4-5.

  グループチャット:作戦会議(秘)

  参加者 ○りりな ○はる ○明人



 (はるが明人を招待しました) 

 (明人が参加しました)

 

 りりな:明人君、昼間に話し忘れたんだけど


 りりな:お願いがあります


 明人:はい


 りりな:私の任務に、引き続き協力してもらえませんか?


 明人:具体的には?


 りりな:花園に潜入して情報を集めてほしいの


 明人:協力したいのはやまやまなんですが、時間が取れるかどうか……


 明人:俺も今、入部試験のミッションで行き詰ってるんです


 はる:kwsk

 

 明人:授業もあるし、正直手一杯です

 

 りりな:時間があるとき、ほんの少しだけでもいいの

 

 りりな:ごめんね、無理を言ってるのは承知してます。

 

 りりな:けど、花園の内部に味方を送り込めるのは願ってもなかったチャンスなの

 

 りりな:明人君の協力があるだけで、この希望薄の状況を一変させられるかもしれない

 

 はる(明人へ返信):kwsk

 

 明人(はるへ返信):ursi

 

 はる:先輩に向かってそんな口聞くの?

 

 りりな:はる、ちょっと黙って

 

 りりな:協力してくれれば、もちろんできる限りお礼はします


 りりな:そうね、私から情報部の人たちに明人君の活躍を伝えてあげる


 りりな:そうすればきっと入部は確約!


 りりな:あと、もし私にもできることがあるなら、明人君のミッションも手伝う

 

 はる:りりな:協力してくれれば、一つだけ何でも言うことを聞いてあげる。えっちなことでもいいよ

 

 りりな:紛らわしいことしないではる

 

 明人:ちょっと考える時間が欲しいです

 

 りりな:そうだよね。大変なことを押し付けちゃってごめん

 

 りりな:もし良ければ、連絡ください。無理だったら無理でいいから。自分のミッションを優先してね

 

 りりな:どちらにしろ、明人君のミッションには協力するよ! 何かあったら言ってね

 

 はる:明人君、自発的に協力したくなるようなこと、教えてあげようか?

 

 りりな:はる

 

 明人:何ですか?

 

 はる:えりかとのデートを台無しにした連中

 

 はる:あれは花園の一味だよ

 

 明人:どうしてそれをハルさんが知ってるんですか!!

 

 はる:桜堂組が牛耳るこの街で、私に知られず何かできるとでも?

 

 りりな:明人君、ごめんね。これは全くの偶然なの

 

 明人:どういうことか説明してください…

 

 りりな:明人君がえりかちゃんとデートしてた日、私たちも水面のレストランでご飯食べてたの

 

 明人:まじで言ってます?

 

 りりな:あの日ね、私の誕生日だったの。それで、はるがお祝いにって連れてってくれたの

 

 明人:ハルさん急にいい人…

 

 はる:君、ミッションとか関係なしにえりかのこと好きだろ?

 

 明人:???

 

 はる:とぼけんな。見りゃわかるんだよ

 

 りりな:明人君の演技、上手くなったんじゃなくてそもそも演技じゃなくなってる

 

 りりな:ってはるが言ってた

 

 はる:徘徊する脳筋

 

 はる:花園の活動の一つ

 

 はる:体育会系メンバーが偶然を装って馬鹿騒ぎにリア充を巻き込む

 

 明人:りりなさん、これはでたらめじゃないですか?

 

 りりな:残念だけど、これはでたらめじゃないの

 

 明人:今晩中に返事します

 

 はる:ちょろ笑

 

 りりな:うん、待ってる



     *

 

 

 馬込の誘拐作戦が失敗に終わった後、かくかくしかじかで明人はりりなに協力を続けることとなった。


 誘拐作戦の翌日、月曜日の授業後、明人は湊大学近くの有名チェーンの喫茶店へ足を運ぶ。


 冬枯れの花園の潜入捜査を行うに当たって、明人は助っ人が必要だと願い出た。


 大勢の非リア充に紛れるというのはイエローストーンが爆発し世界が灰に包まれていく勢いで気の進まないことではあるがそれはさておき、懸念が一つだけあったのだ。えりかのことである。


 学食占拠などの迷惑行為に加担している場面を彼女に目撃されることがあってはひとたまりもない。


 打ってつけの人材がいるから、話をつけておいてくれるとりりなは言ってくれた。


 今日はその人物と会うこととなっている。


 指定された十七時十分前。


 喫茶店内はスーツ姿でくつろぐ人やノートパソコンをいじる人で混み合っている。


 座布団ほどの大きさの丸いテーブルを挟んだソファ席で待っていた相手の顔を見て、明人は驚きの声を上げざるを得なかった。


 そしてそれは相手も同じだった。


 「どうして君がここに?」


 「どうしてあなたがここに?」

 

 相変わらず鋭い目つきにクールな口調の彼女だが、動揺を隠しきれていない。

 腰まで届きそうな黒のロングヘアが、狼狽えた拍子にぎこちなく揺れて艶めいた。

 

 柳りりなと柳まりな。容貌からしても名前の類似性からしても、血のつながりは明らかだった。


 活発で行動的なりりなに対し、まりなは物静かで落ち着いた雰囲気があるが、自らの正義に反するものを決して見逃すまいと鋭い光を宿した目がそっくりだった。

 嫌なら嫌、間違っているなら間違っていると言うことを決して臆しない芯の強さがそこにある。

 

 明人の顔を見た途端に、まりなの目に激情がこもった。


 彼女と会うのは、えりかとのデートでの失敗を知られ、グローバルラウンジの前で非難されて以来だ。


 あの時はハルの介入により明人は難を逃れた。


 しかし、まりなにとっては不完全も不完全な燃焼で、晴らせなかった鬱憤が体内で沈殿してどす黒く変色しやけくそになっていたとしてもおかしくはないのである。


 そしてそれは、彼女の目を見る限り間違いなかった。

 

 「説明して。どうして姉に呼ばれて来た場所にあなたが現れるの。姉とあなた、どういう関わり? 返答によっては、ただじゃおかないから」

 

 諜報サークルの存在を姉から多少なりとも聞いているのだろう。


 今の質問は、りりなと関わりのある明人も同じような活動に参加しているのかということ、つまり、まりなの当初の疑惑通り、明人が湊大学生ではなく、えりかを誑かす素性不明の怪しい者なのかという意味に他ならない。

 

 明人は返答に窮した。

 

 そしてその一瞬の戸惑いが、まりなの疑念を確信に変えた。

 

 まりなはやにわに席を立ち、明人に詰め寄った。


 周囲の空気が一変し、一斉に視線が集まったが、まりなの眼中には目の前の仇敵しかない。

 

 「隠していること全部、洗いざらいに話しなさい。そして、同じことをえりかにも。卑怯者、人でなし!」

 

 「一旦落ち着きなさい、まりな。頭を冷やして、まずは私らの話を聞いて」

 

 激昂するまりなに後ろから声をかけたのはハルだ。


 どこから現れたのかわからない彼女に突然両肩を掴まれ、まりなは「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

 

 「ちょっとちょっと、いきなり何なのこの空気。思ってたのと全然違う」

 

 りりなが四人分の飲み物をトレーに載せて運んできた。状況が呑み込めず、一歩離れた位置で立ち止まっている。

 

 「お姉ちゃん、これどういうこと!? 他にも人がいるなんて聞いてないよ? 用事があってこっちに来てたっていうのは嘘なの? 何を企んでるわけ?」

 

 まりなの怒りの矛先は姉に向いた。

 

 詰め寄られたりりなは数歩後ずさりする。彼女の注意はもっぱらトレーの上に注がれていた。四人分の飲み物が零れなかったことに、りりなは安心してほっとため息をついた。

 

 義憤に駆られる妹を前にして、りりなは全く意に介していないかのように落ち着いていた。

 

 「声を荒げない。他人にいっぺんに質問を浴びせかけない。むやみやたらに人を疑わない。まりな、いつも言ってるでしょ? 品のない振る舞いはやめなさいって」

 

 「お姉ちゃん、今はそんなこと言ってる場合じゃないの! 質問に答えて!」

 

 「いつ何時でも思いやりを持って人と接すること。もちろん、今も。相手のことを考えもせずに、自分のわがままばかり押し通せると思っちゃいけない。それで不誠実な対応を取られても、自分だってそうなんだから、何も文句は言えないよ。これも前に話したよね? 理解してくれてると思ったんだけど、私の勘違いかな」

 

 「……ごめんなさい。私が悪かった」

 

 「わかればよろしい。ほら、コーヒー温かいうちに飲んじゃお」

 

 明人にとって最も厄介な存在だったまりなが、いとも簡単に説き伏せられてしまった。

 

 りりなとまりなは、容姿だけ見れば少しだけ背が高くて長髪で落ち着いた印象を与えるまりなの方が大人びて見える。


 それだけに、姉に叱られてしょぼくれるまりなというのは、どうもイメージに合わない。席に戻る際に明人をちらりと睨んだまりなは、随分と幼く見えた。

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