって、回って、パンチ!」
「こ、りゃ、なかなか大変だな……!」
クーくんがハァハァと肩で息をする。もう汗だくだ、なんて言ってるけど、クーくんはぬいぐるみでしょうが。攻撃を防いでばかりでなかなか本体に攻撃が届かない。バトンを右に回せばクーくんがぐるりと転がって、叩きつけられた枝を交わした。かっこいいけどもふもふなんだよなぁ。
「このままじゃ埒が明かない……! あやめ、お前さんはかくれんぼを続けてくれ」
「え!? でもクーくんは……?」
「確かに指示があったら戦いやすいが、別に指示がなくたって動けるさ! それよりもこいつの動きを抑えるためにも元凶を探すんだ!」
クーくんが一生懸命戦っている間にもう一度隠れてるはずの男の子を探す。チラッとクーくんの戦闘を見るけど、やっぱり私の指示がない分、後ろからの攻撃が見えづらくてさっきよりも沢山の攻撃を受けてしまっていた。
「早く見つけないと……ってあれ? こんなのあったっけ」
いま化け物になっている大きな木が生えていた場所はポッカリと穴が空いている。その木がなくなったおかげで、今まで見えなかった茂みが見えた。その茂みは何故かトンネルのようになっていて、私よりも少し小柄な子ならひょいひょいと入れてしまえそうだ。
しゃがみこんでその穴の中を覗き込む。すると中からひっく、ひっくと小さな泣き声が聞こえてくるのだ。
「おーい」
声をかけても返事はない。中にいるのはお化けなんだろうか。うう入りたくないなぁ。
「いってぇなおいこの
グギャァァァ!
なんでクーくんはさらに木の化物を更に怒らせるわけ!? ためらっている場合じゃない。がんばれ、私!
ズボ、と頭から茂みに突っ込む。少しずつ奥に進んでいく。
『ぐす、みんな、僕を置いてっちゃったんだ』
寂しそうな声が聞こえた。そっかこの子は。
ぽん、と体育座りで座る彼の頭に手を置く。
「みいつけた」
そのときふわり、と空気が軽くなった。
男の子は顔を上げると笑った。ずっと迷子の子が親を見つけて泣きながら嬉しそうにする、そんな笑顔だった。
『ありがとう』
さっきまでの不気味な声ではなく、優しい声が響いた。さっきまで彼がいた場所には小さなランドセル型のお守りが落ちていた。
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