6-2.

 デートでやってきた 最近話題のスイーツ屋さん


 「一番人気のやつをください」

 

 カラフルでキュートでアーティスティック

 

 君は喜色満面 ご満悦の様子


 そんな輝く瞳を見つめながら


 ボクのココロは複雑だ


 複雑怪奇 奇々怪々


 まるでこの世の終わりの混沌だ


 だってだってだってだってどう考えたって


 「カワイイー!」とか言ってるキミが


 一番可愛いんですもん!




 ――とある日の昼休み。


 湊大学市谷キャンパスを大歓声が揺るがした。


 「こんにちはー、みんな! お昼休みなのにこんなに集まっちゃって。午後の授業中、お腹空いても知らないからなー!」


 わああ、と再び校舎を震わす歓声が上がる。


 群衆は中庭に集まっていた。


 大きなコンサートホールほどもあるスペースを埋め尽くし、校舎内に溢れ出すほどの数。整理員が通路を確保していなければ、中庭を抜けることは困難なものになっていただろう。


 テラスや屋上から眺めている者もいる。


 学年男女問わず、誰もが彼女のステージに目を輝かせていた。


 北星川ララのゲリラライブ。


 当日のSNSでの告知のみで、これだけの集客力を誇るのが彼女だ。


 『ヴァネッサ』の他ののメンバーはいなかった。


 ソロの弾き語りライブである。


 「うう、寒いね。喉が冷えて、あんまり長い時間は喋れなさそう。えっと、今日はねー、お知らせしたいことがあって、急遽ライブすることにしました。とりあえず、時間もないし、もう一曲。ここ一カ月で書いた新曲ね」



 緑豊かな大地が心に浮かんでくるようなメロディの曲だった。


 ララが奏で終えると、あたかも無数の生命の息吹のように、会場は拍手に包まれた。


 次にララがマイク越しに喋るまで、その拍手は止まなかった。


 「はいはい、ありがとー。フルで聴きたければ、もうすぐネットで配信するから、よろしく」


 絶対聴くー!


 楽しみー!


 めっちゃ良かったー!


 熱狂的な声援が飛び交う中、ララのトークは続く。


 「じゃあ、お知らせの一つ目。二十四日、クリスマスライブやります。ライブハウスでね。学園祭で不完全燃焼した分、がっつり鬱憤晴らしてやりますから。詳細は今日中にSNSで発表するよ。チケットは抽選だから、申し込みよろしくぅ」


 再び歓声。ライブの告知に対する喜びの声で会場が満たされる。


 中庭の端から明人は、自分では信じられないような大観衆の前で話すララの姿を見守っていた。


 ハルとりりなも一緒にいる。まりなは別だったが、もしかしたらえりかと一緒にどこかにいるかもしれない。


 ここからだ。


 冬枯れの花園によるパンデミックを防ぐため、りりなが急ピッチで工作活動を進めた。


 その結果が、これから明らかになる。


 固唾を呑んで見守る。


 「お知らせ二つ目。冬休み初日の二十五日ね、中止になってたミスコンの開催決定です!」


 

 

 それは、誰にとっても思いがけない発表だっただろう。


 湊まつり最終日に開催される予定だったが、ステージ崩落事故により中止となったミスコン。湊大学における最大の人気行事の中止に、誰もが落胆した。


 そのミスコンが、クリスマスの日に帰ってくる。


 夢にも思っていなかった。


 誰もが驚嘆の声を上げ、次第にそれは歓声へと変わり、会場は再び熱気に包まれる。



 

 冬枯れの花園によるパンデミックを止めるのは不可能に思われた。


 基本的に誰でも入ることのできる大学構内。見た目にはわからない感染病の保菌者、それも意図的に紛れ込もうとしている者の侵入を防ぐことは困難を極める。

 

 もしその実現を望むのなら、大学ごと閉鎖してしまうしかない。何とかして強制的に花園を排除するにしても、表向きには一般学生でしかなく、圧倒的少数の明人たちにはその術がない。それに、残党を一人残らず大学から遠ざけるということも、実質的に不可能だろう。


 物理的に防衛する術はない。


 だとしたら、残るのは、精神的攻撃しかなかった。


 自分の得意分野だと自負したまりなは、情報操作、人心掌握術、人脈を駆使し、わずか一週間足らずで湊大学内部の各所に働きかけ、この大イベントを復活までこぎつけた。


 「時間がないから詳しい経緯は置いておくけど。詳細は主催の広告研からすぐにでも発表されるから。私が進行役でやります。ファイナリストとコラボしてミニライブも考えてる。イブにヴァネッサのライブに来る人も、大切な人と過ごす人も、翌日はまた大学に集合だからね。覚えておくように!」



 りりなの目論見通り、この発表は冬枯れの花園内部に大きな混乱をもたらした。


 花園のトップである大川原雅史は、大のミスコン好きだ。ミスコングランプリと付き合うことを夢に掲げて、何年も大学生を続けているのである。


 何度フラれようが決してめげることのない不屈の精神。それは、ある意味、学生であれば見習うべき姿かもしれない。


 ミスコンファイナリストたちは当然、普段は他の学生たちと同じ教室で授業を受けている。


 そんなこのキャンパスでパンデミックを起こせばどうなるか? 


 言うまでもなく、彼女たちまで犠牲になる可能性は高い。そうなれば、ミスコンの開催が危うくなる。復活しかけた大川原の夢は、儚く潰える。


 防ぐ術がないのなら、実行したくてもできなくなるような状況に花園を追い込めばいい。


 計画は奏功した。


 学内で目に見える大きな流行は発生しなかった。


 ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、これは大川原が姿は見えなくとも健在だということも示唆している。


 りりなは慌ただしく次の作戦を練り始めた。


 ハルとまりなも巻き込まれていたようだが、明人は数日間だけ任務から外してもらうよう申し出た。


 理由を話すと、りりなはすぐに了承してくれた。


 煩わしさから解放されたのは、久しぶりに感じられる。


 しかし、羽を伸ばし切るわけにもいかないのだ。


 ゲリラライブの後、愛美から話を聞いたであろうララから、明人はクリスマスライブのチケットを二枚受け取った。


 これがミッション達成のための切り札となる。


 抽選発表はライブの一週間前だった。バンドメンバー直々の工作により落選したえりかを誘うと、えりかは嬉々と表情を輝かせた。


 二度目のデートは『ヴァネッサ』のライブ。最後にして最大のチャンス。


 クリスマスはもう目前に迫っていた。

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