第10話 スミレの花言葉は、

「強い...です...」

「神父さま!その身体じゃ、無理っすよ」

「いや...大丈夫」

 神父はそう言いながら、店主のいる後方へ下がった。

 明らかに神父の身体は本調子ではない。第一に、彼の必需品である聖書セーブデータを持っていなかったのである。それによる復活リスポーン地点操作が、神父の不死身に近い能力を支えていた。つまり、今の神父はただの冒険者なのだ。


「店主さん、悪いのですが、ポーションを下さい...」

「ああ、どんどん飲め!」

 店主はバックから、色とりどりのポーションを取り出して飲ませていく。数えきれないバフが、神父にかかる。

「ありがとうございます。領収書は創造主ゲームマスターでお願いします。それでは」

 再び、神父は失業勇者の元へ向かった。


 村人はというと、ひたすらに耐えていた。サンドバッグ状態ではあったものの、ステータスが振られることのない村人は、ただモニュメントに過ぎない。

「なんだありゃ。原作でも、あんなに強いんっすか?」

 失業勇者は原作の『現地勇者は失業中』において、異世界から来た勇者に魔王を倒されているものの、修行を耐え抜いている。加えて、このバグによる強化がかかっているため、回避率の高い犬状態(本来なら、最終形態)を自由に切り替えられ、非常に厄介な存在となっているのだ。


「お待たせしました。状況は」

「回復方法を持ってないから、多分3割ほど削ったところっす」

「わかりました。一旦、犬状態になることを忘れさせないとですね」

 そう言うと、神父はハンマーをぐるぐると回してから、失業勇者の頭に向かって飛び上がり、空中で一回転しながら叩きつけた。失業勇者は剣で防いでいたが、地面に両足がめり込んだ。これを神父は見逃さなかった......


 この後の攻撃は、神父を思い出させるものであった。


「忘れるまで叩きます!舌を噛まないように、お気をつけてください♫」

 叩くたびに消えていくステータス情報の数々。犬への形態変化どころか、膨れ上がったHPゲージまで吹き飛ばす勢いを持つその連撃は、他ゾーンにいたNPCが心配になって顔を出すレベルのものだった。


「まだまだ、ここからです!懐かしい感触です!これぞ、NPCの本望!!」

「前よりもヤバくなってるな、あれは」

「そうっすね...」

 店主と村人は飛んでくる瓦礫たちを避けながら、神父の狂気に満ちたさまを見つめていた。

「神父さま。神父さまったら!もうやられてるっすよ、その勇者さん」

「見かけによらず、情けなかったですね。あの時みたいな勇者の格好だったので、ついやり過ぎました♫」


 その失業勇者がいたはずの場所には、大きなクレーターが一つあるだけであった。








「やっば!あの神父の人、すっごい強いじゃん!ていうか、課金どうこうの強さじゃないよね。明日、タロー先輩に聞いてみよ!」

 夜中に目が覚めたスミレが、偶然覗けて光景は、確実に見慣れたサラクエの戦闘とは異なるものだった。この時の光景を映した、スミレの画面の右上にはRECの文字があった。






 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る