第五章

5-1.

 次の金曜日から、明人は早速計画を実行に移した。

 

 金曜日は一限目をえりかと一緒のIEPにあてているため、元よりその後に授業は入れていない。


 昼休み、恒例の花園による学食占拠の場に潜入し、まずは花園のグループチャットに参加する。

 

 それにより判明したのは、冬枯れの花園のメンバー数が百名を超えるということだ。


 少数精鋭が基本の裏サークルにしては並外れた数字だが、学食を占拠できるほどの勢力を持つ団体だということを鑑みれば納得の数字でもある。

 

 花園のメンバーたちは活動中、基本的に各々が好き勝手に行動しているので、同志のふりをして紛れるのは簡単だ。


 明人はてきとうなメンバーと言葉を交わして場のノリを理解し、活動中は常に中心にいる幹部馬込の元へ近づいた。

 

 ちなみに馬込誘拐作戦の際、明人は帽子を目深に被りサングラスとマスクを装着していたためそこにいたとは知られていない。


 潜入中は、念入りにもじゃ髪に丸眼鏡、青髭の特殊メイクという変装をして挑んだ。

 

 馬込から話を聞き出すのは簡単だった。

 

 「あの馬込さん、いきなり失礼します。今度のクリスマスなんですが、派手に何かやってやりません? 俺、どうしたら憎きリア充どもを地獄に落とせるか色々考えてたんすけど……」

 

 馬込の取り巻きに白い目で見られる中、明人は事前にハルが考えたリア充撲滅作戦をいくつも提示した。


 そのどれもがおよそ常人の成し得る所業ではなく、口にしている自分までもが悪寒を覚えるという有様であったが、馬込の高評価を得ることには成功したようである。

 

 取り巻きたちが(ヤバい奴が来た)という目で身を退く中、馬込だけは満足そうに口元を歪めて言った。

 

 「面白い。非常に面白い。特に『蘇生夜』がいい。リア充で溢れ返る街に大量の血肉を撒き散らし、下水による汚臭を充満させそこからゾンビが湧いてくるというのはかなりリアリティが生まれそうだ。一瞬にして聖夜が最悪の思い出に変わるに違いない。しかし残念なことだが、計画は既に決まっているのだ」

 

 明人はここぞとばかりに食いつく。

 

 「どんな計画ですか?」

 

 馬込は鼻の穴を大きくして尊大に言った。

 

 「パンデミックだよ。クリスマス前のキャンパスに、インフルエンザの感染者を何人も送り込むんだ。学生から学生に感染していき、大勢の学生が病床でクリスマスイブを過ごすことになる。大切なデートの計画は全て台無しだ。暗黒の聖夜を越え、虚空の下に新年は訪れる。最高のシナリオだ」



 

 手に入れた情報は逐一りりなに報告した。


 りりなはここ最近、授業よりもKCIAの活動を優先してきたつけが回ってきたらしい。課題に追われててんやわんやしているようだった。

 

 「花園の計画が現実になったら最悪。大川原の行方も気になるけど、クリスマスの計画の情報収集を最優先でお願い。私たちで食い止めなきゃ」

 


     *



 十二月に入り、街がクリスマスムードに包まれていく。


 キャンパスでは表立った変化はなくとも、誰からともなく外からその気配を持ち込み、ロマンチックな空気が仄かに漂っている。


 学園祭前のような熱気こそないものの、誰しもが来たるイベントを心待ちにしているようだった。


 自分の大学での授業を受けながら湊大学に潜入し、同時進行で二つのミッションを遂行する過密スケジュールをこなす日々。


 時間は矢のように過ぎていった。


 

 ある日の午後、明人のスマホにまりなから連絡が入った。

 

 二人で直接やり取りをすることはなかったから、意外な出来事だった。

 

 珍しいと思いながらメッセージを開く。


 

 まりな:ねえいまどこいる

 

 

 変換もされてないし句読点も何もない。随分とぶっきらぼうなメッセージだ。

 

 この日は金曜日。一限のIEPに出て、昼休みには花園で潜入活動を行った後だった。


 自分の大学に戻るのも面倒なので、市谷キャンパスに残って授業の課題のレポートを進めていた。

 

 まだ湊にいるよ、と返信する。まりなからの返事はすぐに来た。


 

 まりな:ならすぐにリベラルホールに来て

 まりな:緊急事態


 

 リベラルホールというのは、リベラルタワー一階にある多目的ホールのことだ。


 まりなからのメッセージを受け取るや否や、明人はすぐに荷物を片付けて足早に向かった。

 

 まりなはリベラルホールではなく、その手前にあるエレベーターホールにいた。


 ロケーションの誤差に意味はないだろう。急いでいたから、咄嗟にわかりやすい場所の名前を使っただけに違いない。

 

 まりなは髪を真っ赤に染めた女子と一緒にいた。明人は知らない人だ。

 

 

 まりなが明人に直接連絡を寄越してくるほどの事態とは一体?

 

 

 説明を求めて、明人は二人のもとへ駆け寄った。

 

 しかし、思いもよらぬことにまりなは明人が来るなり、「それじゃ、後はよろしく」とだけ言い残して、一人エレベーターで上階へ向かってしまったのだった。

 

 「え?」

 

 訳が分からず、明人は傍にいる赤髪の女子の方を見やる。

 

 すると、彼女は突然両手を合わせて頭を下げ、申し訳なさそうに言った。

 

 「無理言ってごめん! 明日までの論理学の課題がどこだったか教えてほしい!」

 

 鮮やかな赤髪は後ろで一括りにされているが、ポニーテールというには短すぎる。竹箒のようにツンツンと飛び出ていて、炎が噴き出しているようにも見える。

 

 「は?」

 

 彼女が突然何を言い出したのか理解できず、明人は呆然と立ち尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る